腹のあたりを抑え込む三郎。駆け寄る八左ヱ門。拳を握る私。
第三者から見たらさぞ不可思議な光景だろうと思う。というか、当事者である目の前の2人だって今何が起こったか分かってない顔をしている。でしょうね。
まさか500年ぶりに再会したかつての級友に挨拶もそこそこグーでみぞおちを殴られるなんて思ってもいなかっただろう。だから殴ったんだけど。意表を突くつもりだったし、渾身の一発をお見舞いしたつもりだったのだが。

「お、おい和月!?」
「うーん。演劇ってやっぱ身体しっかり作ってんねー」
「なっ・・・にすんだよいきなり!!」

咳こみつつもしっかりと返事をする三郎にはほとほと腹が立つ。こっちは膝をつかせるつもりで一発入れたのに、上半身を丸め込み立ったまま耐えている。八左ヱ門が横にいるが、三郎を支えるほどではないと判断されたのかその背中に片手を添えているだけだ。全く、腹が立つ以外に何があるっていうんだ。

「何って・・・さっき言ったでしょう。“こうしよう”って決めてたって」
「そうじゃねぇよ!何で殴った!?俺殴られるようなことしたか!?つーかいつ決めたんだよそんなこと!!」
「何よ、元気じゃない。・・・もっと鍛えておけばよかったわ」

自分の握る拳を見てため息。全く。チートは健在か。

「何で?殴られるようなこと?いつ決めた?・・・自分の胸に手を当ててよーく考えなさい、鉢屋三郎」

その言い様に、男2人の肌が粟立つ。
鉢屋にはわからないだろうが、竹谷にははっきりとわかる。わかるからこそ余計に背筋が寒い。さっきまで2人で話していた時とはまるで口調が違う。今、ここにいるのは“くノ一の和月”だ。
考えてたことが顔に出たのだろう、和月は竹谷を見てくすりと笑った。

「おい三郎、わかってるよな・・・」
「・・・さっきから忍び装束が見えてるから心配するな」

幻覚か彼女の威圧が見せるものか、桃色の衣がはためく。

「それで?三郎、思い当たる節は?」
「・・・・・・前世の、お前の、・・・・・・さいごか」

絞り出すような声で響いた音は、それだけで和月を納得させる答えだった。
空を斜めに見上げ、目をつむる。深く息を吸って、少し止めてから吐いた。まぶたを開けると、暗い夜空とほんのり光る街灯。聞こえてくる雑踏が心地よい。
目線を三郎へと戻すと、くノ一の悪戯心がうずいた。もう少しくらいいじめてやろうか。

「・・・そうね。私の最期を知っていたのに、雷蔵を影武者にして来なかったのはどこの誰だったかしらね」
「お前・・・っ、覚えて、いるのか・・・」
「ちょっとだけね。・・・で?私に何か言う事は?」
「・・・・・・悪かったと、思ってる・・・。殴られても文句は言えない・・・」

沈みうつむく三郎に、その隣で黙り込む八左ヱ門。八左ヱ門がその時にどうしていたのかは知らないが、この様子を見る限りだと私の最期について誰かから聞いていたらしい。2人して過去に後ろめたい思いを抱いているようなので、そろそろ許してやるか。
私は、今世でこんなに暗い関係性を望んだわけではない。あの温かい学び舎で過ごした時間を、もう一度繰り返したいだけなのだ。卒業後を想ってうすら寒い感情を抱くことなく、常に隣にある死を感じることなく、あの幸せだった学び舎の時間を、戦のない平和な時代で過ごしたいだけなのだから。
もう一度、大きく息を吸って、吐いた。

「以上!前世の私からの伝言でした〜」
「「・・・・・・・・・は?」」

見事に男2人の声が重なる。さっきまで苦しそうな顔をしていたのが一転ぽかんと呆けた表情だ。
ちょっと面白い。

「だーかーらー、室町時代の和月からの伝言だって。・・・いや、殴るのは伝言じゃないね。伝動?」
「ふざけてんのか」
「ふざけてないって!本当!・・・“一番最初にこうしようって決めてた”のは確かだけど、前の私が決めてたのは“一番最初”だけ。一発殴ったら、それで全部許そうと考えてたの。マジで」
「は・・・」
「はは・・・和月らしいな」

以前として呆けているのは三郎、引きつりながらも同意してくれたのは八左ヱ門。さっきまでの話し方に戻ったからだろう。八左ヱ門の方が緊張が解けているように見える。

「だから、これでこの話はおしまい!」
「いや、でも・・・!」
「でももしかもないの!死んじゃった私がもういいよって言ってるんだよ?これ以上誰に許されたいの?大体もう終わった話じゃん。何なら500年以上前の話じゃん。今さら過去は変えられないわけだし、今こうやって三郎と八左ヱ門にまた会えたことの方がよっぽど大事だよ」

ね、と同意を求めてみるも、三郎はまだ納得していない様子だった。眉間にしわを寄せ、ぐっと唇を噛み締めている。視線は私に合わせようとせず、斜め下を見つめている。
私は三郎の頬へ両手を伸ばし、思いっきり顔ごとこちらへ向かせた。配慮?知るか。

「あのねぇ!!」

三郎の顔面に向けて至近距離で叫ぶ。
そういえば、三郎の素顔を見るのは過去の記憶を含めて初めてかもしれない。触れるのは・・・・・・さぁ、どうだったかな。

「私は!あんたに!そんな顔させたくてずっと探してたわけじゃない!!」
「!」
「そんな腑抜けた三郎に会いたかったわけじゃないの!」

真っ直ぐ目を合わせて言えば、ゆっくりと開かれるその瞳の奥に私が映る。頬に添えた手を外しても、私の影は映ったまま。
そしてゆっくりと開いた口からは力のない声が出た。けど、その音はほんの少し笑っていた。

「・・・腑抜けたって、失礼なやつ・・・」
「事実を言って何が悪いの?」
「お前ってそういうやつだよな・・・」
「変わってなくて安心したでしょ」

そこまで言ったところで、隣から笑い声が聞こえた。八左ヱ門だ。
三郎と2人してそちらを見れば、お腹を抱えてひーひー言ってる彼がいた。笑いすぎ。

「何笑ってんの!」
「何笑ってんだ」
「いや悪ぃ悪ぃ・・・!我慢できなくて・・・!そんなに振り回されてる三郎なんて久しぶりに見たからな!ふははは!」

八左ヱ門は笑いながら私の肩に腕を預けた。

「はーあぁ・・・いいもん見せてもらったなー」
「いいもんってお前なぁ」
「まあまあいいじゃねぇか!それよりせっかく会えたんだし、飯でも行かね?積もる話はそれからでもいいだろ!俺腹減ったわー」
「それもそうだね、話したいこといっぱいあるし。私ハンバーグがいいな〜」
「・・・隣駅に美味い店がある。そこ以外認めん」

そうして3人はやっと動き出した。
ほの明るい街灯の下を抜け、人々の行き交う波へと飲まれていく。いつかのように中身のない、意味なんて欠片もないような他愛ない会話をしつつ、やがてその姿は雑踏へと紛れていった。


2017.10.05

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