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俺が豊前琴子という女の子を初めて認識したのは、きっとあの時だと思う。

『部活、頑張って。応援してる』

そう、震える声と、やっと作りましたっていう笑顔で言われた時。

例えば。

日々の生活で穏やかに、緩やかに、特に意識もせずに存在するモノがある。
手に馴染んだペンや、履き古したバレーシューズとか、お気に入りのスプーンとか、例えばそういうモノ達。
そういう細々したもの達が、不意に突然、急に寿命を迎えることがある。

それで、同じものを探すのだが、やっぱりあれが良かったなぁ、となる。
例え新品の同じものを見つけたとしても、やっぱりなにか違う。
違和感というか、その時感じていた安心感とか、あぁこれこれっていうぴったりくる感じが、すっぽり抜け落ちて、ん?と感じるような、そんな感覚。

俺が彼女にフラれた時に感じた感覚は、まさにそれだった。

モノは新しいものを新調して、使っていけばすぐにまた馴染んでくる。
でも人は違う。
考えてみれば当たり前のことだ。
だって、“同じ人”なんていないのだから。

彼女にフラれた後、タイミング良く告白してくれた子がまた現れて、試しに付き合ってみた。
彼女と付き合った時と同じような気まぐれだったと思うが、やっぱりなんか違うんだよなぁ、とぼんやり思うことが続いた。

どうしても、駆け寄ってくる姿とか、いつもしていた癖とか、笑った顔の感じとか、そういう一つ一つを、違う、違う、と目を細めてチェックをつけるかのように見ている自分がいた。

別れて、と言ったのは付き合ってから1週間後だった。
その子は酷く取り乱して泣いていたけれど、それを見ても俺は、違う、と思いながら目を細めてるだけだった。

違う。
全然違う。

それで、あー、と思った。

違う人を好きになるということは、結構難しいことなんだということ。
ハマり込んだら、執着してしまう性質たちなんだということ。

若利君に言われた言葉が思い出される。

『彼女なら、もっと大切にしなくていいのか?』

あの時の俺は母ちゃんが良く言っていた、物は大事に使いなさい!、という小言くらいの気持ちで聞いていた。

今になって、その言葉の重みを知る。

時折学内で彼女を見かけることがあった。
最初のうちは、少し沈んでるかな?、元気ないかな?、と思う日もあったけれど、段々屈託のない、あの可愛い顔で笑うようになっていく彼女の変化が見えた。

なんでだよ。

俺のいないところで、楽しそうにしている彼女を見ていると苛立ってくる。

「天童、お前最近、たまにやばい顔してるぞ」

英太君にそう言われて、そう?、と首を傾げながら、内心では、人に気が付かれるほどになってるのはまずい、と思った。

そんな折、学年が変わり高3の春を迎える。

クラス替え、と言っても高2の時点でコース選択してそのまま上がるから、クラスのメンバーはそう変わらない。
教室が変わることと、稀に大学進学に向けてコース変更をする人がいる程度。

見慣れない教室に入って、黒板に貼ってある座席図を確認して自分の席を把握する。
それで、俺の後ろの席の名前を見て目を見張った。

急いで振り返ると、いた。
予想通り、期待した、その姿。

「あっれー?琴子ちゃん、コース変したのぉ?」

上がるテンションをどうにか抑えて声をかけると、彼女はびくりと肩を震わせて驚いた顔で俺を見上げた。

あぁ、そうそう、これこれ、この顔。

ぞくぞくと感じるぴったり感を味わう。

多分きっと今の俺の顔、英太君の言っていたやばい顔だろうな、と思いながら気持ちを抑えられなかった。