退場した3
指定されたビルの屋上へ、真胎蛋含め全員が集まった頃、赤ずきんはいつの間にかそのフードを黒いものへと変えていた。夜に紛れ、目立たないようにだろう。事実、以前僕と路地裏で相対した際にも最初は黒いフードを被っていた。おそらく赤いフードは客前に出るための正装なのだ。
その赤ずきんは、ヘルサレムズ・ロットの外側の空を見つめたままじっと動かない。・・・・・・正確には狼のマスクのおかげで、目を開いてるかは定かではないのだが。
「スターフェイズ」
赤ずきんは、顔を動かさないまま僕の名を呼ぶ。
「・・・何かな」
僕が返事をしても一切動く気配がない。
「言い忘れてたけど、私を戦力に数えないでね。対“血界の眷属”戦闘集団は貴方達で充分間に合ってるわ」
「ああ、了解した。ただ、自分の身は自分で守ってくれるかな」
「そうね、そうするわ」
言葉にはしてないが『“血界の眷属”と戦うことは契約内容に入ってないから絶対やらない』という意味合いだろう。僕らとしても、普段一緒に戦わない人員が入ると連携が取りにくいのでウィン・ウィンだ。
ようやく空を眺めることを止めた赤ずきんが、我々の方を向く。ぐるりと面々を眺め、最後にクラウスで視線が止まった。
「お伝えするわ、ラインヘルツ。そしてライブラの皆さん。・・・・・・半身は、飛行物体・・・おそらくジェット機の先頭に張り付いて乗り込んでくる。操縦席には人類ではない何かが乗っているけど、斗流血法の使い手だから汁外衛殿の弟子かしら」
「左様。斗流血法・シナトベの正当後継者じゃ。貴様のはカグツチ」
「あ、やっと名前付けやがったのかボロ雑巾」
そのまま師弟の2人はぎゃいぎゃい言い合っている。スティーブンは視線だけで、続けて?と赤ずきんに示した。
「・・・・・・半身の目的は“永遠の虚”中心部への帰還。もちろん下半身の回収・合体も視野に入れてる・・・当たり前ね」
そこで赤ずきんは再び空を見上げた。
「・・・接近してる別のジェット機がいるわ。領海侵犯で警告を出してる・・・撃墜するつもり・・・・・・?」
奇妙だなと思った。赤ずきんの喋り方が、まさに今現在進行形での実況のような口調だからだ。無論、上空――それもヘルサレムズ・ロットの外側だ――に仲間がいるわけでもあるまい。まるで、たった今起きていることをその目で見ているかのような・・・少年の義眼のような報告の仕方だ。
「普通に考えて、撃墜できずにそのまま突っ込んでくるはずよ。まず間違いなくタコ足に握りつぶされると思うけど・・・どうするつもりかしら?」
ザップの師匠が何か言っているが、もちろん僕らにはわからない。だがおそらく『神性存在とて使えるものは使わせて貰う』とのような事を言っているのだろう。僕でもそう考える。
やがて、霧の向こうで何かが光って爆発した。赤ずきんが言うには撃墜用ミサイルが発射されたが失敗したようである。もうすぐよ、と呟いた赤ずきんは、屋上のフェンスを乗り越え、準備運動のように軽く飛び跳ねている。
「ラインヘルツ、契約を結んだからには、私はこの仕事が終わるまで現場にいるわ。でもこのビルにいては巻き添えを食らう。悪いけど少し遠巻きに観察させてもらうわよ」
「ええ、構いません。・・・しかし、貴方からの有益な情報は既に貰えたのですから、安全な場所へ避難して頂けると私としては安心するのですが」
「“等価交換”の契約だから。気にしないで、私がやりたくてやってるの」
じゃあね、ともう一度軽く飛んで、赤ずきんは隣のビルからビルへと移動してしまった。確かに目視できる範囲でこちらの様子を伺うつもりらしい。
“等価交換”――得体の知れない赤ずきんに対する情報で、最もよく聞く言葉だ。奴の信条なのかただのこだわりなのか、その約束事は相手はもちろん自分にも厳しく課すようだ。『貰った報酬に見合うだけの対価を』。まるで当たり前のようなその言葉は、この街では清廉潔白な気高い百合のように眩しい。自分には到底届かない高嶺の花だと考えるのと同時に、とても孤独な花にも思えた。その純粋で真っ直ぐなわかりやすい言葉は、赤ずきんを守る盾にも見えるし、周囲を阻む壁にも見える。
ジェット機が目視できる距離までようやく近付いてきた。スティーブンは赤ずきんに対する思考をいったん止め、世界を救うためにひとつ息を吐いた。
*:;;;:*:;;;:*
今まさに敵の諱名を写し終え、クラウスさんにそのメモを差し出した時だった。
僕は戦えないから、瞬発力も動体視力も周りに比べればずっと劣っている。戦場にも慣れてない。そのせいなのかはわからないが、とにかく、急に左後ろへ腕を引かれたのだ。音もなく引かれた後は細くて柔らかい腕に支えられる。何が起きたんだと理解するより先に、正面から大きな赤い何かに攫われた。
「大丈夫?2人とも」
ぷは、と赤い巨体から顔だけ出したドグ・ハマーさんの視線に、つられて首を向ける。
「え、」
「最初からあなたが攫う手筈だったのね・・・助けに入らない方が良かったかしら」
その声には苦々しさがこれでもかと含まれていた。黒いフードに狼のマスク。その人物の身体を辿れば、僕を支えている腕も同一人物だとここでやっと気づいた。後ろに引っ張られたのは、攻撃から守ってくれたと考えるのが妥当だろう。
少し離れた場所に下ろしてもらうと、ハマーさんはその赤い装備を解いて普通の青年に戻った。そういえば赤ずきんに初めて会ったのは、アリギュラが彼を追いかけてる時だったなと思い返す。
「それにしても驚いた!君が現れるまで全くわからなかったから!ね、デルドロ!」
「音もなく出てきやがって、よくアイツらに間違えて攻撃されなかったもんだぜ」
「そんなヘマしないわ。・・・あなた達が飛び込んでくることは予測できなかったけど」
向こうでは“血界の眷属”が暴れている。その戦いの爆風で髪が揺れる。赤ずきんのフードはなびくだけで取れる心配はなさそうである。
「あの・・・えっと、赤ずきん、・・・さん」
「・・・今更畏まらなくていいわよ。この前は呼び捨てだったじゃない」
「や!その、えっと・・・」
「・・・・・・」
上手く言葉が出てこない僕を意外と辛抱強く待っている赤ずきんは、さっき拷問まがいの事をした人物と同一とは信じ難い。どちらかと言うなら、すれ違いざまに謝罪の言葉を寄越した人物像に一致する。・・・・・・気がする。
僕の前にいる赤いフードの人物は、モンスタートラックで問答無用に僕を助けたり、警察署に手紙をくれた人だ。まるでそのイメージが崩れるような、暴力的で鋭い空気をはらんでいた作戦前とは人が違うように見える。
「君は・・・スティーブンさんが嫌いなの?」
そうだ、その時はスティーブンさんが近くにいた。スティーブンさんに限らず、ライブラの人間もたくさんいたけど、赤ずきんはどうしてかスティーブンさんを敵視しているように思えたんだ。
「・・・あなた、散々待って今言うことが・・・・・・や、何でもない。嫌いというより苦手よ。ああいう、いわゆる組織のブレーン役との取引は面倒だから」
「なるほど」
わかる気がする。僕でもあの人相手に喋るのは、なかなか緊張する瞬間があるのだ。
「・・・・・・でも、あなたの疑問に答えるなら・・・逆、かもね」
「逆?」
そこで急激に空気に重圧が乗った。恐ろしい方を向けば、そこには半身を手に入れたであろう血界の眷属が浮かんでいる。戦えない僕にもわかる程に絶望的な重圧だった。このままこの場の全員が死んでしまう幻覚が見えたとさえ思った。
もちろん、思っただけで終わった。気付いた時にはクラウスさんが僕のメモを読み上げて、奴を密封した後だった。
「・・・・・・」
並んで事の成り行きを見ていた赤ずきんは、こちらを振り返ることはしなかった。
*:;;;:*:;;;:*
密封を見届けてそのまま消えるつもりだったのに、再び巨大化したブローディ&ハマーにかっ攫われてライブラの中心に立つ羽目になった。一緒に連れてこられたレオナルドさんはこちらを見ようとせず、自身の足元へ視線を落としたままだ。ひどく緊張した音がする。それは、私が彼を助けた直後から続いている音だったが、ここにきて一層その響きが増した。早くここを立ち去らねばならない。
当然と言うべきか、事後処理で慌ただしいライブラは赤ずきんに構っている暇はなさそうだ。下がらせていたHLPDも、流石にこれだけの被害が出れば来ざるを得ない。奴らと出くわさないためにも、彼らは一刻も早くこの場から立ち去る必要があるのだ。それはもちろん、私も例外ではない。
「・・・ラインヘルツ」
「ミス・赤ずきん、ご協力感謝します。ゆっくり御礼申し上げたいところですが、我々はすぐにここを離れなければなりません」
「わかってる、私もすぐにここを離れるわ。一緒にいるのはここまでで構わないかしら?」
「と、いうことは、契約期間はこの瞬間で終わっていいかい?」
横槍を入れてきたのはもちろんスターフェイズだ。露骨に嫌な顔をしてもバレないのがマスクのいい所である。
「『帰るまでが遠足』って言い回しは紐育にはなかったのかしら」
「最後まで気を抜くなってことだろう。つまり、君はもちろん“仕事が終わるまで”見届けてくれるんだよね?」
戦闘開始前の私の言葉を引用して、わざとらしく強調してくるスターフェイズは、事後処理に慌ただしいこのタイミングでも赤ずきんへの追求の手を緩める気はないらしい。つくづく自身の有能さを自慢しなければ気が済まないのだろうか。
「そうね。一旦解散後、執務室集合だったかしら。もちろん場所を教えてくれるのよね?」
「・・・“無事に帰還するまでが仕事”だ。うちに来る必要はないよ」
「あら残念」
一瞬眉をしかめたスターフェイズだが、すぐに持ち直した。お分かりいただけたようで何より。これで私のことを“この場”で探られるのは避けれたようだ。
未だに近くで黙っているレオナルドさんは、いよいよ鼓動が早くなっている。ここで私のことを呼び止めるか、それとも黙って見過ごすか。
スターフェイズの注目が少し逸れたのをいい事に、そっとレオナルドさんに近づいてささやいた。
「・・・さっきのは不可抗力だと思ってるから、契約違反には数えない」
「気づいて・・・!」
「だから、この仕事が終わるまで黙っててね」
そう、あれは不可抗力だ。レオナルドさんは何も悪くない。強いて言うなら、“それ”を予測できずに反射で飛び込んで行った私が悪い。・・・あの時、直前まで諱名を読むために義眼を使っていた彼の元に、音もなく近づいた私が悪いのだ。
この仕事が終わるまで、とは即ち終わったら喋っていいという事。レオナルドさんもそれは理解したようだ。それだけわかっていれば、私としては十分である。
未だに緊張状態が抜けない彼の近くにその原因である私がいては困るだろう。そう思って一歩踵を返した。
「・・・っ、待って!」
ぱし、と手首を掴まれる。マズい、と直感で思った。振り返らずとも聴こえる堅く揺るがない“音”は、“覚悟の音”だ。
「もう、会わないつもりだよね」
「・・・・・・何のこと?」
「僕が赤ずきんの正体を喋ったら、もう二度と姿を現さないつもりだろ」
「だったら?」
「僕が、何も喋らないって言ったら?」
ゆっくり振り返る。変わらず揺るがない“音”を奏でるレオナルドさんは、何もかも見透かしたような視線で射抜く。まるでもう狼のマスクなんて見えてないみたいに。
ふっ、と息が漏れるような笑いが出た。諦めだ。
「あなたは喋るよ、ライブラに揺るぎない恩があるからね。・・・喋るなとは言わないし、脅すつもりもないから」
言えないよ、とは飲み込んだ。そこまで伝える必要は無い。
「でも一つだけ聴かせて。・・・見たのは顔だけ?」
「・・・、」
「・・・うん、ありがと」
レオナルドさんは口を開かなかったけど、ちゃんと答えてくれた。見えたのは私の顔だけ。フードの中や、耳については少しも考えてなかった。つまり、見られてない。それだけわかれば十分だろう。
彼から顔を逸らせば、向こうにいるラインヘルツと目が合った。続けてそれに気づいたスターフェイズもこっちを見る。彼らから、私の正体を探ろうとする腹は聞こえない。レオナルドさんは相変わらず手を掴んだままなので、反対の手を頭上でひらりと振った。意味を汲んだのか、ラインヘルツは律儀にお辞儀を、スターフェイズは同じように手を振り返した。
「手、離してもらえる?」
「待ってくれよ、・・・だって君、」
そこでそっとレオナルドさんの口に人差し指を添えた。言わないで、とささやくと息を飲む音がした。
「お願いです、その“名前”は言わないで・・・・・・レオナルドさん」
はっと緩んだ一瞬を逃さず、掴まれた手を振り払った。もう一度掴まれることのないように2、3歩下がって距離をとる。
「・・・スターフェイズが嫌いだから、じゃないんです」
もっと伝えるべき事はあったと思う。でも、もう二度と会わないのなら、さっきの質問には答えておこうと思ったのだ。
スターフェイズだから当たりが強いわけではない。・・・いや、彼に対して他よりちょっとだけ強く対応してるのは否定しない。でも、“それ”が普通だ。赤ずきんは神出鬼没で気分屋、自分勝手で気ままな情報屋なのだから。
「初めてできた友達を、大事にしたかっただけなんです」
あの公園ですごした、何でもない時間。私から手放したくせに今さら欲しがることはできない。だからせめて、今あるこの気持ちを大事にしたかった。その結果がここだとしても。
「さようなら」
レオナルドさんは弾かれたように顔を上げたが、私が地面を蹴る方が早かった。
「・・・っちさとちゃん!!」
背中にぶつけられた声を無視して、そのまま無心でビルの間を跳んで逃げた。1秒でも1ミリでも遠くへ離れてしまいたかった。
私の名前を呼ぶ声が、いつまでも反響してるような気がした。涙は出なかった。
2021.11.07.
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