退場した2


作戦決行は夜だと汁外衛に言われている為、しばし段取り確認と準備に追われるライブラ一行を、ちさとはどうしたもんかとロウ警部補の隣で眺めていた。ひとまず無事に契約は済ませたものの全くもって油断出来ない。なぜなら副官様の視線がザクザクと刺さるからだ。痛い。
・・・・・・刺される言動をした自覚はある。契約を結んだ直後スターフェイズからの質問をバッサリと切った挙句、前回の邂逅など可愛く見えるほどに正面から喧嘩を売ったからだ。

「ではさっそく聞くけど、半身はいつ・どこから来るのか教えてくれるかい」
「・・・知らないわ」
「・・・・・・は?」
「“まだ起きてない出来事”について知りたいなら予知能力者でも連れてきなさい。私に出来るのは、この世界に落とされた情報を拾うことだけ。・・・まだ落としてない財布は、拾って交番に持っていく事は出来ないでしょう?」

情報だって同じ、と言葉を切れば、頭を抱えるスターフェイズを拝むことが出来た。“契約内容はしっかり確認する”って部下も含めて教育的指導をするべきだと思いますよ、ライブラは。私が言えた義理じゃないけど。

「・・・必要な情報は全て提示してくれるんだよな?」
「私が持ってる限りだったら提示するわよ。貴方達が私への報酬をしっかり払ってくれるならね」
「それはつまり、“今は何も持っていない”・・・という事でいいかい?」
「・・・しかるべき時が来たら教える。今伝えるべき事はないわ」

つい、とマスクを背ければ話は終わったとこちらの意図を汲んだのか、スターフェイズは納得してない音を出しつつ遠のいた。・・・・・・スターフェイズの言う通り“今は何も持っていない”ので、遠のいてくれるのは大変ありがたい・・・と、思ったのも一瞬。彼が向かった先にはレオナルドさんがいた。

「レオ、ちょっと」
「何スか、スティーブンさん」

全部聴くまでもないし、心を聴いて先読みする必要もない。十中八九義眼で私のことを見るつもりだ。赤ずきん用の黒ブーツの力を借りて駆け出し、2人の間に上から飛び込んだ。

「スターフェイズ、貴方のボスが結んだ契約を破るつもり?」
「・・・何のことかな、ミス・赤ずきん」
「レオナルド・ウォッチの義眼で私を見ようとしたでしょ。契約違反よ、わかってるわよね」
「・・・・・・」

正面でしらを切るスターフェイズは、その視線を一瞬だけ私の背後へやった。それと同時にあの駆動音の気配を聞いたので、レオナルドさんの聴覚へ耳障りな高音を届けた。黒板を爪で引っ掻いた時の様な鳥肌モノの音だ。

「うぎゃっ!?なんだこ、」

人間は突然の衝撃に驚くと目を閉じる。何事かと混乱したレオナルドさんは思惑通り開けようとしたまぶたを再び閉じた。不自然な所で途切れた言葉は、もちろん私が消している。口パクで何かを伝えようとする彼が眼を開けようとする度に、一際大きく音を鳴らす。もはや一種の拷問だ。目の前の副官だけが現状を正しく理解していないが、私の背後の様子を見れば何かが起きている事は明らかだ。鋭い視線とともに周囲の温度が下がる。

「うちの大事なメンバーに何をしたのかな?」
「契約を破ろうとした人に教える義理があると思う?」
「・・・今にうちのリーダーがこっちに来るぞ」
「じゃあそのリーダーに教えましょうか。・・・この前のホームパーティに招かれた貴方の友人達の末路を」
「・・・・・・何のことだ」

レオナルドさんには、こちらの会話は聞こえるようにしてある。とはいえ、あの高音に邪魔されて意味を理解できてるとは思えない。・・・ようやく義眼を開く気力が無くなったのが“音”に現れ始めたので、徐々にノイズを絞っていく。同時に、異変に気づいたラインヘルツが近づいて来るのを確認して、スターフェイズに最後の一手をかけた。

「今ここで答え合わせでもしましょうか。貴方の私設部隊の行いを、ライブラのリーダーは決して許さないでしょうね」
「・・・・・・」
「私への報酬を払う気はある?」
「どうしたんだ、スティーブン。それに、レオナルドくん」

狙ったタイミングでラインヘルツが声をかけてきた。ここでスターフェイズが取れる行動はただ1つだけだ。レオナルドさんの耳には、もう、あの嫌な音は聞こえていない。

「・・・・・・わかった。ちゃんと、払うよ」
「助かるわ」

もうここに居なくても大丈夫だろう。この場にいる3人から、契約違反に繋がる声はもう聞こえてこない。踵を返してレオナルドさんの横を通り過ぎ、HLPDの中に突っ込んだ。ライブラより、警部補といる方がよっぽど楽だと思った。
そうして、冒頭に戻るのである。



  *:;;;:*:;;;:*



僕の横を通り過ぎた赤ずきんは、そのままHLPDの人混みに紛れてしまった。とはいえあの真っ赤なフードと狼の仮面はよく目立つ。証拠に、スティーブンさんはそっちから視線を外さなかった。
結局、クラウスさんにはスティーブンさんが上手くごまかして離れてもらった。聞き取ることは出来なかったが、スティーブンさんが赤ずきんから脅されていたのは何となくわかっていた。

「大丈夫かい、少年」
「はぁ、まあ何とか・・・・・・」
「何があった?」
「・・・急に嫌な音が聞こえたんです。眼を開けようとする度にその音が大きくなって・・・・・・、黒板を引っかいたような、こう、鳥肌モンの音がしたんスよ」
「それは・・・拷問だな」

スティーブンさん曰く、それと同時に僕の声が聞こえなくなったらしい。ずっと口パクで何を伝えたいのかわからなかったと言われた。・・・特に有益な言葉を発してたわけではないので曖昧に返事をしておく。高音に叫んでただけだったから聞こえてなくてよかったかもしれない。
明らかに赤ずきんの仕業だ。どんな手段を使ったかわからないが、少なくとも僕はもう二度とあの音を聞くのはごめんこうむりたい。今思い出しても鳥肌が立つ。

「・・・・・・レオ、もう一度赤ずきんを見たりは、」
「絶対無理です!!スティーブンさんは聞いてないからそんな事言えるんですよ!」
「・・・だよな。僕も今はいいよ」

余程の内容で脅されたらしい。“今は”の部分に力がこもっていたので、完全に諦めたわけではないようだ。・・・まあスティーブンさんだしな。赤ずきんとの取引は“この仕事が終わるまで”という期限付きだったと聞いている。期限さえ過ぎてしまえば契約違反にならないのなら、スティーブンさんは全力で暴きにかかるのだろうか。そもそも、契約も何もない間柄で正体を暴きにかかる相手に赤ずきんが無抵抗であるはずもないだろう。そしてきっとそこに巻き込まれる僕・・・。
あの鳥肌モノの高音はもう二度と聞きたくないので是非とも辞退させて頂きたい。
それに、と僕の横を通り過ぎる仮面の横顔を思い出す。「あの、」とスティーブンさんにかけた言葉は、羽虫の様な声にさえぎられた。裸獣汁外衛賤厳だ。後ろから翻訳係としてザップさんも来ている。

「“準備はできたか”、って師匠が」
「粗方終わってます。汁外衛殿、1つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「“ものによってはこの弟子、本物のずた袋になるぞ”って師匠ォ!」
「何故、赤ずきんを引っ張り出したのですか」
「スティーブンさん俺のこと嫌いなの?」

ザップさんのことなんて視界にも入れてないだろうスティーブンさんは、間髪入れずに質問をしていた。

「・・・・・・“奴は、今日ここに赤ずきんが現れると賭けた。儂は奴の戯れどおりにあの小童をここに押しとどめたのみ”」
「はぁ?」
「“これ以上は言ったところで貴様らには理解出来まい。そろそろ小童をここに呼べ、直に始まる”・・・・・・いやだから俺じゃないっスよ!師匠が言ってることをそのまま伝えてるだけで・・・!」

ザップさんはもはや涙目である。汁外衛の言い分をそのまま飲み込むのであれば、赤ずきんをこの場に引っ張り出してとどめたのは彼の意思はではなかったという事だ。ならば誰の差し金かと聞きたいところだが教えてはくれないらしい。スティーブンさんもそれ以上口を開くことはなく、HLPDの方へ再び視線を送った。僕もそれにならって見れば、赤ずきんはこちらへ、パワードスーツの大群は背中を向けていた。

「何か僕達に言いたいことはあるかな、赤ずきん」
「・・・・・・半身は、こちらの方角から約2時間後に来る。地図はある?」
「あぁ、あるよ」

スティーブンさんは、いつの間にか近くにいたクラウスさんから地図を受け取り、みんなに見えるように大きく広げた。赤ずきんはその地図の端を握り、広げるのに一役買っている。近くに来たのはクラウスさんだけでなく、準備を終えた他の面々も揃っている。

「奴は上から来る。周囲に高い建物がない、ビルの屋上で迎えるのが相応しいはず。方角的には・・・このビル」
「もっと高い開けたビルもあるけど?」
「その辺りは人的被害が大きすぎるからおすすめしないわ。このビルなら・・・、うん、たった今HLPDが制圧して無人になった。周囲も廃墟ばかりで丁度いい」
「パワードスーツがどこかへ向かったと思えばそういうことか・・・制圧は被害にカウントしないのかい?」
「HLPDの名前を聞いて逃げるような輩に取り合う暇はないんじゃない?・・・ねえ、ロウ警部補」

赤ずきんが投げかけた声の先にダニエル・ロウ警部補がいた。彼はこちらに気がつくと、耳元に当てていた電話を切って近づいてくる。

「あぁ、お前の言う通りあのビルは無人にした。周りも人気が無ぇし、好きにしたらいい」
「ありがとう助かるわ。HLPDは巻き込まれないように遠くに退避しとくのね」
「言うじゃねぇか・・・」
「・・・・・・君たち、やけに親しいね?」
「私とHLPD、契約してるから」

全員が疑問に思っていた事を代表してスティーブンさんが質問すれば、赤ずきんから予想の斜め上の返答が帰ってきた。はぁ!?と思わず声が出たライブラ勢は悪くないと思う。最も、この前の手紙の件がある僕はむしろ納得した感じだ。もっと突っ込んで聞き込めよというこちらの圧を「そんな事してる暇ある?」と一蹴した赤ずきんは、ロウ警部補を追いやり、僕達を先導するように先程の地図の方向へ歩き出した。その隣にはクラウスさんがいて、何やら話をしているようだ。

「そういえば少年、さっき何か言いかけてなかったかい」
「へ?・・・・・・あー、」

隣に並ぶスティーブンさんから問われる。裸獣汁外衛に声をかけられる前、確かに僕は“何か”を伝えようとした。

「・・・や、何でもないっス」

あの拷問のような音が止んで、HLPDの元へ向かう赤ずきんが僕の横を通った時、確かに「ごめんなさい」と声を聞いた。どう考えてもあの謝罪は僕に向けてだった。
何となく、本当に何となく、言わなくていいやと思った。赤ずきんから謝罪の言葉をもらったからといって、今後の計画が崩れることもないし、かといって好転するわけでもない。スティーブンさんも特に気にした様子もなく、そうか、と呟いたきりこの話は終了するようだ。
謝罪の理由を聞くのは、契約違反になるのだろうか。



2021.09.09

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