彼は誰時

静かに刀を構え直す。

辛いよね……
悲しいよね……


"心臓を狙え"


突然、頭に浮かんだ言葉。

いや、彼――
こんな姿に成り果ててしまった、この男から聞こえたのかもしれない。

それに何も疑問を持つこともなく、その言葉に従って私の身体は勝手に動いていた。


ごめん。

ごめんね

助けてあげられなくて

そんなに泣いてるのに

私は……――



飛び込んで来た男の左胸を目指して刀を振るう。


一瞬の……
本当に瞬く間、

どんな音も消えた気がした。


遅れて、えもいわれぬ音と感触が私の手に、耳に、脳に伝わる。

「ぐぅ、ぁっ!」

刺された男は、苦悶の声と共に刀を抜こうと手を伸ばし、グッと掴む。
ゆっくり刀を引き抜くその男の口からは、おびただしい量の血が溢れ出した。

「っ!」
「井吹!」

刀を抜くことも離すことも出来ず、呆然と眺めている私の肩を誰かが掴み引き寄せる。
その時、刀を握っていた私の手がやっと離れた。

その誰かの胸の中に私はいた。
視界が遮られて真っ黒だ。



なにも
見えない



温もりに包まれながら、私の耳にもう一度、聞くにおぞましい音と、ドサッという何かが倒れる音だけが届いた。



ああ……



わたしは

……



体の力が抜けていく。
抗う事もせず、私は意識をそのまま手放した。

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