狂い始める
―――捲簾大将が無謀にも、天帝に進言して懲罰房行きになったらしい。
―――あのバカな男に大将解任令が下った。
至る所から聞こえてくる噂話に、反吐が出る。どれも真実だし、間違ってはいないけど…でも人の不幸をコソコソ話して、そんで笑うなんて人間のやることじゃあないと思うのよね。まぁ、私達は人間とはちょっと違うけど。けどさ、血が通ってんならわかんでしょ?って言いたくなる、そんなこと話して笑い合って―――あんたら、何が楽しいの?
ちなみに。大怪我した捲簾は今、天蓬の部屋で手当てという名の縛りプレイの刑に処されています。一番腹が立つのはコソコソと楽しんでる奴らとか、その他諸々なんだけど、でも捲簾にだって少なからず怒りの感情を抱いてるんだ。
…あの人は、優しい上にお人好しだ。自分が肋骨折るような怪我を負ってるのにへらへら笑ってるし、その怪我を負った原因は―――ナタク太子の身を案じて、ということらしい。あの人らしい、とは思うけど…天蓬がさっき言っていた通り、李塔天を敵に回したのは失敗だったねぇ。
「天蓬元帥!紅英!」
「おや、お揃いで…」
「あれ?どーしたのさ」
「あのっ…捲簾大将が解任されるという噂は本当ですか?!」
彼らの言葉に私達は顔を見合わせた。
「もうそっちにまで流れてるんですねぇ」
「…噂ってそういうものよ。仕方ないでしょ」
「!!では…!」
捲簾が処罰を受けたのはナタク太子をかばったから。解任の令を出したのは天帝ではなく、李塔天。
そこまで話は回り始めているらしく、私を始め、小隊の皆は捲簾を慕ってるし大好きだ。だからこそ、今回の件に関しては憤りを感じているらしい。当然のことだと思うけど、でもね皆?ダメだよ、こんな往来の場で―――下手なことを口走っちゃ。
「気持ちはわからんでもないけどさ、とりあえずストップね」
「だが紅英っ…!」
「彼女の言う通りです。何処で誰が聞いてるかわかりませんからね、貴方がたまでとばっちりを食うことはありませんよ。…そーゆーのは僕と、」
「私の仕事!…というわけで、一旦、持ち場に戻って」
「元帥、紅英…」
じゃーね、と3人に手を振って、私達は再び長い廊下を歩き始めた。目指す場所はただ1つ。何処へ行く、とお互いに口にしなかったけれど、今私と天蓬の気持ちは重なっているだろうし、何も言わなくても行く場所くらい察しがついている。それに、何をしに行こうとしているかも、ね。
私はこの時ほど、元帥という称号を持っていることを良かった、と思うことはないと思う。
「天蓬元帥、紅英元帥自らこのような処に―――何用かね?」
「腹の探り合いは時間の無駄なので、手っ取り早く申し上げます。捲簾大将の解任令を取り下げて頂きたい」
天蓬の言葉に薄い笑みを浮かべた李塔天は、余裕綽々といった感じで私達に席を勧めてきた。明らかに自分の立場の方が上だ、と言わんばかりだけどさ、元帥の方が立場的にアンタより一段上なんだけどね?もちろん天蓬も私もそれを振りかざす気なんて微塵もないけど、でもさ…こうも上から目線でこられると腹が立つってもんなのよ。
ムスッとした顔で聞いていれば、天蓬が静かに―――でも確実に怒りを込めた声で、李塔天に私達天界軍とは何の関係もないはずだと告げた。軍の人事に口を出す程の権限を持っているとも思えない、と。
確かに彼の言う通り、この人は天帝の書記官という立場ではあるけれど、軍隊の指揮を取っているわけじゃあない。それなのに捲簾に大将解任令を出したってことは、
「天帝はすでに軍関係の全てを私に一任している。私の命は天帝の命なのだよ」
ああ、そうかい。それは立派だねぇ…でもさ、それはアンタが努力して手に入れた権力でも、地位でもないでしょ。さも当然、と言わんばかりの顔をした李塔天を見て、私の中の何かがプッツンと切れた。
「アンタさ、恥ずかしくないわけ?アンタのその地位ってナタク太子を利用して得たもんじゃない」
―――クイ、
「紅英元帥、―――いや、紅英童子とお呼びした方がよろしいかな?」
「……」
「捲簾大将と天蓬元帥にひどく懐いているようだが、君が2人にこだわる理由は―――彼奴らの慰み役は譲れぬ、ということか」
もう、我慢の限界だった。ピキリと青筋が立つのもわかったし、さっきよりも大分大きな音でブチンッと堪忍袋の緒が切れたような気がしたんだ。元々、地位には何の未練もないし、魅力すら感じていない。ただ、何かあった時に便利だ―――そう思って我武者羅になっていただけ…そう、今回のように捲簾や天蓬を助けるのに役立つだろう、と踏んでいたから。
だから、何の躊躇いもなく私は拳を振り上げたんです。まぁ、その拳は李塔天に届くことはなかったんだけどね…先にキレちゃったらしい天蓬が、アイツの顔をぶん殴っちゃったから。おー、やっぱりこの人は直情型だなぁ。捲簾も言ってたけど、ほんと、キレちゃうと何するかわかんないや。でも、…それは私も一緒か。
―――なんて、悠長に考えていたら思いっきり床に押し倒された。
ギリ、と腕が軋む音。どうやら拘束されちゃったみたい。そっと隣に視線を向けてみれば、天蓬も同じように拘束されている。そんな彼と私の姿を見て、李塔天は満足気に微笑んでいた。
ほんっとーに趣味の悪い男だこと…覚えてなさい?私は一生、アンタのことを許したりなんかしない。私のことを何と言おうと構わないけど、でも、天蓬と捲簾のことを邪な目で見ていたことだけは、何百回・何千回謝ろうとも、泣き叫ぼうとも許してなんかやらないんだから。それに天蓬の顔に蹴りを入れたこともな!
―――ゴッ!
「っ、ぅぐ、…」
「紅英!!」
「どうだ。旦那と同じように懲罰房に入るかね?君達のような輩は実にいたぶりがいがありそうだよ」
ふざけんな、ド変態!!そう叫ぼうと口を開いた時だった、聞き慣れた元気な声が聞こえて―――李塔天が吹っ飛んだのは。
「ご、くう…?」
「天ちゃんと紅姉ちゃんを離せよー!!」
悟空の登場と、私達を拘束していた男達を彼がボカスカ殴ってくれたおかげで自由になれたのは万々歳なんだけど、な、なんで悟空が此処にいるの…?出かけてくる、と声は掛けたけど、でも行き先は告げていなかったからわかるはずもないのに。
天蓬も同じ疑問を抱いていたらしく、悟空にどうして?と質問していた。それに対してこの子は「ケン兄ちゃんに頼まれたんだ」と笑う。…成程、さすが付き合いの長い大将さんですねぇ。私達の行動なんてお見通しで、更には私達の身を案じて悟空を行かせたわけだ?自分は動くことができないから。
ふふっ全くさあ…どこまでもお人好しな人だよね、捲簾は。そういうとこが好きだったりするんだけど。
「んじゃま…帰ります?」
「うん!あ、……天ちゃんと紅姉ちゃんいじめたら許さないからな!!このうんこあたま。」
「ぶふっ!」
うっわぁ、強烈な捨て台詞だね悟空!!とっても素敵だと思うよ!!
「く、くくくっふは、あははっ」
「わ、笑いすぎですよ紅英…!ふ、くくっ」
「そういう天蓬だって笑って、…あはははっもーダメ!悟空ってばセンス良すぎでしょー!」
「どーしたの?天ちゃん、紅姉ちゃん」
どうやら悟空は自分がどれだけ面白いことを言ったのか、それを自覚していないらしい。きっとこの子にしてみれば、あれは面白いことを言おうとか、悪口を言ってやろうと思って口から出たものではなくて…純粋に、ものすごーーーく純粋に、見た目を口にしただけなんだと思う。だって悟空は李塔天の名前なんか知るはずもないしね。だからああいう言葉が出たんでしょ。あくまで推測、だけどね。
はー…笑った、笑った!さっきまで怒りは頂点に達してたのに、一気に下がっちゃったよ。確実に沸点を超えてたんだけどなぁ、笑うってすごい。
―――ガチャッ
「ただいまー。捲簾、大人しくしてた?」
「大人しくも何も、動けね、…やーっぱひと騒動起こして来たわけね、お前ら」
「おや、わかります?」
「2人して怪我してりゃあな」
捲簾の言葉に思わず苦笑い。ま、それもそーだよね?怪我してんのは顔だから、何かあったってことは一目瞭然ってやつだ。
「ああ、そうだ悟空」
「なに?天ちゃん」
「今日のこと、金蝉には内緒ですよ?心配かけますからね。…でしょう?紅英」
「んぁ?…あー、そうだね、兄様は確実に心配するだろうね」
何だかんだ言って優しいから、あの人。怪我を見れば察してしまうだろうけれど、それでも不用意に告げる必要はないから。知らなくて済むのなら、それに越したことはない…これはあくまで私達の問題であって、上流階級にいる兄様を巻き込むなんてこと、以ての外だもん。
兄様に言えばバカじゃねーのか、って一蹴されるだろうけど、でもやっぱりね、あの人には無事でいられる場所にいてほしいんだ。大切な、たった一人の兄様だから。
だから内緒にしてね、と念を押せば、満面の笑みでわかった!と答えてくれたけど、…本当にわかってる顔なのかなぁ?可愛いからいいけどさ。
(―――また、…平和な日常が戻ってくればいいんだけど)
これ以上は何も起きないでほしい、お願いだから誰ひとりいなくなることなく―――このまま長すぎる時がゆるりと流れていけばいい。そう願わずには、いられなかった。
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