エピローグ


『著者あとがき
もともと私は、恋や愛などという不確かなものに対しては大変懐疑的な人間でした。
それがどんなものであるかを、言葉にしきれないものに対しての恐れのようなものがあったのでしょう。
得体の知れない“其れ”に飛び込むことができる人々を、羨ましくも思っていたのかも知れません。
ですからこの本を書こうと決められたこと自体、私にとっては変化でした。
変化は変化でしかなく、良いも悪いも本来ないものです。
しかし凪いでいた水面に落ちたその一雫を、私は愛おしく美しいと感じる。
染み入るような喜びも、胸が張り裂けそうな苦しみや悲しみも全てが、きらきらと輝いていました。
そんな情景が言葉にできたら良いと思ったのです。
私が大切に育ててきた言葉たちを、私信のようなこの本を手に取る貴方へ贈ります。

二×××年 一月  独りきりの部屋から

浦原喜助』



喫茶店のいつもの窓際の席。
パタンと音を立てて本が閉じられる。
帯には大きく、受賞、の文字が載っている。

「けーっ!これやから小説家いうモンは」

片手を本に置いたまま、スカしとんのォ、と言ってアイスコーヒーを飲み干す平子に、喜助は苦笑を返す。

「イヤ、まさか、アタシもこの本が受賞するとは…。
流石に恥ずかしいっスね…」

受賞式でのインタビューでは、このあとがきに対しての質問が続出して辟易してしまった。

「なんスかね、好きな人へラブソング作ったことをイジられているような…そんな羞恥感…」
「実際そんなトコやろ」

喜助がボソボソと溢すと、平子が一蹴する。

「あぁ、そや。牧田な、俺と一緒に来年度異動やから」
「…へ?!」

思わず素っ頓狂な声を上げると、周囲からジロリ睨まれてしまい、すいません、と小さく謝って、喜助は大きな体をぐっと平子に近づけた。

「なんスか、ソレ?!」

平子は迷惑そうに身体を引いて、目を細める。

「俺、4月から念願の男性ファッション誌の部門に異動やねん。
文芸部から誰か1人連れてってえぇって上から言われたから、牧田連れてこ思て」
「そんなもん、1人で行けばいいじゃないっスか!」
「アホか、腹心の部下残して行けるかい」

しれっとそう言いながら、平子は舌を出す。

文芸出版部からファッション誌部門に行ける奴なんて、牧田くらいしかおらんっちゅうねん。
伊藤は兎も角、他のもっさい連中連れて行けるか、アホ。

心中で呟いて、あ、そや、そのもっさい連中からコイツの担当選んだろ、と平子は妙案を思いつく。

「…今、この瞬間、絶対ろくでもないこと考えたっスよね?」
「お前…俺はいつでも、お前らにとってベストな選択肢を考えてやっとるちゅうに…」

哀れむような視線を平子から送られて、喜助は大きくため息を吐いた。

「異動したら、イケメンのモデルともぎょうさん関わることになるやろなァ。
俺やったら不安でかなんわァ」

わざとやってるっスね…。

ぐっと言葉に詰まる喜助の肩を軽く叩いて、平子が立ち上がる。

「しっかり捕まえて、離しなや」

最後にそう言い残して、平子が喜助の横を通り過ぎていった。

喜助は思う。

あぁ結局アタシはこうやって、まんまと平子サンに乗せられちゃうんスよねぇ。


携帯を取り出して、近くにあるアクセサリーのブランドショップを検索した。
千笑のリングのサイズは、実はもう既に知っているのだ。

立ち上がって古びた扉を開けると、春の暖かい風が鼻先を掠めていった