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 やっとの思いでたどり着いた東部は俺がさっきまで見ていた南東の景色より損壊が激しく思えた。慶が新型を倒しまくっていると聞いているため被害は抑えられたほうだと思うが、それでも戦力を分散させられた被害は大きい。
ここにくるまでに現れたトリオン兵を掃討しつつキューブ回収に勤しみ、警戒区域ギリギリを沿って東部へ来た俺は、中学校と小学校の避難場所であるシェルターに近付いたので五線仆を解除して訓練生トリガーを起動する。本部からは警戒区域内の敵の排除を命令されているが、そんなことより俺は役割を果たして迅の予知を守ることが優先なので構わずスコーピオンを生成した。五線仆よりコストのかからないトリガーなので、残り少ないトリオンをうまく使えるだろう。

学校へたどり着くとちらほらと散布してるトリオン兵とC級が交戦してるのが目に入ったので、駆け寄って応戦する。
C級と相対してるモールモッドの頭上を飛び越えてくるりと半回転しながらブレードをモールモッドのどたまに突き刺してモノアイを破壊し、逃げるC級を追うバムスターの足へ地面を通してスコーピオンで貫通させる。そして動きの鈍ったところにとどめを刺して、逃げていたC級に声をかける。

「ここら辺の避難は終わったんですか!?」
「っ、え、ああ、大体は」
「学校の生徒も、?」
「中学は終わってるが、小学校はうまく出来てないらしくて動けるC級が見て回ってるところだ………」

ぺたり、と床に座り込んで俺を見上げるC級の言葉に俺は眉を寄せ、遠くに見える小学校の校章の入った旗をめざして進む。
途中で拾ったC級を助けつつ避難を手伝って小学校の前に着くと校舎が殆ど崩壊していて、トリオン兵が何匹か壁にのぼっていたりグランドにのさばってるのが見えた。慶もこちらに向かって来ているが、新型を見つけたらそっちへ行ってしまうのがわかったので俺は俺の優先順位で行動することにする。

「俺は小学校の中を見て回る! 君達は無理をしないで、無理だと思ったら避難して! その方が正しいから!」

ここまで連れてきたC級達にそう言ってから小学校へ走ると、後ろから「頑張ってください!」とか色々応援されて少しビックリした。全C級に嫌われてるくらいの気持ちで生きてきたからだろうな。なんだかちょっと嬉しい。
そんなことを思いつつ玄関の柱を足場にして窓に飛び移り、二階辺りの壁に貼り付いていたモールモッドの処理をする。
散々割れている窓枠に足をかけ、手を振って此方に来るよう誘い込むと、ちゃんと来てくれたので俺は廊下に入ってモールモッドが突っ込んでくるのを避けた。そしてそのままがら空きになったモールモッドの装甲の薄い腹の部分を横に切りつけ、二階の窓から落ちたのを確認したがそれよりも多きなことに気づく。
スコーピオンが途中で折れ、多分、これ以降出せなくなったことに。当たり前だ、換装にもトリオンは使う。

「…………、それでも」

避難が上手く出来てないと言っても校内にいる筈がない、そう思いながらもこの目で確認しないと不安な俺は「誰か居ませんかー!」と声をかけながら校舎の隅々まで移動する。
最上階の三階に辿り着き、階段を昇りきると遠くで荒々しい物音がするのに気いたが、この音はトリオン兵が単体で鳴らすような音じゃなくて、何かと何かがぶつかり合ってるような気がした。経験を積んだから聞き分けられる。無駄じゃない、防衛任務も。

「誰か居るんですか!?」

廊下に出て一歩踏み出しながら叫んだ瞬間、
突然後ろの方からガシャンッと音がした。
その音に勢いよく振り返って見た光景で、何かが吹っ飛んできて廊下の窓にそれが叩き付けられた音だと察した俺は、目を凝らし、その音をならしたのが人間だと把握して慌てて駆け寄る。

「、倉須!?」

その吹き飛ばはれていた人のトリオン体が解除され、瓦礫に埋もれるようにして項垂れたのが倉須の姿だったことに思わず名前を叫んだが、すぐ横にあるぼろぼろの教室から男の子の泣き声が聞こえてそちらを見る。


「しょう、ちゃんがあああ! 」


その男の子の叫んだ名前と、次から次へと見せられる光景に俺は頭を殴られたような衝撃を受ける。
そしてその言葉に反応するように俺は倉須から離れ、床を蹴って泣いてる男の子と床に倒れている男の子………俺の家族の一員である翔に近寄った。
右の瞼から血を流し左の足を腫らす翔の姿に俺はなにも考えられず、ただ目をつむる翔が生きていることだけを確認して止めていたらしい呼吸を再開した。

「、守ってくれたの、か。倉須」

近くにあるモールモッドの残骸を見て、何となく状況を理解した俺は考えるのをやめてとりあえずここから避難させようと立ち上がろうとする。ここにいたら危険すぎる。
すると、視界の端で何かが動いた。

「、!? アイツ……!」

動いていたものがイレギュラー門を開くトリオン兵、ラッドであることに気づき、折れたスコーピオンを投げたが予想通りダメージが足りないらしく……黒く先の見えない見慣れた門がこの狭い教室内で発生してしまった。
反射的に俺は翔と男の子を脇に抱え教室を出る。
門から顔を出すモールモッドらしき姿に舌打ちをした俺は、この三人をこのままここに置いておいては危険だと察して倉須の襟首を掴んだ。
けれど、いつもなら簡単に持ち上がるはずなのに、重くて持ち上げられない。

「、トリオン不足………くそっ!」

全員誰も死なせやしない、そう誓って今日に臨んだ。
だからここで誰かを犠牲にして、誰かを救うとかそんなこと考えない。

「倉須、起きろ! 頼むから!」

バムスターから視線を逸らさないまま肩を揺すってみるが、気を失っているらしく倉須は目を覚まさない。
ここが一階ならまだ壁を壊して引き摺って出れるのに。
泣き止まない男の子の声を聞き、焦りを募らせる俺は思考を巡らせ、自分に今何があるかを考える。途中でラッドを倒したため小さい門だから時間はかかっているが、もう半分まで体が出てる。

「スコーピオンも、新しいのは出せない、五線仆起動も……」

ぐるぐると回る思考のなかで『無理だ』という諦めの意思が見え隠れし始めたが、そんなこと今までを生きてきた俺が許さないし、許されないので無理矢理消去する。
俺には、たくさん持ってるものがある。
繋いでもらった命がある。
動くからだがある。
考える頭がある。
役割がある、守りたいものがある…………だから、



「死にたくないし、死なせない」



俺は男の子と翔を脇に抱えていた力を弱めて床に下ろし、男の子の肩を優しくつかんでから「翔を連れて外に出てくれ」に笑いかける。
本当は翔と同じくらいの年齢の子にこんなこと頼みたく無かったが、それ以外俺がこの二人を逃がせる自信が無くて断腸の思いでそれを口に出した。するとやっぱり男の子はいやいや、と頭を振って不安がるので、俺は男の子の頭を撫でる。

「じゃあそこの階段まで行って隠れてて、絶対迎えに行くから」

廊下の真ん中にある階段を指差して微笑むと、男の子は見に見える目的を与えられたからか小さく頷き、翔の手を肩に回して歩き出した。
その後ろ姿を見送りつつ、門が閉じて姿を全て現したモールモッドに目を向ける。よかった一匹で、俺は運がいいらしい。

「すいません、本部のかた。太刀川慶に『小学校に今すぐ助けに来て』と伝えてください」

前までなら絶対言わなかった台詞を言って通信を切り、モールモッドが此方を見て様子を伺ってるのを見つめ返す。
相対するほどの余裕はない。
そう思った俺は、倒れこんでいる倉須を起こそうと揺する。するとその行動を見たモールモッドが戦闘のスイッチを入れたのか此方へ勢いよく走ってきたのを倉須を背負いつつ間一髪で避け、避けたついでに折れたスコーピオンを回収する。隊員同士でトリオン移動は出来るが、それはどちらも換装していないとできない。倉須はC級だ、二度目はない。


「、ん………」

顔の横から聞こえた声に俺はハッとし、モールモッドが腕の何本かを持ち上げて何時ものように振りかぶろうとするのを予測して、攻撃より早く後ろへ飛ぶ。
そして隣の教室へと一旦避難して倉須の体を教室の隅へと下ろすと、すぐにモールモッドは壁をぶち壊して侵入してきた。
倉須から離れ、折れたスコーピオンを構えながら変に視野の広い自分に気づいて一人微笑む。集中できてる、この環境下でも集中できる自分になれたのは、俺の周りに居てくれるみんなのおかげだな。

「無駄にしない、全部」

戦闘用トリオン兵とだけあって意識のある俺の方にばかり目を向けてくれるから助かる。
刃渡り二十センチ程の短剣になったスコーピオンを見つめ、その向こう側、ブレードのついた手を振りかぶって此方へ突っ込んできたモールモッドの攻撃を横に避けた。
その遠心力を使い根本から一本、モールモッドの前にある手を切り落としたが、勢いで教室の壁にぶつかりながら迂回してきた機動力の高いモールモッドは構わずもう片方の前方にあるブレードを振り回す。
スコーピオンでガードしたら、絶対削られて終わりだ。
モールモッドのブレードの堅さは尋常じゃない、そんなこともう知ってる。
真っ正面から立ち向かってモールモッドの残り五本の腕の攻撃を受けるなんて不可能、なので何時ものように上をとるか下をとるかして戦わないと、



「っ、!?」

すると、何故か一瞬、モールモッドの動きが止まった。


なんだ? 何が起きてる?


俺がこの不穏な現状を把握する前に、そいつはじーっと俺を見つめてから背を向けると、壁の方へと一直線に走り出した。
そして、その先にいるのは、



「倉須っ! 避けろ、!」

意識を取り戻して立ち上がったらしい倉須が、俺の声を受けて横に転がって攻撃の直撃を避けた。それを確認するよりも早く俺は走り出し、モールモッドの背中を切りつけようとスコーピオンを構える。が、ギロリとモールモッドはモノアイを動かすと俺の脇腹を狙って後方のブレードを薙ぎ払った。

「っ、く」

反射的にスコーピオンでガードしてしまいスコーピオンが粉砕される。そして薙ぎ払われた勢いのまま、俺は壁に叩きつけられ、換装をとかれた。

「、っ」

生身になってしまったことに眉を寄せつつ手を握りしめ、瓦礫を退かして立ち上がろうとした瞬間、目の前にきていたモールモッドのブレードが、俺の方へと真っ直ぐ伸びてきたのが分かった。
ああ、こういうときって本当にスローモーションになるんだなあ、なんて他人事のように思う。
視界の端に見える倉須の顔や視線、薄暗く、崩壊した教室の中で光るモールモッドのブレード。
全部をわずかな時間の中で理解し、そのまま何も出来ずに腹部に与えられた衝撃に思わず声を出す。

「、っがは、」

相手は人間じゃないから。
刺したことに何かを考えることもなく、目の前でモノアイをギョロつかせるこいつは、とどめを刺すべくもう一度振りかぶろうとする。そんなことわかってる。けれど、思考とは別の現実は痛みでそれどころじゃない。

「、やめろ!!!! 」

靄のかかった視界の中で、倉須が必死になってモールモッドへ駆け寄るのが見える。
自分だって生身の癖に、やめろよ。
幼馴染みの時のこと思い出したのだろうか。
ごめんな、トラウマまた一つ増やしたかもしれなくて。
けど、翔を助けてくれたこと、感謝してるから、お礼は言いたいな。
俺は荒く浅い呼吸を繰り返しながら近くにあった小さな瓦礫を利き手でない左手で掴み、俺の腹にブレードを刺したままのモールモッドに投げつける。
そしてモールモッドが倉須に向けていた顔を此方に向けたのを見計らい、今ある力の限り振りかぶった。




「、お、まえが、死ね」

俺は右手で握りしめたモールモッドのブレードを目の前にあるモノアイへ奥までぶっ刺してから両手で押し込む。すると、ゆっくりモールモッドの力が弱まり腹部から少し抜けるブレードの痛みに耐えて眉を寄せ息を吐く。
さっき薙ぎ払われてここに吹き飛ばされる途中で拾った、俺が切り落としたモールモッドのブレード。
諦めないで、戦えてよかった。無駄にしなくてよかった。
これ以上何かを考えるのが億劫になった俺は、目の前で不能になったらしいモールモッドを見つめながら横に倒れる。今まで腹にブレード刺さってたから倒れられなかったんだよね……。

「、名字!」

俺の方へ駆け寄ってきた倉須が座り込んで泣きそうな表情をして俺の顔を覗くので、笑う元気も体を動かす元気もない俺は、咳き込んでから倉須の名前を呼んで言葉を続ける。

「階段、に、子、っいるから……避難さ、せ」
「っわかったから、わかったから今は自分のこと考えろ!!」

怒ったように、けど、悲しそうに叫ぶ倉須は何処かに電話を掛けてから、俺の頬に触れる。
ついに流れてしまった涙が俺の頬に落ちたとき、俺が自分の手が伸ばせないことが悔しくて笑うと、倉須はもっと泣いてしまった。

「いきて、頼むから………死なないで」
「う………ん、」

言葉とは裏腹に閉じていく目蓋。
痛みより、何処からか来た強制的な眠気に負けて暗闇に身を任せる。倉須が俺の名前を呼ぶのが聞こえる、けれど頭はどこか違うところに行こうとしていて、どんどん離れていくのが分かった。
死ぬ、そういう実感はない。
ただ何時ものように眠るような、そんな気分だ。
アキちゃんもこういう気持ちだったのかな、だったら俺が思っていたより何倍かは楽だったのかもしれない。わからないけど。
アキちゃんは今の俺の結果を見て何て言うだろう、よくやったって褒めてくれるかな。役割は果たした、その自信はある。だからきっと褒めてくれる。



でも、…………迅はどうだろう。



俺のこの結末を見て、責任を感じて、いろんなものを背負ってまた生きていく。それは嫌だな……後悔する迅を想像もしたくない。
俺と関わってきた今までの時間を、結果だけが塗り潰して後悔させるなんて、そんな終わりかた、絶対いやだ。


だから、せめて、一度でも顔を見たい。
そして言えなかった言葉を伝えたい。





不意に、どこからか新たな視線を向けられる。
その視線で俺は、心が軽くなって、本当に意識を手放した。

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