彼は誰時

さむい


『…――くん、

このまま――…

――を……ば――』


夢なのか、現なのか
暗い闇の中で、声だけが響く。


私は、とにかく寒くて寒くて寒くて。
この寒さをどうにかしたかった。

『――…しないと――』

また、響く声に放っておいてと思う。

だけど、それはしつこく
本当にしつこく、声をかけてくる。

自分の体を動かそうとしてみるも、指一本ぴくりとも動かない。

***

「こらーっ!起きなさい!」

ばさりという音と共に、体にあった温かいものが消えていく。
ぶるりと体を震わせながら、目を開ければ、仁王立ちし、眉を吊り上げたふくよかな女性がベッドの脇に立っていた。

「いい加減、起きなさい!遅刻するわよっ!」

遅刻。という単語にハッとした。
そうだ今日は学校の始業式。
慌ててベッド脇に置かれている時計を見れば、

「わーっ!もう、こんな時間っ!?なんでもっと早く起こしてくれないのよ、お母さん!」

ガバリと起き上がり、母親に文句を言いながらバタバタと洗面所へ直行する。
その間に聞こえた母親の小言は聞こえないふり。
さっさと顔を洗うやらなんやら済ませて、制服に袖を通しながら、パンにかじりつく。

「行ってきまーす!」

パンを無理やり飲み込みながら、カバンを引っ掴み玄関を飛び出した。

ここまでの所要時間10分、なかなか早い方だと自画自賛してみる。
まあ、女子として化粧っけがないのはどうなのだろうと思わなくもない。
けど、いいんだ。
見た目より、中身で勝負!なんてね。

学校まで、走れば20分。
自転車をすっ飛ばして、ぎりぎり間に合うかどうかの距離だ。

「(でも、遅刻したくないし)」

自転車に飛び乗ると、勢いよく漕ぎ出した。
景色はぐんぐん通りすぎていく。

『生きたいか』

「え?」

交差点へ差し掛かった時に聞こえた声。
どこかで聞いたことがあるような。
思い出せず、幻聴だろうと思い、気をとりなして青信号を渡る。

それは一瞬だった。
気付けば私は道路に転がっていた。
一体なにが。
混乱する頭で起き上がろうと体に力を入れるが、ピクリとも動かない。
視界に誰かの足元が映る。
誰だろう。
こちらに駆け寄ってしゃがみ込んだ。
その人が慌てたように、なにかを取り出す様子をぼんやりと見つめる。
このままじゃ、遅刻決定だなぁ。
早く起き上がって行かないと。
学校が終わったら、まもなくクリアするRPGゲームしよう。
それから、漫画も読みたい。
録画してるドラマも見て、それから、それから。
やりたいことがある。
まだまだ、やりたいことが。
親孝行だって、恋愛だって、勉強だって、まだやりきれてない。

目が霞んできた。
どんどん人が集まってきたらしいのが雰囲気で分かるだけ。
そういえば、なんで何も聞こえてこないんだろう。

『生きたいか』

やっと聞こえてきた質問。
変なことを聞くね。
私は生きてるよ。
これからも生きていく。
死にたいなんて思ったこともない。

『生きたいか』

そんなの決まってるでしょ。
死ぬか生きるか。
どちらか選ぶなら。

私は生きたい。

next
back