境界線は溶けた


日常とは推理小説の様だと、最近考えるようになった。緻密に張られた伏線を一つ一つ丁寧に回収して行くと、最終章にて今まで見えなかった真実が見える。急に現れるのではなく、伏線を紐解き、段階を踏んで初めて目の前に現れる真実と犯人に読者は驚くのだ。伏線もなくいきなり「犯人はあなただ!」なんて言われても、説得力もなければ現実味もない。
毎日の生活もまた同じ。日々の営みで得た小さな発見が大きな発明を産むこともあるし、些細な驚きが後に科学を発展させることになる。生きていく上で心に引っかかる不可思議と疑問が積み重なった先に、まるで名探偵が推理を披露するが如く全てのピースを当て嵌めた向こうに、非日常は姿を現すのだ。
なんて大それたスピーチだって?妄言?言いたい人は言ってればいい。でも、私にはそれだけが真実なのだから。
私にとって最初のピースは、電車内の路線図だった。



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(・・・・・・米花?)

毎日大学へ向かうのに使う電車内で、ふと路線図の駅名に目が止まった。電車を降りる直前にちらっと見えただけだったが、好きな漫画の地名と同じだったので強く印象に残った。その日はゼミの準備が忙しくて調べる余裕は無かったけど、そのうち余裕が出来たら行ってみようとも思っていた。
それからしばらくして、同期の武地と研究室から校門までの道すがら世間話をした。

「なー、佐原さぁ」
「んー?」
「最近この辺りで探偵が活躍してるらしいって知ってるか?」

武地とは研究室が一緒で、大学1年の頃から“ミステリー好き”の共通点もあり、ずっと仲良くしている友人である。まさか4年の研究室まで同じとは思わなかったが、気心知れた男友達というのは楽なので、同じでラッキーだった。ちなみに私たちの間にはまるっきり何も無いしこれからも起こりえないと念の為記しておく。

「へー、何それ漫画みたい」
「だろ?この辺りっても大学付近じゃなさそうだけど、何か色々解決してるらしい」
「何その雑な情報は・・・」

じゃあ俺こっちだから、と自転車置き場へ消えていく武地の背中を見送った。中途半端で雑な情報を投げつけられたが、恐らくこれが2つ目のピース。
・・・・・・今思えば、もっと細かな伏線は至る所に張ってあった。テレビから聞こえる地名に聞き馴染みのないものが混じっているとか、そういえばこの頃から“あの”漫画について話題になってないなとか。でも、そんなのは全て“今思えば”なのだ。当時の私が気づくにはあまりにも些細な変化だった。無茶を言わないでほしい。私は警察でも探偵でもないんだから。
そんなある日、教授が出張で学校にいないからと研究室が休みになった。正確には休みになるわけではないが、この時期研究室にいてもやる事はほぼ無く、留守番(学内の掲示板確認や荷物の受け取り役で1人は残らなければならない)に武地を残して他の者はつかの間の休日となったのである。まあ、サボってるとも言う。
そのサボりを利用して、普段は遠いから来れない話題のカフェでランチをしていた。さすが雑誌に取り上げられるだけあり、平日にも関わらず並びはしたが美味しかった。これでもう少し近ければ文句なしだけど・・・、

(ま、仕方ない。いつも使わない路線を開拓できると思おう。たまに来る方がレア感出て楽しいし)

食べるだけで帰るのも勿体ないと、会計を済ませて少し散歩をすることにした。雑誌には確かチョコレート専門店もこの近くにあると紹介していたはず。そのページを写真に収めているので見てみようと携帯を開け、専門店の所在地を確認して足を止めてしまった。

「・・・・・・米花って」

そういえばこの前路線図で見たなと思い至る前にまずあの漫画が浮かんだ。
「米花町」は、かの有名なシャーロック・ホームズに出てくるベイカー街から文字って名付けた、なんてファンの間ではあまりに有名である。もちろん現実世界の日本に同名の町はない。架空の町なのだ。そう、存在するはずがない。“今思えば”、路線図を見た時に何故もっと疑問に思わなかったのか疑問である。

「待って待って待って待って・・・嘘でしょ・・・・・・」

歩道のど真ん中に立ち尽くしたまま、インターネットの検索窓に思いつく限りの用語を叩き込む。「米花町」「米花駅」「東都タワー」「鈴木財閥」「闇の男爵」その他もろもろ。検索結果一覧の画面を見つめて震える。ヒットしたURLを押す勇気はなかったが、どのページも『漫画に出てくる用語』の説明をしてるとはとても思えない。まるで『実在するもの』のような説明書きと、『公式サイト』なんて言葉が踊るように私の視界を占めている。
チリン、と背後からの自転車のベルで現実に引き戻される。歩道のど真ん中に立ち尽くしていた私は、不快そうにこちらを覗き込む自転車の男性に会釈をして建物側へ寄った。両手で握らないと今にも落ちてしまいそうなスマホの画面には「探偵左文字」の検索結果が表示されている。トップに踊る文字は「新名任太朗」だ。
今日はそんなに暑くないはずなのに、背中に汗が伝うのがわかる。とてもじゃないが直接的な人物名を検索する勇気は出ない。もちろん、当初の目的だったチョコレート専門店に行く気もない。さっきのカフェは米花じゃなかったはずだから、そこからそう離れていないこの場所は、まだ、米花町には踏み入れてないはずだ。

(帰ろう、一度。まさか家がなくなってるなんてこと・・・・・・まさか)

その場で地図アプリを開き、一人暮らしの自宅の住所を打ち込む。エンターを押せば見慣れた地図上にピンは立った。航空写真に切り替えても違和感はない。次に実家の住所を検索するが、これも違和感なく記憶と同じ場所にピンが立つ。ならばと実家の電話を鳴らす。コール音を4回聞いたところで繋がった。

「はい、もしもし」
「・・・もしもし、お母さん?」
「あらいずみちゃん?家にかけるなんて珍しい。どうしたの」

安堵に思わず息を吐いた。聞き慣れた母の声はいつも通りで、何の不調も訴えていない。

「いや、その・・・、週末ちょっと帰ろうと思って・・・・・・大丈夫?」
「週末って明後日じゃない!別にいいけど、泊まる?」
「あー・・・ちょっと確認したい事があるだけだからすぐ帰るかな・・・・・・」

じゃあ帰る時間決まったら連絡して、と簡潔にまとめられて電話は切れた。至って普通。少なくとも母は異変を感じていない。私も地図を見るまで気付かなかったから、この電話だけで決めることはできないけど。
震える足を何とか動かして、行きに使った駅まで歩く。切符売り場の上にある路線図を見つめても、見慣れた駅名が並んでいるだけだ。私が普段使う駅も記憶と同じ場所に記載されている。ただ、確かに探すと『米花』の文字は見つかった。けれども、あいにくその駅名が並ぶ路線は私がほとんど使わない線で、今までと何が違うのかわからなかった。『米花』が私の生きる世界に存在しない事は知っているが、その周辺の駅名が架空なのか実在しているかの見分けがつかない。
とりあえず目的の電車に乗り、我が家の最寄り駅で降りた。我が家までの道のりも全て記憶と違わない景色で、私の携帯がドッキリにでもかけられてしまったのかと思った。やがて見えてきた学生向けのマンションの駐輪場に、私のバイクが見える。恐る恐るキーを差してみるが、何の躊躇いもなくエンジンは普通にかかった。

「間違いなく私のバイク・・・だよね」

キーを抜いて、マンションのオートロックも難なく抜けた。都内のオートロック付きマンションなのでそこそこ家賃は高いが、背に腹はかえられぬと両親のゴリ押しで決めたこの家は、学生向けと謳うだけあってほぼうちの大学の生徒が入居している。お昼過ぎの半端な時間のせいか人の気配はまばらで、私の部屋である501号室に着くまで誰ともすれ違わなかった。
果たして私の家の玄関の鍵は、すんなりと開いた。

「・・・開いた」

そっと覗き見るも、散らかった靴や廊下の先に見える部屋の様子に変化はない。出かけた時のそのまんま、間違いなく私の家だった。
しっかりと後ろ手に施錠をし、とりあえず一息つく。私もオタクの端くれ。『トリップして天涯孤独家なき子』という立ち位置にはなっていない事を確認できるくらいには落ち着いてきた。いや、まだ壮大なドッキリにかけられている疑惑も捨ててはいないけど。
洗面台で鏡を見るが、今朝と同じ見慣れた自分の顔があるだけだし、貴重品や学生証、免許証を確認しても記憶と相違ない。若返ったり幼児退行してるわけでもない。大学で留守番をしている武地にも普通に連絡が取れるので、交友関係も恐らくそのままだ。周囲の人間関係も崩れていない。
おやもしかして道端で見た検索結果は目の錯覚かしらと履歴を辿るが、さっきと同じページしか出てこなかった。

「なんなんだ一体・・・あっ」

ベッドの下から収納ボックスが飛び出している。この柄は漫画をしまっているボックスだろう。実家に置いておけばいいものを、大学で一人暮らしを始める際にわざわざ持ってきたのだ。いろんな漫画を入れているのだが、一番手前に置いてたボックスには1番冊数の多い推理漫画を・・・『名探偵コナン』の単行本を入れていたはずだ。
70冊ずつ入るボックスを2つ引き出し、意を決して開けた。決死の覚悟で開けたその中には、何ら変わりなく1巻から70巻までぎっしりと『名探偵コナン』が入っていた。日焼け具合もそのままだ。なんだと息を吐く一方で、疑問も浮かぶ。じゃあこのスマホの画面はどう説明するんだ、やっぱりドッキリなのか?2つ目のボックスを開けて悲鳴が出たのは仕方がないと慰めてほしい。

「な、なんで・・・・・・」

そこに入っていたのは覚えのある71巻より先の単行本と、購入はもとよりレンタルした覚えすらない劇場版の円盤がきれいに並んでいた。「佐原いずみさんへ」のメッセージカードと共に。
誰でもいいから『ドッキリ大成功』の音楽を流してくれ。



2021.08.22

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