02



「おめでとう、待宮ミヤ
「おぅ。ありがとうのう」

高砂に座る2人に近寄ると、照れたように頬を引っ掻いて待宮ミヤが笑った。

「佳奈ちゃん、待宮ミヤのことよろしく頼むわ」
「うん!任せといて」
「いや、普通逆じゃろ」

不貞腐れたように口を尖らせる待宮ミヤを見て思わず笑ってしまった。
そうこうしているうちに写真を撮るためにやってきた次のグループに押し出されて席に戻る。

「栄吉さん、幸せそうじゃったのう」
「う…里ちゃん、だめじゃ、俺泣けてきた…」
「アホ、針本お前、まだ花嫁の手紙があるんやぞ」
「皆、変わらんねぇ。変わらずアホばっかじゃ」
「オイ、東村、お前もそのアホの一員やぞ」
「塩野、きっつ」

後輩達の馬鹿話を聞くともなしに聞いて、瓶ビールをグラスに注いだ。
高校時代のインハイの面子が久しぶりに揃ったのを改めて見ると、懐かしさで苦しくなる。
またそれが、待宮ミヤの結婚式というのだから。

「あれ、井尾谷さん泣いてんスか?」
「泣いとらんわ、アホ針本!」
「いって!」

高校時代から変わらず空気が読めない針本の頭を叩く。
こんなやりとりも高校生ぶりだ。

ーよかったのう、待宮ミヤ

遠い高砂で幸せそうに笑っている親友を眺めてグラスを呷った。

あれから数年が経って皆大人になった。
それぞれがそれぞの道を歩んでいく。
変わらない関係、というのはあまりに夢物語で、皆きっとあの頃と同じ空気感を出そうとしてるんじゃないかと思う。
それは故意に、そして無意識にも。

「そういや井尾谷さん、今東京でしたっけ?」
「あぁ。本社があるけぇの。いつまでも営業は慣れんワ」

隣に座る里崎が何となくした質問に不意に現実に引き戻される。

そう今自分は高校生ではなくて、サラリーマン。
本社に移ったのは3年前。
呉の工場から、その他数箇所の地方転勤の後、本社営業部に配属となった。
主任なんていう柄にもない名前をつけられて、相変わらず頭を下げ続ける毎日だ。

「じゃけど、地方から本社て、栄転いうやつじゃないッスか」
「さっすが井尾谷さんじゃあ」

後輩2人からの期待の籠った眼差しが痛い。
高校生の自分なら事も無げに受けていた視線だろうに。

ーこういう感じにも、もう慣れんようになってしもうたワ。

あぁ、とか、うん、とか、そんな曖昧な返事をして誤魔化すように酒を飲み干した。


         ◇


結婚式の二次会帰り、帰る組と三次会組が駅でたむろする結婚式お決まりの光景だ。

「えー?井尾谷くん、三次会行かないの?」
「ワリぃのう。ワシ、明日も仕事なんじゃ。終電のうなる前に帰らんと。」
「絶対連絡してよ。私待ってるから」
「おぅ、するする。また遊ぼうやぁ」
「えーずるーい!私も連絡先教えて!」
「すまんのぅ、連絡先その子に聞いといて」
「えーどうしよっかなぁ、教えたくなーい」
「はぁ?!ちょっと!」
「そがぁなこと言わんと、な、頼むわァ」
「仕方ないなぁ」

ーめんどくせぇ女じゃのう…。

心中で舌打ちをしながら纏わりついてくる女を宥める。
まぁなんかの時にストックしとってもええか、くらいに思っている自分の屑さ加減に自嘲するように笑った。

「えぇ、井尾谷さん帰っちゃうんスかぁ?」

やっとのことで女を振り切ったところで声を掛けられて振り返ると、そこには涼しい顔をした里崎と、完全に潰れた東村を抱えた針本がニヤついた顔をして立っていた。

「…なんじゃあ、お前ら」

あぁこれは絶対に押し付けられると確信しながらも聞いてみる。

「井尾谷さん、帰るんならコイツも一緒に」
「はぁ?知らんで、ワシ、そいつの家」
「タクシーにぶち込みゃあええでしょ。
ここ駅なんスからタクシーなんてなんぼでも拾えますって」

ズンズンと近寄ってきた針本が東村を押し付けながら、更に距離を詰めてきた。

「井尾谷さんはもう十分女掴まえたでしょ?!俺らにもチャンスくださいよぉ!」
「いや俺らて、需要なかったんはお前だけじゃったけどのう。
里崎の横におったら、お前いつまで経っても、」
「そがぁなことはわかっとります…!
じゃけど、せめて井尾谷さん1人減ればチャンス増えるやないっスか!
そんなビックチャンスにこがぁな荷物抱えとったらいかんでしょうが!」

女の子たちに聞こえないように声を殺しているものの、物凄い圧で詰め寄ってくる針本に押されて東村をうっかり引き受けてしまった。

「それでこそ、尊敬する井尾谷さんじゃあ!お疲れっしたぁ!」

何か唸っている東村を残して、針元は夜の街へ意気揚々と消えていった。

「オイ、東村帰るで。歩けるか?」
「うぃ…」

なんとか引きずるようにして歩き出すと、東村もヨロヨロと足を動かす。

「ったく…慣れん酒あがぁ呑むけぇ」
「すいません〜…」

謝って泣き出した東村を見て、ため息をついて視線を上げた。
その先に運良く一台だけ止まっているタクシーを見つける。
急いで近寄りながら手をあげて声を出した。

「タクシー!」
「すいませーん!」

重なった声に、え、と見回すと同じように手を挙げている女と目が合う。

ーあ、あの人じゃ。

夏の呉の夜の匂い、安っぽいコンビニの明かり、絞り出すように震えて響いた声。
忘れていた記憶がふわりと浮かぶ。

お互いに目が離せない2人の間で、どうぞー、と能天気なタクシーの運転手の声がしてドアがぱかりと開いた。


fin