春を思わせる陽気な天気
ひらひら花びらが舞う桜の木の下に黒く肩より長い髪の少女が立っていた。
風が吹く度、その長い髪の毛はさらさらと揺れる。
「ここには……何もいない。けど、一応見てきてくれる?もっくん」
小さく呟くように言いながら、少女は足元に視線を向ける。
そこには、白い生き物――大きな犬のようなウサギのような――が、それに答えるようにひょんと尻尾を振って駆け出した。
それを見届け、少女は再度、今にも崩れそうな建物を見上げた。
それは数刻前の事だった。
急に学校校長に呼び出された生徒――先ほどの少女は、ノックをして入る。
校長の近くには、男の人…金髪碧眼の外国人がいた。
こちらを見ている外人さんにチラリと少女は視線を向けた後、校長を見た。
視線を向けられた校長は歯切れ悪く喋りだす。
「安倍、晴香君だね?君に頼み……というか依頼なんだが……」
安倍晴香と呼ばれた少女は頷くと、落ち着いた様子で問う。
「なんでしょうか?」
「この学校の旧校舎を調べて欲しい。よくない事が起こって工事が出来ないんだ。もし何かいるようなら祓って欲しい」
「……わかりました。学校の旧校舎を調べて、何かいたら祓えばいいんですね」
そう晴香が言えば、ホッとしたように校長は息をつく。
「ああ、宜しく頼むよ」
「はい」
「こちらは、ジョン・ブラウンさん。私が呼んだ霊能力者だ」
「ジョンと呼んでくれやす」
校長に紹介され、ジョンは晴香に微笑みながら頭を下げた。
「では、私のことも晴香と呼んでくださいね。ジョン」
晴香もにこりと微笑みを浮かべた。
****
私は校長先生に連れられるまま、ジョンと共に歩いて行く。
校長先生が向かう先には、黒いバン。
その前には人だかり。
長髪で茶髪の男性に、化粧が少し濃い女性、あとは晴香と同じ制服を着た女子生徒
それから、漆黒が似合う青年……。
あれ、どこかで……。
この人たちも、校長先生に呼ばれた関係者なのだろう。
先ほど、他にも霊能力者を呼んだって校長先生は言っていたし。
「やあ、皆さんお揃いですな」
校長先生がそう声をかけると、集まる視線。
主に金髪碧眼の青年に。
「もうひと方お着きになりましてね。ジョン・ブラウンさん。仲良くやってくださいよ」
校長先生の言葉が終わるとジョンはにっこりと笑い、ペコリと頭を下げた。
「もうかりまっか。ブラウンいいます。あんじょうかわいがっとくれやす」
突然、外国人から出てきた言葉が京都弁。
ポカンとした表情の面々に校長先生は苦笑しながら言った。
「その、ブラウンさんは関西のほうで日本語を学んだようで……。あと、それからこの子は安部晴香さん」
「安部?」
肩を震わせながら笑いを収めようとしている長髪で茶髪の男性が私に視線を向ける。
「安部晴香です。よろしくお願いします」
私もジョンにならって頭を下げる。
校長先生は、それを見届けてから「それじゃあ、わたしはここで…」とそそくさと立ち去って行った。
ジョンはそんな校長先生に「おおきにさんどす」と頭を下げて見送る。
それを見ていた周りは我慢の限界というばかりに吹き出した。
「ブラウンさん?どちらからいらしたんですか?」
黒い髪と眼で黒服を着た男性は笑わず少し硬い声で訪ねた。
私は、ジッと黒服の男を見つめる。
彼には何処かで会っているはず。
こんな容姿端麗な人、中々忘れられるものではないと思うけど。
どこだったか…。
「ようご存知で。せやけど、ボクはもう十九でんがなです。若う見られてかなんのです」
「安倍さん、あなたは?こちらの生徒のようですが」
何処かで見た顔に気を取られていたら、話が進んでいた。
そのうち思い出してくれればいいけど。
「安倍っていやー、有名なのがいるが……」
「まさか……」
長髪の男と少し化粧が濃い女性が顔を見合わせる。
その様子をえ?え?と訳もわからないという風に見る女子生徒。
「はい。多分ご想像通りですよ。私は陰陽師です。そして安倍晴明の末裔に当たります」
くすり、と笑いながら言えば、
「え―――っ!?」
目を白黒させながら女子生徒が叫んだ。
「なんか、びっくりさせちゃったみたいでごめんなさいね。……えっと、あなた方のお名前をうかがっても?」
私は苦笑しながら女子生徒に謝り、面々の顔を見る。
「俺は高野山の坊主の滝川法生だ。よろしく、お嬢ちゃん」
長髪の男――滝川はバチンとウインクを私に投げる。
それに続き、少し化粧の濃い女性が口を開いた。
「巫女の松崎綾子よ」
「……渋谷一也」
漆黒の男――渋谷は、簡単に名乗ると資料と思われるファイルを持ち歩き出した。
そして今に至る。
私は校舎を外から見たいと言って渋谷さん達にはついて行かなかった。
「晴香〜、やっぱり旧校舎には何もいなかったぞ。あったとすれば、建物が歪んでることだな〜」
旧校舎を見て回って来たらしい、犬のようなウサギのような生き物をなんとなく見つめる。
額には紅い花の様な模様、耳は長く流れ、首の周りを勾玉のような突起が一巡し、瞳は丸く綺麗な夕焼け色。
この見た目は可愛らしい生き物…だけど、普通の人には見えない異形もの。
昔から所謂、妖や物の怪と呼ばれるものや、幽霊をよく見た。
ある妖に困ってる時に現れて助けてくれたのがこの子だった。
見た目は物の怪ということで、物の怪の"もっくん"とこの姿の時は呼んでいる。
本人はそう呼ばれるのは不本意らしいが。
「お〜い、晴香?聞いてるか?」
返事をしない私に物の怪は半眼する。
「うん。聞いてたよ。ちょっと考え事してた。ごめんね」
「ふ〜ん。いいけどさ」
苦笑しながら謝れば、ピョンと物の怪は私の肩に乗り、顔を覗き込む。
「とりあえず、どうするよ?」
「建物の事は、後で調べるよ」
それでも遅くないだろうし。と心の中で呟きながら私は旧校舎の中に入る。
「あいつらなら、あっちの教室にいたぞ」
「うん。ありがと」
物の怪の言葉通り進めば、その教室から話し声が聞こえる。
ひょこりと教室の中を覗き込もうとした時、
「キャアァァアアッ!」
辺りに、つんざくような悲鳴が響いた。