立ち話もなんだからと、和月が座っていたベンチに横並びに座った。
それから2人でいろんな話をした。
過去ではなく、今の話を。この時代で、どのように生きているのか。

「えっ、農学部?」
「おう。こっちでも生物から離れらんなくてな」
「八左ヱ門らしいや・・・じゃなくて!私!同じ大学の経済学部!来月から3年!」
「はっ?同じ大学かよ!?また同級生!?」
「またって何よ!またって!!」

今、家族はいるのか。

「俺は前と変わんないよ。・・・和月は?」
「私は・・・私も、変わんない。前の、小さい頃と」
「えっ、てことは・・・つまり、」
「お父さんと、お母さんと、弟と。4人家族なの」
「そっ・・・かぁ、・・・良かったな!」

今、どこですごしているのか。

「生まれはこっちなんだけど、実家は今九州なんだよねぇ」
「へぇ、じゃあ今はこっちで一人暮らし?」
「そう、来週からちょっと帰省するんだ。八左ヱ門は?」
「俺は実家。大学からはちょっと遠いけどな」

他にも他愛ない事をたくさん喋ったと思う。
あまりにも他愛なくて覚えていないのか、昔の仲間と出会えたことに動揺して覚えていないのか、その判断すらままならない。
そうしてふと思った。私、八左ヱ門を待ってたわけじゃないよね?

「ところで八左ヱ門、どうしてここに?」

そう。私は三郎を待っていたのであって八左ヱ門ではない。
出会えたことは嬉しいが、それとこれとは別である。

「どうして・・・って、俺、三郎に言われて和月を探しにってあーーー!!!??」

大声と共に勢いよく立ち上がった八左ヱ門は、見上げる形になった私にもわかるほどに狼狽えている。
「やっべ」とか「忘れてた」とか「どうしよう」とか、聞こえる言葉の断片は、表情が見えなくてもパニックになっていることがありありと漏れ出ている。おいおい八左ヱ門、忍術学園だったら落第ものだよ。
そして今、彼の口から聞き捨てならない名前が聞こえた気がする。

「ちょっと待って八左ヱ門。今、三郎って言った・・・!?」

慌てる竹谷の腕をつかみ、和月も立ち上がる。
和月につかまれたことで竹谷も少し落ち着いたらしい。意味もなくわーわーと口から言葉を発することをやめ、自分よりも少しだけ下にある彼女の顔を見下ろした。

「あ、ああ・・・そもそも俺、三郎に言われてお前を探してたんだよ」
「どういうこと・・・?」
「お前、さっきここでやってた舞台見てただろ?そんで、舞台に出てきた三郎と目が合った」
「うん」
「・・・・・・、三郎は今回出演者で、すぐには舞台裏から出てこれなかったんだ。それで同じ劇団に所属している俺に、代わりにお前を探してきてくれって頼まれたんだ」

嘘は言ってない。演者がすぐに表へ出てこれないのは本当で、例えあの場面で三郎が飛び出していたところで、俺や劇団スタッフに足止めをくらっていただろう。結果、俺が和月探しを頼まれていたことに恐らく変わりはない。
三郎の葛藤など、わざわざ教える必要はない。

「そっ、か・・・」

和月はそう一言発すると、今まで見上げていた俺から視線を下へ外した。
俺の言い訳に納得していないのかとひやりとしたが、次の瞬間上げられた顔は笑っていた。

「つーか、八左ヱ門が劇団員ってちょっとウケる」
「ウケるってなんだ!ひどいな!」
「だって、三郎は何となくわかるけど、八左ヱ門が演技って・・・ふふっ」
「あのなぁ!これでも真面目にやってんだ!一応次の演目で役ももらってんだからな!」
「へぇ、それは見に行かないと。・・・あとで三郎に確認するからね?」
「おお!しろよ!・・・っと、違う違う。三郎に連絡入れねえと・・・・・・」

ちょっといいか、と携帯を取り出した竹谷に、和月はうなずいた。
竹谷はLIME(ライム)で連絡をするべく、アプリを起動させ鉢屋とのトークルームを開こうとしたその瞬間、着信音が2人の間で響く。表示画面には「鉢屋三郎」。
げ、と小さく呟いた声は和月にも届いた。コール音だけが2人の間にある。和月は早く出なよと目だけで言った。すぐに連絡しなかった後ろめたさがあるのか、竹谷はほんの少し逡巡してから通話ボタンを押した。

「も、もしもし。・・・・・・・・・・・・いや、劇場横。てかお前終わんの早くねぇ?まだ公演終わって1時間たってねぇだ、・・・・・・おいまじかよ、大丈夫なのそれ」

竹谷側に立つ和月には、三郎の声は聞こえない。でも、どうやら三郎は何か無茶をしていることは把握できた。

「・・・・・・それ、怒られんの俺じゃねぇの・・・?やめろよマジで・・・」

ガクリと首を前におった竹谷の背中遠くから、がちゃんと金属音が聞こえた。続いてバタン、と重い何かが閉まる音。

「そんなことはどうでもいいんだよ」
「どうでもいいって三郎お前なぁ!」
「あいつ、いたか?」

目の前の八左ヱ門と、遠くから聞こえる声が、どうして会話しているのか。
会話の合間に聞こえる小さな足音は、確かにこちらに近づいてくる。

「ああ、それなんだけど、」
「まぁいい。とりあえずお前んとこ行くから。どこにいる?」

建物の影で輪郭しか見えなかった人影が、街灯の下に現われる。はっきりとその姿を見せる。
無造作な明るい茶髪に、あの強い瞳。薄手のコートを着ているものの、その身体の細さがわかるシルエット。
私の見つめる先に八左ヱ門も気付いたようで、自身の背後を振り返った。携帯での会話をやめ、その手を頭上で大きく振る。

「おーい!こっちこっち!!」

それに気づいた三郎も、携帯を耳にあてるのをやめ、手を挙げて、

「はちざえも、ん、」

固まった。

「・・・」
「・・・」
「・・・」

3人とも、誰も何も喋らない。否、喋れなかった。
鉢屋は挙げた手を下ろし、ただ真っ直ぐに和月を見つめて。
和月も鉢屋を真っ直ぐ見つめたまま。
竹谷は2人の顔をちらちらと交互に見ている。
世界が止まってしまったと竹谷が錯覚してしまうほど、3人は、誰も動き出そうとしなかった。すぐそこでは今も人々が行き交う雑踏が聞こえているのに。まるでここには3人しかいないかのように。

「・・・三郎」

そんな静寂を破ったのは和月だった。
空気が震えれば、そこから動き出すのは簡単だった。和月は、真っ直ぐに鉢屋を見つめ、ゆっくりと歩き出す。一方鉢屋は、名前を呼ばれ和月が動き出してからずっと地面を見つめている。
地面を見つめる鉢屋の視界に人影が映る。それは自分の目の前で動くのをやめ、何度か深呼吸をした後に、ぐっとその拳を握りしめた。わずかに震える彼女の拳は、いったい何を思っているのか。

「・・・三郎」
「・・・」
「ねぇ、三郎ったら」

息が、うまく出来ない。
あんなに会いたくて、八左ヱ門を使ってまで捕まえたあいつが目の前にいて、自分の名前を呼んでくれていて、なのに顔をあげれなくて、うまく呼吸もできなくて。俺はいつからこんなに臆病になったんだろう。

「三郎・・・っ」

―――三郎。

その、泣き出してしまいそうな、でもそれを堪える声音に、過去の記憶が重なった。
二度と逃げないと誓ったのは、俺だ。
関節が白く浮き出るほど強く手を握り、ゆっくりと顔をあげる。
その顔は、案外自分より下にあった。ほんの少し見下げる位置。過去の記憶とは違う場所に。でもその笑顔は変わらず。初めて見るはずの笑顔なのに、どこか懐かしく、安心する表情だった。やはり、彼女なのだと。

「・・・やっとこっち見てくれた」
「・・・和月」
「名前も・・・やっと呼んでくれたね・・・」
「和月、俺・・・」
「三郎」

ぴしり、と何か鋭いものが3人の間を通り抜けていった。・・・と、鉢屋は感じた。
今の“三郎”は、今までと何かが違う。やけに芯の通った、意志のある固い声だと思った。
過去の自分が何か叫んでいる。闇に生きていた前世の勘が警鐘を打ち鳴らす。
やばい。

「私、あなたに会ったら一番最初に“こうしよう”って決めてたんだ」

やばいと思った時にはもう遅かった。
満面の笑みでこちらを見上げる和月の表情は、間違いなくくノ一のそれだった。条件反射のように背中に寒気が走る。500年経った今も、くノ一への恐怖心とはぬぐえないものであるようだ。こんな形で知りたくはなかったが。
鉢屋が構える暇もなく、和月の渾身の右ストレートがみぞおちへとクリーンヒットした。


2017.10.01

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