青雉大将に目を付けられる

天気は快晴、海は荒れ狂う事もなく澄んだ青色が一面に広がる景色。そして流れる海風は春島の心地良い風である。
こんな日は海軍船に乗って海賊を捕まえるのではなく、弁当を片手にピクニックにでも行きてェなぁ……なんて考えるのはもはや現実逃避。
俺は手元にある1枚の手配書を見て、ぐしゃりとその紙を握りしめ大きなため息を吐いた。

「……くっそあのサボり魔雉上司……めんどくせー仕事回しやがって……億越え海賊の始末とか大佐の仕事じゃねェだろ…!!!」

怒りで震える拳の中にある海賊の手配書に書かれた金額は1億500万。
ちなみに俺の階級は大佐。今同じ船に乗り、俺と共にその1億500万の海賊討伐をする海兵はもちろん俺の部下で俺より階級は下。
……………頭抱えるレベルを超えすぎてむしろ笑えてくるレベルだからなクソ雉大将??
先ほどよりも力を込めて手の中にある紙を握り締めれば、紙の中で憎たらしく笑っている海賊の顔がより一層歪んだ。

今までも書類業務や情報処理、データ集め等の仕事で大佐の枠を超えた業務を俺は既に数えきれないほどこなしてはきた。それは何故かって?それはもちろん、

俺が人より仕事ができるからである。

自分で言うのも何だが……うん、本当自分で言うのも何だがって感じなんだが…伊達に前世で10年以上死ぬまでブラック企業で働いていたわけではない。
それにその大佐の枠を超えた仕事とは、ほぼ俺の直属の上司であるクザン大将がサボった分の仕事だ。俺は以前から定期的にセンゴク元帥からクザン大将がサボった分の仕事を任されている。最初は「は?上司のサボった仕事が回ってくるとかクソか??」と思っていたが、今では致し方ない事になっている。何故なら元帥は元々の俺の仕事+そのクザン大将のサボった分の仕事を1日のノルマ分としてやる代わりに、ほぼ毎日定時で帰っている俺の部署を暗黙の了解として目を瞑って下さっているのだ。
そんなの……やらないわけないじゃないか!!だってほぼ毎日定時で帰れるんだもの。どんなにクソ雉大将に腹が立っても、どんなに他の大佐達と仕事量が違ってもやりますよ。それでほぼ毎日定時で帰れるのであれば!それに例えクザン大将の仕事を代わりにしたとしても、勤務時間に一生懸命やれば終わるレベルだ。ああ、何とホワイトな企業なのだろうか。前世の会社はやってもやっても仕事が追加されて終電逃して会社に寝泊まりや連チャン徹夜が“普通”だったのだ。それと比べりゃ楽なもんだ、うん。

だから今となってはそのクザン大将がサボった仕事で、尚且つ俺でも出来る仕事は基本的に俺に回ってくる仕様となっている。
ちなみに、そのクザン大将の仕事を受け持って分かったことがある。あの人………マッッジで仕事溜めすぎなんだよ!!
ダラけきるのも加減があるだろ!?なんやかんやサイクリングがてら海賊の捕縛や民間人の安全を守ったりとかはやってくれてるけど、報告書とかその他の事務仕事はマジでやってくんねェからなあの人!!
あの人も伊達に大将やってないからかなりの金額で指名手配されてる海賊を相当な量捕まえてくるのだ。だが、それ故に事務仕事めちゃくちゃ多い。プラスして部下も多いから確認仕事も多い。だからめんどくせーって思ってしまう気持ちも分かる!でも仕事は責任持って最後までやるのが普通だと思いますけどね!!そりゃあ俺は海賊の捕縛よりかは事務仕事の方が得意だけれども、それとこれとでは話が違うからな!!本当誰かあの人どうにかしてくれ!!

………と、色々長い話になってはしまったが、定時帰りと天秤に掛けられれば大佐の枠を超えた仕事もやるしかないのが現状で、基本的にどんな仕事でも事務仕事面では拒否する事なく色々とこなしてはきた。
………けどさ、けどよ?流石に1億超えの海賊討伐は無くない!?俺仮にも大佐だよ?絶対俺に仕事を振り分けたクザン大将のミスだよなぁ!?こちとら今日のノルマと言われて与えられた仕事は定時帰りの為に意地でもやるしかねぇんだからな!?ぶっ飛ばすぞ本当に!!

「……ッハァ、ロ、ロイド大将………下っ端海賊の拘束作業全て終わりました……」
「此方もっ……負傷者の手当及び被害報告についてまとめ終わりましたぁ…」

未だに俺が内心でクザン大将をボロクソに言っている間に、俺の優秀な部下たちが仕事の報告に来たようだ。


────ああ、ちなみに既にその1億超えの海賊は船長含む海賊団員全て捕縛済みだ。


まぁ、今まででいっっちばん手こずったけどな!!
部下の安全最優先でいつも海賊達と戦ってはいるが、今回は流石にそうはいかなかった。みんな命に別状は無いが、かなりの怪我を俺含め全員が負ってしまい、一目見ただけで分かるほどにボロボロだ。
けれども結果的に指名手配されていない海賊含め1人残らず捕縛して仕事のノルマを終わらせた俺ら。戦闘時間は過去最長だった為、戦闘が終わったのは定時の時間ギリギリだった。俺的には正直さっさと海軍本部に戻って部下全員を帰らせて、俺もいつものように定時帰りをしたい。
だが、これは個人的な喧嘩ではなく“仕事”である。勝って「はい終わり」で済めばどれだけ楽なことか。ボロボロになって戦闘が終わっても、海賊の捕縛や今回の戦闘状況・被害状況等の上層部に報告する為のデータ処理、海賊が乗っていた海賊船の後始末、負傷した海軍船の状態を調べ本部へ報告し修理の手配、今から向かうインペルダウンへ提出する書類等、仕事はまだまだ山の様に残っているのだ。
その為部下達には申し訳ないが、とうに定時の時刻は過ぎているのにもかかわらずボロボロの身体を仕事の為に無理やり動かしているのが現状だ。
かの言う俺も内心クザン大将のことをボロクソ言いながら気絶している1億超えの海賊を縛り上げ、報告書を書いている最中である。ちなみにこれはもちろん残業である。………大事なことなので2回言うが、今やっている仕事は俺のこの世で最も嫌いな“残業”だ。……もう、現実逃避でもしないとやってらんねぇんだよこちとら。

だが、ずっと現実逃避をしてても終わるもんも終わらねぇし、部下にも申し訳がない為一旦現実に戻るとしよう。
俺は自分の仕事で動かしていた手を一旦止め、部下が先ほど提出してきた被害報告書に目を通し、不備がない事を確認する。こんなボロボロになってて定時だって過ぎてるのに、文句一つ言わずに真面目に仕事してくれるとか本当俺の部下優秀過ぎでしょ…。

「……ありがとな、報告書に不備はないしこれで大丈夫だ。………今回かなりお前たちに怪我負わせちまったし、定時は過ぎてるしで申しわけねェ……あとは俺の方でやっとくからお前らは一旦休んでな」
「なっ、何言ってんですか…!!1番怪我してるのはロイド大佐でしょう!?戦闘はほぼ大佐に任せっきりでしたし、俺たちが重症じゃないのは貴方が守ってくれたおかげです…!謝らないで下さい…!!」
「そうですよ!?むしろ俺たちは今日も大佐に助けられてばかり……休むべき人は俺らじゃなくて大佐です!!むしろもっと俺たちをこき使って下さい!!」
「……ハハッ。お前達はほんっと……」

あー……俺は良い部下持って本当に恵まれている。
俺が怪我をしたのは自分の不甲斐無さから来るものだし、コイツらを守るのは上司として当たり前。戦闘に関しては億越えの海賊を俺よりも階級が下でまだまだ成長盛りのコイツらに任せるのは早いと言う俺の独断の判断だ。それに任せっきりだったと言ってはいるが、俺が動きやすい様にフォローし敢えて身を引いてくれていたのだと言う事をちゃんと俺は理解している。何度か俺が怪我を負った時、身を乗り出そうとした部下を他の部下が止めていたのだって知っている。そしてその止めていた部下も、自分の力じゃどうしようもできない事を理解した上で悔しそうな顔をして我慢していたのだって知っている。
俺の部下は他人を思いやり、自分の力量を知り、認め、今自分に出来る最善策を考えて動く事のできる最高の部下達だ。

だからこそ守ってやりたいと、期待に応えてやりたいと思うのも当然で、億越えの海賊だって死物狂いで戦って勝利を得た。もちろん今日の仕事のノルマだから捕まえたってのが1番の理由ではあるが、それでもコイツらがいたからこそ俺の本領が発揮できたと言っても過言ではない。

……いやー、俺もう自分でも引くぐらい部下大好きだからな……好きすぎて気持ち悪がられない様に気を引き締めるのが大変なぐらいだ。
そしてそんな大好きな目の前の部下達は、ボロボロではあるが仕事に対してのやる気は満々。なら、みんなで早めに帰る為にもお言葉に甘えて仕事を任せるべきか────

プルプルプルプルプル!

「…ん?この音……」
「ロイド大佐!大佐の電伝虫が鳴っておりました為、勝手ではありますがお持ち致しました」
「お、ありがとな。助かるよ」

部下達との話の途中で、突然電伝虫特有の鳴き声が船に響き渡る。
1人の部下が気を利かせて俺の元へ電伝虫を持ってきてくれた為、すぐ様それを受付取れば「ガチャ」と言う音と共に電伝虫の目がこれでもかと言うほど見開かれる。

「っロイド!!無事か!?」
「うおっ!?…って、元帥?え、どうしたんですか、そんな慌てて……」

電伝虫から聞こえた声の主は、まさかの海軍最高位であるセンゴク元帥だった。元帥とは先ほど言ったクソ雉大将の仕事の関係で、大佐と言う階級ながらも頻繁に連絡を取り合っている仲ではある。
だが、今現在受け持っているクザン大将の仕事で緊急を要するものは無かった筈だが……。と言うか「無事か」って、何かあったのか?

「…その声からすると、命に別状は無いな?定時を過ぎたのにも関わらず海軍本部に戻っていないから心配したが──」
「ああ、流石に今回の海賊には手を焼きまして……今からインペルダウンに向かい、諸々の報告等をする為本日ばかりはかなり帰りが遅くなるかと思われます。ご心配誠にありがとうございます」
「………………何?」

センゴク元帥は珍しく定時帰りしていない俺らを気にかけて電伝虫で連絡を入れてくれた、と言うことだったか。
淡々と報告をしてはいるも内心センゴク元帥の優しさに感動していれば、センゴク元帥は電伝虫ごしでも分かるぐらいに動揺を露わにした。と言うか、今俺の目の前にいる電伝虫の顔が驚きで目を見開いているのだ。と言うことはセンゴク元帥も似たような顔をしていると言うことだろう。……いや、でも俺何か変なことを言っただろうか?

「元帥、あの……どうかなされましたか?」
「………お前、もしや…捕まえたのか?今回の、クザンから渡された手配書の海賊を、」
「えっ?まあ、はい」
「なっ!?つ、捕まえたのか!?!?」
「…?そりゃあ、今日のノルマですから」

…なにをそんな当たり前のことを聞くのだろうか?
いやだって意地でも捕まえなきゃ定時帰り出来なくなるじゃん?俺の性分的に、それなら捕まえるしかないでしょうに。側から見たら絶対無理だろうと言う仕事を与え続けられるなんて、前世で既に慣れっこだ。最初は当然だが全っ然こなせなくて謝罪とやり直しの連続。けれども俺は前世のブラック企業を辞めることはしなかった。悲しきかな、窮地に立てば立つほど俺は成長するタイプだから、どんどん仕事をこなせる様になり、最終的にはどんな仕事が来ようが頭をフル回転させ尚且つ維持と根性でどうにかできる様になってしまったのだ。そして、俺の上司や周りの社員もその俺の姿を見慣れすぎた故に俺のその仕事のこなし方を“普通”だと認識していた。だからまさか元帥にここまで驚かれるとは……だって前の上司はどんな仕事をこなしても「おつー。はいこれ次の仕事ね」って感じの反応だったからな…。
いや、でももしかしたら俺が捕まえるべきではない海賊だったのだろうか。それとも今の現状で捕まえるべき海賊では無かったという事かもしれない。海賊討伐の仕事で大佐の枠を超えた仕事はあまりしたことがなかったから、俺の考えが少し甘かった場合もあり得る。

「……あの、元帥。捕まえは致しましたが……その、何か問題があるのであれば遠慮なく仰って頂ければ…」
「…………いや、無事に捕まえてくれたなら問題はない。ただ、実はその仕事は本当はクザンの仕事でな……ロイドには迷惑をかけた。すまない」
「…………ああ、そう、ですか…」

……いや、特に問題が無かったのならそれはそれで何よりなのだが…………よりにも寄ってクソ雉大将の仕事かよ……そして案の定あの人の仕事の分配ミス…。
うん、俺例えどんだけ仕事量多くてもちょっと無理難題の仕事任せられても怒んないし、定時帰りの為に黙々と仕事やるけどさ!!流石にね、流石によ??……ちょっとぐらい俺怒っても良くね??良いよね、ね!

「ちなみに、そのクザン大将は今どちらに?」
「クザンか?クザンなら─────本部のどこかに、いる筈だ」
「そうですか。では、少々ばかり伝言お願いしても良いですか?」
「伝言?」
「はい。お願いします」

俺はそう言って一度ゆっくりと目を瞑り、そしてスゥと思い切り息を吸い込み、意を決して目を開いたと共に吸い込んだ息を言葉に乗せる。

「クザン大将貴方の仕事をやるのはほぼ毎日のことなので別にそれに対して今更文句を言う事は致しません。ですがこれだけは言わせて下さい。このインペルダウンに向かう時間は俺たちにとって残業なんですよ、残業。アンタの仕事の配分ミスで部下にも危ない目に合わすわ残業もするわでマジふざけんじゃねェぞ?帰ったら今回は部下共々特別休暇を申請させて頂きますので宜しくお願い致します。……以上です。少々長く申し訳ないのですが、一言一句お伝え下さると助かります。何卒宜しくお願い致します」
「……………あ、ああ、伝えるとしよう。今回は此方も気付くのが遅くなってしまい申し訳なかった…」
「いえ、センゴク元帥が謝ることは一切ございませんので。…では、俺は仕事に戻ります為失礼致します」

その伝言をノンブレスで言い放ち、俺は元帥に最後の言葉をかけ、電伝虫を切った。
うん、自分で言うのもなんだが予想以上にキレてしまった気もするが、まあ今回は致し方ないことだ。例えこの発言で元帥やクザン大将に嫌われようとも構わないし、俺は後悔なんてものはしない。
俺はチラリと横目で今も懸命に働く部下を目に映す。ボロボロになりながらも、自分の責務を全うしようと努力する彼ら。こいつらが少しでも報われるのであれば、嫌われ役ぐらい幾らでもなってやる。
そんで、今回の俺の残業時間もぜってぇ返して貰うからな!!こちとら定時帰り目標に毎日仕事してんだよ!影で“定時帰りのロイド”っつー謎の異名貰ってるの伊達じゃねェからな!!

そして俺は握りしめていた電伝虫をポケットにしまい、急いで部下の元へ走り仕事へ戻る。
あーー!!1秒でも早くさっさと残業終わらせてやる!!そんで海軍戻ったら早々に特別休暇を意地でもクザン大将から貰ってやっからな!!!
そんな意気込みと共に俺はいつも以上に爆速で仕事をしたのだが────

「…………あららら、まぁ好き放題言ってくれんじゃないの。今回は俺が悪いけどさ……まさかアイツがここまで強いとは予想外だわな……でもおもしれェ。センゴクさん、至急ロイドのやつの昇格手続きしといて下さい。……あ、あとこれを機にアイツの部下達も何人か昇格させましょ」

まさか、特別休暇明けに俺が数年していなかった昇格を勝手にさせられ、遂にクザン大将にまで目を付けられしまっていると言うことを俺はまだ知るよしも無かった。


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