不変で、不動な


風の噂で聞いた。金晴眼の異端の生き物を、保護したと。それくらいなら「ふぅ〜ん」の一言で終了なんだけど、その異端の生き物の保護者に任命されたのが私の家族、金蝉兄様だというのだから驚きだ。
最初は菩薩様が引き取った、という話だったけれど、…まぁあの方が育てられるとは思えないし。きっと勝手に引き取ってそれを兄様にお任せ―――という名の押し付けをしたのだろうな。

けれど。天蓬や捲簾の話によれば、意外と面倒見がいいらしいです。私の兄様は。それに異端の生き物とされるその子は、とてもそんな風には見えないらしい。確かに金晴眼は吉凶の源とされてはいるけれど、…瞳の色だけで異端とか吉凶の源とか言われたら堪んないわよね。その子が何をしたわけでもないし、どうしてそんな迷信のようなものだけで判断をしてしまうのか…私には到底、理解ができない。
それにまだ小さな男の子だっていうのに、異端だというだけでかなり重い枷をつけられてるってどう考えたっておかしいでしょ。そこまでする必要があるのか疑問だし、…天上人は異端者に優しくないから、と言ってしまえばそこまでだけど。

―――同じだと、思ってしまう。金晴眼の男の子は、ナタク太子と同じだ、と。

ナタク太子―――無殺生が原則の天界で、唯一殺生を許された闘神。まだ幼い子供なのに、どれだけの深手を負おうと、どれだけ危険な目に遭おうとも戦い続けることを選ばなければならないなんて…あまりにも悲しすぎる。
陰では『殺人人形』と言っているクセして、共に討伐に赴けば、彼に全てを任せっきり・頼りっきりになるアイツらは―――何を、考えているんでしょうね。


「…自らの保身、かなぁ。ナタク太子の父親である李塔天は成り上がることだけを考えて、それで我が息子をあんな危険な目に遭わせてるんでしょうねぇ」


本当にどいつもこいつも―――腐ってやがる。それなのにどうして誰も、疑問に思わないのだろう?そのままを受け入れるのだろう?
どこもかしこもおかしくて、腐ってて、それでいて退屈でしかないこの天界を…どうして守ろうと躍起にならなければいけないんだろう。


「―――紅英」
「天蓬…」
「そろそろ時間です、行きますよ」
「うえー…毎度のことながら面倒くさいなぁ」
「僕もですよ。…けど、天界に生まれた以上、拒否権はないんですから仕方ないでしょう」


事実上、欠席不可であるこの宴は天界では一番盛大なお祭りである。…けど、私にとっては退屈すぎる面倒な行事でしかないんです。それでも毎年、出るしかないんですけどねーこれでも天上人だし。
でも嫌なものは嫌なんだ、と考えながら煙草を口にする。ちょっとした興味本位で手を出した煙草は、いまだに吸い続けている。天蓬や捲簾のような吸い方はしていないけど、それでも1日に4〜5本は吸うようになったし、何よりイラついた時などに手を出すようになったんだよね。
天蓬には苦笑されちゃったけど、イイコのはずだったのに…って。


「あれ?」
「どうしました」
「んー…あそこ。子供をいじめてる奴らがいる」


それ以上の言葉は必要ない、と言わんばかりに私は地を蹴った。振り上げられた手は、子供に届く手前で止めることに成功。…全くさぁ、こんな小さな子に手を上げるなんて恥ずかしくないのかね?


「大人気ないなぁ…お宅ら」
「躾でない子供への暴力は無粋ですよ」
「…貴様らは、」
「西方軍の天蓬元帥と紅英元帥…?!」
「あー天ちゃんだー!」


ん?この子、天蓬のこと知ってるの?でもこの人に子供の知り合いなんて―――ああそうか、この子が天蓬と捲簾が言っていた、金蝉兄様が面倒を見ている異端の子ってことかな。
よくよく見てみれば瞳は綺麗な黄金、手足には重たそうな枷がしっかりとつけられている。うん、間違いはなさそうだ。それだったら天蓬と知り合いなのも頷けるわね、この人、たまに金蝉兄様の部屋へ顔を出しているようだから。

1人で納得していると、いつの間にやら騒ぎを聞きつけた憲兵がやってきていて、子供をつまみ出そうとしていた。その子は怯むことも、怯えることもなく、掴んできた腕にガブッと噛みついてるけど。
…ふは!何と言うか、やるなぁこの子!面白い子じゃないか。


「クソ…捕まえろ!!」

―――ゴッ

「コラ。何だよ、面白そーなことになってんじゃん。俺も混ぜろや」
「ケン兄ちゃん」
「事を荒立てる人が登場しちゃいましたねぇ」
「あはは、そんなの―――今更でしょ?元帥殿?」
「全く…捲簾といい、貴方といい」


苦労しますよ、本当に。
周りを煽りに煽っている捲簾を見て呆れたように溜息を吐いているけれど、貴方だって満更じゃないくせしてねぇ?そしてこの人達は至極単純だなぁ…捲簾の煽り―――というか、挑発?―――に簡単に乗ってきちゃうんだから。
次から次へと襲いかかってくる奴らを、彼は簡単に蹴り飛ばし、殴り飛ばしているけれど…すんげー数ですね、そんなに恨み買ってたんすか、ウチの大将は。

―――ま。恨み買いやすい性格はしてるのかもしれないね、上層部にも煙たがられているようですから。


「俺への恨みはおめーらへの恨みも同然だろォがッ」
「えー。そんな妻夫関係なんですか僕達―――心外ですねッ」

―――ゴキィッ!
―――ドゴォッ!

「捲簾の奥さん?…ちょっといー響きかもっ」
「ちょっと紅英、変な冗談は止めてくださいよ」


向かってくる奴らは全員のしてやる。やめろ、と叫ぶ奴らの言葉なんて聞いて堪るか。
その騒ぎを止めたのは、意外な人物の声―――悟空、と誰かの名を呼んだ金蝉兄様の声だった。


「金蝉!!」
「兄様?!」
「―――へぇ。あれが噂の…紅英のにーちゃん、ね」


あ、そっか。天蓬は知り合いだけど、捲簾は私の兄様のこと話でしか聞いていなかったんだっけ。…そういえば、前にどんな人なのかを教えてあげたら「つまんねぇ奴」って一蹴したんだよね。花を愛でることも、人と触れ合うことも、お酒を楽しむことも知らない、不機嫌な表情の人なんだ、と言ったからだと思うんだけど。
でも捲簾の言っていることは当たってる、私だってそんな生き方をしている兄様はツマラナイと思うし、何より色んなことを損していると思うから。

私が知っている兄様は、穏やかに微笑むこともあったけど…でもやっぱり、いつだってつまらなそうにこの世界を見ているし、いつだって不機嫌そうに口を一文字に引き結んでいる。
だからちょっとだけ驚いたの、大人気ない奴らに絡まれていた子供を叱る様子を見て…兄様が生き生きした表情をしている、って。あら、そんな兄様に捲簾は早速ちょっかいかけてるよ。


「彼らは私の連れだ。騒ぎの責任を取り、退席させて頂く」
「しっしかし…?!」
「―――行くぞ」
「…いいの?兄様」
「そうですよ。僕ら勝手に騒ぎにしただけなんですけど」
「ふん。サボる口実ができただけだ」


何とまぁ、…でも兄様らしい理由かな。クスクス笑いを零しながら着いていくと、辿り着いたのは兄様の執務室。行くぞ、と言った本人はそこまで着いてくると思っていなかったらしく、何処まで着いてくるんだって声を荒げているけれど、天蓬は悪びれもしない。自分が行くぞ、って言ったんじゃないですかって言いながら、呑気に煙草を吹かしている。捲簾も今日は飲もうぜ、って言ってるし…あれだね、マイペース集団だね。完全に。

―――クイクイ、

服を引っ張られたような気がして、視線を向けてみるとあの子供がくりくりとした大きな瞳で私を見つめていた。どうかしたのかと思って声をかけてみれば、名前は何て言うんだ?って。
…ああ、そういえばあんな騒ぎになっちゃってたから自己紹介、してなかったんだっけ。見上げてくる子供の目線に合うようにしゃがみ込む。


「初めまして、私は紅英。君の保護者であるあの人の妹だよ」
「俺は悟空!!よろしくな、紅姉ちゃん!」
「…お姉ちゃんって言われるの、初めて…!」
「そりゃあ貴方は金蝉の妹ですからね」
「言われたことあるっつったら、誰に?って話になんだろ」


うるさいなぁ、この上司コンビ…!でも私のそんな気持ちなんていざ知らず(口にしてないんだから当たり前だけど)、2人は悟空と遊び始めちゃいました。兄様は仕事始めちゃったし…私はどうしようかな。

兄様の執務室に来るのは、かなり久しぶり―――というか、初めてに近いかも。部屋の中をぐるりと見回し、私室と一緒でシンプルイズザベスト!な部屋だなぁ…と内心苦笑していると、インクの横に可愛らしい花が飾られていることに気がついた。あら意外、兄様に花を愛でる心が芽生えてたなんて。
どうしたの?と聞いてみれば、悟空が摘んできた、と。成程、あの子が摘んできて飾ってくれたのか。兄様曰く、勝手に飾ったんだ、って言ってるけど、それを捨てずにそのままにしているあたり、この人も気に入ってるんじゃないのかな?小ぶりで小さなその花は、可愛らしいけれどでもやっぱり綺麗だ、と思うから。


「―――?どうした、紅英」
「んー?兄様、変わりましたね。とても雰囲気が柔らかくなりました」
「は?」
「昔の兄様ももちろん好きですけど、でも…今の兄様の方がもっと好きです」


言葉にしてにっこり笑顔を向ければ、兄様は意表をつかれた表情になる。でもすぐにフッと笑みを零して―――嬉しそうに、笑ってくれたんです。


私はきっと、兄様のこの笑顔を、一生涯…それこそ、この命が絶えるその時まで忘れはしないって、そう思ったんだ。
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