こじ開けられた扉の向こう

※捏造
舌ピアス、モブ視線

俺はしがない会社員。出社したばかりだがもう帰りたい。上司はパソコンでニュースサイト見て時間を潰している。

「先輩、これで合ってます?」

退屈な時間に天より舞い降りたエンジェル。ミョウジナマエさんが俺の横へとやって来た。書類の確認に来たようで真剣な顔も素敵だ。
そう言えばとポケットを探ると、かさりと目的の物が音を立てた。あるフェスのチケットだ。
ミョウジさんは他の女性社員と違って一匹狼だ。群れないしマウント合戦なんてしない。化粧もシンプルで何より気がきく。俺の中で嫁にしたいNo. 1である。

「うん、これであってるよ。ミョウジさん、実は知り合いから貰ったんだけど…」

ポケットから封筒に入ったチケットを取り出すとミョウジさんは目を輝かせた。

「倍率凄いのに、よく手に入れましたね」

驚いた顔も少し興奮気味な姿も可愛い。落ち着いた雰囲気の普段からは想像もできない姿に心が躍る。苦労して手に入れてよかったと。

「2枚あるんだけど、良かったら一緒に行かない?音楽の趣味の合うヤツが居なくてさ」

「悪いですよ…」

遠慮する所も好きだ。なんとか言いくるめて一緒に行く約束を取り付ける。ミョウジさんはチケット代を払うと引かなかった。渋々受け取ったが本当はプレゼントしたかった。チケット代はフェス終わりのアフターにでも使えばいい。
プランをしっかり練り、いい雰囲気を作って別れ際に告白するんだ。
今日から色々忙しくなるぞ。先程までやる気なんて無かったが、今は満ち溢れているそんな気がした。

***

「ミョウジさん、シュークリーム食べる?俺さ、甘いの食べないんだよね」

限定のシュークリームをミョウジさんの机に置く。人から貰ったように話したが、本当は違う。行列に並んで買った。
女性社員達との会話で、ここのシュークリームを食べた事がないと答えたのを聞いていた。食べてみたいとも言ってたし、絶対喜ぶはずだ。

「いいんですか?」

きらきらと嬉しそうにお礼を言われ、俺はとても満足です。社内には上司と俺とミョウジさんしか居ない。他の人は外や食堂へ昼食を取りに行っている。

「ひとつしかないから今のうちに食べちゃいなよ」

少し考えてから、そうですね。お昼ご飯として頂きますと手を合わせて袋を開けた。ずっしりとクリームが詰まった大きなシュークリームを握り、ミョウジさんは口を開けた。
その時、口内にきらりと光るものが見えた。ミョウジさん舌ピアス開けているのか。笑う時、よく口元を手で覆っていた。おしとやかな子だと思っていたがピアスを隠していたんだ。
俺しか知らないギャップにとてつもなく興奮する。滑舌が甘いのもコレだったんだ。
彼女とのキスはどんな感じだろう。柔らかい唇、もちろん舌も柔らかいだろうけど、そこに主張する金属。舌ピアスはクセになると聞いた事がある。ますますミョウジさんが欲しくなる。妄想は捗るばかりで、仕事どころではなかった。

***

待ちに待ったフェスの日だ。チケットを渡したあの日から悩みに悩んだ。緊張と興奮で昨夜は全く眠れなかった。でも、ミョウジさんに会えると思うと辛くもない。

「先輩早いですね。お待たせしました」

「ついさっき来たとこだよ」

これ、デートの定番みたいだ。ミョウジさんはいつもと違う化粧をしていて、猫のように跳ね上げたラインも可愛い。動きやすさ重視のシンプルなコーディネートもよく似合っている。耳元で揺れる大ぶりのピアスもまた新鮮だ。

「雰囲気変わるね」

「ライブなんで気合い入れました」

社内のヤツらに自慢したい。こんなミョウジさん知っているかと。そうこうしていると入場時間。周りの流れに合わせて進んでいく。この人の多さだ。逸れないように手を繋いでも良いだろうか。そう考えてみるが勇気は出なくて俺の右手は空を切った。

「Crazy:Bって知ってる?」

ミョウジさんと俺が好きなバンドの出番が終わった。次はCrazy:Bというアイドルユニットらしい。俺はアイドルに詳しくない。

「人気ですよね」

どこか歯切れの悪いミョウジさん。俺と一緒でアイドルに興味ない感じかな。Crazy:Bがステージに上がると黄色い声援が飛び交った。こいつらめっちゃ人気じゃん。
センターの赤髪の男が客席を煽るように歌っている。背は高いし足は長い。神様は不公平だ。そんな事を考えながら見ていると、その男と目が合った気がした。
ちらりと横のミョウジさんを見ると、先程のバンドはノリノリだったのに、Crazy:Bはじっとパフォーマンスを見ているだけだ。再びステージへ目線を戻すと、またあの男と目が合った。何だこれ。これがファンサービスってやつなのか。

「楽しかったね。知らないグループもしれていい機会だった」

「そうですね。先輩のおかげで楽しめました」

「感想とか話したいし、ご飯とかどうかな?」

言ってしまった。ミョウジさんは来てくれるだろうか。どくどくと鼓動が早くなる。ここを掴まなければ後には続けない。

「それって俺っちも混ざっていいやつ?」

急に声がして振り返ると、俺らの背後には目深にキャップを被った男が立っていた。
ミョウジさんは驚いたように燐音くんと言っている。え、ミョウジさんこの男知り合い?まさかストーカーとか?

「おにーさんがナマエちゃんの優しい先輩ねぇ」

品定めをするように俺を観察する視線は見覚えがある。

「燐音くん、抜け出して良かったの?」

「後はメルメルに任せてきたから大丈夫っしょ」

ミョウジさんはこの男と仲がいいらしい。キャップから覗く赤髪や、長い手足。よく考えてみると、この燐音という男は先程ステージに立っていた男ではないか。

「Crazy:B?」

「そうそう。よろしくー」

人の通りは少ないとはいえ人気アイドルがこんな所に居ていいものだろうか。そんな事を考えていたら、男はミョウジさんの肩を抱いた。ちょっと何してるんだ。

「来るって分かってれば関係者席くらい準備してやったのに」

「そう言うと思った」

やけに2人は仲良くないか?男はさらにミョウジさんを寄せて密着している。近すぎるぞ離れろ。

「俺っち頑張ったから、ご褒美ちょーだい」

なっ…この男、ミョウジさんの唇を奪った。ストップをかけるミョウジさんにお構いなしで。しかも可愛いもんじゃない。水気を含んだ音まで聞こえる。息継ぎの合間に漏れるミョウジさんの声は官能的で、俺は居た堪れない気持ちだ。
こちらからはミョウジさんの後ろ姿しか見えないが、男とは先程から目が合っている。鋭い目つきで、でもそれ以外は優しくミョウジさんを包み込んでいる。
これって、つまり…

「ナマエちゃん疲れたみたいだし、連れて帰るわ。おにーさんも気を付けて」

そう言うと男はミョウジさんを抱え、ニヤリと笑って舌を出した。
その時、見えてしまった。
いや、まざまざと見せつけられたのだ。男のピアスを。ミョウジさんと同じ所にあるソレを。
かちゃかちゃとキスの最中に音がしていたのはコレだったのか。
急に力が抜けてその場に座り込んだ。ミョウジさん彼氏いたんだ。しかも人気アイドルだし。そりゃ恋愛話好きな女性社員達の前では言えないよな。
やたら目が合うのはファンサービスではなく、牽制されていたんだと改めて実感する。
あんな色気たっぷりの綺麗な顔の男は初めて見た。
告白する前に失恋した。でも、今それよりも辛い事がある。俺の下半身がはち切れんばかりで苦しい。
頭を抱えていると、いつの間にか2人はこの場から消えていた。

***

サボってしまった。上司に体調不良と嘘をついて有給を使った。明日は仕事に行くとして、ミョウジさんと今まで通りに出来るだろうか。完全に敗北したので、今更どうこうしようとも思わない。
ミョウジさんの事だから変に避けたりするような事は無いだろうし、俺の気持ち次第か。
ミョウジさんの事は変わらず好きだ。でもこれは以前の好きとは違う何かに変わった。
彼女の隣はあの男しか似合わない。

ただ思い出すのはニヒルな笑みを浮かべて舌を見せた男。あの色香にあてられた。
じわりと下半身が熱をもつ。
まじかよ。俺の性癖歪んでしまった。綺麗な男の舌ピアス。これがこんなにハマると予想できただろうか。完全に覚醒してしまった俺の分身。

あー、明日からどうしよう。