15


目が覚めると、そこは病室だった。
白い物が多いせいか眩しくて目が開けられなかったが、それは窓から差し込む光のせいでもあることに気づいて安心してもう一度目を閉じる。

生きてる。

そう実感し、思わず目尻から涙が頬を伝った。
夢を見ていた気がするが、何だか生きているという事実の大きさが記憶を上書きしてしまったらしくあまり覚えていない。けれど多分、アキちゃんの夢だろう。いつものことだ。それと、やけに清々しい気持ちになるのは、やっと寝れたからだろうか。
ピッピッ、と規則的な機械音に今更ながら気づいた俺は涙を拭いてから痛みに耐えつつ上半身を起こし、周りを見回す。

「一人部屋………」

随分手厚いんだなあ、と他人事のように思いつつ、病室のソファや棚に置かれた花や見舞品らしきものを見て少し笑う。誰が何を置いていったのか分かりやすい。
サイドテーブルのようなものに置かれたカレンダーを見ると、五日も寝ていたようで驚く。ありゃー、バイト先に謝らないとなあ……でも先に怪我の治療かな。
そんなことを思いながら点滴の針を見つめていると、ガラガラッと扉が開く音がしたので視線を向ける。

「っ、起きたのね!」

俺の顔を見たカズエさんが大きな声でそう叫ぶと、後ろから幼稚園組の二人と小学生組の三人がぞろぞろと入ってきて「起きてんじゃん!」「おはよー」「名前にいー、べっどのぼるー」とかそれぞれ好き勝手言うので思わず笑う。
よかった、みんな無事だ。
カズエさんは医者を呼びにいったらしく病室を出ていってしまったので、とりあえずベッドに上りたがってる洋に手を貸して上らせると、次々にベッドに乗り出したから正直狭い。けれど一人、後ろで翔が眉間にシワを寄せて俺を見つめるので、手招きをしてみる。
珍しく素直に俺の目の前に立った翔の目蓋の上に貼られているガーゼを見つめ、歩きにくそうにしている足を見下ろして抱き締めた。

「頑張ったね、よくやったよ」

あのときは、何が起きてああなっていたのか分からなかったけど今なら理解できる。
きっと翔はあの子と一緒に避難して、怪我を負っても翔のことだから、気にすんな痛くねえから、とか強がって笑っていたんだろう。それが間違っていないと思えるのは何時も妙に大人びている翔が弱々しく俺の背中に手を回して小さく肩を震わせるから。みんなの前で泣いてしまうなんて、本当に頑張った証拠。

「来るの遅くて、ごめんな」
「っ来てくれたならいい、倉須さんもいたから」
「………そうだね」

俺が気を失う直前まで見ていた顔を思い出し眉をひそめると、カズエさんが医者を連れて帰ってきたので翔が離れる。カズエさんはベッドにのぼる子供たちを避けさせると、医者に俺の様子を見てもらうよう告げた。
そして、特に目立った後遺症も無さそうという言葉を聞いてカズエさんはホッと息を吐き、医者と話してくるので子供たちをお願いねと言ってまた出ていってしまう、忙しない、俺のせいだけど。

「………お金かかるよなー」

誰にも聞こえないように一人愚痴りつつ、見舞品のお菓子を物欲しそうに見ている千恵に「一つだけ食べていいよ、皆でね」と許可を出す。
どんだけかかるのか分からないけど退院したらバイトを増やすことを決意した俺は、改めて、日常が戻ってきたことを噛み締めて息を吐く。


生きられた、死ななかった。
その事が嬉しい。誇らしい。


けど多分、今回のことの被害は大きいのだろう。俺は正直人型近界民と相対せずにただトリオン兵を排除しつつ、誰も死なせないことだけを考えて行動してきただけだから結果的にどういうことになってるのか全くわからないけど、中心にいた三雲くんは大丈夫だろうか。

「ボーダーの人達たくさん来てたよ、迅さんは沢山謝ってたし」

むしゃむしゃと、ビスケットを食べながら静が眼鏡を押し上げてそう言うので、俺は自分からボーダーになったことを言ってないのに気付く。後半の言葉は本人に聞こう、それじゃないと納得できないことはすぐに分かったから。
哲次や影浦くんが来たのは見舞品で分かるし、多分色々な人が来てくれてる。嬉しい。俺の居場所があるよって言ってくれてるみたいだ。そんなことを思いながら「ボーダーなんだよね、俺」と改めていうと小学生組からジト目で『今更かよ』と総突っ込みが入ったので俺は笑う。中学生組がどう思ってるのは知らないが、ここにいる子供たちはそんなにボーダーに対してなにか思ってるわけでもないらしい。それに、何人かはボーダーに助けられてるらしいし。前まで重く受け止めていた嘘が、あっさりバレてこんなに軽く受け取られることが何だか心地いい。よかったー、なんて思う始末。
そして、カズエさんのくるまで俺は子供たちと、何時ものように付き合って遊んだり話したりし、俺にとってもアキちゃんにとっても一番大切な時間を味わった。
         
昼頃に孤児院の皆が帰っていき、明日にでも着替えなんかを持ってきてくれるとのことだったので、また会う約束をしてみんなを見送った。そのときは中学生組が来るのだろう。
そんな勝手な予測をし、午後になると病院内は少し騒がしくなり、個室の寂しさがよりいっそう深まった気がしたので見舞品の中にあった漫画に手を伸ばした。この系統の漫画はどうせ影浦くんだろ、とふんで。
バトルで傷を負ってる俺にバトル漫画を持ってくるとは流石だな……なんて思いつつ読み進めていると、ノックをされ、反応する前に扉が開かれた。

「、っあれ!? 起きてんじゃん!」
「は、マジか、」

扉の取っ手を持って驚く陽介と、冷静に驚く公平に俺は漫画を置いて手を振り、なんだか久しぶりに会ったような感覚になった。
いつもの笑顔を浮かべて「びびったー! てか、体調大丈夫っすかー」と聞いてくる陽介にヘラヘラ笑って大丈夫ー、と答えると、陽介は近くにあった椅子を二つ勝手に俺のベッドの近くに引き寄せて座る。それに続いて公平は無言で扉を閉めると、少し困ったような顔で「久々」と呟くので、視線を受けた俺はサイドテーブルにある自分のリュックからお金を出して陽介に渡す。

「おら、お金やるからジュースでも買ってこいよー、俺の分もね」
「ええー、来て早々パシリかよー」
「いいじゃん、陽介だから」
「それどういう意味っすか」

そう言いつつも陽介は笑って立ち上がり、すれ違い様に公平の背中を強めに叩いて病室を出ていった。できる男だ。
そんな陽介を視線で見送った俺が立ったままの公平を見つめ、椅子を叩いて「座りなよ」と促すと、息を吐いた公平がベッドに膝をつけて椅子に座った。近くにある公平の頭をぽんぽんと撫で、これまた翔と同じく珍しくされるがままになるので調子に乗って髪を耳にかけたが何の抵抗もされなかった。え、年頃の男の子なのに…………大丈夫かな。
さっき視線で読み取れたことを鑑みて、少し罪悪感を感じた俺は公平から手を離して名前を呼ぶ。

「未来、変わったよ」
「…………おう」
「生きられた、皆のおかげだ」

俺ができる精一杯優しい笑みで笑って顔を覗き込むと、公平はそんな俺をじっと見つめてから「、よかったな」と小さく微笑んだ。かわいい。
もっと愛でたい気持ちに駆られたがこれ以上は許されない気がして自重すると、公平はぼすっと布団に顔面を埋め、力が抜けたような声で「ああー、マジで……よかった、」と呟いて近くにあった俺の小指と薬指を弱く握った。

「………ありがとう公平。そういう優しいところ、大好きだよ」

そう言いながら頭を撫でると、指を掴む手の力が一瞬強くなったので、やっぱりかわいいなと再確認した。あ、大好きとかまた言っちゃった……まあ、今のはいっか。
すると勢いよく扉が開いた音がしたかと思うと、公平はピシッと背筋を伸ばして座り直し、俺の指から手を離して病室に入ってくる陽介を振り返ったので少し面白くて笑う。同年代には見られたくないよな、仕方ない仕方ない。

「おら、買ってきたぞー」
「ありがとう、陽介」

色々な意味を込めてお礼を言うと、布団の上に買ってきたものを置いて「別に、でも、オレはこれー」と一番乗りで選んでいくので公平に次を選ばせると、俺はミルクティーになった。
陽介の『見事に全員予想通りのもの取ったな』という視線を読みつつ、ペットボトルをサイドテーブルに置いて陽介も隣の椅子に座らせる。

「ね、俺今回のこと何も知らないんだけど、教えてくれない?」
「例えば?」
「あっ、あれ良いんじゃね? 手柄のやつ」
「あー、論功行賞か」

その聞きなれない単語に首をかしげると、陽介は思い出すように視線を逸らしたが結局思い出せなかったのか面倒になったのか、公平に説明を一任した。

「手柄の順に、特級・一級・二級ってのがあって、それぞれ褒酬金と個人ポイントが貰えんだよ」
「へえー、そんな制度が」
「で、名前はおれらと同じ一級戦功」
「? なんで?」
「なんでって………細かいのは覚えてねえけど、南西部から東部にかけての広範囲の防衛と、南西のシェルター作ったりして民間人の死亡ゼロへ大きく貢献したとかなんとか」
「嵐山さんと太刀川さんと東さんの報告も加味したらしいっすよー、あと市民からの声とか。新型も三体倒してるらしいし」
「三体? 二じゃないんだ………よくわかんないけど」

随分とこんな俺に優しくしてくれるんだなあ、と思いつつ褒酬金は治療費に消える程度なのかなと勝手に想像しておいた。

「ポイントって幾つつくの」
「なんぼだっけ」
「忘れた」
「おいおい………」
「興味ねえからなあー、おれら。八百くらいじゃね?」
「八百? なら俺、B級に昇格だわ」

確かこの前まで3500とかだったから正隊員から逃げられない。まあ、今回のことで生き延びたら結局B級に上がろうと思ってたから、ラッキーっちゃラッキーかな。
そんなことをぼんやり考えていると、二人は俺がC級だったことを忘れていたのか「そうだっけか、」「もっとバトれるじゃん」と笑っていた。
そういえば、B級になったら挑戦してみようと思っていたことがあったんだ。ちょうどいい人居るし、聞いてみるか。

「あのさ、前にトリマルくんとか二宮さんに射手について話されたんだけど、弾トリガーってなにあんの」
「………」
「………色々言いたいこと有りすぎて弾バカがフリーズしたから、ちょい待ち」

その呆れのような驚きのような視線を受けた俺は陽介の言葉に頷いて公平の言葉を待つが、公平は溜め息を吐くと「おれが誘おうと思ってたのに」とかわいいことを言うだけで答えてくれない。

「今度ゆっくり話してやるよ、ゆっくりじっくり、じわじわと」
「なんかこえーよ、陽介も付き合ってよ」
「ぜってえー嫌」

けらけらと笑って断ってくる陽介に俺も笑い、俺は恵まれてることに再度感謝した俺は、このあと防衛任務らしい公平とそれに付き添って帰っていく陽介を見送った。





夜になると静まり返る病院に俺は何だか寝付けなくなってしまったが、就寝時間だから電気を点けたら怒られてしまうらしいのでベッドに座って窓からぼけーっと空を仰ぐ。星がきれいだ。
二人が帰ったあと病院内をうろちょろしたりニュースを見ていて知ったが、多くの人が怪我を負ったり行方不明となり、ボーダーでは数名が死亡したとのことだった。どうやら敵が本部に侵入した為との報道だったが、詳しくは分からなかったのでボーダーの情報規制の厳しさを今更ながら痛感した。
誰も死なせない、そういう思いで戦っていた。
だからと言ってボーダーで死者が出たことに対して責任を感じるなんてそんなおこがましいことは思っていない。ただ、死んでほしくなかったと悔やむこと位は許されると思う。これから本部は色々追及されることになる、会見の日にちも決まっているようだし上の人は皆大変だろう。
そういえば嬉しい報告もあった。
俺の入院している階のロビーで警戒区域内で出会った男の人に偶然再会し、無事に母子ともに健康で生きていることを教えてくれ、感謝された。お礼を言えなかったことがずっと心残りだったと、ボーダーの方にも言ってみたが名前も知らないので本人に伝わった確証が無かったからと。小さな子達は君をヒーローって言ってたよ、何て言われたときはどう反応していいかわからなかったけど、嬉しくないわけはなかった。
会いたい人はまだたくさんいる。
だけど、あせる必要もない。俺は今生きてるんだから。

「………生きてるって、すげえや」

日頃生きてきて感じることの薄い感動を覚え、此の思いをしっかりと胸に刻んで生きようと決意する。
無意識のうちに拳をぎゅっと握りしめていると、リュックの中に仕舞っていた携帯が振動し始めた。個室だからと使用は許可されているが、就寝時間だからバレるとあまりいい顔はされないだろうなと察して画面だけ見るつもりで携帯を取り出す。
けれどそこには俺が今一番会いたかった人物の名前が表示されていて、思わず誘惑に負けて通話に出てしまった。

『………』
「………俺が起きてるって、知ってたの?」
『、まあな』
「なんで?」
『そりゃ、毎日行ってたから?』
「じゃあなんで今日来ないの」
『…………泣くから』
「…………俺が?」
「いや、おれも」

珍しい、その言葉に率直に短い感想をもった。
いつもなら「名字が」とか言いつつ視線で『おれもだけど』なんて読み取れて、ハイハイ、って心の中だけで思うだろう。電話だからだろうか、素直なのは。
俺がこんなんになってから、皆珍しく素直になる。命あるってやっぱりすげえや。

「俺、覆せた?」
『生きてるんだから、そうだろ』
「よかった、…………ずっと今日、迅にそう言って欲しかったんだよね」
『、すごいよな、ほんとにおまえは』
「なにがさ」

軽く笑いながらそう言う迅に、俺はよくわからなかったけど、迅と話せているという事実だけで笑みがこぼれていた。キモいとか、自分でもわかってるから。

『全部、今もそうだし』
「また大雑把な」
『全部なんだって、ほんとに。当初見た未来より多くの人を救って、誰も死なせないで、自分も死なずに………』
「迅のお陰じゃん」
『、名字が変えたんだ、ありがとう。大分みんなが動きやすくなったのは名字のおかげだ、悪かったな』

なんでここで謝罪なんだ、と考えたが、やっぱりよくわからなくて口をつぐむ。
サイドエフェクト使わないと分かんないのか、やっぱり迅みたいに色々隠そうとする人には。意図的に明言するのを避けてるっていうか。
そういえば、翔が迅のことを言っていたっけ。

「俺に対して謝ること一個もないよ、迅が背負うものなんて自分が思ってるほどないから勘違いすんなよ」
『、っはは、なんだそれ。おまえらしいな』
「バカになれって言ってんの」
『バカにねえ………昨日見た未來とは変わっちゃってるし、何があったのか知らないけどさ』
「ふうん? じゃあ、バカになるチャンスだな」

ごうごう、とたまに聞こえる音が、風の音だと気づいてる俺は、迅がまた一人でなにか行動してるのではないかと気づいて嫌になったため八つ当たりで無茶ぶりする。
未來を見て、覆すために働いて、覆せなかったら責任を感じて、けど未來は待ってくれないから新たな未来に向けて行動して。それが良いとか悪いとかじゃなくて、見ていてたまにむしゃくしゃするんだ。
だから、俺といるとき位は崩してやろうって気になる。

『じゃあ、おれの名前呼んで』
「………迅くん」
『下ので』
「、ゆーいち」
『じゃあ………好きって言って』
「? っなにそれ、いやだ」
『いいじゃん"もう"減るもんじゃないし』
「………ちゃんと促されないで俺から言いたいし、顔が見たいから」
『え? はは、かわいい』

かわいい…………?
迅の口から迅らしくない言葉が出てきた気がしたが、幻聴ということにして流す。

「いつ会えるの? 今は多分忙しいだろうから、あれだけど」
『だったら迎えに来てよ、その時がきっと会えるときだろうから』
「なにそれ、ロマンチストなの? 別にいいけどちゃんと待っててよ」

バカになれと言った途端口説き文句の増えた迅に戸惑いつつ了承すると、迅は小さく笑って『了解』と小さく呟いた。

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