会うために3


ヘルサレムズ・ロットの中心地にあるセントラルパーク。クリスマスなどのイベント時期にはきれいにライトアップされる大きな噴水を眺めることの出来るこのベンチが、ちさとの指定席である。さらには、このベンチでまったりと持参のランチボックスを広げている時間がお気に入りだった。
とはいえ、ここは世界の命運を握る混沌とした街である。ちさとが“まったりと”ランチを楽しめる日というのはあまり多くない。今日はどちらだろうかと、お気に入りのグレーストライプのキャスケット帽をかぶりなおして着席した。
膝の上に広げたのは、ランチボックスというよりお弁当箱だった。蓋を開ければ、卵焼き、からあげ、たこさんウインナー、ほうれん草の胡麻和え。それとは別におにぎりが3つ。久しぶりに母国の味が食べたいと思い、朝から少し張り切ってつくったものたちばかりだ。

「ではでは・・・いただきまー、」

手を合わせたところで、近づいてくる風切り音。その音が向かっている場所が自分の膝の上だと察し、ちさとはすぐに蓋を閉めおにぎりを胸に抱えた。
するとその風切り音は、ちさとの足元でその勢いを落とし、可愛らしくこちらを見上げてきた。音速猿だ。
名前の通り音速で移動する生き物。とても目で追える動物ではないが、“ちさとの耳”には聴こえていた。

「む・・・音速猿なんて初めて見た・・・」
「キキッ」
「え、おにぎりってアンタ食べれるの?」
「キキキィッ!キッ」
「ごめんごめんソニックね、そんなに怒らないで。・・・ほら、梅おかか昆布どれがいい?」

ちさとは音速猿――もといソニック――を自分の隣へ呼び、3つのおにぎりを差し出した。ソニックはその3つをじっと見つめ、考えている様子だ。
今日は“まったりと”できる日だったな、とちさとが噴水を見上げた時、

「―――!」

聞いたことのない音が飛び込んできた。機械の駆動音に似ている、でもそれよりももっと緻密で繊細でガラス細工のように綺麗に響く、思わず聴き惚れてしまうような、美しい音。
周囲を見渡すも、誰も、ソニックでさえ気づいていない。些細な音。だけど間違いなくちさとには聞こえていた。そしてその音は、どんどん近くへやって来ている。

「ソニック!!」

ちさとが音の出所を探るより早く、男の人の声が正面から響いた。
それと同時にあの美しい音が消える。

「何してんだよソニック!勝手に先行くなよな!」
「キキッ」

その男は、ソニックの目の前にある3つのおにぎりとちさとを見比べて、大まかな事態は察したらしい。

「ご、ごめん!これ、君のお昼だよね!?ソニック!!」
「あ、いや、いいんです。私があげたので・・・」
「いや、でもダメでしょう!返します!ソニック、離しなさい!はーなーせー!!」

大事そうにおにぎりを抱えるソニックと青みがかった黒髪の少年がにらみ合う様子は、なんだか平和なお昼の象徴のように見えて、思わずちさとは笑ってしまった。
これは、ここ最近では比にならないほど“まったりと”した時間だ。“彼の音”を聞いてみれば、どうやらお腹は空いているがお金がないらしい。それならばやる事は決まっている。平和なお昼をもたらしてくれた2人に、お礼をしなければ。

「いいですよ、気にしないでください。・・・ソニック、そのおにぎりがいいの?」
「キッ!」
「おかかね。君の友だちと半分こにするなら食べていいよ」
「え、」
「どうぞ。ちょっと作りすぎたかなって思ってたところなので、良かったら食べてください」

でも・・・と渋る彼を無理矢理ベンチに座らせる。それと同時にお腹の音が響くと、抵抗するだけ無駄だと思ったのか、ソニックの目の前にあるおにぎりを半分に割った。

「ありがとうございます・・・えっと、」
「矢神です、矢神ちさと」
「僕はレオナルド・ウォッチ。矢神さんありがとう・・・いただきます!」

それが、矢神ちさととレオナルド・ウォッチの出会いだった。



  *:;;;:*:;;;:*



あれから数週間。ちさととレオナルドは、不定期で週に1,2回一緒にランチをする仲になった。
待ち合わせは公園の噴水前ベンチ、ちさとの指定席。基本、お昼に彼女はいつもそこにいるので、レオナルドの気が向くとき――主に財布が薄いとき――に会うようになった。

「はい、カフェオレでよかった?」
「ありがとうレオナルドさん」

公園入口にあるコーヒースタンドで買ったコーヒーを片手に、再び噴水前へと戻る。

「いつもありがとうございます。・・・でも、ほんとに毎回買わなくても・・・」
「いやいやいやいや!そんなこと言ったら僕の方が肩身狭いよ。コーヒーくらい奢らせて!」

2人が一緒にランチをする理由は、主にレオナルドの財布事情にあった。
最初に会った時、レオナルドがヘルサレムズ・ロットに来てから間もないのに対して、ちさとは紐育が崩壊してから半年・・・つまり2年半前にこの街に来たことがわかった。ライブラという機関に所属し、安定した収入を得ることに成功した彼だが、いかんせんこの街に関しては素人同然。給料も、妹への仕送りやここで生活するための初期投資に大半を使ってしまっていた。
そんなお腹も懐も寂しい状態だった彼に出会ったのがちさとだった。彼女はおにぎりと弁当の中身の大半を譲り、ある提案をした。

「それにしても知らなかったなぁ。あの雑貨屋、サンドイッチも売ってたんだね」
「えへへ。男の人は入らなさそうなお店だから、穴場だったでしょう?その割にはボリュームあるし、けっこうガッツリした味だし。店主が趣味で売ってるやつだから安いんですよ。中身と数にバラつきがあるのはアレですけど、まあご愛嬌ってやつです」

戦利品を片手に掲げ、2人してベンチへと腰かける。お互い飲み物を倒さないように座面に置き、ちさとはアボカドチーズクリームサンドとタマゴサンドを、レオナルドはカツサンドとハムエッグサンドを膝に広げる。
ちなみにソニックはバナナスコーンを抱えている。やっぱりバナナが好きなのかと、気のいい店主が売り物をおまけとしてくれたのだ。
セントラルパークの中心地に位置する噴水前は、いたって平和だ。ヒューマー以外の異形の種族も行き交うが、誰もかれもが公園らしく和やかな時を過ごそうとしているのだろう。遠く耳をすませば喧騒や爆発音が聞こえなくもないが、これくらいなら街のBGMだと割り切れる。
2人と1匹がランチを1口頬張ったところで、ちさとはおもむろに鞄からある物を取り出した。

「今回も添削よろしくお願いします、レオナルド先生」
「あはは、オッケー。授業料分はきっちり教えます」

手渡されたのは、よくある大学ノートと英語の問題集である。アメリカに英語の問題集があることはいささか不思議だが、ヘルサレムズ・ロットであれば不自然ではない。何せ向こう3年前から英語どころか人類の言葉を持たない異界人が普通に生活する街だ。そんな奴らが最初に勉強するのはもちろん英語。他にも、全世界からこの街へやって来る恐いもの知らずが後を絶たず、そんな後先考えないろくに英語も喋れない阿呆相手によく売れるのだ。
そしてその阿呆に、実はちさとも少なからず当てはまる。聞き取りと喋りはここで2年半も生活していれば嫌でも身につくのだが、読み書きはそうはいかなかった。簡単な文章や看板、住所などは理解できるものの、新聞や本などを読解するほどの力が全く身についていなかったのだ。
つまり、まだこの街に不慣れなレオナルドに『安くて美味い店を教え、かつご馳走する』ことを条件に『英語の授業をする』ことを持ちかけたのだ。
・・・ただ、それでは男として申し訳ないというかメンツがたたないというかモヤモヤする、との言葉により、コーヒースタンドで毎回2杯のコーヒーを買っている。ちさとは別にいらないと言ったが、本人が頑なに譲らないので、飲み物だけはレオナルドに譲っている。

「ここ、多分ちょっと違うと思う」
「むぐ?」
「あ、や、問題集的には合ってるんだけど、この書き方あんましないんだよね・・・えっと、」

そう言ってレオナルドは選択肢にはない単語を書き加える。ちなみに問題集はレオナルドが選んだもので、解答冊子も彼が持っている。
やがて今回の添削も終わりコーヒーも飲み終えた頃、丁度ライブラのお昼も終わる時間になり、レオナルドは立ち上がった。ソニックも彼の肩へと飛びつく。

「じゃ、俺そろそろ行くわ。ちさとちゃん、いつもありがとう。・・・その、明日は・・・?」
「あはは、明日もいますよー。そしたら、同じ時間にここで」

また明日、と手を振り、ベンチから彼を見送る。その姿が完全に見えなくなったところで、ちさとは彼と反対方向へ歩き出した。

(レオナルド・ウォッチ、ねぇ・・・)

あまり関わりたくないあの秘密結社に最近加入した人物も同じ名前だった。同姓同名の別人だろうと割り切るには、この街はあまりにも狭すぎる。
あまり気は進まないが、そのうちこのことについて情報を集めるしかない。少しばかり危険だが、まあ、何とかなると思う、

(・・・多分)

頭の片隅で、副官と呼ばれている男の顔が笑う。自分でも好かれることをわかっているあの笑顔には過去も未来も含めて絶対に正面から拝みたくはないと心の中で誓った。



2017.11.28.

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