※クリスマス夢の予定でした
「あー…。なんか珍しっすねー」
断れずに嫌々参加した合コン。目の前の商社マンが気まずそうにしている。職を聞かれて答えただけ。それほど仲良くは無い同級生に誘われた合コンは数合わせだ。そして自分が彼女の引き立て役なのも分かっていた。
男は私を視界に入れる事もなく、同級生とその友達に質問攻め。これで良かったのだ。私は美味しいご飯をタダで食べにきた。そう割り切ってしまえばいい。
「どうする?二件目行く?」
商社マンが同級生に目配せする。どうしようかなぁ。なんて髪の毛をいじりながら迷う姿に、答えは決まっているくせにと言うのは野暮なのかもしれない。
「今日はありがとうございました。私はこれで失礼します」
「ナマエちゃん急にごめんねぇ。明日の準備とか忙しいのに」
店の庇テントの下で繰り広げられる心理戦を最後まで見守る必要はない。
「はい。ナマエさんは今から用事があるので」
餡子を炊きますので!と言い放つ予定が強めの力で肩を抱かれ遮られた。耳馴染みのある声と知った香りで隣の人物の顔が直ぐに浮かぶ。
「それでは失礼します」
スマートにエスコートされ店を離れる。同級生が目を見開き何か言いたそうにしていたが、あの場にとどまる事は許されなかった。
帽子とマスクで顔はあまり見えないがスタイルだけで一般人とは異なるオーラを放つ彼が気になったのだろう。
「どうしてここに?」
「偶然なのです」
***
自分へのご褒美として近所の和菓子屋さんで買い物するのが日課だった。
店はおばあちゃんひとりで経営している。常連だった私は数年前におばあちゃんから店をたたむと話を聞き喪失感に駆られた。なんとか存続して欲しいと話をするうちに、気が付けば店で働く事になっていたのだ。
今では店の和菓子はほとんど作れるレベルになった。それでもおばあちゃんの大福にはまだまだ及ばない。大福パンや月見パイなど作っては店に並べているが、おばあちゃんはやりたい事は何でもしなさいと反対する事はない。好き勝手にさせてもらっている。
「ナマエちゃんが来てくれたから続けていけるよ。お客さんも呼んでくれて自慢の看板娘だ」
ことある毎におばあちゃんは言う。きっかけは単純で私は大福が食べられなくなるのが嫌だったから。客足が増えたのは私の功績ではなく目の前のHiMERUさんのおかげだ。
最初は三色団子と苺大福。次からはショーケースの中を順に購入してくれた。仕事仲間に差し入れとふらっと立ち寄ったのがきっかけでそれからリピート。和菓子好きな人とは別にとてつもない大食漢が居るらしく凄い量を購入する事もあった。
謎多い美しい男性に助けられたのだ。彼の知り合いらしき人物も店を訪れる事があったが、みんな驚くほどに整っていた。絶対に一般人では無いと思う。
「そんなに見つめられては照れてしまうのです」
相変わらず綺麗な顔をしているとまじまじと観察していると見過ぎてしまったのかHiMERUさんは美しい顔で微笑む。
「HiMERUさんのおかげで店が存続できたなと」
「和菓子がどれも美味しかったからですよ」
優しく頭を撫でる手に心地よさを感じながらもパーソナルスペースの狭さに少し戸惑う。客と店員の関係からステップアップし今では自宅に遊びに来るほどの仲になった。根掘り葉掘り聞くものでは無いと思い名前しか知らないが関係は良好だと思いたい。
HiMERUさんみたいに美しい進化系和菓子を作ってみたい。羊羹テリーヌなんてどうだろう。ふと頭に浮かんだイメージを組み立てていく。冬の澄んだ空みたいな綺麗な藍色にきらきらと星のように金粉を散らす。映える菓子として需要はあるかもしれない。
「聞いてますか?」
考え事に集中し過ぎていた。顔を覗き込んだHiMERUさんとばっちり目が合う。美しい顔面のドアップは心臓に悪い。ティファールがなんとかと言っていた気がする。つい先日、我が家のケトルは壊れてしまった。
「買いますね。ないと不便ですもんね」
「…?HiMERUが準備するのでナマエさんは何もしなくていいのですよ」
ケトルの代金が必要ないと言われるとは思わず気が引ける。
試作品の和菓子を大量に持たせた事があった。その時の彼も同じように代金を払うと折れなかったが結局お代は受け取らなかった。その時と同じじゃないか。そのお礼がしたいのだと解釈した。
「安物でいいのでお願いします」
***
仕込みを終え家でゆっくり過ごしているとインターホンが鳴り響いた。宅配の予定もないし、こんな時間に訪ねてくる人物はひとりしか心当たりがない。
「こんばんは」
「お疲れ様です。こんな時間に珍しいですね」
いつもの帽子とマスクはなくHiMERUさんの顔がよく見える。玄関で立ち話もと思い部屋に招き入れコーヒーメーカーのスイッチを入れた。
「まだ間に合いますね」
腕時計で時刻を確認するHiMERUさんは何かを気にしている。珍しく多めの荷物を床に下ろして中から何かを取り出した。
「受け取って欲しいのです」
この前ケトルの話を思い出した。HiMERUさんが購入してくれる約束で今日はそれを持ってきてくれたのだと紙袋を受け取る。
「やけに小さいですね」
「もっと大粒が良かったでしょうか」
なんだか話が噛み合わない気もするが緑がかった鮮やかな水色の袋を開ける。手に取れば想像している物とは全く違う事に焦りが出始めた。これはティファールではない。
「アクセサリーボックスじゃないですか」
「そうですよ。開けてください」
焦る私とは裏腹にHiMERUさんは楽しそうにしている。意を決してゆっくり蓋を開けるとボックスの中身は指輪だった。
「これはティファールじゃないですよ」
「ふふ、何を言ってるんですか。ナマエさんは面白いですね。ティファニーでいいと言ったじゃないですか」
あの時は進化系和菓子の発想に夢中だった。ちゃんと話を聞いておけば良かったと後悔しても遅い。そしてリングの中心できらきらと輝く石が眩しかった。これはぽんと購入できる金額ではないものだ。
「もっと大きなダイヤがいいですか?」
「なんで、どうして」
これはまるでプロポーズではないか。友達からの急なアプローチに動悸息切れまでしてしまいそうだ。
「友達ですよね…?」
「好きなのはHiMERUだけだったのですか。悲しいのです」
やけに距離が近い事、人数合わせの合コンの後の不機嫌も今となっては理解できる。彼の事は嫌いではないし、むしろ好意的に思っている。それでも予測できなかった急展開に頭がついていかない。
「HiMERUさんの事は好きではありますが、まさかこんな急に…」
「仕方ないですね。では、結婚を前提にお付き合いして下さい」
跪く美しい人を断ることなんて出来ない。だってHiMERUさんの事は嫌いではないし、今私の心臓は破裂しそうな程に音を立てているのだ。
「私でよければ…」
私はHiMERUさんを知らなすぎる。けれどこれから色々と知っていけばいい。
指輪をスマートに買えてしまうくらいの手取りがある職種が謎だった。
「HiMERUさんってお仕事は何されてるんですか?」
「HiMERUはアイドルなのです」
唇に指を当てる仕草の色っぽいこと。私がアイドルに疎いだけで、検索すればそれはそれは立派な人気アイドルだった。美しい画像と共に様々な情報が並ぶ。とんでもない人と付き合う事になったと不安が胸をよぎる。
「結婚報告はタイミングを見てしましょう。何も心配しないでHiMERUに全て任せて下さい」
指輪はいつの間にかHiMERUさんの手の中。ナチュラルに手を取られれば、いつの間にか薬指に収まっている。その眩しく輝く姿から目が離せなかった。
「愛しています」
これから私の心臓はフル稼働で毎日忙しくなるに違いない。今だけでも胸から飛び出てしまいそうなのに。
幸せそうに指を絡める彼の手を今すぐ振り解くことなんてできやしないのだ。