「つ、かれたぁー……」
ボフッと音を立ててベッドにダイブした私は、そのままもぞもぞと布団に入り、枕に顔を埋める。
「もう無理、もう動けん、動きたくない」
誰に言うでもなくぶつぶつと呟いて、目を閉じて体の力を抜けば睡魔は簡単に訪れた。
圧縮袋から取り出した布団は幸いにもお客さん用ということもあって、あまり使われておらず綺麗なままで、人数に対して一つ足りないにしても、今は夏だし、敷布団と冬用の掛け布団を広げればさほど問題はないだろうと、二人分の寝床を作った。
部屋はリビングと続き間になった和室。フローリングよりも柔らかい床は、おそまつな寝床でも少しはフォーローしてくれるだろう。
タオルケットは一枚だったけど、その不足を補うように膝掛けやハーフケットも渡したし、念の為にとトイレの場所も教えといたので、後はもういいだろうと、早々に寝室へと帰還したのだ。
「床掃除は明日でいいよね」
和室前まで歩み寄った二人が、靴を履いていたのはちょっと予想外だった。外から来たなら致し方無いにしても、来てから一応それなりに時間が経っていたんだから当人たちも気づかなかったのだろうか、やっぱ外国人? と思いつつも、脱いでくれと頼めば、すんなりと了承してくれて、着物の男に関しては悪ぃ、との謝罪を頂けた。
着物を着ているということもあってか、察してくれたのだろうか。半裸の男はちょっと不思議そうだったもんな。
「明日は……どうしようかな……」
当初は家に散りばめられたダンボールを片す予定だったが、別の問題が舞い込んだのだから、すんなり片付けに費やせる時間をどのくらい取れるのかは今のところ疑問である。
そんな事を考えながらも、じわりじわりと浸食していく微睡みにの濃さに、抗うことなく身を委ねて、私はそのまま眠りについた。
目覚めた頃には体の疲れも取れて、体感的にもぐっすりと寝れた事がうかがえる。それでも気を抜けば再び二度寝をしてしまいそうになる自分自身に、今日はやることがあるのだと叱咤して、一つあくびをしてから起き上がった。
取り付けたばかりのカーテンを開けば、太陽の光が寝室へと流れ込む。
電気を点けずとも充分に明るくなった室内には、ダンボールが乱雑に置かれていた。
普段使いの服は昨日のうちにクローゼットに仕舞い込んだから、この部屋にあるダンボールは細々とした小物類やアクセサリーの類いと、それから季節外れの衣類に、仕事関連の物。
週明けの明日からは、仕事も通常通りあるのだから、仕事関連の物は早々に出して整理しなくては。
後は他の各部屋に置いたダンボールも、今日中になんとか片したい。キッチン用品もちゃんと出して仕舞っておかないと、仕事がある日に料理をするのがめんどうになってしまう。
今日のうちにやってしまいたい事を脳内で順序立てていきながら、寝室を出て洗面所へ向かい顔を洗った。
引っ越しなんてイベントがなければ、休日はいつもだらだらと怠惰貪っているが、今日はそういうわけにもいかない。それどころか、今日中に終わらなければ次の休日もいつものようにはいかなくなるんだろう。だからこそ、なるべく今日のうちにやってしまいたい。
幸いにも引っ越し前に結構な量の断捨離をしたおかげで、持ってきた物は少ないはずだから、頑張れば案外すぐに終えれるかもしれない。
やる気よ来い。
とりあえず、何にせよ朝ごはんだ。食べなきゃ力が出ないもんね。
洗面所から、朝食を作るべくリビングへ。ガチャリとその扉を開けて――閉めた。
あれ? なんで男がいるんだ?
そう思ったのは数秒で、すぐに昨夜の記憶がよみがえって、ああ、そうだったわ、と思わず顔がヒクついた。
だめだ。片付け、今日だけじゃ終らない。
「おはようございます」
気を取り直してもう一度扉を開けて、そう挨拶をして足を進めた。
「お、おう」
「おはようさん」
なんだか戸惑いが拭えない感じをかもし出す二人は、それでもちゃんと反応を返してくれた。
そんな二人を横目に、私はキッチンへと歩いて冷蔵庫を物色。
ある程度の食材は昨日の昼間に最寄りのスーパーへ行って買ってきていたから、朝食ぐらいなら三人分でも作れそうだ。
ご飯は炊いていなかったので、ロールパンをトースターに並べてスイッチオン。
鍋に水を張ってコンロに火を付け、適当に乱切りしたウインナーとキャベツを投入。そして隣のコンロでは、温めて油を敷いたフライパンに卵を三つ割り入れて、火力は弱火。
蓋を少しずらしてゆっくりと目玉焼きが焼かれていく間に、洗って切った水菜とツナに、市販のイタリアンドレッシングをかければ超簡単、即席サラダの出来上がりだ。
ぐつぐつと沸騰しだした鍋に、火力を落としてコンソメと塩コショウで味をととのえれば、こちらも超簡単即席コンソメスープの出来上がり。ウインナーがいい出汁だすんですよこれが。
焼き上がった目玉焼きとロールパン、それとサラダを一つのプレートに盛りつけたものを三つ。マグカップにはスープを注いだ。
全てが簡単ながらも、それなりに出来た朝食をローテーブルへと運んで適当な位置に座る。その間ずっとこちらを観察していた二人に、私は笑顔を努めて声をかけた。
「簡単なもので良ければどうぞ、召し上がって下さい。いらなければ私が食べます」
どうにも居づらさが拭えないような二人に、かえってこちらが気を遣ってしまう。昨日の今日で、ほとんどが初対面だし、起きた事情の現象も、話の内容からして未だ不可解なのだから無理もないけど、なんだかなぁ……。
二人を待たずに私は手を動かして、もぐもぐと食事を開始した。
戸惑いも、不信も、感じるのはお互い様だろうし仕方ないと思う。“違う世界から来た”っていう事は、私にはちょっとピンとこないけど、二人にとっては、昨夜の様子から“あり得なくもない事”だと納得出来る現象のものらしいし、こういう不思議な現象に対する耐性というのは、私よりも二人の方が案外身近だったりするのだろうか――と、思っていたけど、違うのかな。
何にせよ、物事というのは焦ったところであまり変わることはない。かといって、呑気に過ごすのもどうかとは思うけど……。私が悠長すぎなのか?
「うまっ! おい、これおかわりあるか?」
「おい、エース。ガッツキ過ぎだ。飛び散ってんじゃねェか。今日ぐらいゆっくり食え」
食べながらも思考を巡らせていれば、気付けば二人も食事にありついていたようで、聞こえた声に視線を動かせば、半裸の男の皿は既に空っぽだった。
「……あ、っと。ごめんなさい、スープとパンならまだありますけど……。卵、焼きます?」
「おう! 悪ぃな。あ、スープとパンもくれ」
見てないうちに空になっていた為に、いったいどれをおかわりしたかったのかはわからなかったが、スープとパンはまだあるし、卵もサラダも作るのは簡単だからすぐ出来るから、一拍遅れの反応を返したら、半裸の男は昨日と今日の間で一番の、ニカッとした笑みを見せた。
そんな半裸の男を横目に、着物の男は呆れたように苦笑いをしている。
「すまねぇな」
そう言いながらも、どこか楽しそうに見受けられて――。いつの間にか、どこか重かった空気が少し和らいでいた。
食の力は偉大なり。内心、そう呟きつつ、キッチンへと足を進めた。
どうやらあの半裸の男、食欲旺盛っぽいし、どうせなら他にも追加で作ってしまおう。
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