少女の決意


あの日。私はどうやって家に帰ってきたのだろう。どうやって八戒さんと別れたのだろう。どうやって、…あの言葉に返事をしたのだろう。





「はぁ……」
「でっけー溜息。どした?梨花」
「悟空…」
「珍しく落ち込んでんじゃん。何かあったのか?」


『何か』。…何かあったのは確か、そう、確かなのだけれど…悟空が考えているような失敗とか、心配事があるわけではない。いや、ある意味心配事なのかもしれないけど、でも普通に想像するようなこととはちょっとだけ違う、ような気がするんだ。うん。
というか、喜びこそすれ落ち込むことは一切ない出来事ではあるんだけど、何と言いますか…びっくりし過ぎて頭がショートしてるんだと思うんだよね。


「…話、聞いた方がいい?」
「んー……聞いてくれんの?悟空」
「そりゃあ、幼なじみが悩んでんならな」
「じゃあお願いする」


よっしゃ、任せろ!
昼休みに食堂で、と約束を取り付けて、彼は次の講義へと向かって行った。私は空きだからどうしようかな…昼休みに食堂で話をするなら、今のうちに席を取っておいた方がいいかもしれない。4限が終わってから行ったらきっと、授業終わりの生徒でごった返しちゃって席なんて空いてないだろうし。ちょうど暇つぶしの雑誌も持ってるし、そうしよう。
広げていたノートや教科書をカバンに突っ込んで、私は1人で食堂へと向かう。授業中だからか、ほとんど人はいなくてほぼ貸し切り状態に近いかも。邪魔されない窓際の一番端っこの席を陣取って、早速雑誌を取り出すけれど…マズイ、集中できてない気がする。どんなに可愛い服の写真を見ても、面白そうな記事を見つけても、全く頭に入ってこないんだ。さっきまでの授業もそう、聞いているつもりなのに右から左へ抜けていっていたらしく、気がつけばノートは真っ白。どこまで進んだのかわからないくらい。
テスト前じゃなくて良かった、と思うけど、あとで一緒に講義受けてた子に連絡してノート借りなくちゃ。悟空も同じ講義受けてるけど、あの子は絶対にノート取ってない。取ってたとしても字が汚くて読めないか、間違って書いてるかのどちらかだから期待はできないし。


「なにしてんだろ…ほんと」


集中できないのはこの前の八戒さんの言葉、だと思う。というか確実に?だけど、こんなことがあの人に知れたりしたらきっと気に病んでしまうだろう。自分のせいで、って。
違う、違うんだ、確かに八戒さんの言葉が理由ではあるんだけど、決してあの人自身のせいとかではないの。正確に言えば、…どう返事をしたらいいのか―――それを悩んでしまっている自分のせい、なんだ。

私はあの人が、八戒さんが好き。大好きだ。双子のお姉さんである花喃さんに嫉妬してしまうくらいには、骨抜きにされていると思う。その気持ちは今でも変わらないし、これから先も変わらないと思う…だから、八戒さんの言葉は本当に嬉しかった。それは本当なの、嘘でも何でもないの!

…なのに、返事に迷っているのは…私があの人にふさわしいかわからない、から。

社会人である八戒さんと、大学生の私。年齢で言うと、28歳と18歳だから10歳差だ。歳の差なんて!って思っていたけれど、あの人は…本当に私でいいのだろうか。あとで後悔したり、しないのかなって思っちゃったら、もうダメで。
どうしたらいいのかわからなくて、でも同じ気持ちなのはすごく嬉しくて。嬉しい、嬉しい、けど…きっと八戒さんの周りには大人っぽくて、美人な人達がたくさんいるだろうし―――何も私なんて選ばなくても、って思っちゃうの。だってまだ学生のがきんちょだよ?あの人から見たら。

そうこうしているうちに4限が終わったらしく、食堂は徐々に賑やかになってきていた。悟空もそろそろ来るのかな…雑誌をカバンの中にしまいながら、食堂の入口に目をやれば。ちょうど悟空が入ってきた所だった。運良くあっちも視線をこっちに向けてきたから、手を振ればすぐにわかったみたい。


「お待たせ!」
「思ったより早かったね」
「おう。チャイムより少し早く終わったから。あー、腹減った〜」
「…でっかいお弁当…それって三蔵さんが作ってんの?」
「そうそう。料理は三蔵の担当だもん、夜だけは俺だけど」
「仕事してるもんね」


とりあえず腹ごしらえだ!と言わんばかりにお弁当を食べ始めた悟空。それに倣って私も食べ始めるけど、うーん…何か箸が進まないなぁ。やっぱり色々考えすぎなのだろうか。


「…悟空ってさ、告白されたことある?」
「んぁ?告白?何だよ、梨花、されたのか?」
「えっいや、何と言うか―――……うん」
「ふーん。んじゃ、その返事で迷ってんの?」


あっさりお弁当を平らげた悟空は、カバンの中からパンを取り出してもぎゅもぎゅ食べている。あいっかわらずよく食べるなぁ…どこにそれだけの量が入るのよ。しかも全く太らないし!!
…って、今はそんな話をしているわけではなくて。悟空の言葉に頷きだけを返せば、何で迷ってるんだって聞かれた。何とも思ってない相手なら迷うこともないだろって。
時々、本当に時々だけど、コイツはえらい勘がいい時があるんだよね。今みたいに。


「迷うってことはさ、相手に対して少なからず好意を抱いてるってことじゃねーの?」
「少なからずじゃないよ、…好きな人なんだよ、告白してきたの」
「は?何で迷うんだよ、即OKじゃねーの?普通」
「でしょ?そう思うでしょ?…なのに、私の思考回路はそういかなかったんだよねぇ」


いまだに悩んでしまっている私は、お弁当を半分ほど食べた所で箸を置いた。


「好きなの、すっごい好きなの!そんで嬉しかったの!…けどさ、その人、社会人なんだもん」
「何か問題あんの?それ」
「私達、まだ学生だよ?しかも未成年だよ?向こうは成人した大人でさ、こう…もっと綺麗な人とか、身近にいるはずじゃん。それなのに、」
「あのさぁ、梨花」


パンが入っていたビニール袋をぐしゃり、と潰した悟空が、いやに真面目な声を上げた。目もすごく真剣な光を宿していて、私は何故か背筋をピンと伸ばしてしまったのです。…なんだろ、反射的に?


「向こうはさ、それもちゃんと理解して言ってきたんだと思うけど。色んな人がいる中で、梨花が良くて告白してきたんだろ」


そう考えるのは向こうに失礼じゃね?
悟空の言葉が、胸にグサリと刺さったような気がした。私、…八戒さんの気持ちなんて多分、一切考えていなかったと思う。私なんて、って思うだけで、ふさわしくないかもしれない、って考えるだけで、それが―――相手の気持ちを踏みにじるようなことになるなんて、思いもしなかった。


「考えて、なかった…そんなこと」
「やっぱなー。そこもさ、考えてやんねぇとダメじゃね?」
「……何か、悟空に諭されるって変な感じ」
「へへーん。俺だってちゃんと考えてんだよ!」
「うん、びっくりした」
「まぁさ、色々考えちまうと思うけど…ひとまず、お前の気持ち伝えてやれば?」


そうだね、まずはそこからだよね…!吹っ切れたわけじゃない、でも、それでも気持ちを伝えないままにするのは―――嫌だ。
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