境界線は溶けた2
あれから一週間が経ち、色々とわかったことがある。
まず、円盤に添えられていたメッセージカード。二つ折りを開くと、中には綺麗な明朝体で「きっと必要になります。」と一言だけ。あまりに怖くてそのまま放置している。
そしてあの日の翌日、所属している大学の研究室に行くと、みんないつも通りに自分の机にいた。教授が出張から帰ってくるのは週明けなので休みにしてもいいのだが、私が招集したのだ。何時でもいいから、明日1回は研究室に来てと。
最初に声をかけてきたのは同い歳のモエだ。
「遅いよいずみ〜、言い出しっぺでしょ〜」
「ごめん。みんな早いね」
萌木依里子(もえぎよりこ)は小中の同級生の女の子だ。家庭の都合で高校と1年間の浪人生活を九州で過ごしたため、少し訛っている。可愛らしい容姿と苗字から「モエ」と呼ばれているが、中身は潔い性格で一緒にいて楽な相手だ。ちなみに私も一浪してるため、モエと同じく年齢は周囲より1つ歳上である。閑話休題。
「僕も今来たとこだから大丈夫」
続いて話しかけて来たのは三田原遥斗(みたはらはると)。4年で研究室所属になるまではあまり関わりのなかった男子だが、とても話しやすい良い奴だ。実家から大学まで電車で20分程度にも関わらず、人生経験の為だと一人暮らしをしている。相当お金持ちのようだがそれを鼻にかけない出来た人間である。本当に良い奴。
「そんで?話ってなんだよ」
最後は武地隆真(たけちりゅうま)。こいつの説明は前回したので割愛する。
「話って程でもないんだけど、その・・・見てほしいものがあって・・・・・・」
そっとバッグから『名探偵コナン』の1巻を机に置いた。レンガの柄にタイトルロゴ、真ん中には写真が置かれて主人公1人だけが描かれている見慣れた表紙。この4人で言えば武地は間違いなく読んでいるし、モエにも昔貸した事がある。三田原はわからないが、国民的作品のタイトルぐらいは知っているだろう。
しかし、その考えは次のモエの一言に砕かれた。
「なぁに、これ。真っ白じゃん」
続いて三田原が手に取ってパラパラとページをめくる。横から覗く私には中の漫画が見えるのだが、3人にはどうやら違うものが見えているらしく、揃って眉をひそめていた。
「中身も真っ白・・・ノートかなにか?」
「単行本サイズのノート?珍しいな」
三田原に続いて武地がそれを手に取り、カバーを外す。私には1巻の表紙カバーを外しているようにしか見えないのだが、彼らには全てが真っ白の紙束にしか見えていないらしい。
「め、珍しいでしょ・・・・・・昨日整理してたら発見して・・・みんな知ってるかなって」
震えた声に気づかれなかっただろうか。相当焦った顔をしていた自覚があるが、幸いにも誰もこちらを向いていなかった。
「知らねぇなぁ、見たこともない。三田原は?」
「僕もない」
「私も。え、なにいずみ、それが知りたくて今日呼んだの?」
「う、まあ、そんなとこ・・・・・・」
「グループに写真送ってくれればよかったのに〜」
モエの言い分にあははと笑って返すのが精一杯だった。武地に重ねて何かを問われたような気もするが、あまりよく覚えていない。ごめん武地。
そして翌日、バスで2時間ほどかけて実家へ帰った。もちろん1巻を携えて向かった訳だが、父と母の反応は研究室の面々と同じだった。どうやらこの紙束を漫画と認識できるのは自分だけらしい。
さらに実家の自室を確認すれば、引越しの際に置いていったコナン関連のグッズや雑誌が根こそぎ消えていた。テレビ放送された劇場版の録画も空っぽである。
どうしたもんかとリビングで頭を抱えていれば、夕方のニュースが聞こえてきた。訃報です、と頭に添えられた言葉は普段より落ち着いたトーンだった。
「人気ロックバンド“レックス”のボーカル、木村達也さんが亡くなりました」
テレビから流れてきたのは、恐らくそのバンドの代表曲なのだろう。ロックバンドを普段聞かない私でも聞き覚えのあるものだった。ふーん、この曲のボーカルが亡くなったのかー、と軽い気持ちでテレビ画面に視線を送ってやや違和感を覚えた。このボーカルの事を、私はずっと前から知っている・・・?
「今お聞きになっている“血まみれの女神(ブラッディビーナス)”は、ロックバンド“レックス”の代表曲で、・・・・・・」
アナウンサーの読み上げた原稿に、一瞬で脳内を知識が駆け巡った。ジャケットを脱ぎ捨て両肘を触る振り付け、並ぶのは手で食べる料理、入れ替えたジャケット、“赤鼻のトナカイ”、犯人はマネージャー・・・・・・私は、この事件を、知っている。
この人死んじゃったのね、なんて台所から聞こえる母の声は右から左だ。この事件は物語の中で起きた事件だ。現実世界でニュースになっていることはもちろんだが、それよりも驚いたのは私がこの曲を知っている事だ。たった今私はなんて思った?
(“この曲のボーカルが亡くなったのか”・・・?なんでこの曲を私が知っていたの?この事件はアニメ見たことないよね?)
現実に存在しない曲を、確かに私は聞いた事があるのだ。音楽番組だったか店内BGMだったか、はたまた友人が聞いていたのかは定かではないが、確かに、間違いなくどこかで聞いているのだ。それはつまり、えーと、・・・・・・どういうこと?
「あーだめ頭パンクしそ・・・・・・」
その日はそのまま晩御飯も食べずに、夕方のバスで一人暮らしの自宅へと帰った。バスの中と帰宅してからも延々とネットの記事を検索し、レックスの事件について記憶と違わないか確認をした。流石に殺害トリックまではわからなかったが、犯人とその動機については記憶通りであると調べがついた。
翌日曜。よく眠れたとは言い難い倦怠感を持ちながら、パソコンの検索窓を見つめていた。そこには既に『トロピカルランド』『ジェットコースター』と入力してある。
昨日報道されていたレックスの事件は、確か毛利蘭、鈴木園子、江戸川コナンの3人が遭遇した事件だったはずだ。現場に毛利小五郎がいないので、ネット記事では知った名前を見つけることができなかった。原作でも初期の事件だったはずで、推理クイーン園子もキッドキラーもまだ誕生してない時期。彼らの名前を探すことはできなかった。そしてだからこそ確証が欲しかったのだ。
トロピカルランドにジェットコースターとくれば、もちろん第一話の衝撃的な事件である。・・・・・・もしも、もしも実在する事件ならば、その記事には間違いなく『工藤新一』の名前が出てくる。
今までずっと目にするのを避けてきた登場人物の名前が、絶対に。
「ええい、ままよ!」
エンターキーをタン、と押せば、すぐに画面が切り替わった。検索トップに出てきた新聞社が運営してるページをクリックする。トップ画像として出てきた1枚の写真には、制服を着た男の子が写っていた。その下には『現場に居合わせた工藤新一、またも事件解決』と補足の一言。
「はは、・・・・・・・・・マジか」
記事には「被害者は全身を強く打って死亡」と書いてある。これは遺体が原型を留めないほど変形している時に使われる表現であるとどこかで読んだことがある。そら「頭部が吹っ飛びました」なんて書けないけど、ジェットコースターに乗ったまま全身を強く打つってどういう状況だ。文字通り捉えたら普通に遊具の不備だと思う。怖すぎる。
記事を下までスクロールすれば、関連記事に工藤新一が過去に解決した事件のリンクが貼ってあった。同じ米花町だからか探偵だからか、毛利小五郎の名前のリンクもあった。・・・・・・“血まみれの女神”の事件はかなり初期のものだったはず。つまり、江戸川コナンが毛利探偵事務所に転がり込んだのはごく最近ということだ。
「毛利小五郎、またも事件解決」と見出しの記事へ飛んでみる。どうやら美術館で起きた事件らしい。夜中に甲冑が動き出して殺した、みたいな事件は確かにあった。関連記事には豪華客船で起きた親族争いの殺人事件や、10億円強奪事件の見出しが出ている。
「10億円って・・・宮野明美、だよね」
ヒロタマサミと名乗って毛利小五郎に依頼したのは、灰原哀もとい宮野志保の姉である宮野明美だったと明らかになるのはずっと先のことだけど。
何よりこの10億円強奪事件を、やっぱり私は知っていた。普段からニュースなんて横目で流す程度しか見ないので詳細なんて気にもしなかったが、つい最近まで繰り返し報道されていたはずだ。何しろ10億だ。掴みとしてこれ以上強いものは無いし、それで人が亡くなったことも世間を賑わすポイントだろう。何より、そんなに世間を賑わせといて、全く私が興味を持ってない事が問題だ。もうこれで何度目の“今思えば”だろう。もっと周囲のことに興味持てよ私。
「今度からちゃんとニュース見よ・・・・・・」
ここまできたら認めるしかない。工藤新一と毛利小五郎の顔写真まで見たのだ。ここはきっと、いや間違いなく『名探偵コナン』の世界だ。私の家族や友達、果ては大学までそのまま記憶と同じなのは不思議だが、超ご都合主義トリップとでも名付ければいいのだろうか。
意を決して、漫画が入ってるボックスを開け5巻までを手に取った。1から順にパラパラと確認だけしていけば、“血まみれの女神”は丁度5巻の事件だった。私はその事件ページに付箋を貼り、パソコンのブラウザを閉じてテキストソフトを立ち上げる。そして1巻から順に、各事件の概要や重要ワードを5巻分ひたすらまとめあげた。寝不足も相まって、日曜日はこれで一日が終わった。
翌月曜から4日間、研究室での活動がほぼないのをいい事に、大学の図書館と区立図書館へ入り浸った。事件をまとめたテキストを印刷しておいたので、調べた内容をそこへひたすら書き込んだ。
そうして最初に「米花町」に気づいた日から一週間。全ての事件の裏付け作業を終え、私はここが漫画の世界であるとようやく飲み込んだのである。
2021.08.22.
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