※捏造HiMERU (俺)、酒、煙草
どうしてこうなった。騙された。詐欺だ。訴えてやる。まぁそれは無理な話だけれど。
「貴方の視線を独り占めにさせて。紫担当、ミョウジナマエです」
この台詞は何度言って慣れはしない。毎回背筋がゾワゾワする。キャッチフレーズを考えた社長を恨んでいる。
「今日もセクシーな衣装ですねー」
司会の言葉にもうんざりする。ネットでまたエッチなお姉さんとか言われるんだ。
「言われてみれば。私だけメンバーと少し違うような?」
他のメンバーはふわふわひらひらしているのに、何で私だけ身体のライン分かるほどタイトなんだ。スリット深くないか?胸のハート型にくり抜かれてるのは何のオプションだと言ってしまいたい。それはキャラ崩壊になるので口が裂けても言えやしない。
どうして10代のグループに余裕で成人済みの私がメンバーとして存在するのか。みんな未成年、私は最年長18歳って設定らしい。それでも無理があるだろう。
そもそも私はここのグループのマネージャーになるはずだった。シルエットのみを公開し、デビュー日に全貌を解禁するスタイルで売り出すと計画していた。
だが、デビュー前日にメンバーの紫が飛んだ。社長にやっぱ無理。辞めますとメッセージを残して。
急遽代役が必要になり、必死に探し回るも見つからず、社長の要らぬ閃きで私は加入する羽目になった。
仮装レベルで化けているので身バレはしていないと信じたい。ハロウィンでもこんなのした事ないのに。
「スタイル抜群でハスキーボイス。こんな18
歳は見た事がないよ」
もうそろそろ疲れてきた。トークはいいから新曲歌って早く帰りたい。「ナマエちゃんばっかりずるーい!私達も居るんだから」メンバーの一声で救われた。
♢
疲れた。非常に疲れた。こんな日は家事もしたくない。スーパーで酒とつまみになりそうな惣菜買って楽してしまおう。
その前に変身解除しなければならない。
足早に帰ると人工感のない手触りのいいウイッグを投げて化粧を落とし始める。
やはり毛が絡むと良くないなとドレッサーのウイッグスタンドへと引っ掛けた。
そのまま脱ぎながらバスルームへ向かい、ドアを開ける頃には素っ裸。我ながら合理的なのでは?なんて馬鹿な事を考えながらシャワーを済ませた。
すっぴんのまま買い出しに行くのも気が引け、マスクと帽子を着用しスーパーへ向かう。お目当ての酒を手当たり次第カゴにぶち込んで、惣菜も目に付いたものを適当に手に取る。スナック菓子もついでにカゴに放り込んだ。
大きなレジ袋を下げて帰宅していると、大事なモノが無くなることを思い出した。これが切れたら死活問題だ。コンビニに寄ると店員さんが「いつものですね」と笑顔でカートンを渡してきた。こんなに買うつもりでは無かったが、これはいくらあってもいい。財布は寂しくなったが心はほくほくしている。
だらだらと晩酌を楽しもうではないか。
どのくらい飲んでいたのだろうか。スマホの通知音で慌てて飛び起きる。うたた寝していた。ディスプレイにはHiMERUくんと表示されている。喉はカラカラで今喋ると声が出ないと慌てて水を飲む。そうこうしていると電話は切れてしまった。
寝ていたのならすみません。ただ声が聞きたかったのです。
送られてきたメッセージに慌てて返信をする。
ごめんね。お風呂に入ってたの。
主演女優賞レベルじゃなかろうか。咄嗟に出た言い訳に悪い女だと笑いが出る。
既読マークが着いたかと思うと、すぐさまビデオ通話がかかってくる。ちょっと待って。色々と非常事態である。床に散らばった服を隠し、咳払いを一つして応答ボタンを押した。
「お待たせしました。遅くなってごめんね。急にビデオ通話来たからびっくりしちゃって」
「急にすみません。どうしてもHiMERUはナマエの声が聞きたかったのです。カメラの位置がおかしくないですか。首から下しか映っていませんよ」
アイドルのナマエとはかけ離れた眉毛も半分しかない女のどすっぴんをHiMERUに見せれるわけがない。
オフでも綺麗なHiMERUとは私は違うのだから。
「すっぴんだから…その恥ずかしくて…」
「HiMERUは気にしないのですが、ナマエが嫌なら無理にとは言いません」
「ありがとう」
たわいもない話をして、お互い明日も仕事があるからおやすみなさいと通話を切る。高校生の青春かよ。
いや、そうなのだ。間違ってはいない。HiMERUは私の彼氏だ。共演をきっかけに交際をスタートとありきたりなパターン。告白はHiMERUからでお断りの予定が、上手く言いくるめられ付き合う羽目になった。無垢な17歳を騙しているようで胸が痛い。私はいい歳した大人だ。
キスすらしていないプラトニックなお付き合いを継続している。それ以上は訪れないで欲しい。私は捕まりたくない。
テーブルにスマホを置くと視界にはいったあるモノに背筋が凍りつく。お前はいつからそこに居た。
テーブルの端には先程まで飲んでいたワンカップの瓶。それを灰皿にしているため大量に積み上がった吸い殻。
画角的に映り込んでいたのではないか。急に腹が痛くなってきた気がする。酔いもすっかり覚めた。でも、まあ何とかなるだろうと追加でビールを開ける。こんな時は飲むしかない。
趣味は酒飲み、特技はへべれけに酔う事。ハスキーボイスは酒焼け。私は世間で言う酒カス、ヤニカスなのだ。それくらいしか楽しみがないから仕方ない。
♢
「HiMERUはここから動きません」
人生で一番焦っている。まさかいきなりHiMERUが家に上がりたいと言い出すとは思いもしなかった。
一緒にご飯を食べて、いつものデートのように途中まで送ってくれる。
だが、今日は違った。引き返さないし、なんなら部屋の前まで着いてくる。部屋に入りたいと引かず帰るそぶりはない。
折れた私は少し待ってと外で待たせ慌てて部屋を片付ける。
脱ぎ散らかした服は洗濯機にぶち込んで、吸い殻は蓋付きゴミ箱へ。部屋中に消臭スプレーを吹き掛けて、アロマキャンドルに火を付けた。空き缶なし、おつまみも床に落ちてない。この数分でどっと疲れが襲ってきた。
「HiMERUくんが来るならちゃんと片付けるから、今度からは前もって言って欲しいな」
「すみません。HiMERUのわがままに付き合って頂いて…でも、嬉しいのです」
あいにく我が家にはインスタントコーヒーしかない。2つテーブルに並べてみたけれど、お互い手を付けるタイミングがない。
「HiMERUくん、私に何か話があるのかな?」
思い切って聞いてしまった。この間のワンカップの件だろうか。私が質問した途端、HiMERUの顔は歪んだ。
「この前収録したアイドル運動会の件です」
そっちか。そう言えばその特別番組の撮影はあった。昭和かよと突っ込みたくなる【ドキッ!アイドルだらけの運動会】でお色気要因で呼ばれたのだ。特に何かあったわけでもないがHiMERUは心配しているのだろう。
「何もなかったよ」
「本当に?」
急に視界がぐるりと回って、目の前には綺麗なHiMERUの顔と見慣れた天井。
これはつまり押し倒されたという事か。いや、待って。落ち着いて。何かに躓いた?それでバランス崩したんでしょ。そう思いたい。
「どうしたの、HiMERUくん」
「ナマエの身体に触れた男は居ましたか?どさくさに紛れて悪い事をする奴は居ませんでしたか?そんな奴が居たとしたらHiMERUは許せません」
普段の落ち着いたHiMERUとは違い、感情を露わにしている。こんな顔も出来るんだと思ったが今はそれどころではない。徐々に近づいてくる綺麗な顔に嫌な予感がして、咄嗟にHiMERUの口を右手で塞いだ。
「大丈夫だから。それよりHiMERUくんどうしたの?いつものHiMERUくんじゃないみたい」
「さあ、HiMERUはいつもと変わりませんが?」
私が口元を塞いでいるせいでくぐもった声で答える。HiMERUくんの息が熱い。そんな事を考えていたら、ぬらりと指を這う感覚がした。考えられる事は1つしかない。HiMERUが私の手を舐めたのだ。
予想外の出来事に硬直していると今度は指に優しく歯を立てる感覚。そしてそのまま指の間を割るように舌先が侵入してきた。
くすぐったいとかそんなレベルではなく、それはとてもいやらしく感じる。こんな17歳を私は知らない。
このまま雰囲気に流されると大変な事になる。ついに打ち明ける日が来たのだ。腹を括って話すしかない。謝罪と別れの告白を。
「まって、HiMERUくん。話したい事があるの」
そう言うとHiMERUくんの舌は引っ込んで、私の手のひらにリップノイズを残してゆっくり離れた。
「なんでしょう」
「私はHiMERUくんに謝らないといけない事がある。ミョウジナマエは18歳じゃないの。私は本当は立派に成人しているし、本当はあのグループのマネージャーだったの」
「それがどうかしましたか?」
重大な話をしたつもりではあるのだが、思っていた反応と違った。
もっと驚くかと思っていた。それがどうしたと言われて困る自分が居ると予想できただろうか。
「いや、あの…だから、HiMERUくんとは付き合えないんだよね。本当は」
「歳の差など問題ありません。成人するまで待ちますか?」
「ちゃんとした大人ならね、そもそも未成年と付き合わないんだよ。私が騙してたのが悪いんだけど…」
涼しい顔で返答するHiMERUにペースが乱される。ほぼ機能していない頭で必死に考えるもいい案は浮かばない。
「本当の私はHiMERUのファンでもあるの。HiMERUはファンには手を出さないでしょ」
「そうですね。HiMERUはファンには手を出さないですね。あくまでHiMERUはですが」
ソロアイドル時代から応援していたのは事実だ。今まで打ち明けた事はなかったけれど。
含んだ言い方をするHiMERUの瞳はじっとこちらを捉えたまま。私はどうして良いか分からず、ゆらゆらと視線が揺れてしまう。
「何をそんなに怯えているのですか?HiMERUは未成年ですが俺は酒も飲るし、ナマエを抱いても何も問題は無いのですが」
私の口からは「え?」「ん?」「は?」とまともな言葉は出ない。私はHiMERUにとうの昔に成人した女だから付き合えないと説明していたはずだ。それが今HiMERUも同じ様な事を言っている気がする。
「それは…つまり?」
ビジネス未成年って事?これが一番しっくり来る気がする。それならHiMERUの色気も説明が付く気がする。
「普通の恋人同士なので、なんら問題ないのです」
するすると頬を撫でる手がくすぐったくて目を閉じると唇に柔らかい感触。キスされたと目を開けると目の前には勿忘草色が広がっている。
「もう遠慮はしません」
耳にかかる吐息、甘噛みされた耳たぶが熱い。ダイレクトに届くHiMERUの声は心臓に悪い。
「酒や煙草じゃなくて俺に依存すればいい」
ああ、もう本当に、無理。私はもう一度瞳を閉じた。