シンデレラガール
「欲しいもの、ですか?」
食後のお茶を淹れながら、ハートの海賊団コックである芽衣はいぶかしげにローを見上げていた。ローは出されたお茶を口に運ぶので忙しく、代わりに隣に座るシャチが答える。
「ほら、明日はクリスマスだろ?ちょうど泊まってんのは冬島だし、船長が好きなもん買っていいって」
「クリスマス・・・・・・」
「お前いっつもキッチンにこもりっぱなしじゃん?島にだってあんまり上陸しないし、行ったとして買出ししかしねぇだろ?」
「だって私戦えませんし、コックですし・・・」
「芽衣今年18だろ?18っつったらなぁ、もう少しいろいろなぁ、おしゃれしたり遊んだりなぁ」
シャチがべらべらと話すが芽衣は話半分に聞き流していた。シャチの向かいに座るペンギンが手を振り、戻っていいと目線で言う。では、と会釈をしてそのまま踵を返しキッチンへと帰って行く背中は小さくて、上に1つくくった黒髪は歩くテンポで左右に揺れる。それを見送る男3人は出されたお茶をすするしかやる事がない。
「・・・欲しいものねぇのかな、あいつ」
「この前、新しいミキサー欲しがってたぞ」
「そんなの必要経費だろ!ですよね船長!」
「まァな。・・・・・・おい、芽衣」
そんなに大声を出しているわけでもないのによく通る声は、キッチンから1人の少女を呼び戻すのに十分だった。
「本当に欲しいものねぇのか」
「・・・ペンギンさんが仰ってたようにミキサーが欲しいです」
「他は?」
「じゃあ、冬島特産のハーブティがいいです。あれで作ったクッキー、皆さんお好きでしたよね?」
「お前・・・料理から一旦離れろ」
「ではありません」
すぱっと切れ味のいいナイフのような口ぶりである。あまりに取り付く島もない返しにシャチが声を荒げようとするが、それをローが制す。彼女の言葉には続きがあると踏んだからだ。
「私は・・・コックです。行き場のない、奴隷商人に引き渡される寸前の地獄から、例え気まぐれだったとしても救ってくれたのは船長で、この船のコックとしての生き方を教えてくれたのは皆さんです。・・・だから、それで十分なんです」
ふわりと笑う様は、年相応の18歳よりも少し大人びた雰囲気だった。乗せた当初表情のなかった少女は、今や兄のように接してくれる船員のおかげで、多少揉まれつつも笑うまで成長したのだ。その表情に嘘偽りは無く、本心からの言葉だと誰が見ても明らかだった。さっきまで勢いの良かったシャチも多少不満げではあるが大人しくお茶をすすっている。
「だから船長、お気遣いは嬉しいのですが、私本当にそれ以外で欲しいものが思い浮かばなくて・・・」
「・・・・・・わかった。明日の朝出かけるから準備しとけ」
「!アイアイキャプテン!」
では、と今度こそキッチンの奥へと引っ込んだ芽衣を見届けて、ペンギンは斜め前の船長を見やる。その口元は、明らかに何かを企んでいた。
「船長・・・何を考えてます?」
「さァな。・・・お前らは明日、ミキサーと紅茶を買ってこい。種類も茶葉も知ってるだろ」
「え?じゃあ船長達は何を買いに行くんですか?」
「何だと思うか?シャチ」
「えぇ〜わかりませんよ〜」
「ふふふ・・・明日の晩飯は島で食うぞ、店は任せる」
「アイアイキャプテン!」
ローはそのまま刀を担いで食堂を出て行った。何だかんだと欲しいものを与えるあたり、船長含めこの船の輩はあの少女に総じて甘いのだ。
*:;;;:*:;;;:*
翌朝、約束通りローと芽衣は島へと上陸した。冬島なだけあっていつものつなぎでは防寒が追いつかず、2人とも上からコートを羽織っている。
他愛もない話をぽつぽつと話しながら、芽衣は少し違和感を覚えていた。さっきからローが食料品店やキッチン用品を置いてそうな雑貨店をことごとくスルーして歩くからだ。
「あの、船長」
「何だ」
「その、さっきのお店見てきてもいいですか?美味しそうな紅茶が見えたので・・・」
「紅茶とミキサーならペンギンとシャチが買いに行ってる」
「えっ」
「芽衣、お前はここだ」
言われて芽衣が見上げた先には、人生で今まで入ったこともないような高級感溢れる外観のショップだった。高級“感”などと言ってる場合ではなく間違いなく高級である。だって、ほら、ウィンドウに飾ってある靴の桁が2つくらい違うんですけど。
その桁数に釘付けになり、寒いのに汗が出てきた芽衣をよそに、ローはなんの躊躇もなくドアベルを鳴らした。
「ちょ・・・!船長!!」
「何だ」
「な、何だって、その、えっと、」
船長がドアを開いた時点でこの店に入らないという選択肢はないのだが、こんな素敵なお店にこの格好で入ってもいいのだろうか。仲間の証であるつなぎは好きだし、誇りだ。私に居場所をくれた特別な格好だ。でもそれとこれとは別である。
ぐっとコートの裾を握りしめていると、何を考えているのか察したらしい船長は私の二の腕を掴んで引っ張り込む。
「お前はそのままでいい」
「で、でも」
「返事は」
「あ、アイアイキャプテン・・・」
そのまま店内に引っ張られると、暖かい空気に強ばった体から力が抜けた。船長はそのまま真っ直ぐ試着室へと私を押し込み、近くの店員に2、3何かを伝えると、ちょっと待ってろと言い残してさらに奥へと消えてしまった。
何がなにやら把握しきれず、馬鹿みたいにポカンと突っ立っていると、店員さんが2着のドレスを手に近づいて来た。ブルーのふわりと裾の広がる可愛らしいものと、黒のすっきりとしたシンプルなものだった。店員さんに押し切られあっという間にまずは黒のドレスを身に纏うが、あまりに“着られてる”感が強くて自分で却下。続いてブルーを着て鏡を眺めているところで外から出てこいと声がかかり、しぶしぶ試着室のカーテンを開けた。
「船長、これは一体、」
「悪くねぇが・・・チェンジだな。こっち着てこい」
「はい?」
聞く耳を持たない船長が投げて寄こしたのは深いエメラルドグリーンのドレスだった。言われるがままに中で着てみると、ふわりと広がるAラインのシルエットはシンプルなデザインながらも可愛らしく、白の丸襟と袖口には蔦模様が刺繍されていて、ドレスというよりは上品なワンピースといった仕上がりだ。さっきの2着よりも幾分か着やすく、刺繍が可愛くて好みだと素直に胸に落ちる。着替えてる途中で渡されたグレーのタイツも履けば、鏡の中の自分は自分ではないようで思わず見つめてしまった。
は、と思い出してカーテンを開けると、目の前のソファで船長が顔を上げる。
「・・・あぁ、悪くねェ」
真っ直ぐに顔を見つめて不敵に笑うその表情に、思わず体温が上がるのを止められない。絶対に今顔赤い・・・!
「決まりだな。そこの靴とコート着て来い、行くぞ」
「は!?」
思わず不躾な返事になったが、そんな事は気にしてもない・・・というか聞こえてない船長はソファを立ち上がり出口へと向かってしまう。
とりあえず追いかけなければと足元を見やれば、黒の上品なショートブーツだけが置いてあり、いつもの見なれたものは影も形もない。
「お客様のお洋服と靴はお連れ様が全てお持ちになりましたよ」
「え」
「お会計はお済みですので、そちらのブーツとこちらのコートをどうぞ」
差し出されたのはオフホワイトのテーラードコートで、これもまた芽衣の好みに合っている。あの人はなぜこんなにもピッタリと見つけてくるのが上手いのか心底謎である。
このまま足踏みしてても仕方がないので、とりあえず全て身につけて船長の背中を追いかけた。店員さんの声を背中に外に出れば、今までの暖かさが嘘のようにぴりつく寒さだ。思わず来ていたコートの前を合わせる。
「待ってください!船長!」
「ん、着たな。・・・・・・へェ」
「な、何ですか・・・」
「いいや?次行くぞ」
足元から目でなぞられ、最後に目が合ったところでにやりと笑われた。思わず固まってしまったが聞き捨てならない一言を聞いた気がする。
「つ、次!?」
「あァ。次はピアス・・・は空いてないからイヤリングか」
「はい!?」
全く頭が追いついてない私を置いて、船長はザカザカ雪の中を進んでしまう。いつもなら余裕で追いつけるスピードも、履きなれないヒールのおかげでどんどん距離が離れていく。頭も体も置いていかれた私は、とにかく体だけは追いつかねばと足の回転数を上げた。
「うっ、わ!」
案の定足元を雪に取られ、思いっきり前のめりに倒れた。口と地面がキスすることは免れたが、それでもとっさに着いた両手と膝が少し痛い。あと盛大に冷たい。
恥ずかしさで動けず、両手から伝わる雪の冷たさを噛み締めていると、二の腕を捕まれひょいと持ち上げられた。確認するまでもなく船長だ。
「す、すみません船長・・・」
「足は」
「足?・・・あ、大丈夫です。あんまりヒールが高くないので捻らずにすみました」
パンパンと足やコートについた雪を払う。幸いなことにあまり汚れておらず、オフホワイトはそのままで少しばかり湿っただけだった。
「大丈夫なら行くぞ」
「ま、待ってください船長!あの、お気持ちは嬉しいのですが、こんなにたくさん受け取れません!」
「・・・あ?」
「だって、そんな、私、皆さんに料理を作れればそれで十分なんです・・・!こんな可愛い洋服、勿体なくて、も、貰えません・・・」
言いながら尻すぼみになっていく。何となく船長を見れなくて、視界に入る雪とコートの白さが眩しい。
あのな、とため息と共に落ちてきた言葉に無意識に肩が跳ねる。だが、そうして頭に乗せられた手のひらは、通り名からは想像できないほど柔らかく優しかった。
「勘違いしてんじゃねェぞ。お前が“買ってもらってる”んじゃねェ、俺が“買って、やってる”んだ」
「・・・?」
「俺の買いたいモンがお前に似合うモンだってだけでお前のためじゃねェ。だから今日1日それ着てろ、明日以降は好きにすればいい。・・・船長命令だ」
「う、」
「返事は」
「あ、あいあいきゃぷてん・・・」
ちらりと船長を見上げればニヤリと笑われた。間違いなくからかわれている。
「・・・それに、勿体なくねェ。俺が選んだだけあるな」
「自分で言うんですね・・・」
「お前が言わねぇからだ。・・・芽衣、良く似合ってる」
「う、」
「もういいか。まだ買うものも行くところも残ってるからさっさと行くぞ」
「えっ」
顔が赤いのも忘れて船長を見上げると、さも当然だとばかりに呆れた顔をされた。洋服だけで十分だと告げると、俺が満足してねェんだと追い討ちをかけられた。
そのまま動こうとしない私に痺れを切らしたのか、船長は私の手を掴んで自身の肘へ誘導する。
「掴んどけ」
「え!?いや大丈夫です!自分で歩けます!」
「ついさっき転んだのはどこのどいつだ?」
「・・・スイマセン」
「一々起こすのも面倒だから掴んどけ。お前一人くらい荷物でもなんでもねェよ」
さっき転けたのは船長がさっさと先を歩くからですよとは口が裂けても言えないけれど。そっと掴んで隣を歩けば、意外とこちらのペースに合わせて歩いてくれた。このスピードなら1人で歩いても転けなさそうだが、手を離すと怖いのでそのまま歩く。
次の店まで距離があるのかしばらく街中を歩いていると、遠くから見覚えのあるシルエットが近づいてきた。シャチさんとペンギンさんだ。2人の手にはいくつか紙袋が下がっており、それらを揺らしながら隣に来た。
「おおー!いいじゃん芽衣!」
「良く似合うな」
「あ、ありがとう、ございます・・・」
「やっぱなー!たまにはそれくらいの格好して楽しまねぇとなー!」
「たのしむ・・・」
「え?楽しいだろ?」
シャチさんの一言にふと考える。
船の仲間のために料理を作るのは楽しい。それを食べる皆の笑顔を見るのだって楽しい。もっと頑張ろうと励みになる楽しさだ。だけど、昨日の夜からシャチさんが言い続ける遊びや楽しみがそうじゃない事くらい、さすがの私にだってわかっている。
このグリーンのドレス姿を鏡で見た時、コートを身につけて船長を追いかけた時。あの感情は確かに楽しかったと、自身の内側に向けられた自己満足の楽しさだったと、思う。まだあまり自信はないけど、きっと、シャチさんの問いに答えを出すならそう。
「・・・・・・うん、楽しいです」
そう言って笑った芽衣の顔は、昨晩船内で見たものとは違って18歳年相応の、何ならもっと幼いような満面の笑みだった。奴隷に差し出されるほどの劣悪な幼少期を取り戻すかのような幼く子供らしい表情に、シャチは堪らずわしゃわしゃとその髪の毛をかき混ぜる。
「よーし!そんな芽衣にはさらに楽しくなる物をあげよう!」
「?」
「ほら、これ好きだろ?」
「これも。欲しがってたよな?」
2人から差し出された紙袋を受け取って中身を見れば、すっかり頭から抜けていた昨夜の会話と今朝の船長の言葉がよみがえる。
「紅茶とミキサー・・・!ありがとうございます!・・・・・・こんなにいっぱい貰っていいのかな・・・」
「いいに決まってんだろー?」
「芽衣はもうちょい甘えることを覚えてもいいかもな」
ぽつりと呟いた一言に、シャチさんとペンギンさんが笑いながら返してくれる。“楽しむ”の次は“甘える”だと言われてもピンと来ない。首をかしげていると頭上からふ、と笑い声が降ってきた。思わず見上げると、さっきシャチさんに撫で回されて少し乱れた髪の毛を撫でつけて最後に2回軽く叩かれる。シャチさんと違って柔らかい手つきに照れてしまう。
「ペンギンの言う通りだな。・・・まあ、いきなりは難しいだろうからとりあえず今日は楽しんどけ。お前がしかめっ面だと買ってやり甲斐もねェ」
「が、頑張ります・・・!」
「よし、行くぞ」
自然に出された左肘に、さっきまでと同じくしっかり自分の手を絡める。また転けたら目も当てられないし、・・・この体勢は楽しい、かもしれない。意識しないままに口角が緩むのがわかるから。
「あっズルいですよ船長!おれも行きたい!」
「おれも行っていいですか?」
「・・・お前らは荷物持ちな」
「アイアイキャプテン!!」
2人の声が見事に重なり、船長の持つ芽衣の洋服と渡したばかりの2つの紙袋が奪われる。いつもなら自分で持つと言い張る芽衣だが、ここで任せるのが“甘える”なのかもしれないと黙っておくことにした。
履きなれないヒールで雪道を踏みしめる少女の横顔にどんな感情が浮かんでいたのか、知っているのは1人の男だけである。
2018.12.24
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