強面上司の圧がヤバい

よしっ、今日も定時帰りだ!!
───と喜んだのも束の間、俺は今日も今日とてある人に引き止められる。

「ロイド、わしの下へ来い!あやつのところじゃおどれは勿体無いにも程があると、何度言えば分かる!!」

バンっ!!とある一枚の紙を俺の机に叩きつける為に、この人が定時の時間と同時に俺の部署までわざわざやってくるのは一体何度目だろうか。俺は「またかぁ、」と驚くこともなく、その人が押し付けてきた書類に一応目を通す。見る前からなんの書類なのか分かってはいるが、一応形だけでも見とかなきゃなぁ……とその書類を見れば、やはり予想通りの書類なのだから俺は思わず苦笑いをしてしまう。

“部署異動願い届け”。
何度見たか分からないその書類に、俺の頬はもう引きつるしかない。目の前にはまだマグマ化はしていないが、確実に少しイラついている三大将の1人、赤犬大将で有名なあのサカズキ大将がおられる。
きっと先日久しぶりに同期で友人であるスモーカーとの飲みの前にテンションが上がり、サカズキ大将の誘いをいつもより颯爽と断ってしまったことに腹を立てているのだろう。

……うん、あの時は流石に失礼すぎたと地味に反省はしております。でもさ、久しぶりの友人との飲みってテンション上がらない?それもスモーカーはスモーカーで、あの時俺の為に態々定時で上がってくれたのだ。友人が態々俺の時間に合わせてくれて定時帰りで飲みとかテンション上がらない方が可笑しくない?

…と、まぁそんな言い訳は一旦置いとくとして、それよりも今は目の前におられるサカズキ大将に俺は向き合あわねばならない。
この人は言わずもがな海軍の中でもトップレベルで頑固である。その為、数年断り続けているのにも関わらず、何故か俺はこの人に「わしのところへ来い」と何年もの間誘われ続けているのが現状だ。
……正直、何故そこまでサカズキ大将がただの一海兵である俺如きに執着しているのか。その理由は数年経った今でも明確には分かっていない。
確か誘われ始めたのは俺がある島で海賊を討伐していた時だったか。記憶は少し曖昧だが、その話をするには数年前まで遡らなければいけない。


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普段と何ら変わらない勤務時間。
この日は仕事のノルマである海賊を討伐しようと部署全員である島に向かっていた時だった。下調べは事前にしていたこともあり、どんな海賊団かどんな島の構造かの情報は粗方頭の中には入っている。
今の時間、目的の島に着き各々が最善の位置に着き海賊団の捕縛をすれば……うん、定時の時間には俺含め部下全員が船に戻りその日は勤務を終える事ができる。そして明日からインペルダウンに向かい海賊を受け渡し、本部に戻って効率よく報告書をこなせば1日も残業する事無くこの仕事は終えられるだろう。

今回の海賊の強さは中の上ぐらい、ただし人数が多く多種多様の武器をつかい民間人を脅し金銭を略奪するとの情報がある。過去の情報を見る限り建物の被害も出ているらしく、大砲や手榴弾の部類も使ってくるだろう。俺の部下と相性が悪い奴はなるべく俺が相手するとしても要注意だ。それと、今回はついこの間俺の部署に異同してきたばかりの部下もいるからな……俺の部署にはまだ慣れていないだろうし、出来るだけ気を配らなければ。

この様に頭の中で今回の仕事の確認をし、島に着いた後は予定通り各々が業務に取り組み無事本日も定時で終了。
───と思いきや、今回は少々誤算が生じてしまった。

その誤算とは、先程の確認事項にも上がっていた異動してきたばかりの部下が前もって計画していた自分の所定位置を誤ってしまい、最悪なことに海賊の懐に行ってしまったことだ。今回の予定としては海賊の懐に行くのは俺と部下である少尉と准尉の階級メンツのみで、他の奴らは民間人の避難誘導と被害の確認、距離をとっての俺達の援護が中心だったのだ。
それなのにまさかまだ慣れていない部下が敵の懐にいるとは思いもせず、俺がその事に気付いたのと同時にその部下が数百メートル先で海賊の1人に斬りつけられようとしているではないか。

俺はこの時、考えるよりも先に身体が動いていた。

少し遠くに離れた部下の元へ、俺は今自分が持っている全ての力を使って真っ先に向かう。地を勢いよく蹴り上げ、なるべく風の抵抗を受けない様に姿勢は低く、目の前にいた大勢の海賊など誰一人視界にすら入らなかった。1秒でも速く。いや、それ以上にもっともっと速く。でなければきっと俺は後悔してしまう。

「海兵如きが俺達の邪魔すんじゃねェ!!!」
「ひっ、うわあああ!!」

そうして走った先で、この世のものとはお前ねェほど汚ねェドブ声を上げながら俺のかわいいかわいい部下を斬りつけようと刀を振り上げる海の藻屑。
俺は最後にこれでもかと言うほど思い切り地を蹴り、俺はその海賊と部下の間に割って入る。
腰に差していた刀を素早く抜き、ガキィン!!と大きな音を立てて火花を散らせば、それが幕開けの合図だった。

「────俺の部下に手ェ出して、無事でいられると思うなよ」

………そしてこの後の戦闘に関しては、申し訳ないことにほとんど覚えていない。
俺は怒りで理性を失い、その理性が戻った時には多数いた海賊は全員地に這いつくばり屍の海と化していた。多くの海賊が泡を吹いて倒れ、その他の海賊は俺の刀によって切られたのか血を流し倒れている。
そんな光景を見て、俺は思わず頭を抱えてしまう。


ああ、またやっちまった。


こんな状況で頭を抱えため息を吐いたのは一体何度目だろうか。
これは俺が部下を持ってから幾度となくしてしまう俺の悪い癖である。実を言うと、なんと俺は部下の命に関わると例えどんな状況でも怒りで理性を失い暴走してしまうという厄介な癖を持っているのだ。
そして理性が戻った時にはこの通り。部下を傷つけようとした奴は全員倒れ、俺1人がその上に立っていると言う状況だ。この状況を見て、「俺は元日本生まれの平和主義者。争いは絶対ダメ!」……なんてどの口が言えるのだろうか。もちろん争いはできるだけ避けた方が良いのは分かる。けれども俺はその平和主義な日本で……いや、もっと詳しく言えば前世のブラック企業で“適応能力”と言うものをこれでもかと言う程に身につけたのだ。まあ、詳しく言えば“環境に従い行動や考え方をうまく切り替える能力”の事だ。簡略的に言うなら「うちはうち、他所は他所」と言う事だ。
うちの会社はうちの会社、他所の会社は他所の会社。と前世叩き込まれ育てられた俺は「日本は日本、今世は今世」と考えを切り替えることなど朝飯前という事。
…まあ、それ以前に俺そこまで戦闘得意な訳じゃ無いんだけれども。周囲や全体を見るのは得意だから作戦とかを考えるのは得意だが、理性吹っ飛んでたら作戦もクソもないし記憶がないからどうやって倒したかも分からない。まあ、一応海軍本部の大佐してるし仕事のノルマ達成の為にそこら辺の海兵よりは戦えるけども。だが、ここまでの数の海賊をどうやって1人で倒したんだか……考えても分からない。

まっ、でも部下が無事ならそれで良いか。

周りを見渡しても俺の部下らしき人物がいないので、きっと助けた俺の部下はこの癖を理解してる俺の古参の部下によって回収されているのだろう。古参の部下はいつも何かと俺が行動しやすい様フォローに回ってくれる為、本当に助かっている。ああもう、俺の部下マジで優秀過ぎる。超大好き。
なんて部下の大切さを身に染みて実感していると、それと同時にふつふつとまた俺の中で怒りが湧いてくる。
それはもちろん俺の部下に手を出そうとした海の藻屑に対してもそうだが……何より、部下を一瞬でも危険な目に合わせてしまい、それを未然に防げなかった自分自身に腹が立つのだ。
今回は部下の危険に直ぐに気付き、守れたから良かった。…だが、もし守れなかったら?怪我の一つで済むならまだ良いかもしれない。もし急所を突かれ重症だったら?……もし、最悪死んでいたら?
──想像するだけで、嫌悪感で自分を殺したくなる。

ああ、もっと念入りに部下に気を配っていれば。まだこの部署に慣れていない部下だ、ほかの奴らにも気にしといてくれと伝えていれば。いや、先ず部下の配置をもっと工夫していれば。
反省点が次々に上がる中、それでも視界に入るのは海賊の屍達。ああ、元はと言えばこいつらが。

「……っ海の藻屑が、調子に乗ってんじゃねェよ」

そんな怒りに任せて放った独り言は、自分が思っていたよりも予想以上に低く重かった。だが、そんな台詞も地に這いつくばる海賊は誰1人返事をしてくれない。……弱えなぁ。弱い癖に、俺の部下に手ェ出しやがって。ああ、でもそんな弱い奴ら相手に、部下を危険に晒してしまったのは紛れもなく俺なのか。
そうやって再び自分自身を責めれば、どうしても頭の中がぐしゃぐしゃなる。

そうやって自分で自分にため息を吐けば、俺の足元からズッ…ズッ…と服を引きずる微かな音がその場に響く。そして俺はその音が分かったのと同時に、条件反射で自分の足でその音源を踏み潰す。
「ぐはっ!?」と足元の藻屑は痛々しい声をあげるが、そんなのに同情して足を離す程俺は優しくない。これでも一度死んでんだ。割りかし平和主義者ではあるが、敵と見做した相手に同情する程の甘ったれではない。

「…チッ……生きる価値もねェ、クズが」

大きな舌打ちと共に足の力を先程よりも込めれば、既に海賊も限界だったのか動くことをピタリとやめた。
そんな海賊の姿を見て、良いのか悪いのか俺の頭は少しだけ冷えた。……おし、今なら冷静な判断ができそうだ。
まあ、1人反省会は帰ってからとことんするとしよう。今はこの海賊をパッパッと縛り上げて船に運ぶのが最優先事項だ。……ああ、それよりも前に部下と民間人が無事かを確認しなければ。足元にいる海賊は見た感じ当分の間起きる事はない……いや、念には念をいれて縛り上げるだけ縛り上げるか。船に運ぶのは部下と合流してからにして、あとは────なんて、いつも通り仕事のスイッチをオンにしたのも束の間、背後から知らぬ気配で近づいてくる輩に気付く。この気配は部下ではない。かと言って民間人は避難をしているはず。…そして、今までの奴らよりも格段に強いと、見ないでも分かるほどに重く熱い気配。なら、答えは分かったのも同然だ。

「……おい。おどれ、名は───」
「───ッ、」

ああ、頼むからもう、いい加減にしてくれ。
怒りが再び湧いて、理性を手放すギリギリでその人物を瞳に写す為に俺は振り返る。そうして俺が目にしたのは、この足元に転がる海の藻屑達の頭─────じゃ、無く、ギラギラに目を鋭く光らせまるで獲物を狩るような野獣の様なオーラを纏った……

「……っ、サカズキ、大将…?」


……………って、は???


………え?いや……いや!?!?…ちょっ、まっ!?待て待て待て!!!
前世のこともあり人より優れた適応能力を持ってしまった俺が、ここまで言葉を失ったのはいつぶりだろうか。適応能力?知るかそんなもん!!
……いや、流石の俺も無理ですこれは。だって振り返ったら海賊でもなく部下でもなく、何であの海軍一の厳格強面大将がいるんだよ。怖えよ。もう一種のホラーだからこれ。だって俺別の意味で理性通り越して意識が飛びそうになったよ?むしろ良く目を見開いて固まるだけで済んだな俺。普通の人間だったら絶叫して失禁してもおかしくねェだろこの状況。
……ってかそんなん今はどうでも良い。何でサカズキ大将がここにいる!?

未だこの状況が飲み込めていない俺に、サカズキ大将は何を思ったのかまるで長年求めていた獲物に出会えたかの様にギラついた瞳を向けたまま口角を上げる。

……え?俺死ぬの?

思わずそう思ってしまう程に目の前の大将は怖い。…いや、俺サカズキ大将と今までほぼ関わりなしだったから怖いや苦手などの感情を抱いた事は無かったが、そんな俺でもこれは流石に怖い。
ああ、かわいい部下を助けて死ぬならまだしも、ほぼ関わりが無い上司の謎の圧で死を感じるとか本気で泣きたいのだが。
……いや、と言うか、何故俺はこの人に謎の圧を向けられているんだ?サカズキ大将との関わりなんて海軍本部ですれ違った時に俺から挨拶をする程度。先程も言った通り、仕事での関わりもプライベートでの関わりもほぼ無いに等しい。それじゃあ、何故──

「……おい」
「っ!!」
「…おどれの名を教えろと、聞いちょる」

固まる身体とは反して、様々な考えを巡らせていた俺の思考はサカズキ大将の声でピタリと止まる。ああ、そう言えば俺の名を聞こうとしていたのか、この人は。
サカズキ大将の表情は知らぬ間に普段の表情に戻り、まるで俺を見定めるかの様に真っ直ぐと俺を見ている。
考えても考えてもこの人が何を考えているかは分からない。だが、今は名を応えなければいけない。それだけは分かるから、俺は驚きと恐怖で乾き切った喉で無理矢理自分の声を絞り出した。

「っ……大変、失礼致しました。名は、ロイドと申します。階級は恐縮ながら大佐を務めております」 
「!!……ロイド、じゃと?」

そう言われた通り名を言えば、サカズキ大将は一瞬だけ目を見開いたのと同時にいつもの眉間のシワを更に寄せた。
……この反応、もしかしてサカズキ大将は俺のことを知っている?大佐と言う階級で、能力者でもない俺。だが、俺は自分が他の一海兵よりかは海軍本部で“ある意味”有名なのを自覚している。そして、ある異名が付いているのも知っている。もし、その異名をサカズキ大将が知っていたら?

……死ぬじゃん、俺。

この瞬間、全てを悟った俺はブワッと背中に大量の冷や汗が流れる。
ヤバい、これは墓穴掘ったかもしれない。定時帰りなんて一度もしたことが無さそうなサカズキ大将が、ほぼ毎日の様に定時帰りをしている俺のことを何も思わないはずがないのだ。もし、その噂を知っていたとしたら確実に俺はサカズキ大将に良い様には思われていない。
まあ、もちろん俺は俺でサカズキ大将に定時帰りを辞めろと言われても定時帰りを辞めるつもりなど毛頭無い。これだけは絶対に譲れないのだ。……理由?俺がこの世で一番残業が嫌いだから。そして部下に昔の俺と同じ様な目に遭って欲しくないから。前世の死因が過労死だった俺に、それ以上の理由なんていらないだろう。
だが「前世過労死で死んだんで定時帰りしてます」なんて馬鹿正直に言えるわけもなく、仮に言ったところでサカズキ大将が納得しないのは分かりきっている事だ。
……さて、どうやってこの場を逃げきろうか。

いや、でもやはり分からないことがある。
何故サカズキ大将がここにいるのか。そして何故俺を見てあの厳格なサカズキ大将が口角を上げて笑った?

俺は今、サカズキ大将が何を考えているのか全く分からない。だからこそ、何故この人が何かを理解した様な顔で俺を見つめたのか、俺には到底理解が出来なかった。そして、そんな表情で口を開き俺に投げかける言葉に、俺は目を見開くしかない。

「……おい、ロイド。わしのところへ来い。おどれに今の居場所は合っとらん……わしの下につき、おどれの中に潜む“真の正義”をわしの下で磨け…!」

─────は?
真っ直ぐと真剣な表情で俺を見て、拳を握りしめ熱く俺に訴える海軍一厳格な赤犬大将。

……何を言っているんだ?この大将は?

先程まで怖いやら冷や汗やらでキャパオーバー寸前だった俺の思考は当然のように一瞬で止まる。「ワシノトコロヘコイ?」「シンノセイギヲワシノモトデミガケ?」
………何を言っているんだこの大将は?(2度目)
目を見開き、俺は瞬時にこれでもかと言う程に頭をフルで回転させてもサカズキ大将の考えてることは分からない。当然だ。何故ただ名乗っただけで俺は大将に勧誘されてるんだ?それもさっきの反応だと俺の噂知ってんでしょ?え、それとも何?定時帰りする様な奴ですら勧誘してしまう程サカズキ大将の部署は人手不足なのか??
………おい、待て。もしかして、本当にそうなのか?いや、だがそうだとしたら全ての辻褄が合う。何故サカズキ大将がここにいるのかは分からないが、何故俺を見てあの厳格なサカズキ大将が口角を上げて笑ったのか。それはまだ勧誘したことの無い海兵……俺に出会ったから。俺の名前を聞き、眉間にシワを寄せたのは俺の噂を知っていたから。そしてそのあと何かを理解した様な顔で俺を見つめたのは、「わしの下についてからその根性を叩き直せば良い」と判断したから…?


「……えっ、絶対嫌です」


……あっ、やべっ。今、俺本音を声に出して───
そう自分の失言に気付いたのと同時に、その場の空気が一瞬にして熱気へと変わったのを肌で感じる。汗さえも蒸発してしまう様なこの熱気。ジュッ、と地面が焼かれる音とボコボコと水では無い何かが沸騰する様な音。これら全ての発生源は、目の前にいる大将なのだと一瞬にして理解をした。
そしてもう一つ理解した事といえば……今、大将は俺の発言によって大層お怒りになっていると言うこと!!!


─────────────────────


───と、あの時は一歩間違えれば海賊から救おうとした島を俺の失言のせいで全焼させてしまうところだったのだ。これは伊達に自殺願望無しでブラック企業に死ぬまで勤め精神の強さはレベル100を既に超えている俺でも流石に笑い話にもならなくてむしろ震えた。
そしてなんやかんやサカズキ大将の怒りを抑え、収まった瞬間に速攻で部下と倒した海賊を引き連れて逃げたのだが……もちろん、これで逃してくれないのがサカズキ大将であった。

そのあとも事あるごとに鍛錬に誘われたり、見定めるかの様に穴が開くのではないかと思うほどの視線を向けられたり、海軍本部内ですれ違えば「わしの下へ来い!」、すれ違わなくても直々に俺のところへ来て「わしの下へ来い!」と猛烈な勧誘は止まる事はない。
と言っても、俺も俺で仕事を理由にその勧誘を避けて避けて避けまくってはいた。まあ、仕事が忙しいのは嘘では無いしな。俺の部署は定時で帰る代わりに他の部署より仕事盛られてるし、それ以外にも俺は元帥に任されたクザン大将のサボった仕事を捌くので忙しい。
だが、避けに避けまくってもサカズキ大将は諦める事を知らないのか、むしろ当初よりも目をギンギンにして今でも俺のことを勧誘してくると言うわけだ。

それにしても、何故ここまで俺に執着しているのかは未だに謎だから不思議である。
あのあと調べて分かったことだが、あの時あの島にサカズキ大将がいたのは近くで別の仕事をやっており、たまたま降り立ったのだろうと言うことが分かった。そしてサカズキ大将の部署も調べてはみたが、格段人手不足であるという訳ではなさそうなんだよな。まあ、海軍なんて万年人手不足の様なものなので1人でも人手が欲しいと言う気持ちは分からなくはないが。それでもほぼ毎日定時で帰る様な俺を欲しがる理由が分からない。確かに他の奴らよりは仕事は出来る自覚はあるよ?だって前世は超がつくほどのブラック企業で死ぬまで働いてた人間だからね。けど、それだけでここまで執着されるとも思えないから不思議である。

そして、これもまた不思議な話ではあるのだが、そんなに執着されてしまえばサカズキ大将のことをちょっとは気になるのも仕方がない話で、この時から俺も俺でちょっとだけサカズキ大将のことを気にし始めたのだ。
そしたらまあ……これがこれで悔しながらに面白い結果となる。
関わる前のサカズキ大将の印象は、「強くて仕事に熱心でクザン大将とは全然違うタイプだな」と言う簡素な印象。だが意識してサカズキ大将のことを見てみれば、印象は思っていた以上にガラリと変わる。
先ず、サカズキ大将の圧倒的な仕事の出来っぷり。ブラック企業出身の俺でも思わず見惚れる程の無駄のない仕事のこなし方は思わず目を見開く程である。俺はサカズキ大将の直々の部下ではないから、俺が見た仕事風景はごく僅かなものだとは理解している。けれどもそれを理解していても尊敬せざる負えなかったのだから、それがきっとサカズキ大将の凄さを物語っているのだろう。
そして言い方は悪いが、サカズキ大将は部下の使い方が圧倒的に上手い。何処にどの人材を配置し仕事を最も効率よくするか、そしてどうすれば寄り部下を成長させこれからの仕事に生かせるか、何もかもが隙がなく完璧であった。非があるとすれば、部下の精神面や肉体面の限界を気付かぬふりをしているところが多々あり心苦しい面があったと言うところだろうか。それに関してはサカズキ大将の方針であるからして俺は目を瞑るしかないが、それを踏まえたとしてもサカズキ大将の圧倒的な仕事の出来っぷりに思わず感動してしまったのだ。
……更に正直に言えば、きっとこの人の下につけば、俺は前世で得たものよりもそれ以上のものが得られるのだろうと第六感で悟ってしまった。そしてそれは確実に、自分の成長にも繋がる。そんな直感に、柄にもなく俺は感情が込み上げ、震えてしまったのを今でも鮮明に覚えている。

あれは多分、自分が成長出来ると確信した喜びだ。

幾つになっても成長というものは喜ばしいことである。
なんてどっかの偉い人が言いそうな言葉を、まさか自分が感じてしまうとは。これは流石に笑うしかない。だってブラック企業に勤め死ぬまで無理矢理…と言うか気づく暇もなくここまで仕事が出来る様に成長してしまった俺。そんな成長し切ったであろう俺が、未だに成長したいと思うだなんて。悔しいが、サカズキ大将の仕事の出来はそう感じてしまうほどに勉強になると言うことなのだろう。
……だが、そうは感じてもあの“徹底的な正義”を掲げるサカズキ大将だ。
あの人の下に着くのであれば、残業は確実に避けられない道。それが……それだけが嫌なのだ!!

だから俺はあの人の下に行くことは絶対にない。

それだけ俺は残業が嫌いだ。自分の成長を犠牲にしても、これだけは命に変えても絶対に譲ることはできない。だって前世の俺は命に変えて残業しちゃったからね。これ、本当の話だから笑えないんだよなぁ。まあ、それにかわいい部下を置いて他の部署に移動するなんて俺にはできやしないしね。

───だから俺は影ながらサカズキ大将のことを尊敬しながら、今日も今日とてその大将のお誘いを断るのである。

「サカズキ大将……お誘いは嬉しいのですが…」
「……ロイド、いい加減腹を括ったらどうじゃ……おどれの力を最大限に引き出せんのはこのわしじゃァ」
「……いや、ですが…」
「…………今日と言う今日は、逃がさんけェのォ」

……さて、今日はどうやってこの目をギラギラさせた頑固な強面大将から逃げようか。
そんな問題に頭を悩ませて、俺は今日も毎度のことながら頬を引きつらすのであった。

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