繋がれた縁は二度と、解けない。
何だか夢みたいだ。そう思うのは今日が初めてじゃない、あの日―――八戒さんと想いを通じ合わせた日から、幾度となく思っているし、感じていること。
何度も思うの、次に目を覚ましたら全て私の夢だったとか、妄想だったってオチなんじゃないかって。あんな幸せな現実は、もしかしたらどこにも存在していないんじゃないかって。…何度も思うんだけど、でもやっぱりあれは現実の出来事で、ホッとするんだよね。良かった、って。
うーん、…でもやっぱり夢みたいだって思っちゃうんだよね。それに両思いになったのって初めてのことだから、どうしていいのかがわからないっていうのもある。八戒さんは私よりも年上で経験豊富だろうから、そんな不安なんて持っていないと思うんだけど。
「あ、八戒さんからメール…」
講義が終わって携帯を確認すると、晴れて彼氏となった八戒さんからメールが入っていた。用件は何だろう、と考える前に、胸の内で呟いた『彼氏』という単語に思いっきり頭を打ち付けたくなる衝動に駆られた。ダメだ、現実のことだって理解していても恥ずかしすぎて、顔から火ィ吹きそう…!真っ赤になっているであろう顔を隠すようにカバンに顔を埋め、メールを開いてみる。
『こんにちは、八戒です。今日、三蔵達と食事に行くんですが、良ければ梨花さんも一緒に行きませんか?』
三蔵さん達と食事かぁ…誘ってきたということは、私がいてもお邪魔じゃないんだろうけど…いいのかな?素直に行っちゃっても。三蔵さんも悟浄さんも遠慮なんかするな、って言ってくれそうな気もしてるけど。どうしようかな、と建前で考えるけど、でも答えはもう決まっているようなものだ。確かお母さん達は夜、2人で出かけてくるって言ってたし。それに―――八戒さんに、会いたいし。
(…よし。返信して、早く帰ろう!)
了承の旨と駅に着くであろう大まかな時間を書いたメールを送信して、まだ楽しそうに喋ってる友達に帰ることを早口に告げてから大学を飛び出した。
電車に揺られること1時間。私はようやく地元の最寄り駅に辿り着いた。改札口を出てキョロキョロと辺りを見渡すけれど、どうやら捜し人はまだ到着していないみたい。大学から駅まで全力疾走している間に届いていたメールには、その時間に迎えに行く、と書いてあったんだけどな。…もしかして仕事が長引いてるのかも。
駅前のベンチに腰を下ろして行き交う人の波を、ぼんやりと眺めてみる。ちょうど帰宅時間なのだろう、駅前はスーツを着た人達でごった返していた。これから飲みに行くであろう人達や、真っ直ぐ家に帰ろうとしている人、それから夕飯の材料を抱えた人―――様々な人がいるんだなぁ、と改めて思い直すくらい。普段はこうして眺めることがないけど、人間観察って案外面白いのかもしれないね。
そのままボーッとしていると、向こう側から走ってくる人が見えた。
「梨花さん!」
「あ、八戒さん」
「すみません、待たせてしまいましたよね…!」
「そんなに走ってこなくても大丈夫だったのに…」
「迎えに行く、と言ったのは僕ですから…待たせるわけには、」
「ふふっいいんですよ、そのくらい」
まだ待ち合わせの時間まで余裕あるんだし、八戒さんの呼吸が整ってから行くことにしよう。だから座ってください、と隣をぺシペシ叩けば、困ったように笑いながらも座ってくれた。
「でも何で急に食事に行くことになったんですか?」
「ええっと、…貴方に相談もせずに決めてしまったんですが、三蔵達にもそろそろ報告をしようかなと思いまして」
「報告?何の?」
素直な、それでいて素朴な疑問だった。私には心当たりがちっともなかったから。だって三蔵さん達に隠しているようなことなんて1つもないし、…あれ?でも八戒さん、私に相談もせずにーって今、言ってたよね?ということは、八戒さんがあの人達に報告したいことは私にも関係があるということで。つまり、八戒さんと私共通の隠し事ってことになる、けど…そう考えてみると余計にわからなくなって、頭が混乱してくる。
いつの間にか首を傾げていたらしい私を見て、八戒さんが笑っているのがわかった。笑いを噛み殺しながら僕達のことですよ、と教えてくれて、そこでようやく報告したいことに合点がいったんだ。八戒さんと私がつき合っているということを、この人はあの人達に報告したいって思っていたんだね。
確かにまだ話していなかったな…タイミングがなかったっていうのもあるけど、5人で集まることなんてそうそうないし。
「梨花さんも悟空に話していないんでしょう?」
「うん。というか、言いふらすことでもないかなぁって思ってたから…でも悟空には相談に乗ってもらってたし、ちゃんと報告しなきゃですね」
「僕も悟浄と三蔵には話を聞いてもらっていましたから。…さて、そろそろ行きましょうか」
はい、と差し出されたのは、八戒さんの手。思わず彼の手を数秒たっぷり凝視して、それから八戒さんの顔を見上げれば…どうしました?と首を傾げながらも、穏やかに笑っている姿が目に入って顔に熱が集まってくる。おずおずと自分の手を重ねれば、ギュッと握られて―――指が、絡まった。
所謂、恋人繋ぎってやつですか!うわわ、顔あっつい…!今、口を開いたら奇声発しちゃいそう!!恥ずかしさとか嬉しさとか、色んな気持ちがぐるぐるしてもう、頭爆発しちゃうかも。
チラッと隣を歩く八戒さんの顔を見上げる。見慣れた、穏やかな笑みを浮かべている翡翠の瞳が不意にこっちを向いて、優し気に細められてドキリ、と胸が高鳴った。思わずバッと視線を外しちゃったんだけど、八戒さん、変に思ってないかな?!い、いや、絶対変に思ってるよね?!それはそれでいいんだけど(あ、良くはないか)、傷ついたりとか…してないかな?大丈夫かな?心配になるくらいなら視線を外さなければ良かったんだけど、でも急にあんな笑顔を向けられちゃったら直視できないんだってば…!
…思えば私は、最初からこの人の笑顔にやられていたんだよなぁ。
(やっぱり、…私はこの人が大好きだ)
繋がれている手からこの溢れんばかりの想いが、彼に届くといい。そう願いながら私は、手に力を込めたんだ。
―――貴方の隣にいるのは、いつまでも私でありますよう―――