きみの好きと、ぼくの好き。
誰かを好きになったことはあるものの、告白なんて生まれてこの方一度もしたことがない!自慢でもないし、威張れることでもないけどね!!それに、…告白されたのだって初めてだ。だから尚更、何て告げればいいのかわからないし、何て返事をすればいいのかもわからないんです。いや、多分、単純に好きですって言えばいいのだろうけれど。
そこでふっと思う、好きですと告げるとして―――だ。
果たして私は、平常心で言葉にすることができるのか、ってこと。
今の状態でだって軽くパニック状態になってるのに、八戒さんを目の前にして素直に言えるとは思えない。到底、思えない。だって私は臆病者だから。かと言って、このまま八戒さんの告白をなかったことになんてできない…というか、したくないし、気持ちを伝えないまま終わりになんてしたくないのも本音。
でもどう伝えたら、と頭を抱えていた時に目に入った1冊の本。それは彼が勤める図書館から借りた本で、更に言えば、返却期限は明日だったはず。平日は出勤している、と言っていたのは、出会ったばかりの頃だ。
「…明日、八戒さん出勤してるってことだよね?」
だって金曜日だもん。絶対にあの人はいつもの席に座って、いつもの笑顔を浮かべて仕事をしているのだろう。それはきっと、間違いがないことだと思うのです。だから明日、大学が終わってから行けば確実に会うことができるのも確か…直接言う勇気がないのなら、方法はこれしかない!そう意気込んだ私は机の上に放り投げていたボールペンを強く握った。
そして翌日―――変に緊張しているらしい私は、朝から講義に一切身が入らなかった。少し前にもこんなことあったなぁ、と思い返しながらも、意識はカバンの中にいれてある借りた本に向いている。こんなに気にしたって何も変わらないし、なるようにしかならないのもわかってるんだけど…ダメだ、どうにも緊張が解けない。そう簡単に解けるものなら今頃、図太い神経だって笑っているだろうけれども。
一緒に講義を受けている友達にバイバイして、私は一人、駅までの道のりを歩いているのだけれど…今日一日、ずーっと心臓がバックンバックンいいっぱなしなんだけど?!この刻み方でよく私心臓止まんないな!そう簡単に止まられても困るし、嫌だけど!!!
…もう1人ノリボケ・ツッコミ状態だよね、私の頭の中。中を覗ける機械とかあったらびっくりされるくらいにおかしなことになってるよ、ほんと。
電車に乗って1時間。あっという間に地元の最寄り駅に辿り着いた。まだ夕方にもなっていない時間帯だからか、駅にはほとんど人がいなかった。学生も帰ってきてない時間じゃあ、いつもは賑やかな駅や商店街も静かなもんだなぁ。
これで緊張していなかったら、少しはいい気分だったのかもしれないけど…今の私にはこの静かな時間を楽しむ余裕など、ちっともありはしないのです。
「(えっと八戒さんは……あ、いた。やっぱりいつものカウンターに)」
図書館の入口をくぐった先にある貸出・返却のカウンターには、見慣れた彼の姿があった。ちょうど貸し出しの手続きをしている最中のようで、穏やかな笑みを浮かべてご老人に返却日などの説明をしている姿が目に入る。
そのご老人が去っていくのを見つめていた視線が、ふっと私の姿を捉えたようで…一瞬だけ、びっくりした顔を浮かべたけれどすぐに笑顔に戻って、会釈をされた。思わず私も会釈をし返すけれど、何だか変な感じ。
「こんにちは、梨花さん。大学の帰りですか?」
「あ、はい。今日はお昼までだったので…あの、これ返却しに来ました」
「確認しますね、少し待っていてください」
穏やかな笑顔を見て、少しだけ治まっていた心臓。けれど、八戒さんに本を渡した途端にまた、鼓動は早くなっていく。徐々に、徐々に、でも確実に。
見てほしい、でも見てほしくない―――そんな矛盾した思いが、胸の内をぐるぐると回っては消えていく。
―――はらり、
中に何か挟まっていないか、ページの折れなどがないか、丁寧にページを捲って確認をしていた八戒さんの足元に『何か』が舞い落ちた。彼は何だろう?と不思議な顔でそれを拾い上げようとした所で、私は「大丈夫ですよね?帰ります!」と早口で告げて図書館を飛び出しちゃったんだ。
きっと今頃、拾い上げた紙の存在に、そして飛び出していった私に疑問を抱いている頃なんだろうなぁ…それに対してごめんなさい、という気持ちが浮かんでくるものの、戻る勇気は残念ながら持ち合わせていなかったりする。
「八戒さん、…あの紙、見たのかなぁ」
ポツリと、零れ落ちた言葉。気になるのならそのまま留まれば良かったのに、と思わないでもないけど、あのまま待っていたとしたら彼はきっと、その紙を私に返してきたと思うんだよね。普通に考えて。
…だって返却された本に挟まっていたものならば、直前に借りていた人のものだと思って返すはずだもん。勝手に開いたりとか、八戒さんならば余計にしないことだと思う。
だからこそ、思うんだ。あの紙はきっと、彼に開かれることも読まれることもなく、ゴミ箱に捨てられる運命になるだろうって。そう考えると地の底まで落ち込みそうだし、やらなきゃ良かったって思うんだけど…それもまた、運命だったのかもしれないって。
あーあ…私にほんの少しの勇気があれば、直接言葉にすることもできたのかな。零れ落ちてきそうになる涙をグッと堪えて、空を仰いで、足を止め―――ようとした時、腕を誰かに捕まれて心臓がこれでもか!ってくらいに飛び跳ねた。
「ぅひゃあ?!」
「ぼ、僕ですよ梨花さん!!」
「……八戒、さん…?」
「ええ、そうです。良かった、追いついて…!」
そう言った八戒さんは空いている左手を膝に置いて、ゆっくり呼吸を繰り返していた。もしかしなくても、…息切れしてる?何で息切れしているのかなんて、すぐにわかった。この人は走ってきてくれたんだ、急に飛び出していった私を追いかけてそれで…息を切らすほど、必死に。
「はあ…驚かせてすみません。でも急に出て行ってしまう貴方も悪いんですよ?」
「う、…」
「あはは、嘘です。別に貴方が悪いなんて思ってません」
少し、話をしませんか?
八戒さんの申し出におずおずと頷けば、掴まれた腕をそっと引かれて連れて行かれたのは近くの公園。風が少し冷たいけれど、でも陽が出ているからかそこまで寒いとは思わなくて、2人で空いているベンチに腰を下ろす。
さっきのびっくりに加えて、緊張していた時のドキドキもぶり返してきていて、やっぱり心臓が止まってしまいそうに痛い。八戒さんが私を追いかけてきてくれたのは、あの紙を読んだからなのか、それとも私が挟んだままだと思い込んで届けに来てくれたのか―――彼の表情を覗き見てみるものの、見ただけではわかりそうにない。顔を見るだけで気持ちがわかったら、どんなに楽か知れないけれど。
沈黙が、辛い。何かを話さなければ、と思うけれど、今、下手に口を開いたら余計なことをたくさん口走ってしまいそうで…尚更、固く口を閉ざすしか術がなくて。彼は話をしませんか?と言ってくれたけど、肝心の八戒さんも口を閉ざしたままだし。…一体、どうしたらいいのだろう。
ものすごく、…逃げたい。逃げようか、でもそんなことをしたらこれっきりになる可能性だって―――ぐるぐると答えが見えない自問自答をしていたら、とても優しい声で梨花さん、と名前を呼ばれました。
「は、はい…」
「率直に聞きます。…貴方が返却した本に入っていたこの紙、これは僕宛で間違ってないですか?」
「!…間違って、ない、です」
「―――それを聞いて安心しました」
「え?」
「だって、僕達は同じ気持ちだということでしょう?」
そう言ってとても嬉しそうに笑ってくれるから、胸の奥がぎゅうって切ない悲鳴を上げた。
「ダメだろうな、と思っていましたし、かと言って保守的になるつもりもなかったので…僕なりに攻めさせてもらってはいたんですけど」
「…八戒さんは、後悔しませんか?」
「それはどういう意味での?」
「私は学生で、八戒さんは社会人です。歳だって10も離れてる。…私みたいな、子供を恋人にして―――」
後悔しませんか、と続くはずだった言葉は、変な所で途切れてしまった。…というか、私が紡げなくなったというのが正しい表現かな?何故なら、…八戒さんに抱きしめられた、から。
「〜〜〜〜ッ…?!」
「それ以上言うのなら、無理矢理口を塞ぎますよ?」
「ちょ、っ…?!」
「全てわかった上で、貴方に好きだと告げた。そのくらいわかってくれているものだと思っていたんですが…甘かったですね」
…ああ、悟空の言っていたことは本当に正しかった。八戒さんは全てわかっていて、それを了承した上で私に好きだと言ってくれていたんだ。それを改めて思い知って、泣きたくなるほどに後悔したの、八戒さんに言ってしまった言葉を。
いいんですよ、って言ってもらいたくて…自分に自信を持ちたくて聞いたはずの言葉が、知らず知らずのうちに彼を傷つけてしまったのだと思うと、情けなくて仕方ない。
「好きです、貴方が―――梨花さんが好きだ。僕は貴方がいいんです、貴方じゃないと…嫌なんですよ」
「…ほ、んとうに……?」
「心外ですねぇ、疑われるなんて」
「疑ってなんか!!け、けど…何か夢、みたいで、」
信じられない、と呟けば、夢でも嘘でもないですよ、と笑ってくれた。そっと頬に彼の手が触れて、じんわりと温かさが伝わってきて…何だかホッとする。ずっとこの温もりに包まれていたいって、そう思うくらいに。
今なら、この人の温かさに触れている今ならきっと、言える気がする―――あの紙に綴った私の、想いを。
「八戒、さん」
「…はい」
「わたし、…私、八戒さんが好き、大好きです…!」
「その言葉をずっと、それこそ告白したあの日から―――夢に見ていました」
大学1年の冬―――私の片思いは、無事に実ったのです。