境界線は溶けた6


結論から言うと、事件は高谷さんの自白で幕を下ろした。
高谷さんの不自然な発言に気づいた身としては「ですよね」という感想なのだが、まさかここまで合っているとは思わなかったというのも本音だ。
彼女の嘘に気づいたきっかけは、やはりと言うべきか否か、江戸川コナンとの会話だった。

「あのね、お姉さんに確認してもらいたいことがあるんだけど・・・聞いてもいい?」
「うん、答えられることなら」
「あのね、お姉さんが入ってた個室のトイレットペーパーとゴミ箱の様子を教えて欲しいんだ」

私は少しだけ考えて、トイレットペーパーは3分の1くらい残ってて予備があったこと、サニタリーボックスは開けてないから分からないけど4つ角に引っかかっているビニールの1つが外れて中に落ちていたことを話した。
話しながらふと思ったのだ。この子はどうしてこんなことを聞くんだろう、無意味なことを聞くとは到底思えない。・・・ならばこの質問の意味はどこにあるのか?トイレの備品についてなら、テナント従業員の真木田さんよりも清掃員の高谷さんの方が関連性は高い。では、高谷さんは警察へ何と言っていたか?

『3番目の扉が使用中だったので、仕方なくそのまま掃除を始めました。掃除を終えるまで扉が開くことはなかったです』

つまり、『3番目の個室は掃除が出来なかった』と言っているのだ。これは逆に『3番目の個室以外は掃除をした』とも取れる。では、もしも今、私が2番目の個室を確認したならば、いったい何が見えるのだろう。
私は私が犯人ではないことを知っているし、例えふくよかな高谷さんをしてもそう簡単に持ち上げられるほど自身の体重が軽くないことも自覚している。真木田さんも、被害者の鶴見寧々も、腕っ節が強いようには見えなかった。間違いなく、私はあの個室から出ていないのだ。
キャラクターの名前を呼ばないように気をつけてはいたものの、恐らくこの時点で私はかなり興奮していた。漫画でよく見た人物に囲まれ、現実味が薄れていたのかもしれない。死体を見た恐怖は確かに残っていたのだが、それよりも謎解決の糸口を掴んだ感触がミステリー好きの血を騒がせた。
気がつけば私は現場に戻り――さすがに3番目個室のガチ現場を見る勇気はなかったので、高木刑事にお願いしたが――、2番目の個室が掃除をされてない状態である事を確認出来たのだった。
一緒に確認した1番目の個室は、サニタリーボックスのビニールがきっちり4つ角にかかった状態だった。トイレットペーパーも清掃会社の方針で“使い切るまで変えない”とかだったら証拠にならないが、高木刑事とコナンくん――江戸川コナンって言うの面倒くさくなってきた――より、真木田さんから“半分使ってあれば新品に差し替える”と証言を得ているようだ。
つまり、少なくとも高谷さんが清掃に入った時、2番目の扉は閉じており、中を掃除出来る状況下になかったのである。
これらを警察に伝えれば後は早かった。ちょうどそのタイミングで、ゴミの回収業者へのコンタクトが取れた連絡が入ったのも手伝ったのだろう。眠りの小五郎どころかコナンくんの出番すらなくあっという間に事件は片付いてしまったのだ。

(・・・・・・眠りの小五郎はちょっと見たかったかも)

惜しいことをした、と心の中で唸っておく。
私の考えの裏付けもしっかり取ってくれた警察と自白してくれた高谷さんによれば、今回の事件は突発的に発生したものらしい。・・・・・・まあ、計画的犯行だとしたらあまりにも杜撰だし、そうかなとは思っていたけど。
どうやら、最初にナイフを持っていたのは被害者の鶴見寧々で、高谷さんは脅されたらしい。元々高谷さんはお金を強請られていたのだが、職場で脅されたのはこれが初めて、更にナイフを突きつけられパニックになった。揉み合いになってる中、気付いたら鶴見の腹にナイフが刺さっていたそうだ。ここで止めておけば正当防衛になっただろうと思うのだが、パニックになった高谷さんの目に入ったのは半開きになっている2番目の扉・・・・・・つまり、気を失っている私の存在だった。普段から脅され強請られ強気に出れない高谷さんは、第三者が被害者に言いくるめられ、自分に都合の悪い展開になってしまうと瞬時に考えてしまった。そしてそのまま被害者のバッグの紐で首を絞め殺害。それでは本当に息の根が止まったか不安だったのでナイフで何度か刺しておいた・・・・・・というのが事件のあらすじだったようだ。
幸か不幸か、清掃中の高谷さんの手元には使い捨ての手袋やビニール、掃除道具は山ほどあり、返り血の掃除や処分には困らなかった。被害者のバッグから自分との繋がりを示唆するものと、脅された際に見せられた怪しげな小瓶を回収し、ゴミとしてまとめたと言う。その際、ナイフだけは持ち帰らず、隣で寝ていた私のバッグに突っ込んだようだ。私の身体が邪魔で半開きだった扉だが、バッグはその開いてる側の床に落ちていたので潜り込ませることが出来たのだろう。

「最初はナイフも回収しようと思ったのですが、バッグが隙間から見えて・・・魔が差した、とでも言うのでしょうか・・・・・・申し訳ありません」

とは、高谷さんが自白の際に教えてくれた。こういう所のトイレは防犯上外からでも鍵をかけることが出来るので、私を閉じ込めるのは難しくなかったはずだ。
連れて行かれる高谷さんの背中を見送り、確認作業があるから少し待って欲しいと警察に言われ座っていれば、同じく待機中のコナンくんが近寄って来た。ちなみに毛利蘭は別の場所へ御手洗を探しに行っている。

「ねぇねぇお姉さん。お姉さんは、どこまでわかってたの?」
「どこまでって?」
「だってお姉さん、高谷さんや警察の人の言葉にあんまり驚かなかったから。もしかして、予想してたのかなーって」

す、鋭い。さすが高校生探偵である。油断も隙もない。

「・・・さすがに、動機や犯行手順まではわからなかったけど、私を眠らせたのが鶴見寧々だって事は予想してたかな」

そう、高谷さんが殺害後に処分した怪しげな小瓶・・・警察が無事に回収して調べてみれば、中にはクロロホルムを気化した気体が残っていたのだ。とはいえそれはごく微量で、すでに一度蓋が開いた後だろうとの見解だった。ここまで聞けば想像に難くないだろう。
そもそも、防犯カメラの映像と真木田さんの『手前から2番目が使用中だった』という証言(高谷さんも同じ証言をしているが、犯人の為除外する)から、鶴見が私のいた個室に潜り込んでいたのではないかと推察するのは簡単だった。そうなれば、扉が開かないようにフックで細工をしたのも私を眠らせたのも彼女ということになる。

「どうして彼女が薬品なんて持ってたのかなって考えた時、もしかしてナイフを持ってたのも彼女なんじゃないかって思ったの。ナイフを持った人と薬品を持った人が偶然居合わせるよりも、1人で2つとも持ってる方がしっくり来ると思わない?」
「そうだね。・・・でも、被害者はなんでお姉さんを眠らせたのかなぁ?」
「さぁ・・・・・・何かあった時の目撃者にしたかったのか、高谷さん用に持ってきたけどちょっと使ってみたくなったとか・・・?」

真相は今となっては闇の中である。
あとは細々した気づきになるが・・・・・・例えば、高谷さんは2番目の個室から出てきた鶴見を見ているわけだが、その2番目にもう1人いたと知った時さぞ驚いただろう。私に意識があれば襲われてた可能性はある。また、その扉は私の身体が邪魔で半開きだった。細身の鶴見はその隙間から外に出ることが出来たが、ふくよかな高谷さんは恐らくその隙間に身体を入れることが出来なかったと思われる。トイレットペーパーとサニタリーボックスは蝶番側に設置されているため、半開きでは交換が不可能だったのだ。犯行直後の高谷さんに、そこまで気を回す余裕があったかは謎だけど。

「すごいねお姉さん!ほとんど警察と高谷さんのお話と合ってるよ!だから驚かなかったんだ!」

天下の高校生探偵に褒められるとさすがに照れるが、苦笑いでお返ししておく。
私のこれは推理というよりは連想ゲームみたいなもんだ。“もしも犯人があの人だったら・・・”という過程の上で思考してるだけであり、決定的な証拠は何一つ使っていない。その証拠だって、突発的な事件であっただけに、警察が探せばあちこちから出てきたはずだ。今回はたまたま私の考えを話すタイミングが早かっただけで、本来なら探偵なんて要らない事件のはずである。

「すみません佐原さん、後日事情聴取を行いたいのですが、空いてる日を教えていただいてもよろしいですか?」

どうやら確認作業は終わったらしく、近づいて来た佐藤刑事からの問いに、先程返してもらえたバッグの中から手帳を出して考えた。ついさっきここから凶器が出てきたことがふとよぎる。・・・・・・バッグごと捨てようかなこれ。
明日の日曜はバイトもないので、11時に警視庁へ向かうことにまとまった。ミステリードラマの聖地である。緊張半分嬉しさはんぶ・・・・・・いや緊張3嬉しさ7くらいか。ニヤつく口元を必死で引き結ぶ。

「佐原さん、よろしければその手のひらの手当を病院でしてもらいましょう。縫うほどはないですが、他人の血液が着いた刃物だったので、しっかり診てもらった方がいいですから」
「あー・・・・・・ハイ・・・」

嬉しさ7が0に急落した。一気にナイフと死体が心を揺さぶってくる。バッグと共に今日の洋服も全部処分しよう。思い出したくない。

「よろしければ病院まで送ります。佐原さんはバイクでしたよね?」
「バイクですが・・・とても運転できそうにないので乗せていただいてもいいですか・・・?」
「わかりました。・・・バイクはどうしますか?」

少し考えて、武地に来てもらうことにした。彼なら私のバイクに乗ったことがある。手短に説明すると、心配はされたが二つ返事で了承を得た。バイクの鍵は、現場に残る刑事さんが受け渡しをしてくれるそうだ。本人確認のため、免許証と学生証の2枚を忘れないように伝える。

「ごめんね武地、鍵は研究室の私の引き出しに入れといてくれればいいから」
「俺は全然大丈夫だけど・・・・・・、大学の駐輪場でいいよな?研究棟近くの」
「うん、大丈夫。病院の後鍵だけ回収するから」

じゃあよろしく、と電話を切って担当の刑事さんに鍵を預ける。行きましょうか、と佐藤刑事が促してくれた。どうやら彼女が送ってくれるらしい。
1歩踏み出そうとして思いとどまり、足を前に出す代わりにその場にしゃがみ込む。目線の高さには、小さな名探偵。
ここまで来たら、ちょっと欲が出た。これくらい欲しがったってバチは当たらないだろう。つーか当てるな。

「ねえ、お名前聞いてもいい?」
「へ?でも蘭姉ちゃんから聞いてたよね?」
「ちゃんと君から聞きたくて。・・・私は佐原いずみです。今日は迷惑かけてごめんなさい、色々お話してくれてありがとう」
「・・・僕、江戸川コナン!探偵だよ!僕もいずみお姉さんとお話出来て楽しかった!」

しゃがんでバッグに隠した両手でガッツポーズをした。可愛いバージョン自己紹介といずみお姉さん呼びいただきました・・・!

「コナンくん、蘭さんが帰って来たらありがとうって伝えてもらえる?毛利さんにも助かりましたって」
「うん、ちゃんと伝えるね」
「ありがとう。バイバイ」
「バイバーイ」

可愛らしく手を振るコナンくんに癒されつつ、ショッピングモールを後にした。子どもぶりっこな装いしか見せてこないという事は、特に怪しまれず(正体を知ってるうんぬん)に事を終えたというわけだ。それに対する安堵と現場を離れて緊張感がとけたのか、思いのほか大きなため息が出た。佐藤刑事は気を使ってくれたのか、後部座席の私へあまり視線をやらず、静かに運転をしてくれた。
こうして、私の人生史上最も長い土曜日が幕を下ろしたのであった。



2021.09.20

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