指文字で無限大
うわぁ!すっごーい!と無邪気に楽しそうな声を上げたのは歩美ちゃんで、早くヤイバー見ようぜ、ステージはそっちじゃありませんよ、と会話しているのは元太くんと光彦くん。きれいね、と歩美ちゃんに相槌を打つのは哀ちゃんで、お前らはぐれんなよ、と注意するのはコナンくん。何が言いたいって、つまり、いつも通り少年探偵団の引率役になってるってことなんだけど。
「はぁいみんな注目!」
一声かければ5人はしっかりこちらを見上げてきた。無邪気で元気だけれど、こういう所はしっかり教育されているようでとてもいい子達である。何せ今日は12月23日。イブイブで三連休真ん中とくれば、15時という早い時間でもこの駅前クリスマスマーケットはそれなりに人でごった返しているのだ。コナンくんの言う通り、はぐれたら困る。
「まず仮面ヤイバーショーですが、始まるのは15:30なのであと30分あります。それまでに行きたい場所はありますか!」
「歩美、サンタさんの置物が欲しいー!」
「俺は何か食いてぇなぁ」
「じゃあ僕は飲み物が欲しいです!」
「よしよし、じゃあ順番に見て回ろう。まずは歩美ちゃんのサンタさんからね」
はーい!といい返事を聞いて、みんなを後ろから誘導する。先頭はコナンくんと哀ちゃんだから心配いらない。哀ちゃんとはこの前から、ここに出店してるチェーン店の限定ラテを飲もうと約束しているので特に聞き出さなかったが、コナンくんは良かったのだろうか。
(・・・でもなぁ、新一くんこういうの興味なさそうだし。どっちかというと蘭ちゃんの方が好きそうだよなぁ)
少し前に、ポアロで研究室のレポートを書いていた時、隣で園子ちゃんと2人でわいわい話していたのを知っている。他に遊ぶ予定があって、どうしてもマーケットの期間中に行けないとも言っていた。その横で必死こいてレポートを書いてた時は私も行けないもんだと思っていたが、無事に提出して今に至る。思っていたのとは違う形だったが、阿笠博士に用事があるのでは仕方がない。他に保護者代わりになれそうなのは、大学生で時間に融通が効く私だけだったのだから。
「芽衣お姉さん!こっちとこっち、どっちが可愛いかなぁ?」
「ん〜、どっちも可愛いねぇ。でも私ならこっち」
「そっかあ。じゃあこっちにしよっと!」
歩美ちゃんは私が選んだ方をレジに持って行った。その後ろを、お姉さんにお使いを頼まれていたらしい光彦くんが追いかける。無事に2人が買い物を済ませたところで次はフードコーナーへ足を運んだ。案外込み合っておらず、時間はかからなさそうである。
「意外と混んでないね・・・」
「じゃあ芽衣さんと灰原は飲み物買ってきたら?すぐそこに出てるし、この距離と人ならはぐれないと思うよ」
「そう?じゃあコナンくんよろしくね。哀ちゃん行こ」
「ええ。ありがとう、江戸川くん」
コナンくんの好意に甘えて哀ちゃんと2人離脱する。2つ隣のブースにお目当ての看板を見つけてレジへ向かう。幸いにも誰も待っていなかった。
注文しようとレジのお兄さんに声をかければ、それは同じ研究室の同期で、どうやらマーケット期間中はここを手伝わされているらしい。・・・そういえば大学前の店舗でバイトしてたなコイツ。
「じゃあこの、クリスマスマーケット限定のジンジャークッキーキャラメルラテのホット2つね。生クリームとキャラメル増量よろしく!」
「は?追加料金発生しやがりますけどよろしいですかお客様」
「この前のレポート無事に提出出来たのは誰のおかげだっけ?」
「・・・三島、お前性格悪いぞ・・・」
「知ってる〜。哀ちゃんは?増量する?」
「・・・生クリームだけ」
「じゃあ1つは生クリームとキャラメル、1つは生クリーム増量ね。・・・・・・あと、ブレンドのホットと、このクッキー3つも」
「へーへー・・・3つな」
「ブレンドはブラックでいいからー」
この前のレポートとは、もちろんポアロで仕上げていたやつである。あれに引用した参考文献は何を隠そう哀ちゃんが見つけてきてくれたものなので、彼女もサービスの恩恵を受けるに値する。というよりむしろ哀ちゃんの方がサービスされて然るべきである。その旨を伝えれば彼女は少しほっとしたようだった。そもそもここはレポートのお礼で私の奢りだから気にしなくていいのに。
そんなことをカウンター内の彼に聞かれないようにこそこそ話していれば、ドリンクが出来上がっていた。サンキューバイト頑張ってくれたまえ、と彼に伝えて店に背を向ければ(舌打ちは聞こえなかったことにする)、コナンくん達がすぐ後ろで待っていてくれた。
「よし!じゃあヤイバーショー行くぞー!」
「おー!!」
さっきとは違い、仮面ヤイバーの歌を歌いながら3人が先頭切って進む。メインステージは目立つので迷うことは無いだろう。私の横に並ぶコナンくんに、さっき買っておいたコーヒーを渡した。
「いいのか?」
「うん。何も買ってないのが見えたからあげる」
「悪ぃな、サンキュ」
「私たちばっかり悪いわね、芽衣さん」
「大丈夫大丈夫。あの子達にはクッキー買ったし、こーゆー時はお言葉に甘えときなさい」
クリスマスカラーの特別仕様になっている紙袋を揺らせば、2人は素直にお礼を言った。普段──主に事件現場──は2人の方がしっかりしているので、こんな何でもない日くらい歳上ぶらせてもらおう。というか私の方が歳上だ。
そんな話をしていれば、メインステージの客席に着く。意外と満席に近い状態にヒヤッとしたが、前方端っこに空いてるテーブルがあったので素早く着席した。生憎4人がけのテーブルだったので、子供たち5人に座らせて私は立ち見である。着席して間もなく、ステージからは仮面ヤイバーの音楽が流れ始めた。袖からお姉さんが出てきてこんにちはー!と元気な声で呼びかけて、会場にいる子供たちもそれに返す。歩美ちゃん、元太くん、光彦くんも楽しそうで何よりです。博士からビートル借りて運転した甲斐があったもんです。後ろから香るホットワインが私に毒だけど我慢します。飲みたい。
「俺、ちょっとトイレ行ってくる」
そんな欲望と戦いつつラテをすすっていると、コナンくんがそう言って席を外した。場所わかる?と聞けば大丈夫だと返して人並みに消えていった。・・・まあ新一くんだし、心配しなくても大丈夫か。
「・・・・・・」
と、安心した私が馬鹿だったかもしれない。彼の「ちょっとトイレ」は信用してはいけない台詞の1つだった。あれから15分経つが送ったメッセージに既読はつかないし帰って来ない。パトカーの音やざわめきは聞こえないから事件に巻き込まれたわけではないんだろうけど・・・。
ふぅ、とため息をひとつ。何かあってからでは困る、というか何かあれば年長者である私の責任だ。哀ちゃんに言葉少なによろしくと耳打ちすれば、それで全て伝わったのかステージ終わるまでには帰って来なさいよと送り出された。
(さて、と・・・・・・)
まずはマーケットをぐるっと1周してみるか。迷子という線も捨てきれない。高校生の姿ならまだしも、小学生の身長じゃ見えるもんも見えないからだ。それでも見つからなかったら1番近いトイレに行ってみよう。そう考えてまずは近くのお店をのぞきつつ、片手でスマホを操作してコナンくんに電話をかける。呼出音を聞きながらラテをすすると、8コール目で繋がった。
「あ、コナンくん?どこいんの?」
『芽衣さん?ど、どこって・・・』
「トイレじゃないでしょ〜わかってんだから〜」
『い、いやぁ〜・・・あははは・・・』
コナンくんの声の向こうに、会場に聞こえるクリスマスソングが流れている。ごまかすってことは食べ物系ではない。買ってるところを見られたら困るもの・・・お酒?んなわけない。小学生にお酒を渡す店員の方がまずいだろう。もやもやと考えつつ歩いていけば、最初に立ち寄ったお店が見えてきた。そしてその店頭に立っている見慣れた子供の背中も。
「見ーつけ、た!」
「うわっ!?」
繋げたままの電話口と現実の両方からコナンくんの驚いた声が届く。
「び、びっくりさせんなよ・・・!」
「ごめんごめん、あんまり帰って来なかったからつい。・・・でも、ここなら最初に来たじゃん。歩美ちゃんたちと一緒に買っておけばよかったのに」
「・・・・・・買えっかよ」
ぽつりと呟く彼の手元をのぞけば、シルバーのイヤリングが乗っていた。クリスマスらしい可愛らしくてシンプルなモチーフは、彼の幼なじみに良く似合うと思う。確かに、買えないねぇ。
「・・・ふぅん?」
「なんだよ・・・」
しかし彼は、ちらりとレジの方を見て少し眉間にしわを寄せた。一向に足が動かないところを見ると躊躇しているのか。小学生男子にしては値段もデザインも不釣り合いな商品なので、分からなくもない。仕方がない、お姉さんが力を貸してあげよう。コナンくんにそっと手を差し出して、ちょうだいとジェスチャーをする。
「ほら、貸して」
「・・・」
「どっちにしろここの袋持って戻れないでしょ?買ってきてあげるよ」
「・・・・・・サンキュ」
ちょっとふてくされた顔で財布とイヤリングを渡してくるコナンくんは可愛かった。言わないけど。
そのまま会計をしてラッピングもしてもらい、紙袋は私の腕に収まった。コナンくんが持って戻ったら質問攻めに合うに決まっている。
「帰りに皆と別れてから渡すね。どうせ今日事務所の前通らないといけないし」
「わざわざ悪ぃな」
「いーのいーの、晩ご飯約束してる友達と待ち合わせしてるだけだから」
「ありがとうな、芽衣さん。助かったよ」
「・・・後で蘭ちゃんから根掘り葉掘り聞くから、それでチャラにしてあげよう」
「さっきのお礼やっぱナシな」
ちぇっ。
*:;;;:*:;;;:*
「楽しかったー!芽衣お姉さんありがとう!」
「クッキーまで貰っちまったしよ!」
「またどこか連れてってくださいね!」
「いいえー、楽しかったみたいで良かった!」
駅の立体駐車場に停めていたビートルに乗り込み帰り道。あの後、案の定さっきまで持ってなかった紙袋を指摘された私は、友達からお使いを急に頼まれてと言い訳して難を逃れた。もとよりヤイバーのステージ直後の興奮もありそんなにうるさく追求されなかったのだが、灰原だけは訳知り顔でニヤリと笑っていた。もちろんその視線はこちらではなくコナンに向けられていた。
「芽衣お姉さん、これなんて言う曲なんですか?」
「これは“冬がはじまるよ”っていうの」
車内では、私特製“クリスマス&ウィンターソングメドレー”がスマホから流れている。研究室での隙間時間にちょこちょこ作っているプレイリストの1つだ。大学4年の研究室なんて、研究中じゃなければ案外暇なのだ。今回のドライブは片道30分強かかると知ってスマホに落としてきたのである。もちろん今時の曲も入れてある。
わいわいと、流れる曲や学校、さっきまでのマーケットの話で盛り上がっていると、ふと歩美ちゃんが後部座席から身を乗り出してきた。
「ねぇ、“むげんだい”って何?」
「え?」
「さっきの曲でそう歌ってたから、どういう意味なのかなーって」
「さっきって、えーっと・・・、哀ちゃん見てくれない?」
助手席に座る哀ちゃんに問えば、今流れてる曲が止まり、歩美ちゃんが言っているであろうものが流れはじめる。あ、これか。なかなか古い曲をちゃんと聴いてたんだね、と言えば、だって声がカッコイイんだもん!と返ってきた。さすが女の子である。ここの事務所は声だけじゃなく顔もいいんだぞ、と教えておく。
歌詞は、カップルの片方が汽車に乗って遠くへ行ってしまう切なさと、それでも永遠の愛を誓うラブソングだ。そのまさに別れの瞬間、閉じた汽車のドアの曇りに無限大のマークを描いて微笑む歌詞はこのユニットらしさが出ていて、長年愛される曲になった理由の一つだろう。
「無限大かぁ・・・“すごく大きい”とか“終わりがない”とか、そんなイメージかな」
「もともとは数学で使う言葉だけどな。“どんな正数よりも大きい数”って意味で、数字の8を横にしたようなマークを書くんだ」
ほら、と聞こえたコナンくんの声の感じだと、携帯で無限大のマークを出してあげているらしい。
「人間は直感的に有限な世界しか知り得ないから、無限を本質的に理解するのは実はとても難しいとも言われているわね。限界のない物なんてこの世にはないから」
「・・・何言ってんだ?」
「む、難しいです灰原さん・・・」
「哀ちゃんそんなガチ回答をしなくても」
「つまり、“あなたと私は離れ離れになってしまうけど、永遠にいつまでも愛してます”って意味でしょうね」
「へぇ〜!ロマンチックだね!」
そんな話をしている間に、博士の家に着いてしまった。みんなに忘れ物がないか確認させて、先に降りてもらうように伝える。寒いのに走って博士の家に入って行く子供たちを見て、元気だなぁと呑気なことを考えつつ私も車を降りた。
鍵を閉める前に、後部座席を外からのぞきこんで忘れ物がないか今一度確認する。
(忘れ物ないね、よしよし。・・・ん?)
ふと焦点を手前に当てると、窓ガラスの右下に指のあとが見えた。こういうのは消しておかないと跡が残るんだよなぁと少し屈んで正面から見据える。
「・・・無限大」
その指跡は“∞”を描いていた。誰にも気づかれないように、端に、小さく。
こっちの窓際に座っていたのはコナンくんだったか。その隣は歩美ちゃんだが、彼女が身を乗り出して書いたとは考えにくい。何より歩美ちゃんなら真ん中に大きく書くだろうし、こんなにひっそりとする意味はない。
ふと腕に揺れる紙袋を見やる。後であの子に返すクリスマスカラーのそれに、白い雪が落ちてきた。このまま降り続ければホワイトクリスマスになるだろう。蘭ちゃんの髪の毛に雪が積もり、その耳でこのイヤリングが揺れるなんてさっきの曲みたいだ。
(・・・消さないでやるか)
博士には悪いがこのままにしておこう。
雪も降って寒くなりそうだし、早く私も中に入ってしまおう。それでみんなともう少しお話して、帰り道にこの紙袋を返して、・・・そうだな、
(蘭ちゃんから根掘り葉掘り聞くのは・・・ちょっとだけ、やめとこっかな)
ちょっとだけ、ね。
2018.12.23
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