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 二月十八日。今日は俺にとっては何時もと変わりの無い平日だけれど、俺の知り合いである来馬辰也という人間にとっては生まれた日という特別な一日だ。その事実を来馬と同じ隊員である鋼くんから聞いてしまった俺は、行ったことも行こうと思ったこともない鈴鳴第一支部とやらの建物に防衛任務終わりに向かっていた。
聞いてしまったという言い方は何だか失礼にあたるような気がしたけれど、俺のような関わりの少ない人間がワザワザ来馬に何かすること自体に違和感を覚えてしまうため知らない方が良かったのではないかという後悔から来る言葉であって、決して来馬を悪く言っている訳ではない。
折角鋼くんが厚意で俺に教えてくれたのだから何かするのが人としての道理だと考えた俺は、防衛任務の前に一応近くの雑貨店で買ったマグカップを提げている。そんなに接点もないし今何処に来馬が居るのかも知らない時点で俺がこれを渡すのが筋違いだと思ってしまうが、それはもう人間のあるべき心情だと思う。いや、思うことにしてる。
防衛任務で本部に行った際にでも会えれば一番良いと思っていたのだけれど全く会う機会が訪れないし、本部で会った陽介くんに尋ねてみたらここを紹介されるだけで居る確証はないし、鋼くんとは電話が繋がらないしで八方塞がりになった俺は不安な気持ちで一杯になりながら人通りの多い鈴鳴第一支部への道を歩むしかなかった。因みに来馬の連絡先は知らない。鋼くんの連絡先は哲次と三人交代でランク外対戦をしたときに聞いたけれど、来馬とは如何せんあのベンチで駄弁っていた時から会っていないので連絡先はおろか、この前まで下の名前も知らなかった仲だ。

「あーどうしよう…………もう夜七時だし、来馬家に帰ってるかな…………いや、居なかったら居なかったで支部の扉とかに紙袋引っ掻けて置けば…………」

そんなことをブツブツと呟きながら歩いていると擦れ違った何人からか訝しげな視線を向けられたので、俺は公的な場だということを思い出して一つため息を吐く。ていうか本当に来馬のこと知らなさすぎて何をあげればいいか解らなくて無難なマグカップを選んでみたけど、どうしよう、困らせたらやだな。来馬とか嫌でも絶対顔に出さないから視線で読み取るしかないな、俺が傷付くだけだけど。
何てことを思いながら陽介くんから聞いた場所にたどり着き、俺はその建物の階段の上を見上げてはあっ、ともう一度溜め息を吐く。
本当になんか、行きたくない。
一応外から照明が点いているのが分かるから誰か居るんだろうけど、オペレーターさんとかあの狙撃手の子だったら挫ける自信ある。てか、隊の皆で誕生日パーティとかやってたら本当に俺場違い過ぎるし、ちょっと聞き耳たててからインターホンとか押したらいいかな。いやでも、その光景を来馬隊の誰かに見られたとき俺の印象が今より落ちていくのは目に見えてるし。
そんなネガティブな発想になったからか階段奥の入り口に立つことすらも出来ず、建物の目の前でぐるぐると頭のなかで色々考えながら三分ほど突っ立っていると、雑踏に紛れ不意に俺が来た方向から「名字先輩?」と聞いたことのある声で俺の名前を呼ぶのが聞こえた。





「、こ、鋼くん………」

その声に気づいてバッ、と横を見ると、手にコンビニか何かの袋を提げて首を傾げる鋼くんが『驚き』の視線を俺に向けて立っていた。俺という意外な人間が居ることに対する驚きだろうが、今はそんなことは気にしない。というか、軽装なところをみると鈴鳴第一支部に荷物を置いたままコンビニとかへ行った帰りなのだろう。
俺の心境の曇りを晴らすように近寄ってくる鋼くんに俺は思わず感動し、近寄ってきた鋼くんの両肩を正面から引かれない程度に軽く掴んで真っ直ぐ鋼くんの目を見つめながら「鋼くん」と真剣に名前を紡ぐ。

「鋼くんは俺のメシアだ」
「…………何を、言ってるのか分からないです」
「取り敢えず俺は鋼くんに会えて嬉しいんだよ」

鋼くんの肩から手を放してホッと息をついて笑えば、鋼くんは戸惑ったように瞬きを繰り返してから少し間をあけて「何でここに?」と不思議そうな顔で尋ねてきた。

「あ、そうそう」

俺は感動で何に感動していたのかも忘れていたので、その鋼くんの言葉に当初の目的を思い出して自分の手に提げられている紙袋を見下ろすが、一つ疑問が頭のなかに浮かんだので鋼くんの問いに答える前に自分も質問を投げ掛ける。

「その前に…………鋼くん電話繋がらなかったんだけど」
「あぁすみません、携帯の充電切れてました」
「そうなの?」
「何か俺に用でしたか?」
「いや…………まあ、今会えたからいいや」

申し訳なさそうに一瞬視線を落とした鋼くんに逆に申し訳なくなってきた俺は、話を進めようと手に提げていた紙袋を鋼くんの前に突き出す。

「前に鋼くんが来馬の誕生日教えてくれたからさ、プレゼント買ったんだよね。だから渡しておいて」
「…………えっ、」
「一応俺の名前を出してくれると助かるんだけど…………あ、二人きりの時とか」

オペレーターさんや狙撃手の子に俺の名前を聞かせたら噂のこともあるから気分を害させてしまうかもしれないしさ、と続けると鋼くんは少し眉を寄せてから俺へ手を伸ばす。
あ、紙袋を受け取ってくれるのかなと思った俺が少し手を上にあげると、鋼くんは少し困ったように笑ってから、伸ばした手で紙袋の持ち手ごと俺の手を握った。





「…………あれっ」
「それは、メシアでも聞けない相談です」

そう言うと鋼くんは俺の手を握ったまま歩きだし、俺が上がるのを躊躇っていた階段を手を引いてのぼりはじめる。

「え、ちょ、鋼くん」

俺は思いもよらない、というか、知らなかった鋼くんの積極性を直接見せられて少し意外に思うが、そんなことより俺は今行くべきではない場所に引きずれ込まれようとしているため焦りながら近くにあった階段の手すりをつかんで階段の上にしゃがみこむ。
ちょっと全然メシアじゃないな!
すると俺がしゃがんだことで進めなくなったからか、鋼くんは足を止め、後ろを振り返って俺の姿を見ると溜め息を吐きながら、まるで駄々をこねる子供を見つめる親のごとく小さく笑った。っておい、俺は鋼くんよりも年上だろ…………。

「誤解されたままだと後々困りますよ」
「誤解? のちのち、?」
「名字先輩はイイ人なんですから……前のオレのように噂を鵜のみにしてしまっている二人にも分かってもらわないと」
「い、いいよ…………いらないよ…………」

俺の手を握り続ける鋼くんを見上げながら首を振って断ると、少し困ったように鋼くんは視線を壁の方に向けてから手すりを掴んでいる俺の手の指を優しく一本ずつ手すりから離しながら「ダメです」と俺の言葉をはね除ける。

「行きましょう?」
「ぐっ…………」

手すりから引き剥がした片手と掴まれていた片方の手を握りながら俺に向けて純粋な『来てほしい』という視線を向けてくる鋼くんに、自分のサイドエフェクトを教えた過去の自分を呪いたくなった。くっそ…………気持ちを固めてから見つめられたら、破壊力抜群の視線になるってわかってやってるよ………陽太郎とか子供が無意識にやるやつだよ……………。

「本当にダメ、ですか?」
「…………い、今誰居るの」

視線を合わせていると心が罪悪感で一杯になるのでしゃがみこんでいることを利用してコンクリートの階段を見つめながら尋ねると、鋼くんは俺より二つ上の階段に俺と同じようにしゃがみこんで俺の顔を覗き込んできた。や、やめてください。

「皆居ますよ」
「え、み、みんなっ…………、? ぜぜ絶対むり!」

今日はあの仲の良い来馬隊の隊長である来馬の誕生日。全員集合していてそれを祝っていない訳がない。
そんな身内感のある雰囲気を想像して益々行きたくなった俺は何度も横に首を振って目の前で俺の言葉に笑いそうになってる年下の鋼くんに許してもらえるように必死で懇願する。

「、っそんなに、嫌なんですか」
「笑うなよ……だって雰囲気壊すの怖いだろ…………」

俺の両手を相変わらず握ったままの鋼くんが俺の必死さがツボにはいったらしく肩を震わせながら顔を伏せて尋ねてくるので、包み隠さず本当のことを言う。この際子供扱いされてもいい。
すると鋼くんはひとしきり静かに笑うと涙を拭っているのか下を向いたまま目を擦ると「わかりました、」と言って俺の手を離し、立ち上がって一段階段を上がった。

「来馬先輩をここに呼んで来ますから、直接渡して欲しいです」
「えっ…………まあ、行くよりは良いけど」
「今は皆自由にしてるので、大丈夫ですよ」

そう言って鋼くんはしゃがんだままの俺にそう言うと階段を上りきり、鍵らしきものをポケットから取り出して扉へ突き刺してから中へ入っていった。ガチャ、と扉の鍵が開いた音が聞こえたので俺は少し息を吐いてから階段を二、三段のぼり、鋼くんが折れてくれたことに心底ホッとする。どうして皆に俺の誤解を解かせたいのか、どうして来馬に直接渡してほしいのかなんて考えるまでもなくこれからの防衛任務とかで気まずくないように、とか常識だから、という理由で済んでしまうけれど、もし俺が噂通りの殺人犯丸出しの人間で、鋼くんにも『イイ人』とか言ってもらえない人間だったらこんなに鋼くんも手を引いてくれなかったんだよなあ、何て考えると少し嬉しくなる。変だろうか。まあ、変だろうな。

「……………?」

紙袋を提げながら階段の途中でボーッとしているとドタドタと騒がしい足音が聞こえ、その音があの扉の近くへ来たかと思うと、いきなり鍵のかかっていなかったらしい扉が勢い良く開いた。
けれど、バッと顔を出したのは来馬でも鋼くんでもない、顔も身長も全く違うあの狙撃手の子で、俺は一瞬でこれから起きることを察する。こりゃやばい。
そしてその狙撃手の子は俺の顔を見ると小さく「ひぃっ」と怖がるように身を引いてから、限界まで開ききった扉のノブを握り締めて口を開いた。

「な、何しに来た!」
「…………あー、」
「今日がせ、先輩の誕生日だから油断したおれたちをこ、殺すチャンスだと思ったのか!」

その帽子のようなものを被った子から発せられた殺す、という単語で噂を思い出した俺は、随分直接的なことを言ってくる子だなあなんて思いながらもこれ以上怖がらせないようにと、何となく手を挙げて手のひらをその子にヒラヒラと向ける。降参のポーズといったら正しいかもしれない。
この子に何を言ったら良いのだろうと困りながら純粋な『敵意』の視線を受けていると、またドタドタと二人の足音が聞こえ、その狙撃手の子も部屋の中を見ては「先輩はダメですよ!!」と制止させるように叫んだ。

「太一! こっちに来なさい!!」
「大丈夫だよ太一、名字はいい人だって言ったでしょ?」
「で、でも…………!」

三人の声が階段に響いてくるが、三人のうち一人が女の子でもう一人が来馬であることに気付いた俺はこの状況がなんとかなりそうな気になったので両手を下ろし、二人の言葉に一瞬押されたらしい狙撃手の太一くんが扉から出てきた女の子に襟首を掴まれて部屋の中へ連れ込まれていったのを見つめる。
そのオペレーターらしき女の子にチラリと見られたけれど、その視線が『困惑』だったことから太一くんよりは俺を危険視していないのかなあなんて推測をたててみた。まあ、目の前に自分より騒いでいる人間がいるから冷静になったのかもしれないけれど。

「名字!」
「あ、来馬、お疲れさま」

焦ったように扉から飛び出して俺の方を向く来馬に、俺は自分が疲れさせた根源だということを触れずに手をあげる。

「お疲れさまって……騒がしくしちゃったのはこっちだよ、」
「? 悪いのは俺だろ?」
「、なんでそうなっちゃうかな…………」
「ん?」

ここになにも考えず来てしまったのは俺だし、噂を鵜呑みにされたとしてもその噂は身から出た錆なわけだから来馬はなにも悪くない。
というか、俺の次に悪いの鋼くんに違いない。さっきあの二人の前で俺の名前だしたらどうなるか言ったのに、わざと皆の前で言ったんだろう。

「ごめんな来馬、俺は誕生日プレゼント渡そうとしただけなんだけどさ…………」
「っ、え! 誕生日プレゼント?」
「? えっ? 今日だよな?」

目を見開いているっぽい来馬に階段を登りながらそう言うと来馬はハッとしたように階段を降りてくるので、俺は手で制止してそこに居るよう促す。

「そうだけど…………くれるとは思わなくて」

そう言って俺が登ってくるのを待つ来馬は申し訳なさそうに、でもちゃんと嬉しそうに笑うから俺はこの表情だけで救われたような気分になる。
階段を上りきって来馬がいる踊り場に立ってからずっと持っていた紙袋を来馬の前に差し出す。
来馬は俺にいつもの優しい笑顔で「ありがとう」と笑うと紙袋を受け取って中身を覗いた。まあ覗いたところで包装しているから何が入ってるかわからないだろうけど、なんて思いながら視界に入るようになった部屋の中から視線を感じて廊下をチラリと見ると、そこにはちゃっかり鋼くんが壁に寄り掛かって此方を見ていたので俺は眉を寄せて鋼くんを見つめ返す。

「これ、中見ても良い?」
「、いいけど……何が好きか分からなかったから無難なやつだよ」

来馬越しに睨んでいた鋼くんから目を逸らしつつ来馬の言葉に保証をかけるような言葉で返事をすると、来馬は「名字がくれるなら何でも嬉しいよ」と純粋にそう思っているらしい台詞を俺に向けて返す。卑怯だなあ、なんて来馬が紙袋からプレゼントを取り出して包装紙を取っているのを見ていると、後ろから鋼くんが近寄ってきて来馬に「紙袋持ちますよ」と手を差し伸べた。

「おい鋼くんおまえ、謀ったな」
「………なんのことですか?」

来馬の鋼くんに対する礼の言葉の後にそう続けてやれば、鋼くんは微笑みながら知らないフリをする。

「結局こうなるじゃん…………」
「けど、二人からの印象は確実に変わりますよ」

その望んでなかった結果と鋼くんの思わぬお節介にため息を吐きたくなったが、来馬という今日の主役がいる手前では溜め息を吐くのすらはばかられ、仕方なくその呆れをぐっと飲み込んで包装紙を綺麗に剥がす来馬の手つきを見つめた。紺色を基調としながらキラキラと所々に金色が光る紙の包装紙を剥がし終え、中から段ボールの四角い箱が見えると来馬がチラリと俺を見てきたので俺は苦笑いして「どうぞ」と開けるように促す。

「わ、マグカップだ」

茶色の箱の蓋ををぱかっと開けて中から俺の選んだマグカップを取り出すと、来馬はマグカップの柄を見て顔を綻ばせ、その来馬の笑顔を見た鋼くんも伝染したように顔を綻ばせた。
なんというか、来馬隊は仲がいいな。

「これ、俺のために選んでくれたんだ」
「…………なんかそれ見たときに、びびッと来たから」
「かわいいなあ」

その来馬の言葉に改めてそのマグカップに描かれてあるアルパカのイラストを見つめ、来馬にそう言って貰えたこととソレを選んだことの両方の意味を含めて「よかった」と短く返す。そして無意識にサイドエフェクトで『興味』と『疑い』という二つの視線を読み取った俺は来馬へプレゼントを渡すという目的を達成できたことに今更ながらに気づき、二人がマグカップを眺めているのを冷静に見つめて一歩後ろに下がる。

「よし、じゃあ、俺帰るわ」
「えっ、もう帰るの? もっとゆっくりしていけばいいのに」
「いやあ今日は来馬の誕生日だし、そんなに困らせたくないからさ」

そう言ってチラリと鋼くんの後ろに視線をやると来馬はそちらに顔を向けた。鋼くんは知っていたようで、俺をじっと見つめる。
なんだその視線。

「? あー………じゃ、帰るわ。誕生日になんか変な空気にさせてごめんな」

その確信めいた『もう遅い』的な鋼くんの視線に本当に洒落にならないレベルで嫌な予感がし始めた俺は、少し不器用な言い方でこの場を締めようと扉からまた一歩離れる。すると俺の言葉どこにどう引っ掛かったのか分からないが、来馬は少し驚いたような表情をしてからいつもの優しい笑顔に戻ると、後ろで隠れていたオペレーターの女の子と太一と呼ばれていた子に手招きをした。

「ちょ、」
「だって名字が俺にこんなに良くしてくれるのに、俺の大事な人たちが勘違いだけで素直に名字厚意を受け取ってくれないのは何となく……寂しくて」

その何処までも誰かをたてる言葉に俺は少し驚き、ここから逃げ出すのも忘れてこの来馬の空気に飲まれてしまう。
誕生日だからって、今日の主役だからって、ちょっとズルい。

「ほら今ちゃん、太一」

来馬の手招きに断るはずもない二人が鋼くんの隣に並んで俺をじっと見つめる。そのどちらの視線にももう俺に対する敵意はなくて、興味と申し訳なさが読み取れるだけだった。

「さっきは太一がすみません、私は来馬隊オペレーターの今結花です。で、こっちが…………隊員の別役太一です」
「あの! さっきはすんませんした!! 先輩にプレゼント渡すとか普通にイイ人なのに!!」

ピシッと立って潔く頭を何度も下げてくる太一くんに俺は少しビクッとしながらこの変わり身の早さにまた驚く。なんていうかさっきの行動と今の行動といい、純粋すぎて逆に怖い。でもきっと単純に何処までも正直に生きてるだけなんだろう、ていうか正直とかそういう概念すらないほど…………正直なのが当たり前なんだろうな。結局何なのか俺でもわからんけど。

「い、いいよ全然気にしてないし。寧ろゴメンね、えっと…………ゴメン?」

謝ってみたもののどれに謝ればいいのか分からず、適当に誤魔化す。あんな噂を生み出すような人間なこと? それを否定しないこと? 今日ここに来てしまったこと?

「無いですよ、謝ることなんて」

オペレーターの子の隣に並ぶ鋼くんが俺の言葉にそう小さく笑い、来馬も同じように俺の目の前で「そうそう」と笑う。そしてその流れのまま俺の顔を伺うように見つめてから「ケーキ、食べていかない?」と誘ってきた。

「、いや、」
「あっ、もしかして用事ある?」
「違うけど…………俺何も買ってきてないし」
「…………ええっ、そっちなの?」

え、どっち?
来馬の驚いたような言葉に俺も内心驚くが、部屋の中の鋼くんが俺の手をさっきのように掴むと、小さく部屋へ引っ張る。

「オレがちゃんと買ってきてますから」
「、それは関係ないとおも」
「それに、さっきはオレも外に居たんで気づかなかったんですけど、名字先輩の手冷たいですよ」

鋼くんが俺の言葉を遮ってまで暗に中に入るよう言ってくる。まあ、確かに冷えていたのか鋼くんの手の暖かさがじんわりと俺の皮膚の内側に伝わっていく。ぐっ、負けるな。
なんて温かさに折れそうになっている俺に追い討ちをかけるかのように反対の手を太一君が両手で掴んできたかと思うと「うわっ! つめた!」と騒ぎだし、俺の言葉を聞く前に手を引っ張る。

「え、ちょ!」
「大変です! 凍傷になったら絶対ヤバイですよ!」
「ならないよ!?」

そう言いながらも全体重をかけて引っ張り続ける太一くんに引きずり込まれる俺は扉の外から中へとジリジリ移動させられ、心なしか鋼くんも軽く引っ張ってるような気がしてくるし、後ろでは扉を閉めようとする音が聞こえ俺の味方がどんどんと減っていくのを感じ焦りが募る。

「あ、あの、結花ちゃん! 助けて!」

靴を履いたままだというのにお構いなしに引っ張る太一くんに挫けそうになりながらまだ見方に一番近いと言えるオペレーターの子に必死で頼み込むと、オペレーターの子は名前で呼ばれた途端目を見開き、ぱちくりと一回瞬きをすると口を開いた。

「ようこそ、来馬隊へ」



「味方がいないいいいいいいい」


俺の叫びは廊下に響き扉が開いていたから外にまで聞こえただろうけれど、叫んだ瞬間無慈悲にも背後で扉が閉められる音が聞こえ、来馬が俺の光景を笑いながら肩に手を置いて呟いた。

「素敵なプレゼントを二つもありがとうね、名字」
「、二つ?」

誕生日プレゼントに買ってきたのはマグカップだけなんだけど、とか思いながら袋の中身を思い返してみたが、二人の手を引く強さが強まってきてそれどころじゃない俺は、色々諦めて手を握る二人の力に逆らうことなく部屋の中へと入った。



また大切な人が増えてしまうような気がする、と思いながら。

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