夢幻


「昌浩!!!」


そう叫ぶ声が遠くから聞こえる。
雷鳴が大きく響く。
こんなにも、近くに気配を感じるというのに、その声は酷く遠く感じた。




<夢幻>




「らん〜♪る〜ん♪今日は、私の大好きなハンバーグ!
 おいし〜く、おいしく、私が作ってあげるからね!」

鼻歌交じりで、そうつぶやきながら買い物袋を抱えて家へ向かう女の子は麻衣という。
ふと空を見あげると、今にも空が泣き出しそうだ。

「雨降りそう。雨降り出す前に早く帰らなきゃ。」

そうひとりごちて、早足に歩き出した。

ゴロゴロゴロ……。


「雷!?まだ、雨は降り出してないけど…。怖いよ〜うー……」

もはや、麻衣は早歩きではなく走り出している。
家まで後もう少し。あの角を曲がれば家が見えてくるはずだ。
その角を曲がろうといたその時。

ガラゴロゴロ!!!ピッシャーーン!!!!

「きゃぁあああ〜〜〜!!」

つんざくような雷鳴に思わず麻衣は悲鳴をあげた。
その雷が、合図となったのか、雨もザーっと勢いよく降ってきた。

「うわ〜……。最悪……」

そう呟きながら角を曲がる。
もう、一瞬のうちにずぶ濡れだ。
大きくため息をつき、そのまま家の道を小走りで歩いていると、自分の家の前に何かが落ちている。
なんだろうと疑問に思いつつ近寄ってみると、
それは、人だということがわかった。
人がうつ伏せに倒れている。
そのことに気がつくと、一瞬頭の中が真っ白になるが
雨の音と雷鳴で我に返り、その人へ駆け寄った。

「ちょ、ちょっと!!あなた大丈夫!!?」

肩を揺さぶりながら言うと、小さくうめく声が聞こえた。
ちゃんと生きているようだ。心持ちホッとする。
このままでは風邪を引いてしまうかもしれない。
荷物を家の中に投げ入れ、その子の脇に腕と頭を突っ込み、
半ば引きずる形で、家の中に入れた。
急いでタオルや着替えを用意して急いで戻る。
ふ〜。と一息つくと、改めて服というものに目がいった。

「……コスプレ?」

麻衣がそう思ったのも、その子は平安時代の人が着る着物のようなもの、
そのイメージにピッタリ当てはまるものを着ていたからである。

「……変なの拾ってきちゃったかな……?」

そう言うと、背後からなんだか冷たい空気が伝わってきた。
誰かに見られている(睨まれている)ような……。
恐る恐る振り返ると、そこにいたのは、ひょんと尻尾を振り、お座りしている犬のような生物だった。

「犬……?どこから入ったのかな?」

そう言いながらジッと見つめると、その犬のような生物は驚いたように目を見開いた。

「俺が見えるのか……?」

「うわっ!しゃべった……。すごいなぁ〜最近の犬はしゃべるのかぁ……。
 って、そんなわけないじゃん!!私、大丈夫か!?」

自分の言葉に自分でツッコミを入れながら冷静に考えようとするが、頭の中は真っ白で纏まらない。

「俺は犬とかという生き物なんかじゃないぞ〜。
 そりゃあ俺様は愛らしくて可愛らしいがな。」

ふふん。と、この犬ではないと言っている生き物は器用に二本足で身体をのけ反れさせ言った。

「やっぱり、しゃべってるよね……。夢じゃないんだよね?」

唖然と麻衣は呟きながら、ほっぺを自分でつねってみる。

「……痛い。夢じゃない。どうしよ〜〜っ!!」

あわわ、と慌て出す麻衣に、冷静な声が飛んだ。

「そんなことより、早く昌浩を拭いてやってほしい」

「ああ……そうだね。ごめん」

この、変な生き物の言うことはもっともだったので、素直に謝る麻衣。
そして、タオルを持ち、昌浩という名の子の顔を拭きだして、しばらくするとピタと動きが止まった。

「どうしたんだ?」

「う〜ん……。あのさ、昌浩ってことは男の子だよね?」

「ああ、そうだが?」

「私はさ、べつに見ても平気だとは思うけど……。
 この子は見られたら嫌なんじゃないかなぁって思うのだけれど」

「……。ああ。そうだな〜。」

にやりとする犬もどき。

「大丈夫じゃねぇか?言わなきゃわからない、わからない」

ホケホケしながら言ってのけた。
確かに言わねば、分からないだろうが……。
少し悩む素振りをすると麻衣は、犬もどきに目を向けた。

「う〜ん。でも、犬さん器用そうだし、お願いしてもよい?」

「だから犬じゃないって」

「じゃあ、なんて呼べばいいんだよ〜。ちなみに私は麻衣ね」

麻衣は、ふて腐れたように口を尖らせながらも、自らの名を名乗る。

「……騰蛇」

ポツリと名乗った名前に麻衣は目を丸くした。

「とうだぁ?全然らしくない名前〜!ポチとかタローでしょ。どう見ても」

「あのなぁ、お前……」

呆れ顔の騰蛇。

「お前じゃなくて麻衣!」

さらに言いつのろうとしていた騰蛇の言葉を麻衣は遮ると、つーんと顔を背けた。

「……はぁ……麻衣。俺は、そこら辺にいるような生き物じゃないんだ」

「ふ〜ん」

「ふ〜んってお前な……。」

喋る犬がそこら辺にいたら、楽しそうだよな〜とお門違いなことを思いながら、ゴソゴソとなにやら用意し始める麻衣。

「あのさ、私もいい加減、身体を拭いたりしないと風邪引くから昌浩だっけ?を頼んだね。
 とりあえずそこに置いてあるの適当に着ていいから。
 まあ、わからないことあったら叫べば聞こえるし。それじゃ、よろしく!」

麻衣は言いたい事を言いい尽くして部屋から出ていった。
ぽつんと残された騰蛇は昌浩を見、ため息をつきながら呟いた。

「…仕方ない…か」

その時の騰蛇の眼差しは、とてもとても優しいものが含まれていたことは誰も知らない。



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