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 九月二十日。俺が誕生して十八回目の今日。
俺は認めた覚えのないファンクラブの会長という人(同学年)に『ファンクラブの総意』とかいう色々なものの詰め合わせを頂いたところから始まり、学校の人からビックリするほどたくさんプレゼントをもらった。
『ファンクラブの総意』のなかには絶対手作りは入れておりません、とかいう同学年の会長から敬語での言葉を貰った俺はけ呆然として「ありがとう、ございます」とかしか言えなかった。中身を見ると生活用品やらアクセサリーやら食べ物、メッセージなどいろいろあったが正直怖くてあまり見れていない。
倉須は朝から孤児院の玄関で待っていたらしく、俺に小さな包みを渡し「誕生日おめでとう……一番?」と聞いてきたので頷くと、それは嬉しそうな顔をされたので、ボーダー内とのギャップに驚いた。中身はピアっサーと御揃いの黒のピアスだったので、卒業してからいつか空けてもらおうかと思った。けれど怖いほどそれ以外言葉はなく、登校も本当に一緒にしていると言えるのか疑問なほど無言だったことだ。調子悪いのか聞いてみたがそうではないらしく、逆に心配したことを『やめてよ』って視線でみられた。なにを。
他にも早川とか委員長とか律儀なタイプが用意したプレゼントをくれて、それを見て俺の誕生日を知ったらしいクラスメイトの何人か購買で何か買って与えてくれた。うれしい。
因みに孤児院はもらってない。何故なら誕生会をやるのが明日なのでその時渡すと言われたからだ。誕生会が明日になった理由は、塁の部活の合宿が一昨日から今日の夜までなので、参加できないと塁が泣くからである。クタクタのまま参加されても申し訳ないし。
そんなこんなで明日だけ予定を空けておいた俺は普通に今日、防衛任務なので本部の私室に籠る。
一度帰ってこのプレゼントのつまった紙袋二つを置いてこようと思ったが、防衛任務の前に時間があるかと新斗さんに言われたので俺も話したいことがあったため「ある」と答え、結局戻る時間がなくて私室に置く羽目になった。帰り大変かな。うれしい重さだけど。
新斗さんとの待ち合わせまでまだ少し時間があるので、ピアスの穴の場所の種類を調べてソファに寝転んでいると、不意にインターホンが鳴った。

「はーい」
「ああ、いた」

男の人の声で小さく呟いたのが聞こえて扉を開けると、そこにはトリマルくんが居て、結構驚く。本部でトリマルくんと会ったのって初めてのような気がする。

「トリマルくんどした? 俺また玉狛に忘れ物した?」
「…………じゃなくて、」

続けるように赤い紙袋を俺に差し出し「プレゼントです、誕生日」と俺の手に渡すので、ちょっときゅんとして瞬きを繰り返す。

「わざわざ来てくれたの?」
「ええ、まあ」
「ほんと? ありがとう……」
「…………名字さん、わかりました? プレゼントは会って本人に渡さないとダメです」

そう言ってはあ、と息を吐くトリマルくんに、とりあえず分かっていないままごめんと反射的に謝る。
ん? あれか、トリマルくんのときドアノブにかけて帰ったからかな、怒ってるのかな?

「こういうのは直接、お礼言いたくないですか? 貰ったらその場で、ありがとうって」
「…………あ、そうだよね」

貰って分かる。確かに、そうかも。

「ごめんね、来年はちゃんと渡すから」
「わかったらいいんです。プレゼント良かったら使ってください………ってそういえば、迅さんに会いました?」
「? いや、会ってないや」
「…………そうですか」

なにその意味深な視線は、と思いつつ顔を覗き込むと、素早くぱしっと手で目隠しされたので「えー」と唇を尖らせる。トリマルくんは察し良くて困るなあ……こういう人がいるから、あんまりサイドエフェクトのこと知られたくなかったんだけどなあ。

「俺から読もうなんて、野暮ですよ」
「ちぇー、俺そういうの苦手だもん」
「もん、って」

そんなどちらが年上なのかわからないような会話をしていると、俺の私室に置いてある携帯が鳴った。
その音でトリマルくんは目隠しを外すと、用が終わったと言いたげな顔で「プレゼント、使ってくださいね」と言ってから失礼します、と礼儀正しく頭を下げて去っていってしまう。恐ろしく出来る男だな…………モテるに決まってるわあんなもん。
机の上で鳴っている携帯を拾いながらそう思っていると、携帯に表示された名前のせいでそんな思考はぶっ飛んだ。
本当にこの人、未来視えてるんだな。今更すぎるが。

「はいもしもし」
『よっ、誕生日おめでとう。急がしそうだな』
「ありがとう。よくお分かりで」
『防衛任務の後、空いてるだろ? そんときにちょっと時間とれるよな?』
「言い方…………いいよ、」
『じゃ、またあとで』

好きな人の声をツーツー、という音を聞きながら余韻に浸る自分が気持ち悪くて即携帯をポケットに突っ込む。防衛任務の後会えるんだ、なんか、恥ずかしいな……何て本当に気持ち悪い自分しか見つけられないので、俺は新しい自分を見つける始める前に早めに新斗さんとの待ち合わせ場所に行くことにした。
迷いそうだし。


                 


 新斗さんとの待ち合わせ場所、技術スタッフたちの部屋が多く並ぶ廊下のロビーで一人携帯だけ持って突っ立ったいた。迷子にならなかったけど、帰りも間違えずに帰れる自信がなくて少し不安に思っていると「名字くん!」なんて俺を呼ぶ声がしてそちらを向く。久しぶりに見た顔に俺も笑みがこぼれた。

「新斗さん、」
「………うわ。今のかっこよくてビビった………やめろよ」
「え? う、うん」

反応に困る台詞を呟かれてこっちがどんな反応していいか困りつつ、紙袋をもった新斗さんを待った。
すると、新斗さんは止まることなく俺へ至近距離まで近づいてきたかと思うとそのままずんずん、と構わず進んでくる。そして俺は比例して後退りしていくが、いつの間にか背中に壁があって丁度柱の出ているところとの間に挟まれた。

「え、っと」

前から道を塞ぐように新斗さんが俺の顔をまっすぐ見つめるので逃げるように視線をさ迷わせると、新斗さんは俺の顔を片手で掴むとむにむに、と力を入れた。
その度に唇がタコのくちになって頭の中がはてなマークで溢れているが、新斗さんはそんな俺を『かわいい』と見つめるので居たたまれなくなる。なんだか俺みたいな男をそんな風に思うとか、倉須と新斗さんと伊都先輩の感性っておかしいよな………あと嵐山と迅。

「なん、れふか」
「いっつもかっこいいよな……待ってる姿もかっこよかったからつい、ムカついて」
「、ふぁあ?」

そんなこと言われたことないので首をかしげて、はあ? と呟いたがうまく発言できなくて自分でも少し面白くなる。新斗さんはそんな俺をにやにやと笑いながら見つめていたが、思い出したように俺なら手を離し自分の手に持っている紙袋から小さな箱を出した。

「気に入ったら、つけてほしいな」
「? うん」

突きつけられた高級そうな箱に触れるのが恐ろしくなったが、空気的に開けなきゃいけないらしく、仕方なくその箱をパカッと開けて中を覗くと、そこには腕時計が入っていた。
俺がそれを見つめて驚いていると「つけてみてよ」と小さく囁かれた。その言葉に乗せられるように、丁寧に箱から出し、その腕時計を左手に巻く。
バンドの部分がミルクティー色の革製で、時計自体が薄くて、数字や針、所々の部品が金色でなんだか付けていてドキドキする。それに彫られているブランド名は俺でもわかるようなものだった…………わあ、傷つけたくない。

「あの、ありがとうございます。俺腕時計って貰ったことないから、相場わかんないけど」
「ん? 誕生日なんだから、そんなこといいだろ?」

相変わらず飄々とした態度でそう言うと、新斗さんは腕時計を巻いた俺の手の甲に唇を近づけ、俺を見つめながら静かに押し付けてきた。
その前にもされたことのある行為に驚いて肩を跳ねさせると、くくっ、と笑われ、開かれた俺の手のひらに唇を優しく這わせて口開いた。

「ね、キスって場所で意味が違うんだってな」
「、ちかい、新斗さん」
「そりゃな、わざと………だから」

ちゅう、と手のひらの真ん中にキスを落とされてから耳元で囁く新斗さんの胸を反対の手で押すと、抵抗もなく距離を空けられたのでからかわれたと再確認する。前みたいな好意の視線ではなく、遊ばれていると分かってホッとするのは伊都先輩との会話のせいかな。
けれど距離の近さに自分のからだの体温が上がったのがなんか悔しくて、でも貰ったプレゼントが嬉しくて狼狽えていると、新斗さんは「はは、似合う似合う」と笑った。八重歯……佐藤さんたちにほんとに似てないけど、好きだな。

「シックだから凄く馴染むわ。大事にして?」
「する」
「そ、良かった」

久々に会った新斗さんは変わらず掴めない性格しているけど、何となく、初めてあったときより充実しているような空気を醸し出してたので、うれしい。
佐藤さんの助手のような形で最近はエンジニアデビューもしてるみたいだし……話を聞いてるだけだけど頑張ってるなと嬉しく思う。

「じゃあごめんな、防衛任務なのに」
「ううん、ありがとう。プレゼント嬉しかった」
「それは良かった、」

満足げに一つ頷くと俺をじーっと見つめ、なにも言わずに微笑んで紙袋を俺に渡すとエンジニア室へと立ち去ろうとしたので呼んで呼び止める。俺の声に振り向いた新斗さんは気だるそうな瞳をしているけれど、少し緊張している俺に気がついたのか近寄ってもう一度「どしたん」と尋ねてきてくれた。
本当は聞きたいことがある。それは倉須のことだ。
でもなんて切り出せばいい? 倉須とどうですか? って?
不思議そうに首をかしげる新斗さんを見ていると、今まで聞こうとして奮い立たせていた勇気が萎んでくのが分かる。だって今の新斗さん、すごく頑張ってて楽しんでるのに俺のこと一言で台無しになったら怖い。俺のせいで倉須との関係がおかしくなったら、倉須にも迷惑かかる。
伊都先輩が目の前にいるときは頑張ろうって思ったのに、頼りたいって思ったのに、いざこういう場面が来ると弱い。あほ。

「なんでもない、名前呼んでみた。久々だから、」

へらへら笑って俺がそう取り繕うと、少し嬉しそうに新斗さんが微笑んで俺の肩をぽんぽん叩くのでやりきれなかったが、誕生日だから、一日くらい自分の保身のために行動してもいいかなと甘い判決を下した。



              ◇◆


 防衛任務中、元々気落ちしていたが、二宮隊が援護に来てくれたこともあって気疲れというか、はあ…………って気分になったが、ミスしたら心の死刑が待ってるので耐え抜いて防衛任務を終えた。完全にそれに気づいていた犬飼くんが面白がってきたけれど、鳩原さんが終わると自分のことじゃないのにオロオロとして謝ってきてくれた。任務中はかっこいいスナイパーなのに、終わると優しいから好き。
そんな大変心休まらない防衛任務が終わり、リュックを取りに行こうと私室に戻ると私室の前に小さな花束が置かれていて首をかしげる。
白い包装紙に赤い花片の花が数本束ねられていて、この花がなんというのか俺には分からなかったけど、花束というプレゼントと名前も書かず扉に立て掛けるように置く無造作な渡し方を考えると一人の顔が浮かんだ。
けれど、その人物はあまり関わると本人に叱られてしまう人物だったので、仕方なく受けとるだけに留める。ホントは俺がトリマルくんにされた説教をそのままオウム返しでしてやりたかったが、そんな仲にはなれなかった間柄なので、花束を抱え三輪くんへ感謝の言葉を小さく呟いて私室に入った。

「…………ふう」

紙袋を大きなものに纏めたが結局二つから減らない。
なので、賞味期限の持ちそうなお菓子類は置いていくことにして、花束を崩さないように仕舞うと、ようやく一つに出来た。
それを片手にもって私室を出て携帯を見ると二件メールが来ていて、一件は伊都先輩から『今度のバイトの時プレゼント渡すね☆』という内容で、もう一件は迅からの『おつかれ。孤児院近くの公園、そのでかい荷物置いてから来なよ』とのメールだったので、どちらにも了解の旨を送って部屋を出る。そして、ふと、迅ってすげーサイドエフェクト持ってるよな、とまたまた今更ながら思った。

孤児院についてそのまま部屋に直行すると、すれ違った双子の小学生組に紙袋の大きさに驚かれ「こんなに好かれてるのに、彼女居ないとか」「逆に意味不明」「こええわ」「うん」とかひそひそ話されたが、筒抜け過ぎてどうしようもなかった。
とりあえず荷物だけ置いて、寒くなると嫌なので上を羽織ってもう一度孤児院を出て、徒歩五分にもならない公園に足早に向かうと前に二人で座っていたベンチの前に迅が立っていたので、はあ、と息を整えてから砂利を踏みしめて近づく。

「名字、おつかれ」
「…………またぼんち揚食ってんの?」
「ん、食う?」
「いらない」

あそう、と呟いた迅はぼんち揚の袋を仕舞うとパンパン、と手を払い、ベンチに置いていた袋を俺に渡した。

「誕生日おめでとう」
「うん、ありがとう」
「…………」
「…………?」
「あー、あのさ、」

ぽりぽり、とうなじを掻いて苦笑いで視線を逸らす迅に眉をひそめると、言いにくそうにした迅は「なんか、ごめんな」とヘラヘラ笑った。いつものように視線を読み取ると、俺もずっと前に思ったのと同じようなことが読み取れて思わず「ああ、うん」と笑って返事をする。

「俺も同じこと思ったよ、迅の誕生日のときとか…………俺って迅のことなんにも知らねーって」
「………知ってること沢山あんだけど、いざこういう日が来ると、分かんないんだよな」
「ってなにそれ、プレゼントの言い訳?」
「そんなかんじ」

そう言って誤魔化す迅を見てから袋を覗くと、色んな種類の糸と新しい縫い物の本が入っていた。
いや、うん、分かってくれてるんだけど……うれしいよ。嬉しいんだけど………もう完全に『ブラックトリガーへの用途』しかなくて、ボーダーとしての関わりが見えて、なんかな。

「まあ、俺の未来見まくってたら、最近の俺が何してるか分かるか」
「未来は見えても、感情は分かんないんだ」
「…………丁度無くなりそうだったし、糸。ありがとう」
「いや、うん…………」
「…………」
「…………こうなるから、嫌だったんだ」

自信無さそうに笑われるとこっちも困るんだけど、なんて思いつつ、一つしかない電灯の下で話す俺たちは、少し沈黙する。

「…………あー、うーんと、」

本当は一つある。欲しいもの。ここにあるもの。
でもこれを言ったら心臓がパーンってなるから言いたくないし、ねだるみたいで嫌なんだけど、迅に俺みたいなサイドエフェクトはないからどんだけ見つめたって分かんないし。
けど、一年に一回しかこない日だから。
この日だけって限定したら、してくれるだろうか。
悶々と考え唸っていると、それに気がついた迅が「どした?」と顔を覗き込んできたので、決心を固めるためにじーっと迅を見つめる。

「、なに?」
「…………その、さ」
「うん」
「もしよかったら、今日だけでいいから」


えっと…………



「俺のこと、下の名前で…………一回読んでみて、欲しい」



「「…………」」





「、っ黙るなよ! 恥ずかしいだろ!」

あまりにも長い沈黙過ぎて、提案した方の身としては耐えきれなくて思わず勢いよく顔を覆う。
アホだ俺ーーー。
なにこの付き合いたてのカップルみたいな会話……恥ずかしくてホント絶対顔も耳も赤いからホント嫌なんですけど。ていうか思い上がるなバーカって感じなんですけど。嫌われたくねー!
そんなこと思っていると自然と見られたくない精神が働き、電灯の下から逃げようとするものらしく、じりじりと後ずさろうとしたが逃がさないと言うように前からパシッと手首を掴まれた。

「…………なに」
「、いや…………ほんと覆してくるなと、思っただけ」

俺の片方の手首を掴んだ迅に顔を上げずつっけんどんな言い方をすると、迅はもう一つの手で逆の俺の手首を掴み、俺の顔を見ようと顔から両手を引きはなそうとしてくる。

「おい迅、離してください」
「いやだ」
「諦めてくださいっ」
「嫌ですー」

迅は楽しそうにそう言ってから、不意に片方の手を下から突っ込んで俺の頬を触る。その感覚に思わずビクつくと、その瞬間反対の手で防御を崩され、ついに目があってしまった。
薄暗いけどよく見える迅の青い瞳が想像してたよりも近いところにあって目を見開くと、両方の手首を掴まれて、小さく………だけどはっきり呟かれる。



「名前」




あ、これあかんやつや。



迅のいつもより低い声に予想通りパーンってなった俺は混乱し、赤くなってるであろう顔や耳を隠すことも忘れて口を開いたり閉じたりを繰り返した。
ちゃんと地面に立ってるのにもうなんか、心臓が働きすぎてドキドキして、ゆらゆら揺れているような気にもなる。
わかるぞ、俺はパニックになってる。
けどわかっていても冷静になれないのはいつまでも迅が俺を見つめて近くにいるから。離れてって言えないくらい、頭がショートしてる。

「名前」
「い、いいい一回でいいです、」
「…………下向かなくていいだろ」
「む、向かせて、」
「…………、」

手首を掴まれて逃げ場の失った俺は思わず俯いたが、至近距離にいる迅は何を思ったのか俺の耳元に口を近づける。
俺がその気配に少し肩を強ばらせると、それに気づいた迅が信じられないような視線を一瞬向け、同時に小さく一つ呟き、ぱっと俺の手を離した。


「…………え?」







え?



「返事は解るまで、待つから」



迅はそう言って横を向いて視線を逸らしたが、そのせいで迅の耳が見えて赤くなってるのが分かった。


心臓が、へん。
俺じゃなくて、迅が赤くなってるってことは、今聞いた言葉は聞き間違いじゃなくて本当にそう言ったのか………?
ゆ、夢ではなくて? 現実?

迅はフリーズしたように固まっているであろう俺をちらりと横目で見て、じゃあおれも帰るから、と呟いて帰っていった。
袋に入ったプレゼントと、熱と言葉を一つ残して。







『名前、好きだ』

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