寄り添い、眠る


あの子が李塔天に殴られた時、身体中の血液が沸騰するんじゃないかって思ったんです。それくらい、怒りに震えたんです。初めてじゃないか、ってくらいに。





「いっ…いたいいたいいたい!天蓬いたい!!!」
「我慢なさい。ちゃんと手当てしておかないと、痕が残っちゃいますよ?」


捲簾の手当てをしっかりして、悟空が帰った後。僕は紅英の顔の傷の手当てをしていた。この子は女性のクセに自分のことには無頓着で、傷を負っても手当てを適当に済ませるような子なんでね、誰かが無理矢理にでもしないとそのままにしておくってことも少なくないんですよ。
全く、僕の手をここまで煩わせるのは捲簾と貴方くらいなんですよ?紅英。

…本当はね、李塔天の所へ紅英を連れて行く気は更々なかったんです。汚れ仕事を請け負うのは僕だけでいい、そう思っていたから。何と言うか、…この子には綺麗なままでいてほしかった―――なんて、そんな無茶なことを思っていたんですよ。軍の裏とか、上層部の汚い部分とか、そんなものを一切見ないでいてほしかったって。
元々、この子は身分の高い家系に生まれているんだから、わざわざこんな所へ首を突っ込んでくる必要なんてなかったはずだ。そのままでいれば将来は約束されているようなものだし、…こんな世界を、知る必要もなかったのにって、今でも思っちゃったりするんです。

(ああでも、この子はこういう性格ですからねぇ…金蝉と同じ位置に立っていたとしても、首を突っ込んできていたかも)

呆れるくらい真っ直ぐで、心配になるくらい優しい女の子。女性、とは言えないあどけなさを残す顔は、それでも出会った頃よりはかなり大人びてきていて…着実に女性の階段を上り始めているなぁって感じたのは、いつの頃だったでしょう。


「…痕、残らないといいんですけどね」
「んー?このくらいだったら別に大丈夫だよ。それに私も軍人の端くれだ、顔に傷痕の1つや2つどうってことないもん」
「はあ…貴方ねぇ、女性なんだって自覚あります?」
「ないわけじゃないけど、…でもさ、天界軍に属している以上はそんなもの邪魔なだけでしょ?」


ほら、こういう所だ。彼女のこういう所が、男である僕らよりも断然男らしい。
それでも、それでもね?紅英。僕にとっては可愛らしい女の子―――いえ、素敵な女性なんです。


「私より心配なのは天蓬だよ、その綺麗な顔に傷痕が残ったらって思うとゾッとする」
「それこそ『どうってことない』でしょう。僕は貴方と違って男ですから、ゾッとするもクソもありませんよ」
「えー?天蓬はそうでも、私はイヤ。天蓬の綺麗な顔に傷痕が残るなんて、ぜーったいにイヤ!」


子供のように口を尖らせて拗ねたように言葉を紡ぐ紅英は、やっぱりとても可愛らしい。こんな愛らしい仕草や反応もできるのに、普段はその片鱗も見せないときた。男らしい性格の紅英もカッコイイと思いますし、嫌いではありませんが…やっぱり何も着飾っていない時の彼女の方が、魅力的だと思う。それに好みです。

(いつから、だったんでしょうねぇ?可愛い妹分から、好きな人に昇格したのは)

きっかけはもう覚えていないし、思い出せる気もしない。もしかしたらきっかけなんてなかったのかもしれないけれど。気がつけば紅英ばかり目で追っていたし、気がつけば紅英のことばかり考えるようになっていました。それこそ捲簾にしられたら乙女かよ!ってツッコミを入れられそうなくらいに。
…その行為の意味に気がつくまで、そう時間はかからなかったと思います。ふとした時に「ああ、僕は紅英が好きなんだな」って自覚して、それで―――

この気持ちは、まだ言うべきではないと判断した。

男ばかりの空間にいる彼女はきっと、色恋沙汰に疎い。好きとか、恋とか、愛とか、そんなものに縁なく過ごしてきていますからね。僕が気持ちを告げた所で、この子は「ありがとう」か「私も好き!」くらいしか思ってくれないでしょう。
というか、異性として好きなんだって言っても理解してくれないような気がする。何が違うの?って素で聞かれたら、どう答えたらいいかわかりません。


「あ、紅英。お茶でも淹れ―――…寝てる、?」
「すー…」
「さっきまで元気よく話してたというのに…仕方ない子ですねぇ」


ちょっと目を離した隙に寝るとか、どんな早業ですか。全く。…というか、デスクにもたれかかって寝てますけどお尻痛くないんですかね?かと言って、床に寝っ転がられても困りますけど。
この部屋は僕の執務室兼私室だ。寝る所くらいもちろんあるが、…何となくこのまま、隣で眠りたくなってしまいました。けど、風邪をひかれるのは困るので毛布だけ持ってきて―――…紅英の隣に、静かに腰を下ろす。そして彼女の身体を僕にもたれさせて、そのまま目を閉じた。
僅かに開けていた窓からは心地良い風が入ってきて、更に眠気を誘う。うん、これは…思った以上に安眠できそうですね。


「んん、てんぽ……」
「はいはい。ちゃんとここにいますよ、お姫様?」


少しの間、おやすみ。僕の愛しい君よ。



(おーい、天蓬……なんだ、紅英と一緒に寝てんのか)
(んー……(もぞもぞ))
((これでつき合ってねぇんだから、変な距離感だよなぁ。コイツらは))
-9-
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