01.初恋



気がついたら落ちてた、なんて。
馬鹿にしていた。
そんな、少女漫画みたいな。

だけど。




「いた…!いたよ、今日も!」

ガラス扉の向こう側、いつものように咥え煙草を燻らして新聞を読んでいる姿が見える。
存在しているというだけで胸が高鳴るなんて、烏養さんは凄い。

「いるでしょうよ、そりゃ。お店の人なんだし」

ていうかあっちもまた来てるよって思ってんじゃないの、とフミちゃんは身も蓋もない言葉を残してさっさと歩いて行く。

「えぇー寄ってかないのぉ?」
「行かなーい。だって私今日これからデートだもーん」
「ちょっとぉ、フミちゃぁん…」

だもーんって言って去っていくフミちゃんはとても可愛い。
私は1人坂ノ下商店にポツンと取り残されて、そんな可愛いフミちゃんのポニーテールが跳ねる後ろ姿を見送る。

どうしたら…、と店の前で入るかどうか迷っていたら、カラリと扉が開いた。

「何してんだ?」
「こ、こんにちは!」

烏養さんが言葉を発したのと同時に、勢いよく頭を下げていた。
かぶせるつもりはなかったのだけれど。
どうしたらいいか分からなくて、頭が上げられない。

「お、おぉ…。こんにちは。元気いいな」

戸惑った声で返された挨拶の後、寄ってくか?という声に顔を上げれば、烏養さんがニッと笑っていた。

「…は、い」
「今日、あっちぃなぁ」

耳に心臓があるみたいだ。

店に入って行く烏養さんの後ろで、必死で熱を下げようと頬を押さえている私を烏養さんは知らない。
そもそも烏養さんは私の名前さえも知らないし、きっと知ろうとも思わないんだろう。


「これください」
「あいよ」

いつも食べているアイスと小銭を差し出すと、新聞を置いて受け取ってくれる。

「うまいよな、これ」
「…!はい!」

思いがけない会話に上ずる声をなんとか抑えて、お釣りを受け取る。

「俺も好きなんだよ」

何気なく言った烏養さんのその一言が、

「…私も…好き、です」

どれだけの重みを持っているか。

「?そうか」

この人は何も知らない。