歌うよメリークリスマス


意識が浮上して最初の違和感は匂いだった。かぶる布団だけではなく、空気から何から違う匂いがするとぼんやり思う。
寝ぼけているのかなぁと目を開けると見知らぬ天井だった。

「・・・・・・む、ぅ・・・」
「!」

続けて右隣から声が聞こえる。恐る恐る顔を右に向けると、くせっ毛が視界に飛び込んできて、だんだんと脳が覚醒してくる。ああ、覚醒するな私の脳みそ。この人物の正体がわかった途端あらんかぎりに叫んでしまった私は悪くない。と思う。

「はぁぁぁーーーーーー!!?」
「うっわ!?何!?」

私の叫び声と同時にその人物――レオナルド――は飛び起きた。今日は12月25日、聖なる日の朝にしては騒がしい始まりである。



  *:;;;:*:;;;:*



「それで2人して揃いの服着て出勤かい?」

スティーブンの呆れた声にレオナルドと芽衣の取れる行動はうなだれる以外なかった。
クリスマスに似つかわしくない暗く重い空気を醸し出す2人の背後で、たった今事務所に来たザップはツェッドに耳打ちをする。

「なんだあの2人。やけに暗くねぇか?芽衣の服だってあれレオのだろ?」
「どうやらあの2人、離れられないらしいです」
「・・・は?」
「僕も原因はよく知りませんが、芽衣さんが朝起きたらレオナルドさんの部屋にいたらしくて。どうしてレオナルドさんの部屋にいたのかもわかりませんし、何をどうしたって半径1mから遠くに離れることが出来ないみたいですね。だから洋服も彼のを借りた、と」
「へーえ」
「聞いといて鼻ほじりながら返事するのやめてもらっていいですか」

後ろでそんな会話が交わされてるとは露知らず、芽衣は自身の左手首を見下ろした。そこには石のはまったブレスレットが光っている。

「あの・・・原因、多分これだと思うんですけど」
「・・・ブレスレット?」
「はい。昨日の夜に露店で買って・・・昨日までと違うことってコレくらいしか思い浮かばないんですが」

そのブレスレットには12個の透明な石がぐるりとはまっていて、そのうち2つの石から輝きが失われている。芽衣によれば昨日は12個全て光っていたと言う。
その様子をスティーブンの横で眺めていたチェインが、あれ、と声をあげた。

「それ、最近女の子の間で話題になってる魔術具じゃない?」
「なんですかそれ・・・」
「そのブレスレットを身につけた瞬間に一番強く思った人と結ばれるっていう、魔術と言うよりはおまじない?みたいな話だったと思うけど」
「む、むむむすば、」
「ただの眉唾物のインチキかと思ったけど、それはそれで“結ばれてる”状態だよね」
「・・・なるほど。芽衣、その話を聞いて心当たりは?」
「・・・・・・確か・・・これを付けようとした時にレオからメールが来たような・・・」

はぁ、と事務所内にあふれるため息の声。もちろん1番深く息を吐いたのはレオナルドと芽衣である。
朝から2人で試行錯誤した結論としては、離れられないのはどうやら芽衣の方であるらしく、レオナルドを“軸”として半径1mから離れることが出来ないようだった。つまり、レオナルドが行動制限をかけられることは無く自由に動けるが、芽衣はその彼の動きに常について回らなければならないのである。今日の彼女の主導権はレオナルドが握っているというわけだ。

「ごめんねレオ・・・こんな事に巻き込んで・・・」
「いやいや!大丈夫だから!そんなに落ち込まないで!ね?」
「非戦闘員の芽衣を前線に出す訳にもいかないだろう。レオ達は今日は事務所で大人しくしてるべきだろう。なあ、スティーブン」
「そうだねぇ、クラウスがそう言うならそれでいいよ」

普段は事務としてスティーブンの手伝いをしている芽衣にとって、それだけが唯一の懸念だった。レオナルドはその眼で現場に立つ戦闘員で、唯一無二の存在だ。それを邪魔してしまうのではないかとヒヤヒヤしていたのである。副官のお許しを得て一息つくも束の間、続く言葉にもう一度姿勢を正す。

「もちろん、そんな緊急事態が来なければだけど」

当たり前のように紡がれるそれに、レオと顔を合わせて苦笑い。いやそんなまさかだって今日何の日か知ってる?と確認し合って一拍の無音が訪れる。
そして鳴り響く副官の携帯電話。

「今日だから、起きるんじゃない?」

チェインさんの哀れむような声とスティーブンさんの出動の掛け声が重なる。ああ、私、無事に帰って来れるのかな。



  *:;;;:*:;;;:*



結論から言うと、無事だけど無事ではなかった。

「すまない、レオナルド、芽衣。・・・行ってくれ」

そう言い放ったスティーブンさんよりも、後ろにいたクラウスさんの方が申し訳なさそうだったが、仕方ない。
街へ出ると、そこかしこの液晶ヴィジョンに1人の男の映像が流れており、鼓膜を破らんばかりの音量である映像が流れていた。

「今日は、昨晩暇つぶしにというか寝ぼけながら作った魔獣を放ってみたよ。人間達は恋人と過ごす日らしいが、こっちの方が楽しいと思わないかい?放っといても日付が変われば勝手に消えるけど、それまでにどれくらい街の形が変わるか見物だね」

そうして堕落王のおかげで二人三脚を余儀なくされた2人は、時に逃げつつ、時にザップ達に守られながら街中を駆けずり回った。もちろん芽衣に行動の意思は持てず、レオナルドの走る方へ置いていかれぬように必死に走った。仮に転けたとしてもブレスレットの呪いで強制的に引きずられてしまうため逃げ遅れることにはならないが、芽衣の身体とレオナルドの心が痛んだため、最終的には手をつないで逃げ回っていた。というよりは、非戦闘員の彼女は足がもつれないように動かすことに精一杯で、レオナルドが引っ張っていたと表現する方が正しい。
こうして走り回ること3時間・・・何とか事態を収束させ、事後処理と何やらかんやらを済ませて事務所に戻った頃には午後3時半を少しまわったところだった。彼女の細かい擦り傷を気にしたギルベルトが救急箱片手にてきぱきと処置を済ませていく。洋服の下にも打身や傷があるのだが、隣のレオナルドを思うと芽衣は口を開けなかったし周りも気付かないふりをしていた。流石にこの距離で洋服を捲るのは抵抗がある。

「おや、芽衣様、ブレスレットの石の様子が変わってますね」
「え?・・・あ、本当だ」

光っている石は昨日で12個、今朝の事務所で10個、今で5個になっている。

「それってもしかして、残り時間なんじゃない?」
「残り・・・時間?」
「僕達起きたの8時くらいだったよね。そこから7時間たって5個残ってるってことは、」
「あと・・・5時間?」

言った瞬間パチンと石の輝きがひとつ消える。揃って壁時計を見上げれば、長針が12を指したところだった。

「・・・夜8時には離れられるってこと、かな?」
「多分・・・間違ってないなら」

現在時刻は午後4時、石の数は残り4つ。確証はないが、その説明には納得がいく。先が見通せた喜びと安堵で、芽衣は大きく息を吐いた。ついでに安心したのか瞼が少し重そうである。

「はぁ〜〜・・・本当にごめんねレオ。変なことに巻き込んじゃって・・・」
「ううん。芽衣さんの方が大変だったでしょ、俺なんかと一緒でごめんね、こんな日なのに」
「そんなことないから・・・そんな風に言わないで・・・・・・」

芽衣の語尾から徐々に力が抜けていくと思えば、レオナルドの肩に軽い重みがかかる。そっと首を回して見れば、瞼の落ちた彼女の頭があった。普段は現場に行くことのない彼女にとって、さっきまでの大騒動は大きくキャパを超える出来事だったのだろう。酷くはないが怪我をして、走り回って、身体が重くなっても仕方ない。キキッ、と彼女の膝で鳴くソニックをレオナルドが呼び戻せば、ギルベルトがどこからか持ってきた毛布をそっとかけた。彼女が寝てしまった今、レオナルドもこのソファから動けないのは必然である。
一連の出来事を自身のデスクから見ていたスティーブンは、目が合った少年に柔く笑いかけた。

「そのままで大丈夫だよ。芽衣が起きるまでゆっくりしてるといい」
「はぁ・・・」
「彼女にはいつも世話になってるからね、こんな時くらい休ませてやってくれ。少年も寛いでていいよ」
「よっしゃレオやる事ないなら一狩り行こうぜ」
「ザップ、お前はこの大量の無意味な領収書の説明を俺にしてからだ」
「えぇ〜マジすかスティーブンさ〜ん」

心底面倒くさそうにソファ近くから立ち去るザップをジト目で見送ったレオナルドは、自身も彼女を見習って背中をソファに預けた。1人で座るより深く沈んだそれに少し驚きつつ、隣の程よい重みと体温につられて微睡んでゆく。
しばらくして事務所のドアが開く。入っていたのはK・Kだ。事後処理と残党狩りで現場に残されていたのだが、ようやく終わったらしい。事務所に入るなりそれを命じたスティーブンに食ってかかっている。それをいつもの事だとあまり気にしてないチェインは、ソファの様子を見てギルベルトを呼んでいた。

「ちょっと聞いてんのスカーフェイス!?ったく、聞いちゃいないんだからムカつく・・・あら?」
「たった今寝たところでございます」
「そっかー、芽衣っちもレオっちも大変そうだったもんね。お疲れおつかれ」

お互いに身体をあずけて夢に微睡むその空間で、ソニックだけがきょとんと目を丸くさせていた。2人を起こしてはかわいそうだとチェインは手招きをする。

「おいでソニック。バナナあげる」
「キッ!」



  *:;;;:*:;;;:*



ふ、と意識が浮上して最初に聞こえたのは頭上からの優しい声だった。

「起きた?」
「んえ・・・、・・・!?ごめんレオ寝てダッ!?」
「だ、大丈夫!?」

瞬時に状況を把握して、一気に覚醒したと同時に申し訳なさから離れようとしたが、見えない壁に阻まれて撃沈した。後頭部がものすごく痛い。
涙目になりながらも大丈夫だと伝えれば俺もさっきまで寝てたよと腕を引かれた。まだ離れられないということは8時前だなと時計を確認すれば7時を少し過ぎた頃だった。事務所もみんな帰ってしまったようで、残っているのはツェッドさんだけらしい。なんたって今日はクリスマス、みんなパーティやら予定があるのだろう。

「あ、芽衣さん起きましたね」
「うん・・・ごめんね、ツェッドさん今日予定あるって言ってなかった?間に合う?」
「大丈夫です、今からでも間に合うので。お2人も、もう暗いので帰った方がいいですよ」
「そうですね。帰ろっか、家まで送るよ」

どうせまだ離れられないし、とおどけて加えるレオに笑ってソファを立った。いつの間にか掛かっていた毛布(ギルベルトさんのおかげらしい)は畳んで背にかけ、ツェッドさんに見送られて私達は事務所を後にした。
1歩外に出れば感じざるを得ない眩しい雰囲気が刺さる。今夜はクリスマス、ここ1ヶ月かけて世間が騒ぎ立てたきらきらと輝くイベントのクライマックスだ。目に入るのは、恋人や家族同士が手を繋いで幸せそうにどこかへと向かう姿。自分はと言えば、恋人でも家族でもない異性と、つかず離れずのまどろっこしい距離を保って歩いている。何かが悪いわけでも嫌なわけでもないが、少しばかり居心地が悪い。何に対してかはわからない。

「あの・・・今更だけど、さ・・・レオは今日予定なかった・・・・・・?」
「え?」
「いや!巻き込んどいて聞くのはどうかと思うんだけど!・・・今日、クリスマスでしょ・・・レオだって一緒に過ごしたい人がいたのかと思うと本当ごめんって、今更・・・思って・・・・・・」
「あー・・・うん、そんな予定あれば良かったんだけどねぇ・・・」

ははは・・・と困った笑顔で頬をかくレオナルドは、いつもより近い距離で少し戸惑う。

「そういう芽衣さんこそ大丈夫なの?」
「大丈夫だから聞かないでほしい」

クリスマスなんて平日だ。1人で街中を歩かなくてすんだのは幸か不幸か微妙なところではあるが。
2人して乾いた笑いをこぼしてしばしの沈黙。何となくお互いに顔を見れずに、それでも遠くも近くもない距離を歩かなくてはならなくて、何ともはっきりしない違和感が漂う。
周囲は相変わらずきらきらと輝いており、すれ違う人々もどこか眩しさを感じる。意図してその人達をよけようとしたのが間違いだったのかもしれない。自身の指先がレオナルドのそれに当たり、大袈裟なまでに反応してしまった。

「っ!」
「・・・!」

ぱち、と手が当たる音まで聞こえ、取らなくていい距離を取ってしまうほど遠く後ずさってしまった。
・・・・・・・・・後ずさって?
勢いよくブレスレットを見る。12個の石全てから輝きは無くなり、出来の悪いイミテーションがはまってるだけの安っぽい輪が出来上がっていた。続いて同じ腕につけている時計の針を見てみれば、丁度午後8時を指したところ。街の大型ヴィジョンのニュースキャスターも同じ時刻を告げていた。上げていた首を正面に戻せば、全く同じタイミングでこちらを見つめる彼の瞳と向き合う。青く澄んだ、神々の義眼。

「レオ・・・!!」
「芽衣さん・・・!!」
「良かったぁ〜〜〜!!!」

最後の安堵は2人してきれいにハモる。思わずレオナルドに駆け寄って手を取り合って喜んだ・・・ところでふと我に返って思いだす。さっき、似たようなことで微妙な雰囲気にしたことを。

「ご、ごめんレオ・・・」

バツが悪くて、視線を逸らして絡めた指から力を抜いた。ぎこちなく手を胸に寄せ、もう一度ごめんと呟く。どうすればこのぎこちない空気を浄化して帰れるのか必死に考え―――ようとした。
それこそ空気を切り裂いて風を送られるかのように勢いよく、レオナルドの両手が私の両手を包み込んだのだ。

「あ・・・あのさ・・・!」
「は、はい・・・」
「よ、よよ良かったら・・・このままご飯行かない!?」
「・・・」
「せっかくだし!今から帰ってご飯作るのも大変だし!俺ん家何もないし!ど、どう!?」

そっと顔をあげると、彼の真っ赤な顔が至近距離にあって思わず息をのむ。多分私の顔も同じ色をしている。だって、熱い。

「そ・・・んなデートの誘い方って、あり?」
「うっ」
「ただでさえ今日はクリスマスなのに?」
「ご、ごめん・・・」
「・・・うそ、いいよ。何食べよっか」

つかまれているだけの手をほどいて、きちんとつなぎ直す。途端に、周囲の輝きが眩しいだけでなくきれいに見えるのだから現金なものだ。恋人繋ぎにする勇気はないけど、それでも確かにあるこの手のひらの熱は現実で、本物になるかどうかはまだわからない。

「・・・私お財布も何も持ってないけどどうする?」
「女の子1人ぐらい、俺だって奢れるよ」

女の子なんてくすぐったい。でもそれが心地よい。
疎ましく思っていたイルミネーションの中に消えていくのも悪くないと思ってしまう。なにかが始まるクリスマス、なんて寒いかな。でも、寒いのも悪くない。今はただ、この熱に惹かれて美味しいものを食べに行きたい。それだけで充分だから。


2018.12.25.

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