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ぱちりと目が覚めた。
部屋は薄暗くなっていることで、先ほどより時間が経っていることを知る。
窓から月の光が差し込み、薄暗い部屋の中を照らし出した。
いちるの望みを抱きながら千穂は、扉へ顔を向ける。
そこには、明るい時に見た扉がそのまま鎮座していた。
『……』
ということは、コスプレな人達も言葉も現実……。
仔猫を追いかけて崖から落ちたのも、ケガをしてよく分からない場所にいるのも、今現在に至るまでの全てが壮大な夢だったらいいのに。
そんな考えを嘲笑うように身体に痛みが走った。
『痛いよもう……』
そしてトイレにも行きたくなってきた。
多少の痛みを抑えて何とか起き上がり、扉まで歩く。歩けない痛みではないようで安心する。
薬がよかったのだろうか。
廊下に出て、ゆっくり右を見渡し、左も確認する。
さて、どちらに行けばトイレはあるのだろうか……。
それに今は一人。
道に迷わないよう覚えておかなくてはいけない。
『(右か左か)』
まだまだ許容はあるから、多少探すのに手間取っても大丈夫。
とりあえず、左行ってみるか。
よし。そうしよう。決めて歩き出してすぐ、後ろから腕を捕まれ、びっくりして叫びそうになる口を誰かに塞がれた。
『(なになになに!!?)』
あまりにも突然な事で固まるしかない千穂に、後ろの人が何か囁いた。
当然どう反応を返して良いやら分からない千穂は、そのまま固まったまま。
それを相手はどう受け取ったのか分からないが、ゆっくりと口に当てられた手は退かされ、その人が目の前に現れた。
『(この人、昼間の!)』
黒髪、金目の男性
一度ならず二度までも。気配が全くしなかった。
『(忍者かっお前は!もう!今日からあんたのアダ名は忍者だ!)』
くそったれが!女らしからぬ汚い罵り言葉を心の中で呟きながら、その人を睨み付ける。
ビックリした。本当にビックリした。危うく漏らすところだった。いや漏らさないけどそれぐらいビックリしたんだ。
「どこ行くの」
忍者は驚くほど冷たい声を出した。
だがしかし、千穂には言ってることが分からない。
ギリッと腕を掴む手に力が入り、痛みに顔を歪める。
「事と次第によっちゃ……」
ただ、トイレに行きたいだけなのに、なんでこう良く分からない場所で、良く分からない態度を取られなきゃいけないんだ。
ふつふつと込み上げる感情に、ぶちっと千穂の何かが切れる音がした。
『私は学校から帰る途中で白い仔猫を追いかけて良く分からない内に知らない所にいて言葉も分からない。あんたが言ってることなんて分からない!なんでそんな態度を取られなきゃいけないのかも分かるか!トイレに行きたいんだから離して!』
ほぼ一気に捲し立て、ゼーハーと息が乱れる。
忍者はというと千穂の腕を掴んだまま、まさにポカーンという表情で口を開けていた。
『なによ!?文句あるなら言いなさいよ!言っても伝わらないけどね!』
恐らく向こうにも言葉は伝わっていないのだろうが、そんなことは知らないとばかりに、千穂は怒りをぶちまけた。
暫く呆けたように固まっていた忍者だったが腕を掴んでいた手を離し、その手で顔を覆って深いため息を付いた。
何かポツリと呟くと顔を上げこちらを見る。
その顔は先ほどより幾分も柔らかい表情だった。
『…………』
「…………」
わめきたてたことで怒りが去り、千穂は冷静になってきた。
忍者と見つめ合ったまま沈黙が流れる。
『(え、これどうすれば?)』
何かこちらからアプローチしなくてはいけないのだろうか。
動揺しつつ忍者の左右の瞳を交互に見る。
相手から見れば、世話しなく動く目だと思われていそう。
『(まだ大丈夫だけど、いい加減スッキリしたい)』
お腹に手を当てながら、そちらに視線を下げる。
すると、急に忍者がポンっと手を叩いた。
え、なに?どうした?と顔を上げれば、にこりと忍者が微笑み……あっという間に体を抱き上げられた。
所謂、お姫様抱っこされたのだと気付いたのは暫く経ってからの事。
千穂は、驚きながらも落とされないよう必死に抱き付いているのが精一杯だったから。
どれぐらい歩いたのか、千穂にとっては長い時間だったが、やっと体が下ろされ地面に足をつけられた。
『(こわ、怖かった……)』
いつ落とされるやら、気が気じゃなかった。
忍者に促されるように、ある部屋に千穂は入れられた。
『トイレだ!』
まさに探していた御手洗い。
日本にある洋式トイレと、ほとんど変わらないものがそこにあった。
スッキリして部屋を出れば、忍者が待っていた。
やあというように片手を上げてきたので、千穂も片手を上げ返してみる。
忍者は少し驚いたように固まり、そして可笑しそうに笑った。
何にツボったんだ。少しムッとしたものの悪い気はしなかった。
近づいて来ようとしたのを慌てて手で遮る。
首を傾げる忍者に手身振りを交えながら訴える。
『あれ、怖いから!それに部屋までの道のり覚えてない!またトイレ行きたくなったら困る!』
自分で歩くというのは伝わったらしい。
こっち、というように忍者は指差す。
トイレまでの道のりは簡単なものだった。
部屋から真っ直ぐ5分も歩かない距離。
忍者は千穂が寝ていた部屋まで案内し、千穂を部屋に押し込むとニコリと笑ってバタンと扉を閉めてしまった。
しばらく立ち尽くしてしまったが、気をとりなして既に冷たくなってしまった布団に潜り込む。
『(すごくトイレから近かったや)』
少し呆気に取られてしまう。忍者に抱き上げられて連れられた時はあんなに長く感じたのに。
『(……っ!あ、あれって俗にいうお姫様抱っこ!?)』
初めてされた!
女の子なら憧れる人も多いというお姫様抱っこをされたのだ。
カッと顔に熱が集まる。
いやいやでも、あれは実際やられて怖かった!落ちるかと思ったし、もう二度とお姫様抱っこは嫌だ。
集まった熱が何処かへ消え、ぶるりと体が震える。
肩までしっかり布団を被ると忘れて寝ようと心に決める。
『(お礼、言いそびれちゃったな……)』
明日、もし言える機会があれば言おう。
例え、伝わらなくて分かって貰えないんだとしても。
2015.12.24
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