絵は描いた人に似る


空でも見て葉巻でも吸おうかと思い、おれは放課後なのにも関わらず屋上に足を運ぶ。屋上は基本昼休み以外は人がいない穴場である為、こうやって放課後屋上に足を運ぶのも珍しくはない。階段を登り切り、少し錆びれたドアノブを回しドアを開ければ涼しい風が頬を撫でる。顔を少しだけ上げれば、目に写るのは綺麗な空。“綺麗”だなんて言葉は自分には似合わねェと重々承知はしているが……心の中でならたまにはそう思ってしまうのも良いものだ。

そしておれは見上げていた顔を戻しふと前を見れば、目に写ったのは体育座りをして空を見上げている1人の生徒。…まさか、先客がいたとは。
仕方がねェ、別の場所でも行くかと思ったのとほぼ同時にその生徒はおれの方を振り向く。その生徒はおれだと気づくと共に、いつもの柔らかい笑顔と落ち着いた声色で挨拶をしてきた。

「スモーカー先生、こんにちは」
「…誰かと思えばお前か、神埼」

おれより先に屋上にいたのは、おれのクラスの生徒である神崎だった。周りを見ても、他の生徒がいる気配も無く俺は内心息を吐く。……クソガキ共じゃなくて助かった。
おれのクラス……と言うよりは学年か。まあ、神崎の学年は教職員の間では“最悪の世代”と言われるほどの問題児、厄介者の集まりだった。その中でも神崎は珍しい部類に入る“優等生”と言う存在だ。勉強、運動共に成績も悪くなく性格も良い。そして落ち着いた性格かと思いきや人懐っこい性格でもあり、厄介者達との人間関係も悪くはなくむしろ懐かれてると言う凄まじい器用さ。それもあり教職員の中ではこいつはちょっとした有名人であった。
……まあ、自信が持つクラスの生徒、そして教え子と言うこともありおれも可愛がっている生徒ではある。もちろん生徒で贔屓があるのは良くねェと言うのは分かっている為、程々にはしているつもりだが。

そして、そんな神崎は座っていることもあり、今もおれのことを見上げながらも人懐っこい笑顔を浮かべている。

「さっきのHRぶりですね。スモーカー先生はどうして屋上に?」
「……あー、いや…まぁ、ちょっとした見回りだ」

流石に生徒に……それもクソガキ共でもねェ神崎に葉巻を吸いに来た、と正直に言えるはずもなくおれは言葉を濁す。まあ、強ち間違いでもねェ。見回りはいつもしていることだからな。そしておれは話題を変える様に「お前こそ、放課後の屋上で何してんだ?」と神崎に問いかける。そうすれば神崎はきょとんとした顔をしたかと思えば、また笑っておれに最初から右手に持っていたであろう筆を見せてくれた。

「俺は一応部活ですよ。空でも描こうかなぁって思って」
「…………ああ、お前そう言えば美術部か」
「ははっ、大正解です」

こいつにしては予想外な部活だった為、初めて知った時正直驚いてしまった事を思い出しその部活名を口にする。
そして神崎はそんなおれに爽やかに笑いながらも、体育座りをして膝に立てかけていたスケッチブックに目を戻す。その動きを見て、おれは自然と足が神崎の元まで動き、胸にしまっていた葉巻は一旦忘れチラリと神崎のスケッチブックを覗いてみた。

「……これ、本当にお前が描いたのか?」
「え、そうですけど…な、なんか変ですか?」
「……いや、予想以上に上手いもんだな」
「えっ、わ、本当ですか?うわー、スモーカー先生に絵を褒められる日が来るなんて……ありがとうございます」

俺の言葉で不安そうだった顔から目を細めて綺麗な笑みに一瞬で変わる神崎を見て、少しだけ胸が疼いたのが分かる。……悔しいが、この笑顔を見ればあいつが酷く綺麗な空を描けるのも何となく分かる気がした。

“絵は描いた人に似る”

あいつの笑顔を見た瞬間、昔に誰かから聞いたその言葉を思い出した。あいつの目には世界はあんなにも綺麗に映ってると言うならば、その描いた本人があんなにも綺麗な笑みをするのも頷ける。

「…いつもは空以外も描いてんのか?」
「そりゃあもちろん!植物だったり人だったり無機物だったりと色々描いてますよ」
「……今度、見に行っても良いか?もっとお前が描く絵が見てェ」
「!……ははっ、凄い嬉しいです、その言葉。是非放課後に美術室に来て下さい。スモーカー先生の為に、いっぱい用意しときますから」

そう嬉しそうに言うあいつは、やはり今日の青空のように眩しかった。

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