03.キンミズヒキ



日本に帰国してまずしたことは目当ての山を見て回ることだった。

地図を眺めていてなんとなく選んだ山に、地元まで行って歩いてみた。
生活に必要な水源である小川があること、これだけが条件だったがそれは難無くクリアしていて、もうそれだけで直ぐに買うことに決めた。

縁もゆかりも無い土地だ。
色々苦労するかと身構えていたが、手続きは案外簡単に済んだし、思ったよりも安くあがった。
高齢化に伴う急速な過疎化で管理する人間の不足から、買い取ってくれるなら二束三文という山も多いのだと不動産屋の店主が言っていた。
使っていない畑まで貸してくれるというのだから、余程管理に困っていたのだろう。

帰国は春にすると決めていた。
山に籠るには1番いい季節だからだ。
凍えるような寒さをイタリアで過ごして、飛行機を乗り継ぎ日本の土地に足をつけた時思ったのだ。
あぁ終わったんや、と。

山がいい、というよりも、人がいない所がよかった。

山で過ごす荷物は、選手時代に集めた外で過ごすための道具ギアで十分事足りた。
案外人1人生きていくのにそう物はいらんのやな、というのが2ヶ月生活してみて思ったことだった。
金も、家も、今のボクにとっては自転車も、無用の長物だったわけだ。



春が終わり、夏がきた。

息苦しい暑さで目が覚めて、伸び切った髪を丸めて結ぶ。

「あかん」

ふらりと力の入らない足で立ち上がり、のそのそとテントから出て川辺に降りていく。

どこかの国の軍隊の支給品である軍幕をテント代わりに使い出して5年程経つが、考えてみればオフシーズンにしか山には行かなかったので、真夏を軍幕内で過ごしたことがなかった。

雨風を凌げるかなり良いものだが、その分風を通さない。
前面を開けて寝ても良いが、山の天気は変わりやすく夜中に雨でも降られたらたまったものではない。
結局フルクローズにして軍幕内で寝るしかなく、そうなると夜はまだしも朝日と共に気温が上昇しサウナ状態になる。

服を着たまま小川の水をかぶった。
どうせこの気温だ、すぐに乾く。

「暑い…」

若干の目眩を感じて、これは熱中症では?いう考えが頭に過った。

山中1人で熱中症で行き倒れて死亡。

「ハッ…ええやん」

別にもう何も思い残すことなど。

その場に座り込んで上を見上げるが、ここからでは空も見えない。


「あ、あの…」

幻聴まで聞こえ出したか、と朦朧とする頭を振った。

「すいません、あの!」
「…ア?」

子供、が立っている。
こんな山の中に。

いよいよあかんか、と思ったら力が抜けた。

遠くで子供が何か言っているのが聞こえるが、なんと言っているか分からず夢の中にいるようだ。

あぁ、うるさい。
選手時代にも熱中症なんてヘマしぃひんかったのに。

そんなどうしようもないことを考えて、ボクは目を瞑った。