その日もアメリアはジョースター家に出向いていた。
ちょっとした補足を挟むと、昨日ジョナサンとアメリアはジョースター卿から注意をされている。もちろん、二人の服が――主にアメリアのスカートが――ずぶ濡れになっていた件についてだ。内容は至って当たり前のものだったが、百歳を優に超えたアメリアが年下の大人・・・・・から「気を付けなくてはいけないよ」と言われている状況は中々に不思議な光景であった。
そこで落ち込んだなら、少しは子供らしさを感じられただろうに。「きちんと叱ってくれたから気に入ったわ」と嬉しそうに笑う姿はやはり立派な大人であった。

そんな人物に「お使い」という表現が適切なのかはさておき。
はたから見ればそれは紛れもなくお使いに見えることだろう。いくら微笑ましい光景だとしても、商品を売り込む側の対応としては些か不十分だと受け取られても不思議ではない。商品の制作者自身が出向いているのだから違和感など起こりようもないのだが、如何せんアメリアの容姿は誤解を与えやすいのだ。
だが流石はジョースター卿というべきか。薬品のサンプルを持って現れたアメリアに驚きはしたものの、すぐに彼女を受け入れた。もちろん、話し合いの場でも真摯な対応であった。それも相俟ってか、ジョースター卿とアメリアが打ち解けるのに時間は掛からなかった。なにせ持ち込んだ商品に対しての説明や交渉よりも「ティータイム」と称した雑談の方が長かったのだから。途中で「急ぎの要件がございます」と使用人から声を掛けられなければ、そのまま夕飯時まで語り明かしていたかもしれない。
「久し振りに会えた友人と別れるような気分だ」「またお茶をご馳走させてほしい」と口にしたジョースター卿の名残惜しそうな様子からも、如何に楽しい時間を過ごしていたかが窺えるだろう。

ただしアメリアにとって、目下の興味はジョナサンに関することばかりであった。
応接間を出るとすぐ首にかかっていた金糸のような鎖を引き上げて、服の下にあった懐中時計を取り出した。それを確認するなり「まあ大変、ジョナサンと話す時間が少なくなってしまったわ」と残念そうに呟いた。しかし言葉とは裏腹に、庭に居たジョナサンに向かって駆け出して行く際の表情はこの上なく生き生きとしていた。

「ハァイ、ジョナサン」
「あれ、アメリア!? いつから居たの?」

相変わらずジョナサンは人当たりの良い笑顔を浮かべていた。その表情のまま大きく手を振りながらアメリアに近寄るジョナサンの横では、ダニーが最初の警戒なんて嘘のように飛び跳ねている。

「少し前よ、ジョースター卿に届け物があったの。それで今日は遊べないんだけれど、最後に挨拶はしておきたくて」
「じゃあ明日は?」
「明日も無理なの、その次もね。数日は遊びに来られないのよ」
「そうなんだ……ザンネンだなぁ」

しおれてしまった花のように肩を落として落ち込むジョナサンの様子は、アメリアよりも大きいはずの体を小さく感じさせた。瞬きの合間にも一喜一憂する不安定さがありながらも何処か軸が通っているように感じるのは『本当の紳士を目指している』からだろうか。

「もしかして、きのう言ってた『近いうちに旅に出る』ってやつかい?」
「んーん、もう少しロンドンに居るつもり。それに旅に出たからって、もう二度と会えなくなるわけじゃないのに」
「それは分かってるけど……なんでかな、すごく不安なんだ。とつぜんアメリアが居なくなっちゃいそうで」
「……」

それを聞いたアメリアが呆気に取られたように瞬きを繰り返した理由は〈不死者〉だからだろう。その直後、噴き出すようにして笑いながらも否定の言葉を続けなかったのは、恐らくアメリアなりの気遣いだったはずだ。だがそれを肯定と受け取ったのか、ジョナサンは焦った様子で「そんなことしないって、カミサマにちかってくれる?」と、神をも巻き込む形で心の平穏を求めた。

「ごめんね、ジョナサン。私は神様を信じていないの。信じているのは、私自身が見聞きしたものや、体験したものだけ――それ以外は、分からないんだもの」

ズレた回答を受けて今度はジョナサンが呆気に取られたような、困惑の混じった表情で黙り込んだ。「意味が分からない」と一蹴する方が遥かに容易いだろうに、理解を諦めることはせず、少し悩んだ後で「ぼくにはむずかしいよ」と弱音をこぼすだけに留まった。そんなジョナサンを励ますように、あるいは宥めるように。両手で包み込むようにしてジョナサンの片手に触れたアメリアは一つの提案をした。

「ねぇ、ジョナサン。神様に誓う代わりに、私の『大切なもの』を懸けるのはどう?」
「大切なもの?」
「そう。ジョースター卿にも教えていない、私のヒミツよ」
「父さんにも……?」

それは好奇心と自尊心をくすぐる言葉だったに違いない。湖面に石を投げ入れた時のように、底から舞い上がる不安や疑問、それに混ざった僅かなにごり・・・から目を逸らしてしまえるほどの誘惑提案は、やがてジョナサンの口から「うん、いいよ」という言葉を引き摺り出した。
その返答を聞いたアメリアが耳打ちするために手招いて見せたのも、あれほどまでに隠そうと気を配っていた『本名』を告白したのも間もなくのことで、そこには珍しく躊躇いがなかった。

「どうして、」

ふと湧いた疑問を口にしようとするのは自然な反応だが、それでもジョナサンは次の瞬間に言葉を飲み込んだ。どういった考えの上でそうしたのかは分からない。しかしその紳士さがアメリアの機嫌を良くさせたことも、アメリアの微笑をより深めたことも確かだ。

「本当はダメなんだけれど、でも教えても構わないと思ったの。だってジョナサンは――」

不意に二人の間を吹き抜けた風が、彼女の言葉をさえぎるようにして周りの木々を大きくざわめかせた。清らかな少年に悪影響を与えまいと世界が庇っているようなタイミングで。
当然の如く聞き返したジョナサンに「誰にも言わないと約束してくれる?」とアメリアが問い掛けると、太陽のような笑顔と共に「もちろんだよ」と即答した。そこには掻き消された言葉とは内容が変わっていたとしても同じ返答をしたのだろうと思える何かがあった。

「私も、ジョナサンのことは絶対に忘れないわ。いつの日か、会えない日が続いたとしても」
「うれしいけど……でも、忘れないことより、いっしょに遊ぶ方がいいな」
「じゃあ、少しでも早く戻って来られるように祈っていてね」

「あなたの神様に」と続けた言葉をどう受け取ったのか、ジョナサンは「無理はしないでね」と返した。それに対して見せた慈愛に満ちた微笑みと「平気よ、私はあなたより強いんだから」という言葉は、子供らしからぬ悲壮さを纏っていた。
別れの挨拶を済ませ、見送ってくれているジョナサンに馬車の中から手を振り返すアメリアは、実に幸せそうだ。しかし「楽しみが増えるって、こんなにも素敵なことだったのね」と噛み締める声は、悲鳴のようにも聞こえる車輪の軋む音によって容易く掻き消された。
まるで「世界は甘くないぞ」と、彼女に知らしめているかのように。

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