今・すぐ・ほら


朝から松川に酷いねと笑われ、昼過ぎの今、花巻にうわぁ・・・と引かれている。どちらも人の顔を見てするリアクションじゃないと思うんだけど。

「お前すげぇ顔してんぞ・・・受付でそのツラはまずいだろ」
「うるさいほっといて朝から松川にも同じこと言われたわ。・・・・・・で、今日もいつもの打ち合わせですか花巻様」

答えを待たずして入館表を差し出す。慣れたもんだと記入していく花巻は、うちの会社と合同プロジェクトを立ち上げているお得意様だ。

「はい書けた。・・・お前本当1回鏡見た方がいいぞ」
「これでも隠れた方なんですー触れないでくださいー」

言いながら入館証を渡し、さっさと行けと手を振る。オフィスビルの受付がやる態度じゃないことは百も承知だが、高校の部活時代からの仲間だ。仕事はちゃんとするから大目に見て欲しい。同じく受付嬢をする同僚は、私の酷い顔の理由を知っているため、今の会話中ずっと笑いを堪えていた。

「ちょっと、笑いすぎ」
「いやだって・・・確かに朝のあの顔は酷かったなと・・・!」
「あーはいはい、あのクマを消せたのはあんたのスーパーコンシーラーのおかげですよ・・・」

訳あって泣きながら朝の4時まで自宅で1人飲んでいた為、寝不足のクマに二日酔いの顔色、泣き腫らした腫れぼったい目の三重苦で出勤した私を、何とか受付に立てるまでの顔に仕立て上げてくれた同僚には感謝しかない。爆笑しながら化粧されたのはちょっとムカつくけど。もちろんパッと見で誤魔化せるだけなので、じっくり見られると色々バレるのだが。ちなみに昨日はクリスマスだった。こんな暴挙に出た理由を色々と察していただきたい。
そこで、なるべく対人接客は同僚に任せて自分は電話対応や事務作業をこなしていると、打ち合わせが終わったらしい花巻がエレベーターから降りてきた。入館証を片手に口元の緩みを隠そうとしない奴に嫌な予感しかない。

「松川から聞いたぞ三島・・・、お前・・・・・・クリスマスの夜に振られたんだってなぁ・・・!」
「花巻、お前は今私の傷口に塩を塗った」

震える手で入館証を受付に置く花巻は、心底おもしろいおもちゃを見つけたと思っているに違いない。合同プロジェクトのメンバーに松川はいないので、どこかですれ違った時に聞いたのだろう。松川あいつ後で殴る。

「は〜、いや悪い悪い。じゃあ今夜飲み直そう!な!」
「いや私二日酔いなんだけど・・・」
「店はいつものとこで松川が予約してっから、あと及川と岩泉も呼んどくな」
「寝不足なんですけど・・・」
「今日はまっすぐ帰んなよ〜」
「聞けよ」

言うだけ言って機嫌良く立ち去る花巻の足どりは、もうすでに今夜の飲み会を楽しみにしていた。まだ行くって言ってないんだけど・・・・・・。
隣で事の次第を聞いていた同僚が肩を叩く。

「諦めなさい。諦めて洗いざらい吐き出してすっきりしてきなよ」
「二日酔いとストレスで別の意味で吐きそう・・・今日は真っ直ぐ帰るから止めないで・・・・・・」
「松川さんから“絶対に帰らせないで”って連絡来たから無理」
「見逃してクダサイ」
「スタバの新作で手を打ってしまった」
「私の味方はいないのか」

数時間後、年末にも関わらず定時の5分後に受付へ姿を現した松川に愕然とした。年末調整は?仕事は?受付の私でさえまだ終わってないんですけど?疑問は浮かべどまずは1発肩にお見舞いしておいた。全く効いてないけど。

「はいはい着替えて行くよ〜。及川は遅れるってさ」
「その前に花巻に勝手に喋ったことに対して謝罪は?というか私まだ行くって言ってないんですけど?」
「あ、受付ちゃんありがとね。このカード、新作1杯分くらいならチャージされてるはずだからあげるよ」
「わー!ありがとうございまーす!」
「ねえ誰か私の話聞いて?」

特に私の発言が誰かに聞こえることは無く、同僚に肩を押されてロッカールームの方へ追いやられた。残りの業務(とはいえ少ししかないが)を請け負ってくれるのは有難いが、今後の展開を思うと有難くない。
渋々着替えて松川とともに正面ドアを出ると、見覚えのある男が立っていた。コートのポケットに両手を突っ込んで鼻の頭を赤くしている岩泉は、会社がすぐ近くなので待っていたのだろう。お前も定時上がりかよ。

「何なの君たち有能なの?」
「お疲れ岩泉。及川遅れるって聞いた?」
「おー、松川、三島。聞いてねぇけどアイツんとこ忙しいから、だろうとは。花巻はもう店に向かってるらしいぞ」

逃げ場なし。行くしかないらしい。



  *:;;;:*:;;;:*



年末の寒空の中、及川は気持ち足速に街を進んでいた。午後になって急に決まった飲み会は、バレー部マネージャーだった三島ちゃんを慰める会だと言う。クリスマスの夜に振られた、と概要だけが流れて来たため詳細は一切わからない。確か・・・付き合って1年半の彼氏がいたはずだったけど。

(・・・ということはひとりぼっちは俺と三島ちゃんだけ?サミシー)

松つんとマッキーには彼女が、岩ちゃんに至っては妻子持ちだ。今年の春に生まれた娘のことを待受にする程度には親バカっぷりを発揮している。もちろん岩ちゃんのことだから、わかりやすくはないんだけど。
いつもの居酒屋に着いたのは、集合時間を1時間も過ぎた頃だった。そもそも遅れると伝えているので何も悪くは無いのだが、まあ少し駆け足にはなる。入口で店員に松川の名を告げれば、個室へと案内された。座敷の掘りごたつで、引き戸をからりと開ける。と、

「わ〜やっと来たおいかわぁ〜〜ちょっと聞いてよぉ〜〜」

誰がどう見たって間違いなく出来上がってる三島ちゃんがいた。

「振られたんだよぉ〜クリスマスだよ?信じられる??」
「なに!?誰こんなに飲ませたの!?」
「いいから聞けよ及川」
「急に普通に喋るの怖いね!?」

ねえねえ、と半歩しか入ってない俺の腕をぐいぐい引っ張って隣に座らせようとする彼女は、もう一度言うけど、相当出来上がっている。
なんにせよ三島ちゃんの隣しか空いてないので、そのまま座った。向かいは岩ちゃんとマッキーで、こっちは三島ちゃんを挟んで松つんだ。ビールだろ?と形だけの確認を岩ちゃんにされ、あと適当につまむ物を注文してもらう。その間もしきりに隣でウダウダ言ってるが、ビールが来るまで待てと言い聞かせておいた。

「もう俺たち散々聞いたからあとよろしくな」
「そんな岩ちゃん丸投げしないで」

間もなくしてビールとお通しが渡され、今年もお疲れ様でしたと乾杯した。今回はこのメンバーでは年内最後だろうと忘年会も兼ねている。残り4人はぼちぼちお酒も進んでいるため、ビール以外で各々の好きなアルコールを片手にしていた。三島ちゃんの手元には熱燗がある。開始1時間で熱燗とは彼女にしてはハイペースである。前屈みに自身で手酌してちみちみ飲んでいる彼女の後ろから、松つんがこっそり耳打ちしてきた。

「こいつ、今日寝不足で二日酔いで目腫らして出勤してたから」
「・・・二日酔いでよく飲めるね?」
「飲まなくていいって言ったんだけどね、飲むって」

はぁー・・・と深いため息をつく。まだ仕事納めまで数日あるはずだ。明日から大丈夫かこいつは。

「三島ちゃん、お水にしといたら?」
「やだ。飲むもん」
「だーめ。気持ち悪くなるよ?」
「・・・じゃあ及川が話聞いてくれたら水にする」
「分かった聞くから。お酒はそこまで」

ひょいと燗を持ち上げれば軽かった。それで?と話を促せば、要は振られたんだけどさぁと長くなりそうな前置きをされる。うんうんと頷きつつ聞いてる話を要約すれば、昨夜、つまりクリスマスの夜にいきなり振られたってことだった。いきなりとは言いつつ彼女的には少し冷めていたし、実は浮気されてるんじゃないかと勘づいていたらしい。別れることに抵抗も反論もないが、問題はタイミングだと、延々1人で飲み続けて二日酔いになった理由を察した。

「・・・というわけでさ、クリスマスプレゼントのお礼と一緒に謝られたのよ?意味わかんないでしょ?プレゼントは返せよいや返されても困るけどな!?貰うもん貰ってはいサヨナラってどーゆーことよ説明しろや!」
「それ、三島ちゃんはなにか貰ったの?」
「貰えたと思う?」
「うんわかった何も言わなくていい」

これはまた・・・随分とタチの悪い男に捕まってたもんだと息を吐いた。付き合い始めの頃は、尽くし尽くされきちんと良好な関係だったと知っているから尚更である。周りを見渡せばみんな同じような感想らしいと見て取れた。

「ううう及川慰めて〜!」
「はいはいよしよし。じゃあお水飲もうね」
「優しいのは及川だけだよぉ〜。岩泉は自業自得だって言うし松川は早く別れれば良かったのにって説教するし花巻は笑うし〜」
「おい俺最後の方は笑ってねぇだろ!」
「ていうか3人はお相手いるから言葉に重みがないよぉ〜」
「それはお前の受け取り方がひねくれてるだけ!」

このやり取りもすでに何回か行われたらしく、噛み付いてるのはマッキーだけだ。残りの2人は大人しく目の前のつまみを食べている。
えぐえぐと泣き真似をする三島ちゃんに水を渡して、自分は何杯目かのビールを飲んだ。

「じゃあほら、及川さんにしといたら?及川さんならイケメンで彼女思いだから泣かせないよ?」
「え〜及川かぁ〜」
「やめとけやめとけ、どこで何人と浮気してるか知らねぇぞ」
「今のセリフも皆に言ってるぞきっと」
「岩ちゃんも松つんもひどい!」

浮気云々というかまず誰とも付き合ってないし、こんなセリフ巻き散らかしてたらただの痛いやつだ。冗談の通じるやつにしか言わない。本当にひどい。

「・・・及川の彼女が口悪かったらどうする?」
「それひっくるめて好きになったんじゃ仕方ないよね」
「お酒飲むとキャラ変わるのは?」
「甘えたになるの?可愛いでしょって自慢する」
「でも普段は素っ気ないんだって」
「ギャップだね、好きだよ俺」
「クリスマスの夜にプレゼント貰っといて振ったりする?」
「するわけないじゃん」
「・・・・・・及川、いい男だね」
「ふふん、知らなかった?」

渾身のドヤ顔。そのドヤ顔を見て小さく吹き出した三島ちゃんに少しほっとする。

「クソ川のドヤ顔ウザい」
「右に同じ」
「同じく」
「俺泣くよ?」

男衆には容赦なくザクザク斬られたが、その様子を見てあははと笑う彼女がいるので良しとしよう。三島ちゃんはそうやってノリ良く軽口を叩いてるのがいつも通りだし、女の子は笑ってる方がいいに決まっている。

「で、どう?そんないい男・及川さんにしとかない?泣かさないよ?」
「やだ、及川チャラいもん」
「そんなばっさり斬らなくてもよくない?」
「えー、じゃあいいよよろしく及川クン」

わざとらしく落ち込んだふりをして首を下げる。これで泣き真似して岩ちゃんにもう一度クソ川って言われてお終いだ。と、思ったんだけど。
・・・・・・・・・ん?
いま、なにか、聞こえなかった?

「三島サン、今なんて・・・」
「ん?よろしくねって。泣かせないんでしょ?」
「・・・はぁ!!?」

んふふふ・・・と心底楽しそうに笑う三島ちゃんの表情からは何も読み取れない。彼女は手の中の残り少ない水を一気に煽って、そのままテーブルに落ちた。

「・・・」
「・・・」
「・・・寝た?」
「・・・・・・寝たな」
「・・・えっ、今のなに」
「わからん」

聞こえるのは寝息だけ。我々は明日も仕事で、これ以上店に滞在すると朝に響く。もう、明日は明日で何とかなるでしょと高を括るのは難しい年齢になってしまった。
なってしまったからこそ、この目の前の女性をどうするべきか一歩が出せない。

「よーし、それじゃあ・・・」
「信じてるぞ、キャプテン」
「何を!?」

岩ちゃんの声をきっかけに、せーので懐かしの言葉を言われた。いや待て。俺にこれをどうしろと言うんだ。そしてみんなどうして財布からお金を出しているの。

「俺そろそろ帰るわー」
「俺も。嫁が帰ってこいだと」
「じゃ、あとよろしく」

バタバタと金を置いてコートを羽織って個室を出ていく奴らに俺の声は届かないらしい。一緒に出て行きたいのは山々だが、酔い潰れた仲間を置いていくことは出来ない。女だからとかそうじゃなくて店に迷惑だからだ。半端に浮かせた腰を下ろして、横目でそろりと彼女を見る。もちろん動いてなどおらず、相変わらず後頭部が机の上にあるだけだった。そもそもこいつ、さっきの発言覚えてるのか?

「・・・・・・どーすんのこれ」

どうするも何も起こすしかない。起こしたあとどうなるのかは誰にもわからない。どう転ぶのかは三島ちゃんの目が開いてから決めようと、彼女の肩に手をかけた。



2018.12.26.

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