株式会社ハニービー、養蜂と製造販売を行う会社だ。
経営難により廃業を考え始めた社長は、偶然視界に入った番組に釘付けになった。
テレビ画面に映ったある企業の広報。アイドルさながらフリフリの衣装を見に纏い、ファンの前でパフォーマンスする姿に釘付けだ。
「彼女達のおかげで会社は右肩上がり。今では支店拡大を考えています」
意気揚々と語る男に社長は目を奪われた。これだ!これしかない。一か八かの大勝負、株式会社ハニービーの大博打の始まりである。
***
黄色い声援の中に野太い声も響き渡る。毒針刺して、ショック死させてだの物騒な言葉が飛び交っている。
「お前ら!そんなんじゃ女王は満足しねーぞ!」
客席を煽るギターボーカルにナマエがちらりと視線を送れば、ばちんと音がしそうなウインクを飛ばす。どうしてこうなった。彼女は考える。もちろん答えが見つかることはない。
だが、そうしているうちに声援は先程よりも大きくなり、ナマエの見せ場に差し掛かっていた。考え事をしていてはミスをしてしまう。ベースのネックを握り直し集中する。スラップ奏法でばちばちに気持ちよく弾き、今はこのひと時を楽しみたいのだ。
「お疲れ様でしたー」
ライブは無事に終了した。
養蜂関係の会社に勤めるナマエがKILLER BEEというグループに所属する事になったのは理由がある。正確には彼女は騙されたのだ。
昔から音楽が好きだった。特にロックでゴリゴリにかっこいい曲が。
自分でも弾けるようになりたくて練習に励んだ。同世代の女性と比べると短く切り揃えられた爪は演奏を考慮してだ。
だがしかし社内でバンドを組む話にはメディアに出る件、ましてやヴジュアル系な事、おまけに殺人蜂だなんて物騒な名前も聞いていない。
歌の上手いギターが弾ける同僚とドラム練習中の後輩の三人でゆるく楽しめればと思っていた。
それが今では度々炎上はするもののKILLER BEEは株式会社ハニービーの広告塔。二年もやってのけるのだから彼女はこのバンドを気に入っているのだろう。
「ミョウジさ、コズミック・プロダクションのCrazy:Bって知ってる?」
衣装の装飾品を外すナマエにギターボーカルが話しかける。
「うーん…知らないかも…」
アイドル業界に興味のないナマエはユニット名だけではいまいちピンとこない。写真など見れば、もしかすると見たことくらいはあるかもしれない。そんなレベルだ。
アイドル戦国時代にアイドルに喧嘩を売るグループに所属しながら興味がないのは良くないが、机の上のスマホで検索する気も起きなかった。
「そのCrazy:Bから案件が来たらしいよ」
外したウィッグを握ったまま鏡の前でナマエは硬直する。鏡に映るのはグレーとレッドの作られたオッドアイ。驚いた自分の顔を見るのもなんだか可笑しくなって声のする方へ振り返った。
「え、どうゆう事?」
***
「蜂同士仲良くやろーぜ」
曲の間奏でやんちゃな声が響き渡る。
KILLER BEEのステージにCrazy:Bのメンバーが乱入した。付け焼き刃で覚えた特徴から声の主は天城燐音だろうとナマエは予想する。
スピーカーから鳴り響くのは彼らの曲。見事にジャックされた。ギターボーカルもドラマーも演奏の手を止め客席を煽っている。
ナマエも何かアクションを起こさねばと思うのだがパフォーマンスに圧倒され呆然と突っ立ったままでいる。
「Crazy:Bさんよぉ、ジャックしたからにはうちの女王を満足させてくれよ?」
ギターボーカルの咄嗟のフォローにナマエは助けられた。この言葉がなければ棒立ちの人だ。退屈している女王、それらしく見えたなら問題ない。
新商品のハニービールのイベント成人限定ライブの今日、KILLER BEEのファンを最高潮に盛り上がらせるのはCrazy:B。
彼女も一般参加であればそれなりに楽しんでいたに違いない。それくらい実力のある魅力的なグループだ。
そろそろパフォーマンスをとステージの端に積まれた瓶ビールに手を伸ばし、一緒に栓抜きも掴む。
ナマエが視線を感じる先には天城燐音。ふと目が合えば、彼は楽しそうにニヤリと笑みを浮かべた。
「良かったな!女王は満足だってよ」
ギターボーカルの声と共にナマエは成人しか居ない客席にビールをぶっかける。炎上なんて知らない。今までこのやり方でやってきた。もちろん客だって承知の上だろう。
容赦ない女王の姿を見て燐音もビールを掴んだ。
「楽しい事やってンね」
同じようにビールをかけ始める。ライブ後の振る舞い酒は別途で冷えているので問題はない。ディスプレイのビールはお構いなしに開栓され、積まれていたビールは客席へと消え去った。
***
「じゃあ遠慮なく頂きまーす」
Crazy:Bとの打ち上げで椎名ニキはハイペースで食べ進める。気持ちの良い食べっぷりを夢中で見るナマエにずいっと取り分けた皿が差し出された。
「全て椎名の胃袋に入る前にどうぞ」
料理を取り分けたのはHiMERUだった。十代とは思えぬビジュアルに気配り。なかなか受け取らない事に、食べないのですかと怪訝な顔をする様子にナマエは慌てて皿を受け取る。
「ありがとうございます」
「おや、やはり女性でしたか」
確かに分かりにくいかもしれない。女形もある世界だKILLER BEEのドラマーも綺麗に着飾っている。なかなか喋ることのない女王はファンの中でもどっち論争がある。本人は隠しているつもりは無いのだが、ミステリアスって素敵じゃないか。身バレ防止にもなるし、と口を出すことはなかった。落ち着いた先は性別不詳。気がついたらこの流れできていたのだ。
「うちの女王はごく稀に喋るんだよ。ファンはその度に大盛り上がり」
化粧を落とし、ただの好青年になったギターボーカルがナマエのグラスにビールを注ぐ。
「HiMERUくんもどう?」
「HiMERUは未成年なのです。そろそろ未成年三人はお先に失礼します。天城は置いていくので好きに酔わせて構いませんよ」
そう言うとHiMERUは笑い、食べ足りないと騒ぐ椎名ニキと少し眠そうにする桜河こはくを連れて消えていった。
「ひっでぇの。俺っちだけ残して」
半分中身の入ったグラスを片手に天城燐音はナマエの席に現れた。ハニービーの社員もいつの間にか帰宅しており、ドラマーも見当たらない。
この場所にはナマエとギターボーカルと燐音の三人しかいない。
「おねーさん、なんで化粧落とさねェの」
メンバー二人は着替えてメイクを落としていた。そんな中、女王だけは化粧も落とさず衣装も着替えずそのままだ。それは単純に化粧をし直すのが面倒な事がある。
KILLER BEEとオフィスモードは区別したいのも理由だ。オフィスではナマエはしがない社員なのだ。この件は限られた者しか知らないが。
「トップシークレット」
短く伝えると燐音は楽しそうに笑った。ライブのビールかけの最中にもガブガブ飲んでおり、打ち上げでも飲んだ。感覚的に酔っているのは理解している。飲み過ぎだと、これ以上は危ないと頭では分かっているが、注がれた酒を拒否できずナマエはいい気分で酔い始める。
「良い飲みっぷりだねェ」
燐音も同じくらい飲んでいた。少なからず酔ってはいるようでナマエとの距離をぐっと詰めて座る。
「なァ、交配してみる?」
それは女王を口説くような甘い声だ。囁くその姿に色気と少しの苛立ちを感じる。まだまだ青いくせに。酒が飲めるからって年上を舐めるなと。そう思ってしまうほどナマエは酔っている。
「生意気」
その一言だけ呟いて燐音の顔を両手で掴み少し強引に唇を奪う。目を見開いて驚いた顔をする様は年相応だ。ナマエはそれがなんだかとても気持ちが良かった。
「ちょっ…」
喋らせるつもりはない。開いた唇に容赦なく舌を差し込むとそれは奥へと逃げる。逃すまいと絡めにいくと背後に人の気配を感じた。
「相当酔ってんねー」
ギターボーカルの声に慌ててナマエは唇を離す。長い電話は終わっており、いつの間にか戻って来ていた。声を掛けられるまで気が付かなかった。ギターボーカルの言う通り、相当酔っている。
「飲み過ぎたみたい。帰るから彼よろしく」
背中に刺さる燐音の痛い視線に気付かないふりをして、女王は逃げる様にこの場を後にした。
***
ナマエは先日の事件から何かと忙しく過ごしていた。Crazy:Bとのライブは大成功。商品の売り上げも上がり、社長もご満悦だ。
販売の方が忙しくKLLER BEEとしての活動はしばらく出来そうにない。今はそれが逆に有難い。シンプルか化粧にスーツ、この姿がなんだかんだで彼女はホッとするのだ。
「なァ、おねーさんKLLER BEEの女王様知らねェ?」
聞き覚えのある声にナマエは全力で振り返った。声の主はCrazy:Bの天城燐音だ。
どうしてここへと問い詰めたいが、彼は気付いていない。このまましらばくれよう。お互い酒に酔っていたで済ませてしまえばいいと企む。
「残念ですが私のような一般社員には情報が回ってこないのです。申し訳ありません」
「あー…そっか…」
早く諦めて帰ってくれと願うナマエに、背後から誰かが近付く気配がする。
こんな時に誰だよと。しかしCrazy:Bを知る者なら、ましてやファンなら天城燐音が株式会社ハニービーに居ることに驚きアクションを起こすのではないか。ならばその隙に逃げてしまおうと彼女は閃く。近くなる足音に期待を寄せると、良く知った声が響いた。
「天城くんじゃん。どうしたの?」
声の主は同僚でKILLER BEEのギターボーカルだ。彼は呑気に久しぶり、この前はどうもと挨拶をしている。
ナマエの思惑通りにはいかなかったが、このタイミングで逃げようと足を動かす。何を思ったのか同僚は彼女の肩に手を置いた。これではナマエは逃げられない。
「女王様に会いに来たンだけどさ、おねーさん知らないって。俺っち困ってンの」
「うちの女王に用事?ミョウジも意地悪だな。教えてやりゃ良いのに」
同僚の悪い所、余計な事をてぺらぺら喋るが発動する。ナマエは教える事もなければ、あの日を掘り返すつもりもない。お互い大人なのだからと胸に秘める。
「おねーさん、マジ?」
「さあ、存じ上げません」
しらを切る彼女に同僚が追撃をする。
「うわー。天城くん可哀想。わざわざ訪ねて来たのに。KILLER BEEの女王は私ですって教えてあげなよ」
同僚は暴露した。
ナマエは恨みを込めてヒールで革靴を踏むが「ごめんて」と笑っている。
対して燐音は目を見開く。驚いたのは一瞬で、今度ははニヤリと笑った。
「おねーさん意地悪だな」
「騙したのは謝ります」
もう誤魔化すことはできない。
諦めたナマエは燐音が口を開くのを待っていると、彼はゆっくり近づき彼女の手を取る。
「この前の熱い夜の件」
ナマエが想像していた通りあの日の件だ。むしろこの件しか思い浮かばなった。
天城燐音は人気アイドルだ。世間にバレればひとたまりもないだろう。口封じか慰謝料か、できれば前者であって欲しい。この件は墓場まで持っていくつもりだと彼女は考える。
「その節は大変失礼しました」
お互い酔った勢いという事で、どうか許して頂けないでしょうかと打診しようとするが、そのタイミングは訪れそうにない。燐音に力を込めて手を握られ、それは叶わなかった。
「責任とりに来た」
「は?責任?」
ナマエの知っている責任の取り方は多くはない。
「そそ。手を出しちまったわけだし…」
むしろ手を出したのは女王の方だ。口説いたのは燐音だが乗っかって腹いせに唇を奪った。
「貴方は人気アイドルでしょう。スキャンダルなんてマイナスにしかなりません。酔った勢いだったと流してしまいましょうよ」
ナマエは思ったよりも大きな声で拒絶してまい、徐々に不機嫌な顔になる燐音にどう接すれば良いかわからない。
「おねーさんが女王なンて分かンねぇし、バレても一般女性でイケるっしょ。俺ら変わった蜂同士お似合いだしな」
燐音に意図は伝わらなかったようだ。そういう問題ではない。ナマエは一夜限りの過ち、ワンナイトで流して欲しいと言っているのに。
「キスは結婚してからって思ってたけどよ、済ませちまったし結婚するしかないっしょ」
イケイケな見た目をして意外にもピュアな事に驚く。なら口説くな誘うな。そうなら最初からお堅くいて欲しかった。見た目にそぐわぬ純情さに眩暈がして彼女は頭を抱える。
「俺はお似合いだと思うなー」
今の今まで黙っていたギターボーカルの賛同に気分をよくした燐音はナマエの両手まで拘束する。
ちらりと社員証に視線を落とし、ニヤリと笑う。
「結婚しよーぜ。ナマエちゃん♪」
天城燐音の猛攻撃が始まるのである。