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 白い壁紙に白い床、八畳ほどの狭い部屋に吊るされた白熱灯。
そこには白い洋風の机があって、その机を真ん中にして対照的に二脚の白い椅子が置かれている。その内のひとつに俺が座っているけれど、その向かいには見慣れた制服姿のアキちゃんが座っていた。アキちゃんが死んでしまったときもアキちゃんは制服姿だったけ。

「またこの夢なの、アキちゃん」

俺がアキちゃん関連でよく見る夢は二つ。
あのときの悲惨な事故を含めて走馬灯のようにアキちゃんの思い出を遡るか、この見たこともない部屋でアキちゃんが俺の話を聞き続けるか。
事実だけで作り上げられた夢と、俺の想像だけで作り上げられた夢。
どちらもそんなに積極的に見たいとは思えないのは、俺がアキちゃんの顔を見るたびにほんの少し罪悪感に駆られるから。その罪悪感が、アキちゃんを殺してしまったという事実によるものだと、俺はよく知っている。

「また今回も、アキちゃんは話さないんだ」

ただ無表情で見つめてくるだけのアキちゃんに最初は恐怖を抱いた。
俺を恨んでいるからこうやって夢にまで出てくるのかも、とか、俺がきちんと役割を果たせていないから出てくるのかも、とか。けれど回数を重ねていくうちに俺はこんな状況にすら慣れてしまって、いつしか夢の中で近況を話すようになっていた。話すことによって今の孤児院の皆がどうなってるか、俺が役割を果たすために何をやっているのかを知らせる。それが罪滅ぼしのための自己満足なのか、このアキちゃんの無表情と沈黙から逃げるためか、自分でもよくわからないけれど結局俺はこの部屋から出られないし出ようとも思わないし、話終えたら夢の中で眠たくなっていつのまにか醒めているからこの方法を続けている。

「でも、昼寝で出てこられても…………」

大体一日の終わりで夢に出てきて俺が報告する形になるから、少し変な気分になる。

「俺は元気、ちゃんと元気で役割を果たせるよ。孤児院の皆も元気、この前勇が試合で勝ったからって言って俺にキスしてきたけれど、これって教育的にどうなのかな?」

きゅっ、と自分の着ているワイシャツの裾を握って少し笑う。
ってかあれ、俺も今日は制服なんだ。いつもは寝る前の格好だけど今回はブレザーを脱いでワイシャツ姿で昼寝をしたから、こんな姿なんだろうか。

「ボーダーに入ったんだ、俺」

俺が小さく呟くと、ジジッ、と白熱灯から音がした。

「C級に居るんだ、アキちゃんと同じ。アキちゃんのブラックトリガーも使っていい許可が下りたからね、防衛任務とかではアキちゃんも一緒に戦ってるんだよ」


なんて、アキちゃんの前で言うのも少し変な感じがする。


「そういえば、慶がスゴい強い奴になってたよ。今の本部長の弟子なんだって? 凄いよね、ずっと前まではあんな目が死んだ奴だったのに…………って言ったら、アキちゃん怒るかな」

かつん、とコンクリートのような冷たさをもつ白い床に靴のかかとを落として少し笑う。アキちゃんはいつも通り俺を見つめる。

「迅のことは知ってる? 有名らしいけど。迅がね、アキちゃんのブラックトリガーを本部に申請してくれたんだよ、まあ騙されてたけど許すことにしてる」

「その迅が所属してる玉狛支部ってところにお世話になってて、そこの支部長さんとか隊員さんとかエンジニアさんとか、皆優しいんだ…………多分、今俺が寝てるところもソコ」

「勿論本部の人も優しいよ、慶の隊の子とか。たまに俺のことを良く思ってない人達に色々言われたりするけど、それは……俺のせいだから」


続けてそう言い、扉も窓もない白い壁を何となく見つめてから匂いも色見も何もないこの世界を考える。
俺の頭のなかはこんな部屋を作り出してなにがしたいのだろう、まるで教会とかにある懺悔室みたいだなあと前に思ったけれど、俺は許されたいと思ってないから、ちょっと違うかなと思い直した。

「孤児院の皆とはこの前お菓子作りしたんだ……クッキーとかつくって色々な人に配ってさ。ほら、前に一番下の千恵が幼稚園に上がったって言ったでしょ? なんか、作ったクッキーを先生にあげたとか言って喜んでた」

前までは答えのない自分の問いかけに虚しくなったりしていたけれど、今はそうでもない。むしろ、答えが返ってこないからこんなに問いかけているとも言えるかもしれない。やっぱり自分でもわからないけど。



「…………アキちゃんは、きっと一番大事な人っていうポジションに俺を含めた孤児院の皆を置いていたんだと思う」


だから、たまにこうやって話題が飛んだりする。


「だからあのときアキちゃんが言った『皆を守れ』っていう皆は、孤児院の皆を指したんだよね。でも俺には、優先順位が変わらなくても孤児院の皆だけじゃなくて…………ボーダーの仲間とかもっと大きな単位で守りたい人がいるんだ」

こんなこと言ったら怒られるかも、なんて考えながらいつものように話し続けていると、ぼんやりとしてきて意識を保つのが億劫になってきたのを感じ取った。どうやら眠気が襲ってきたらしい。夢をみているのに眠気が襲って来るの、よくあるよな。

「あー、きたきた…………まだ途中なんだけど」

いつもならもう少し長い時間話しているのだけれど、迅を待つまでの仮眠ということもあってか、体が何時もより早く起きようとしているみたいだった。掠れる視界の中で俺が作り出したアキちゃんの姿がボヤけて映り、俺は背筋を伸ばしているのが辛くなるほどの眠気に耐えられなくなっていつもと同じように白い机の上に突っ伏して目をつむった。



「だけど"今の俺"は、確実に、堅実に、役割を果たすから心配しないで」



          ◆◇



 腕の中にある暖かい人肌とベッドの下から聞こえる雷神丸のものらしき規則正しい寝息の音に、俺は目の端に溜まった生理的な涙を拭いながら首だけ動かして腕の中を見る。俺のワイシャツを掴みながら眠る陽太郎に自分が起き上がれないことを悟って苦笑いを浮かべるが、自分がどれだけの時間を睡眠に費やしたかによっては、この小さな手を引き剥がさなければならないことを思い出す。

「いま、何時だ…………」




「まだ寝てから三十分しか経ってないらしいよ」
「、うぇっ!」

視線も感じなかったし、完全に独り言として呟いた言葉に思いもよらない方向から声がかかって思わず寝ている陽太郎のことも忘れて大きな声を出す。
すると、声の聞こえた頭上からあのよく分からない眼鏡の形をしたモノをかけた迅が俺の顔に覆い被さるように顔を出し、俺の口を抑えてからシーッと自分の唇に人差し指をあてるので俺はコクコクと小さく頷いて状況を把握したことを伝える。コイツ、この眼鏡みたいなやつがあったから視線が読み取れなかったのか…………考えたな。まあ俺の視界に入ってきた時点でもう意味ないけど。

「よし、つめて」
「?」
「後ろにつめて」

陽太郎が起きないようにと小声でそう要求してくる迅に俺がまたひとつ頷くと、迅は俺の口から手を離す。この行動がどう次に繋がるのか分からないまま陽太郎を起こさないよう配慮しながら壁際に背中を向けてジリジリと後に移動すると、迅は靴を脱いで「よいしょ、」と出来たベッドのスペースになんの躊躇いもなく入り込んできた。

「…………なにしてんの」
「何って…………寝ようと思って?」

そう言いながら掛け布団の中にまで潜り込んできて、冷えた迅の足が暖まった俺の肌に当たって少し眉を寄せる。陽太郎が間にいるといっても、あまり考えたくない絵面だ。

「今日の特訓は?」
「寝てから寝てから」
「…………任務ないのか?」
「ない」

俺の使っていた枕を強奪して寝っ転がる迅に俺はチラリ、と窓の外を見てから太陽の暖かな日差しに負けて再度布団を被る。
べ、別にこの穏やかな雰囲気を壊したくないからとか、迅に悪いからとかそんなんじゃないんだからなっ、なんて誰に向けたのか分からない言い訳を心に浮かべて迅の顔を見つめる。
なんでこっち向いて寝るんだよ。

「その眼鏡みたいなやつ、外さないの?」
「んー、外して」
「…………なに、なんか、へんだよ」

陽太郎の頬を触りながらそう言ってくる迅に少し嫌な寒気を感じながら、抜けきらない睡魔に犯されている俺は陽太郎越しに迅の顔に手を伸ばし、その名前の分からない眼鏡のようなものを取り外して近くの埃まみれの棚に置く。迅がそのことに何を言うでもなく俺の行動を目で追うだけなので、何となく迅が眠いから変なのかなあなんて適当なことを思った。

「迅、足冷たい」
「んー、そうかもな」

俺の言葉に迅は目を瞑って答える。

「ほんとに寝るの?」
「、そうかも」
「ならもうちょっとこっち寄って、布団足りないから」
「はいはい」
「……………迅、」
「なに」

迅は俺の声に薄く目を開けて見つめ返してくる。
本当は、夢の中で改めて感じた感謝をこの流れで伝えてしまおうかと思ったのだけれど、いざ言おうと迅の青く透き通る瞳を見ているが段々恥ずかしくなって俺は目を逸らして誤魔化す。

「あー、おやすみ」

たとえ未来が視えたとしても俺のこの羞恥心に迅が気がつく筈もなく、迅は俺の言葉にヘラリと笑って目を瞑った。迅のサイドエフェクトは別に万能じゃないらしいし、きっとこの様子ならすぐ眠りにつくだろう。
疲れてたのだろうか、ここ最近遠征帰りだったのに忙しそうにしていたしへばっているところを他人に見せない迅のことだから、付き合いも長い訳じゃないから分かりにくいけれどこんな様子を俺にまで見せてしまう辺り本当に疲れていたのかもしれない。

「お疲れ」

迅の首筋に一週間前に俺が濃く付けたキスマークは消えていて、戒めとかいうのも消えたのかなあなんてまた適当なことを考える。

「んー、」

するとその俺の声に陽太郎が身をよじると、おでこを俺の胸に擦り付けてきたので一瞬驚いて口を閉じる。そうだ、目の前には二人も寝ている人間が居るんだから、静かにしないと。
そう考えていると俺も再度睡魔の波に襲われ、ぼーっと迅の寝顔を眺めていた視界がどんどんと狭まっていくのを感じる。
迅はどう思ってるんだろう。俺のこと。
友達、とかじゃないだろうけど…………じゃ、助けたい人の中の一人?
きっと、そんな感じだろう。
俺が死ぬっていう未来がなければ関わらなかった訳だし。


「…………」


もう、寝てしまおう。
この状況で疲れた迅を叩き起こして訓練をするのは俺の良心が許さない。
なんて言い訳のように考えながらゆっくりと瞼を下ろし、暖かな太陽の光と増えた寝息を聞きながら俺は短時間で二回目の暗闇に落ちていったけれど、何となく…………何となく、迅が居るとアキちゃんの夢は見ないような気がした。





まあ、起きたあとの訓練で何故か機嫌の良い迅にぼこぼこにされて、小南さんのおやつは分けてもらえなかった訳だけど。

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