「なんだ、今の声は!?」

「松崎さんの声とちがうやろか」

悲鳴を聞き、滝川さんが廊下にいた私に向かって駆け寄って来る。
ジョンも渋谷さんと一緒に教室から出て来て、私の目の前で滝川さんと合流すると声がする方へ駆けて行った。

「もっくん」

私も皆に続き、走りながら小さく名を呼ぶ。
それだけで理解したように物の怪がスピードを上げ皆を追い越しながら駆けて行った。




松崎さんの声とドンドンと扉を叩く音ですぐに居場所が分かった。

「開けて!ちょっと開けてよ!」

閉じ込められてか、かなり松崎さんは冷静さを失っているようだ。

ガチャガチャとドアノブを回して渋谷さんが開けようとするが扉は開かない。

「おかしいな」

「貸してみろ」

そう言って滝川さんと交代するが、やはりガタガタ音がするだけで開かない。

「仕方ねえな。おい、蹴破るぞ!どいてろ、綾子!」

「勝手に呼び捨てにしないでよ!」

「せえの、せっ!」

ドカッ

勢いよく蹴破る音に続き、ミシッと音を立てて扉は内側へ倒れた。

蒼白な松崎さんの近くには、物の怪があくびをしながらガリガリと耳元を掻いている。

その様子からもして、何もいない筈なのに、どうしてこんな事が起こるのだろう……
私が考え込みながら、床を見ると何か光るものが落ちていた。

それに渋谷さんも気付いた様で、その何かを拾い上げた。
釘……?

チラッと見えた渋谷さんの手元には、確かに釘があった。




「なんなのよ、もうっ!」

先ほど、皆がいた教室に戻ると松崎さんはそう喚いた。
ジョンに買ってきてもらった缶コーヒーを開け、傾けながら松崎さんは先程の状況を説明する。

「教室の中見てたら、いつの間にかドアが閉まっててさ、開けようとしても開かなかったのよ」

「自分で閉めたんじゃねえのか?」

「違うわよっ!」

滝川さんの冷たい言葉に噛み付く松崎さん。

「やっぱりここ、なにかいるわよ」

「……"霊は"いませんわ。なんの気配も感じませんもの」

"霊は"の部分で、テレビで有名な原真砂子さんは、チラリと物の怪を見た。
なるほど。能力は本物らしい。
物の怪も驚いた様子で、原さんを見ている。
原さんも校長に呼ばれて来たらしい。

「仮にも霊能者なのでしょ?あの程度のことで声をあげるなんて情けなくなりません?」

「小娘は黙ってなさい!アタシは顔で売ってるエセ霊能者とは違うのよ!」

「容姿をおほめいただいて光栄ですわ」

松崎さんと原さんの言い合いに、仲がいいなぁ。と私は思う。
初めて会った同士が、ここまで言いたいことを言い合えるのだから。

「アタシは、この場所に住んでる地霊の仕業だと思うわ」

口に負けたようで松崎さんはフンッと顔を背けながら言う。

「チレイ?地縛霊のこと?」

口を挟んだのは、この中で一番素人な女子生徒。

「違いますよ。地縛霊は、何か因縁があって、その場所にとらわれてる人間の霊をいうんです。地霊は、土地そのものの霊。つまり、精霊のことなんですよ」

微笑みながら、訂正を入れる私に、ほえ〜〜。と女子生徒は感心する。

「(そういえば、この子の名前をちゃんと聞いてなかったなぁ……)」

うっかりしていた。
後でちゃんと聞こう。
そう私は心に決める。

「おれは地縛霊のほうだと思うけどなあ。この校舎、昔なんかあったんじゃねえ?
んで、その霊が棲み家をなくすのを恐れて、工事を妨害してる感じじゃねえ?」

「君はどう思う?ジョン」

滝川さんの仮定を聞き、渋谷さんはジョンに振る。

「ボクにはわかりまへんです。普通、幽霊屋敷の原因はスピリットかゴーストですやろ?」

ジョンは少し困った様子で話した。

「スピリット……精霊か。ゴーストは幽霊。聞いてるか、麻衣?」

「ご親切にどーも!」

「(麻衣ちゃんっていうんだ)」

渋谷さんのお陰で女子生徒の名前が分かった。

「原因がスピリットやったら、そこが地霊ゆかりの場所か、
家にスピリット……悪魔を呼び出したことがあるとかなんやです。
ゴーストが原因やったらそれは地縛霊ゆうことになります」

ジョンの説明に滝川さんと松崎さんが勢いよく詰め寄る。

「地霊だと思わない?」

「地縛霊だよな!?」

「わっわかりまへんです」

詰め寄られて大変だなぁ、と他人事のように私が思いながら成り行きを見ているとバッと滝川さんがこちらを向く。

「陰陽師の嬢ちゃんはどうだ?」

「そうよ!陰陽師だったら霊視ぐらいできるんでしょ?」

「……"嬢ちゃん"はやめて下さいませんか?普通に晴香と呼び捨てで構いませんので。えっと、先ほどの答えですが……そうですね。私には何も視えないので……なんとも言えないです」

困った様に私がそう言えば、松崎さんが驚く。

「あんた視えないの!?」

「えっと、まあ…」

私は、曖昧に頷く。

「(原さんも、霊はいないって言ってたし、さっきのドアには釘が……。だから、あれは人為的なもの……)」

「まあ、おれも視えねえし、人の事どうこう言えねえわな」

「とにかく!祓い落とせばいいんでしょ?アタシは明日、徐霊するわよ。こんな事件、いつまでも関わってらんないもの」

なんだか自信満々な松崎さんは、そう言うと教室から出て行った。

「ムダですわ。霊はいないと言ってますのに」

「でもここ、いろんなウワサがあるよ。それにさっき巫女さんが閉じ込められたのは?」

「あの方の気の迷いですわ」

すっぱりと麻衣ちゃんの言葉を切り捨てると、原さんは渋谷さんへ視線を移す。

「先ほどから気になっていたのですけど、あたくし以前あなたにお会いしたことがあったかしら?」

「……いいえ。初めてお目にかかると思いますよ」

「そう……?」

「(原さんも、私と同じ違和感を感じたのかな……?それとも、ただのナンパ?)」

原さんと渋谷さんの会話を聞きながら私は顎に手を当てる。

「ナル!陽が暮れるよ」

パッと私は、その声の主を見る。

「(そうか。そうだったんだ…………)」

「ああ……そうだな。それじゃ二階の西端の教室に機材を入れて、僕らも引き上げよう」

「おんや、ボウヤは泊まりこみはしないのかい?」

「今日はまだ……麻衣、明日は授業が終わったらここへ。泊まるつもりでいてくれ」

「えーっ!せっかくの土曜日なのにーっ!」

「カメラを弁償するか?」

「……準備しときます……」

ガクッと肩を落とす麻衣ちゃんに、私はポンポンと優しく肩を叩く。

「大丈夫。私も明日来ますから。仲良くしてくださいね。……えっと、麻衣ちゃんでよかったんですよね?」

「あ、そういえば自己紹介まだだったね!あたし谷山麻衣です!麻衣って呼んで!私も晴香って呼ぶし。あと敬語もやめてくれると嬉しいな」

にこりと笑う麻衣に私も、笑顔を向ける。

「うん。分かった!ありがとう麻衣」

私は麻衣だけでは大変だろうと機材を置くのを手伝って旧校舎を後にするのだった。