会うために2
「情報屋“リトル・レッド”ぉ?」
「なんですかそれ?」
今日はバイトがないので朝からライブラ事務所へと赴いていた。朝も早く(と言っても10時だけど)に来たけれど、なにやらスティーブンさんとクラウスさんは資料集めとデータ整理に忙しそうだ。この2人は今に限らずいつでも忙しそうなんだけど、そうじゃない。特に、スティーブンさんが何だか楽しそうに資料と向き合ってるところなんてついぞ見たことがない。
いったい何ごとかと、事務所の下で一緒になったザップさんとひそひそ話していると、やぁもう来たのかとスティーブンさんに声をかけられた。それをきっかけに何をしているのか問えば、冒頭に戻るというところだ。
「少年はともかくとしてザップも聞いたことないのか」
「ないっすねぇ。なんすかその“ちっさい赤いの”って。食い物か何かっすか?」
「“リトル・レッド”は通称だよ。云わば目撃者の中で広まった愛称だ。―――都市伝説“赤ずきん”くらいは聞いたことあるだろう?」
スティーブンさんの言葉にあぁそれか、とザップさんは納得がいったようにソファへ腰を沈めた。
どうやら僕だけがわかっていないようで、クラウスさんを見ると、まあ座りたまえと視線で言われた。スティーブンさんも区切りがいいのか2人して僕とザップさんの正面に座る。そのタイミングをはかったかのようにギルベルトさんの淹れたコーヒーが人数分置かれた。
コーヒーを一口飲むと、まずはクラウスさんが口を開いた。
「都市伝説“Little Red Riding Hood”・・・“赤ずきん”とは、ここヘルサレムズ・ロットが構築されて1年ほどたったころから流れ出した噂だ。報酬さえ払えばどんな情報でも手に入る、裏の世界では有名な“情報屋”の話なのだ」
「だが、その有名さに反して目撃情報は少なく、どんな人物なのかも曖昧だ。リトル・レッドに関する噂はたくさんあるが、どれにも共通しているのが赤いマントと狼のマスクをつけた人物だということだ」
「なるほど、それで“赤ずきん”・・・」
『おばあさんの耳はどうしてそんなに大きいの?』というフレーズが有名なあの童話か。
「神出鬼没で気分屋。待ち合わせや呼び出しには絶対に応じない自分勝手さ。この街に飛び交う話だけを聞いていればとにかく面倒くさそうなやつだよ、リトル・レッドは」
「・・・じゃあ、どうしてそんなにその情報屋を探しているんですか?他にも情報を売っている人なんていくらでもいますよね?」
「ばっか何にもわかってねぇな陰毛頭」
「ナチュラルに罵倒してくんなSS先輩」
ふう、とため息をつくスティーブンさんにそう返せば、流れるようにザップさんから悪口を浴びせられた。・・・そろそろこの人に敬称つけるのやめようかな。
そう心で考えていると、ザップさんの頭上の空気が急に質量をもった。やがてスーツ姿の女性が浮かび上がってくる・・・チェインさんだ。
「いでででででで何でお前人の頭上に出てくんだあだだだだだだだ」
「“赤ずきん”が売買している情報量が群を抜いて多いからよ。それに、その情報の質も驚くほど精密で正確だと言われている。・・・目撃情報が少ない割に今まで都市伝説が廃れなかったのは、この街の権力者や異界のやつらが赤ずきんから情報を買ったことを秘密にして我が物顔のようにこの世界を動かしていたからでしょうね」
そこまで言うと、チェインさんはザップさんの頭上からフローリングへと飛び降りた。その際全力でその頭を蹴り飛ばすことを忘れない。
赤ずきんが今もなお都市伝説として語り継がれているということは即ち、噂が立ち始めてからずっと活動しているということ。だが、その活動を目にしたものはあまりにも少ない。つまり赤ずきんと取引をした者は、赤ずきんから情報を買ったことを自分の見栄のためか敵に悟られたくないかで内密にしているのだ。
だがしかし、火のない所に煙は立たぬ。赤ずきんから情報を買った全員が口を閉ざしているわけではないだろうし、こうして目撃情報が少ないながらも噂だけはいくつも存在する現状が出来上がったということだろう。
「ははぁ・・・とにかくすごそうな人ってのはわかりました・・・報酬もとんでもない額を要求されそうっすね」
「と、思うだろ?」
僕の当然な感想は、にやりと笑ったスティーブンさんに一蹴された。
え、違うの?
「昨日たまたまリトル・レッドと取引をした人に会ってね。その人の話では、情報と引き換えに炊飯器を要求されたらしいんだ」
「スイハンキ?」
「日本の家電だよ。米を炊くのに必要な調理家電だ。確かにこのアメリカでは手に入りにくい物かもしれないが、別に高価な物でもない。よほどの親日家なのかただの興味本位なのか・・・」
おもしろいじゃないか、と再びにやり。
スティーブンさんが標的を目の前に不敵に笑うことはままあるけれど、この笑みはもっと純粋に、面白いおもちゃを目の前にした子供のような表情だ。・・・まあ、“面白い”の基準が子供のそれとは違うので、やっぱりすこし不敵かもしれないけど。
「何より、スティーブンが直接リトル・レッドと邂逅した人物に話を聞けたことが重要だ。彼もしくは彼女が、まだこの街で活動中であるという揺るぎない証拠なのだから。そしてレオナルド君、もしもリトル・レッドを見つけた時は我々に連絡を。この人物の発見・交渉は、ライブラにとって重要な案件の1つなのだから」
「そうだな。少年のその眼なら、僕達よりも見つけられるかもしれない」
言われながら目の前に差し出された紙束を、拒否する権利はないようだ。
*:;;;:*:;;;:*
今日は特に仕事もなければ、重大事件の呼び出しアラームも鳴らない。この街にしては平和な時間に、僕はさきほど手渡された資料を眺めていた。
それをまとめると、つまりこういうことらしい。
情報屋“赤ずきん”、通称“リトル・レッド”。
性別・年齢・種族不明。赤いフードと狼のマスクを身につけている。
報酬と引き換えに情報を売っている。なお、報酬は金銭とは限らず、物であったり行動の指示だったりと様々。
活動範囲はヘルサレムズ・ロット内。活動時間は夜。明るい時間の目撃情報はない。出没に共通点はほぼなく、神出鬼没とされている。
売買されている情報も多岐にわたり、ペット探しから国家機密まで幅広く取り扱っている。基本的に取引を断ることはないが、多額の報酬をふっかけて諦めさせることはあるようだ。
どうやら客も選ばないらしい。人間から異界の生物まで取引相手は様々だ。中には小学生の男の子と取引をした資料もある。その時は、いなくなったペットを探してあげたようだった。
何もかもが謎。ただ、奴のもたらす情報の質と量は何よりも正確であり、情報屋として名が売れていることは間違いない。
(・・・すごい人がいるもんだなぁ)
いや、ヒューマーかどうかすら怪しいわけだけど。
一応資料全てに目を通してパラパラと何とはなしにめくっていた。
目撃者によるリトル・レッドの服装もバラバラだ。共通点と言えば赤いフードと狼のマスク。後は、全身黒ずくめだったり赤いスカートだったり銀白色のワンピースやパンツだったりと様々だ。
「・・・ん?」
スカートやワンピースは、女性の身につけるものだ。だったらリトル・レッドは少なくとも女じゃないのか?どうして性別が不明なんだろう。
それに、よくよく考えてみると“赤ずきん”という通り名も女性を連想させる。いやむしろ女の子、少女だ。非力でか弱い女の子を装う戦略なのだろうか?
僕の呟きを拾ってくれたチェインさんにその旨を伝えると、両手を広げられた。
「どうだろうね。本当に女の子かもしれないし、幻術で相手を油断させてるのかもしれない。実際、少女の見た目で成人男性の声だった、なんて証言もあるわけだし」
ははぁ。つまり、二重の意味で僕なら見つけられるかもとスティーブンさんは言ったわけだ。
ちらとスティーブンさんの方を見ると苦笑された。続いて隣に立つクラウスさんにも。まあそんなに気負わず頭に入れといてくれたらいいから、と言われた。
それにしても、スティーブンさんはどうしてちょっと楽しそうなんだろうか。あの人の機嫌がいいのは構わないけど、理由が不明瞭なのは何だかむず痒い。
2017.11.09.
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