愛なんてない@
「あっ…尾形さんだ」
隣に座っていた同僚が、手元のコンパクトミラーで素早くメイクをチェックする。
リップを引き直したところで、パチンとコンパクトを閉じて、綺麗な笑みを完成させた。
そして、一緒に来訪した女性社員と何やら談笑しながらやって来る尾形さんを、熱っぽく見つめる。
「「いらっしゃいませ」」
マニュアル通りの挨拶の中に、彼女の分だけ好意が滲む。
「こんにちは。
お久しぶりですね、有坂さん」
爽やかな笑顔と彼女曰く、"子宮が痺れる低音ボイス"で尾形さんが同僚に話しかけていくのを、同行の女性社員が胡散臭げに見つめる。
この方、相変わらず凄く顔に出るな。
そう思いながら、正直、私も彼女と同意見である。
私はおくびにも出さないけれど。
「営業2課の月島さんと、本日10時にお約束させて頂いていた、鶴見商事の者ですが」
「畏まりました。少々お待ちください」
隣で楽しげにお喋りを展開している2人を尻目に、女性がアポを伝えてくる。
私はにこりと微笑み返して、本日の月島さんの予定をチェックし、営業2課に内線をかけた。
「受付です。月島さん、鶴見商事の方がお越しです」
『分かりました。会議室に通してください』
「畏まりました」
見よ、月島さんのこの適度な距離感。
同僚に耳打ちしている尾形さんをちらりと見て、そんなことを思う。
恋愛云々関係なく、月島さんは人として良い人だと思う。
それをいい事に、誰がタイプ?と聞かれると、「月島さんかな」と答えるようにしている。
恋愛話ができないと却って浮くし、だからと言ってガチな話はしたくないし、となると、そう意味でも、月島さんは丁度良いのだ。
皆の憧れ月島さん。
尾形さんは、彼女、有坂さんを狙っているのだろう。
有坂さんを見る目に、私はゾッとしてしまう。
値踏みするような、ちょっと高圧的な視線。
2人から視線を外して、目の前の女性社員に笑いかけた。
「ご案内致します」
こちらへ、と手差しでエレベーターへ案内する為に立ち上がると、ほら尾形さん!と女性社員に小突かれて、やっと尾形さんがこちらへ顔を向けた。
目があった瞬間、尾形さんの表情が消える。
随分露骨だなぁ。
眼中に無いのは理解しているが、それにしても失礼だと思う。
じゃあどうして欲しいんだと言われると、とても困ってしまうのだけれど。
2人をエレベーターに乗せ、会議室に案内して戻ってくると、有坂さんがふやけきった顔で座っていた。
「尾形さんと良い感じじゃん」
「えぇ〜そうかなぁ?そう見える?」
えへへと嬉しそうに笑う彼女に、私も笑顔を向ける。
「見える見える。
有坂さんしか眼中にないって感じ」
そう言うと、もーやだー、と全然嫌じゃなさそうに、有坂さんが笑った。
受付嬢という女の職場で、同僚と良好な関係を築くために、私は貴方の敵じゃないですよ、というアピールはとても重要だ。
こういう所でポイントを稼いでおくのが得策なのである。
「ね、あのさ、名前ちゃんは応援してくれてるって思っていいんだよね?」
きたきた。
心の中で苦笑する。
「勿論。私にできることなら何でも言ってね」
にこりと微笑むと、有坂さんの顔がパッと明るくなった。
「ありがとう〜!
じゃあ今週末一緒に合コン行ってくれるってことで決まりね!」
「え?ちょっと、」
いや待て、なんでそうなる。
こんな展開は聞いてないぞと、それとなく断ろうかと口を開く前に、彼女がにこにこと屈託なく笑った。
「実はさっき、尾形さんに合コン誘われちゃって。
私には勿論来て欲しいんだけど、名前ちゃんのこと狙ってる人からのお願いらしくて、絶対来て欲しいんだって。
それにさ…今週末バレンタインじゃん?!
だから絶対逃したくないんだよね!」
だからお願いね、と顔の前で手を合わせて拝まれる。
私は生贄かよ、と言いたくなるが、そこはグッと飲み込んだ。
私にできることならなんでも、なんて言ってしまった手前断れるはずもない。
「長居はできないけど…早くに帰るのでよければ参加しようかな」
一応、先手を打っておく。
「いいよいいよ!
来てくれさえすればいいんだから」
そりゃお前はそうだろうよ、と思いつつ、まぁ本当に少し顔出して帰るだけなら、我慢もできるかと思い直した。