風に揺れる言葉


あの人に誘われたのは2回目。前回はメールで、今回は電話…手段が何であれ、緊張するのは確実なんだけど。とにかく、今の私はカチコチに緊張しまくっているわけであります…!

『あ、遅くにすみません…あの、ですね、今度の日曜日って空いてますか?』

そんな電話がきたのは、確か3日前だったと思う。夕飯もお風呂も済ませていた私は、部屋で雑誌を読んでいたんだ。ベッドに寝転がってのーんびり読んでたら、机の上に放置していた携帯が震えていることに気がついて。メールかな、と思ってそのままにしてたらなかなかバイブ音が止まないから、何だろう?って液晶を見てみれば、まさかの八戒さんからの電話だったの!!!そりゃあもう慌てて通話ボタン押したよね、全力で押したよね。
そしたら日曜日は空いてるか、っていうお誘いの電話で。その時点で私は緊張MAXだし、嬉しさMAXだし、多分声のトーンとかテンションとか色々おかしかったんじゃないかなぁ…もう覚えてないけど。八戒さんからのお誘いを断る理由なんてないし、元々休日は予定がなかったから即OKしちゃいましたよ!
…でもね、この時の私は彼と2人きりだとは思ってなくてですね?恐らく悟空達もいるんだろう、って思ってたの。勝手に。


「なのに、まさか2人きりだとは思わなかったよね…」


そう。そのまさかの2人きり。俗に言うデートってやつなのです。その事実を八戒さんの口から電話越しに聞いた時は、思わず叫びそうになったくらいに驚いたんだ。さすがに叫びはしなかったけど、でも、放心状態にはなった。
正直、あの時はどうやって電話を終了したのか覚えてないくらいだから。それくらい、…私にとっては衝撃だったってこと。

うう、ドキドキし過ぎて今にも心臓が口から出てきそう…!なるべく平常心、平常心…心の中で呪文のように唱えながら待ち合わせ場所へ向かうと、5分前に着くように家を出てきたはずなのに、八戒さんがすでにいらっしゃいました。
もしかして遅刻?!と思って慌てて声をかけたけれど、別にそういうわけではなかったみたいです。そこでようやく時計に目を向ければ、待ち合わせ時間5分前。余裕でした。


「少し早く家を出てしまったみたいで…」
「そうだったんですね。私も早めに出たつもりだったんですけど」
「梨花さんが気にされる程、待っていませんから大丈夫ですよ。行きましょうか」
「あ、はい。でも何処に行くんですか?」


そういえば肝心の場所、聞いていなかった。何となくその場所に着く前に聞いておきたくて、そう口にすれば、珍しく八戒さんが悪戯な笑みを浮かべて着いてからのお楽しみです、って。見たことのない笑みに、落ち着きを取り戻しつつあった心臓が、またバクバクと鼓動を速めたのでありました。

電車に揺られること30分。降り立った駅名は聞き覚えがあった、確かこの駅にあるのって…


「遊園地?」
「ええ。…もしかして苦手、ですか?」
「ううんっ大好きです!子供の時以来だ、嬉しい…!」
「それは良かった」


楽しいことが大好きな私は、遊園地や水族館などのテーマパークも大好きなんだ。小さい時はウチの家族と悟空と三蔵さんの5人でよく行ったっけ。それではしゃぎすぎて迷子になって、…何故か両親じゃなく三蔵さんにこっぴどく叱られたんだよねぇ。懐かしいなぁ。

ほわん、と思い出に耽っていると、目の前にチケットが差し出された。それは紛うことなき遊園地のチケットで、私がぼんやりしている間に八戒さんが買ってきてくれていたのかな…!
ま、まずい、ボーッとし過ぎだしお金も払ってないじゃない!行きましょうか、と笑っている八戒さんにお金払います!と声をかければ、貰い物だから大丈夫ですよって言われちゃいました。ああそうか、貰い物なら……ん?貰い物?


「実は職場でもらったんです。行けなくなってしまったから、良かったらって」
「それで私を…?」
「行くのなら貴方とがいいな、と…そう思ったので。迷惑でしたか?」
「迷惑なんてそんな!う、…嬉しい、です」


行くのなら私とがいい。そう思ってくれた理由はわからないけれど、それでも好きな人にそう思ってもらえて、言ってもらえて、あまつさえ誘ってもらえるなんて…そんなの嬉しすぎて、今にも卒倒できちゃうくらいだよ。


「たくさん…今日はたくさん、目一杯遊んで楽しみましょう!八戒さんっ!!」
「そうですね、楽しみましょう」


まだ心臓はバクバクいっているし、緊張が解けたわけでもない。でも私はそれを振り払うかのように、八戒さんの手を握って走り出した。突然のことに八戒さんは驚いた声で私の名を呼んだけど、でもすぐに楽しそうに笑う気配がしてホッとする。

大丈夫だ、拒絶は―――されてない。

つき合ってはいないけれど、2人きりで出かけるのならばそれはデートと相違ない。それならば、束の間の恋人気分を味わったってきっと、罰は当たらないと思うんだよね。二度と感じることができないであろう、この甘い雰囲気を今はただ、全身で感じていたいの。遊園地にいる間だけは、魔法にかかっていたいの。…それが、此処を出た瞬間に解けるとわかっていたとしても。


「最初は何からいきますか?」
「…八戒さんって絶叫系は苦手です?」
「ジェットコースターとかですか?ああいうのは割と好きですよ」
「本当ですか?!じゃ、じゃあそれからいきましょう!!」


ここの遊園地は絶叫系のアトラクション推しで、ジェットコースターだけでも3種類くらいあるし、それ以外の絶叫系も充実してるの!私、絶叫系が大好きなんだけど、小さい頃は身長制限でほとんど乗れなかったんだよね〜大きくなってからは遊園地なんて行かなくなってたし、テーマパークが大好きな割には乗ったことのないアトラクションがいっぱいあるんだ。だからできれば、今日は全制覇したいな!せめて絶叫系だけでも!

…と、意気込んで連続で絶叫系にチャレンジしていたら、午前でバテました。それも2人揃って。


「はー…飛ばしすぎました」
「あはは。さすがにちょっと、クラクラしますね」
「でも楽しいですー、へへ」
「そこまで喜んでもらえると、誘って良かったですよ。本当に」


久しぶりの遊園地だから楽しいのは当たり前なんだけど、でもそれ以上に隣にいるのが八戒さんだから―――っていうのも、あると思うんです。確実に。
そりゃあもちろん家族とでも、悟空達とでも楽しいと思うし、心の底から楽しめるとは思うけど…きっと、八戒さんとの楽しさとは違うと思うの。どう違うんだ、って言われると、何て言うかこう…上手く表現ができないんだけど。

しっかり休んで、お昼も食べて、午後はペースを抑えて回ることにしました。午前で粗方の絶叫系は乗ることができたから、それ以外のアトラクションを攻めていこうかなぁ。どれが面白いだろうか。


「あ、これはどうです?宝探しとかミラーハウスとか」
「そんなのあるんですか?!ちょっと気になります…!」
「じゃあ両方行ってみましょう。まだ時間はたっぷりありますからね」
「はい!」


宝探しは本当に宝探しで、八戒さんがすんごい早くに見つけちゃって本人も苦笑いしてました。楽しむ間もなく見つけちゃったからなぁ、きっと予想外だったんだと思う。
気を取り直して入ったミラーハウスは、なかなか出口に辿り着けなくてあちこちにぶつかったんだよね…あれだよ、人間焦るとダメってよく言うけど本当だと思う。焦れば焦るほど、ドツボにハマってるような感じだったもん。
ミラーハウスって一度も入ったことなかったんだけど、合わせ鏡みたいになってて自分が何処にいるのかよくわかんなくなっちゃうんだよね。ちょっと怖かったけど、でも意外と面白かったかな。





「八戒さん、クレープ食べませんか?」
「いいですよ。梨花さんはどれにします?」
「んーと、…チョコバナナカスタードにします!八戒さんは?」
「そうですねぇ……イチゴ生クリームにしましょうか」


お昼を奢ってもらってしまったから、クレープ代は私が出そう!と思っていたのに、何とも言えない自然な仕草で払われてしまいましたとさ。


「ほっぺたを膨らませてどうしたんですか、梨花さん」
「だってお昼も奢って頂いちゃいましたし…」
「こういう時くらいはいい格好させてくださいよ。僕だって男なんですし」
「?」
「僕も―――好きな人の前では、カッコ良くありたいってことです」


クレープに噛り付いたまま、私は固まった。だって今、八戒さんは何て言った?好きな人の前では、って…そう、言ったんだよね?え、で、でも好きな人って、誰のこと?そもそもそれを何で私に言うの?
頭の中には一気にたくさんのことが流れ込んできていて、イマイチ対応しきれない。それもクレープに噛り付いたままという、些かマヌケな格好で。考えても、考えても、考えても…私は一向に、八戒さんの言葉の意味を汲み取れないでいる。

固まったまま動く様子のない私を心配したのか、彼の大きな手がそっと私の頬に触れる。とても優しく、まるで壊れ物を扱うかのように触れるものだから、固まってしまった体がゆっくりと解けていくような気がしたんだ。
齧ったクレープ生地やバナナ、カスタードとチョコを何とか飲み込んで、八戒さんを見上げる。見上げた先にあったのはとても優しい笑みを浮かべた、大好きな人。


「好きな、人、…?」
「こんな風に困らせるつもりはなかったんですが…僕は貴方が、梨花さんのことが好きです」


私の髪と、八戒さんの髪が、風でふわりと揺れた。
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