18話


「私には君が必要だ。そして君も、私の側にいる方が能力を発揮できる。」
「…ごめんなさい。何度お誘い頂いても、お受けすることはできません」

千笑の言葉を聞いて、藍染は諦めるように息を吐いた。

「…仕方がない。残念だよ」

優雅に微笑んだ藍染に、千笑は頭を下げて立ち上がった。






「そういえば、良かったんスか?藍染先生と行かなくて」

隣を歩く喜助が首を傾げて千笑を見た。

「いいんです。喜助さんを置いて行けないでしょ」

お、という顔をした喜助を見てみぬふりをして、千笑は前を向いて歩く。
冬の冷たい夜風が頬を撫でていった。

数ヶ月前に出した新刊の受賞が今夜決まるかもしれないということで、担当の千笑としては落ち着かず、見かねた喜助が散歩に連れ出したのだ。
高台にあるこの公園は見晴らしが良く気持ちの良い場所で、2人の気に入りの場所でもある。


喜助の担当は千笑に戻った。
理由は喜助の面倒は新人では見切れないから、という至極簡単なものだが、裏の事情としては藍染の担当を変えたかった、というのが平子の思惑らしい。

冷静になると、ここ何ヶ月か色々あったなぁ。

短期間での担当替えに引き継ぎ、藍染からの誘い。
そして、最後に藍染に言われた言葉と悲しそうに笑っていた顔を、千笑は不意に思い出す。

『…素直に心から、私の傍にいて欲しいと、乞うていたら何か変わっていたのだろうか』

いいえ、きっと変わらなかったと思います。

その時答えられなかった答えを、千笑はそっと心の中で呟いた。



藍染が独立して会社を立ち上げる、という一大ニュースは瞬く間に知れ渡った。

なにせ有名小説家の独立である。
業界はこの話題で持ちきりだ。
千笑の勤める出版社からも、優秀な人材の引き抜きがあったと聞いている。
その中には平子もいたらしいが、結局平子は今の会社に残ることに決めたらしい。

『目上のたん瘤が、みィんなおらへんくなるんやで?
こないなチャンス滅多にないわ』

平子はそう言って笑っていた。
本人曰く昇進を目論んでの“合理的判断”だと言うが、なんだかんだ結局会社に残りたい理由があったのではないかと千笑は思っている。



「千笑サン」

不意にこの上なく優しい声に名前を呼ばれて振り返ると、甘い蕩けるような笑みを浮かべた喜助がいて思わずどきりとしてしまう。

「ちゃんと言葉にして伝えたいんスけど、言葉にしてしまっていいっスか?」
「え、な、んですか」

喜助のその甘さに、千笑は未だに慣れない。
そんな姿が可愛くて喜助はふっと微笑んだ。


「千笑サン、愛してます。
これからも、ずっと、傍にいてくれませんか」

差し出された喜助の手に、そっと千笑の手が重なった。

「…はい。喜んで」


引き寄せられた腕の中で、千笑は思う。

この温もりを、この気持ちを、ずっと大切に持ってこの人の傍にいよう、と。






〜♪

「千笑サン、すいません、ちょっと電話…。
ハイ、浦原です…。えぇ…ハイ、ハイ。…いいえ。ハイ。わかりました…では…」

「誰ですか?」

「…えぇっと…なんか、受賞しちゃったっス」

「…は?!」

「イヤ、だから、例の」

「嘘?!」

「ホントっス」