だから大好きなんだってば!C




「…はぁっ、はぁっ、あっ…!!いたっ!!!!」

遠くに門倉さんの背中が見えた。

案の定そう遠くへは行っていなかったことに、ほっと安堵する。
私が追いかけてくるとも思っていないのかもしれない。

とぼとぼと歩く門倉さんの背中目掛けて、大きく息を吸い込んだ。

「かど…!くら…!!さん!!!!」

通行人の注目もなんのその、大声で呼びかけると、歩いていた門倉さんは振り返って私を見るなり、顔色を変えた。
再び走り出そうとして足をもつれさせた門倉さんに追いつき、襟首を掴む。

「グエェ…!」
「…つっ、かまえたあっ……!!!!」

逃げられまいとしっかりとスーツの裾を握って、肩で息をする。

折角整えた髪はぐちゃぐちゃ、房太郎に口付けられて口紅はもうないし、ヒールを脱ぎ捨てたストッキングは汚れて目も当てられないだろう。
そりゃ酷い状況かもしれない。
でも、追いかけてきた女置いて逃げ出そうとするってどうなの。

「…っ…普通…逃げます…?」

整えつつある息の隙間から、言葉を絞り出した。
門倉さんは困ったような顔をして、明後日の方向を見てヘラっと笑って言った。

「いや〜。お邪魔かなぁと思ってさ」

門倉さんの言葉に私も何か言おうとして、言葉が喉の奥で引っかかって出てこなくて、

「うわっ!なんで泣いてんのぉ?!」

気がついたら号泣していた。
後から後から溢れでる涙に、多分整えた化粧は見る影もないだろう。

今更になって周りの人たちにじろじろ見られることに、羞恥心が襲ってきた。
本当に恥ずかしい時、固まってしまってそこから動けなくなるらしい。

「ちょっ…と!とりあえず、どこか…!あっ!タクシー拾おう!な?!」

慌てふためく門倉さんに手を引かれて、運よく通りかかったタクシーに一緒に乗り込みながら私は思った。

こんな筈じゃなかった、と。











泣きすぎて頭がガンガンするし、目が腫れて、瞼がじんわりと熱を持っている。
ちゃぷちゃぷと時折揺れる海の音が寒々しい。

「少し、落ち着いた?」
「…はい…」

ずび、と鼻をすすると、「食おう」と言ってカップラーメンを差し出してくれた。





タクシーに乗せられて、連れてこられた場所は海沿いにある公園だった。

「たまに散歩に来るんだよ」

と門倉さんが笑いながら言って、ベンチに私を座らせてくれたのは、つい10分くらい前。
近くにあるというコンビニに走って行き、戻ってきたら買い物袋と両手にカップラーメンを持って戻ってきてくれたのだ。





「外で食うカップラーメンって美味いよなぁ」
「…そうですね」

確かに、泣いて水分も体温も抜けてしまった体に、じんわりとカップラーメンの塩気と温かさが沁みていく。

「肉まんもある」

おどけたようにビニール袋を持ち上げる門倉さんを見て、また泣いてしまいそうになって、慌てて頷いてラーメンを啜る。
暫く、2人分のカップラーメンを食べる音だけが漂った。








「あのさ、」


口火を切ったのは門倉さんだった。

門倉さんが、手元のカップラメーンに視線を落としたまま、遠慮がちに言った。


「無理して追いかけて来なくて良かったんだぜ。あの彼、置いてきちゃったんでしょ?」


あぁ、そんな風に思ったんだ、と虚しくなる。
それでも、誤解は嫌だから重たい口を開く。


「…無理なんてしてません。そして、どうでもいい人を、こんなふうに追いかけません。
さっきのは、2年前に別れた元カレです。今、私が好きなのは、門倉さんです」
「…そう…」

呟いたきり、口を閉ざしてしまった門倉さんがもどかしい。

全くこの人は、どこまで私に言わせるんだろう。




「門倉さん」

汁だけになったカップラーメンを足元に置いて、門倉さんに向き直る。

「な、何?」

おっかなびっくりといった様子で、私の方を見た門倉さんの手からカップラーメンを取り上げて、私のカップラーメンの隣に並べた。
それから、門倉さんの手をとる。
前に触った時と違って、全然カサついてない案外綺麗な手で少し驚いた。

「もう一回言いますね」

握った手をそのまま、私の方へ引き寄せる。

伝わってほしい。
この震えとか、胸の速さとか、体温とか、全部。

「私が好きなのは、門倉さんです」

そっと胸に当てさせた、大きな手がぴくりと動く。
門倉さんの手と私の体の熱が、混ざっていって、それなのに、門倉さんは俯いてしまった。


お願い、お願い、こっちを見て、ちゃんと受け止めてよ。



「わかりますか、私が必死なの。
ねぇ、ちゃんと聞いてください。
私は門倉さんが好き、大好き、今までの誰よりも。門倉さんじゃなきゃ駄目なんです。
私ほど、門倉さんのことを好きになれる女、いないですよ」



溢れ出る気持ちは言葉になって、私の口から滑り落ちていく。
門倉さんに届いて欲しくて、稚拙だと分かっているのに、そんな言葉しか出てこなくて、かっこ悪い。
だけどもう、なりふりなんて構っていられない。


「門倉さんは…私のこと、嫌いですか?」
「そ…!!んなわけ…」

弾かれたようにばっと門倉さんが顔を上げて、正面から目が合った。

今まで、門倉さんの気持ちを確かめるようなことを、怖くて敢えて聞かなかった。
でも、だけど、その反応は。

じっと見つめると、その目に臆病の色が浮かんで、ふっと左下に視線が落ちる。
だけど今度こそ、その視線を逃さない。

「…門倉さん?」
「え、あ…」

顔を覗き込むと、情けないくらいに眉を落とした門倉さんの顔が見えた。

1回、2回、門倉さんがカサついた唇を、ハクハクと動かして、

「…嫌いなわけないっていうか…その…」

と歯切れ悪く呟いた。

それから、つい、と私に視線を向ける。




「好きだよ、俺だって」




耳がおかしくなったのかも、と思った。
今日1日が大変過ぎて、都合のいい幻聴が聞こえたのかも、と。

呆然としていると、門倉さんが「あ〜〜〜」と長い溜息を吐き出して、頭をガシガシと掻いた。
それから、無理やり胸に当てさせていた手をやんわりととって、門倉さんが握る。
私の手を確かめるように揉んだり、摩ったりして、それから、そっと門倉さんの口元に持っていった。

手の甲に、門倉さんの唇が当たる。


「もうずっと前から、俺ぁ、君のことが好きだった」


その言葉で、やっと、現実が理解できた。


「…!なんっ…で…!もっ、早く…かど、く、らさんの、馬鹿ぁ!」
「す、すまん」


再び泣き出した私に門倉さんが慌てて、それから、「おいで」と腕を引っ張ってくれる。
ぎゅうっと抱きすくめられた腕の中はあったかくて、むせかえるくらい門倉さんの匂いがして、またそれで泣いてしまう。


「…前も言ったけど、苗字さんは二回りも下で、おまけに可愛くて、男にモテて…。
そんな君と、俺って…どう考えても釣り合わねぇって思ちゃったんだよなぁ。
自信がなかったっていうか…。傷つきたくなかったのかなぁ」

優しく髪を梳きながら、門倉さんがゆっくりと言葉を紡いでいくのを聞く。

「おっさんは臆病な生き物だからさ」

くつくつと喉の奥で笑った声に、私は顔を上げた。
今までで1番近い距離にいる門倉さんの顔を手で挟む。

「どうしたら不安じゃなくなりますか。
私、ずっと門倉さんといます。
多分、私より、門倉さんの方が先に死ぬから、最後の瞬間まで、門倉さんの側にいてあげられます。
大丈夫です、私、離れません。ていうか、離れられません」

門倉さんの、いつも眠たい目が大きく見開かれた。

「…それ…本当に大丈夫?俺なんかに言って。後悔しない?」
「まだそんなこと言ってる」

ここまできてもちゃんと受け取ってくれない門倉さんが焦ったくて、「門倉さんにしか言えません」と宣言して、そのまま口付ける。

どちらからともなく、啄む口付けが止んだ頃再び、門倉さんの腕の中に閉じ込められた。

「あーーーー。好きだ、愛してる。知らねぇぞ、俺をこんなにしちまって…」
「んふふ。存分に愛しちゃってください」

ぎゅうっと抱きしめ直されたその腕の中で、今世紀最大の幸せを噛み締める。
願わくば門倉さんも、そうであったらいいなと願って。









2人で海沿いを手を繋いで歩きながら話す。

「そうだ、門倉さん。異動の話があるって本当ですか?」
「あ、あー、うん。あったんだけど、なくなった」
「え?!」

平太師匠からの情報は、どうもタイムリーではなかったらしい。

「来年度、〇〇支店にって話だったんだけどな。
そこの支店長が急病で倒れちまって、てんやわんやになったらしい。
そこのことよく分からん俺が行っても、って話になって、立ち消えた」
「そうだったんだ…私は残り2ヶ月でどうにかしないと、もう二度と会えないかと思って必死で…」
「いや、まさか人事情報がそんなに筒抜けとは」

門倉さんは、むぅ、と口を尖らせて、「うちのセキュリティ大丈夫か」と難しい顔をした。
やばい、これは平太師匠にとばっちりがいくかも、と危機感を感じて、慌てて話題を変える。

「まぁでも、結果オーライでした。門倉さんとこうして晴れて恋人になれましたし」
「そうだな。だけど、すまんが、恋人はあまり長くしてやれないかもしれない」
「どういうこと?」

不安になって横を見上げると、門倉さんが、ふっと笑って言った。

「すぐにプロポーズしちまうぜ、俺。誰にも取られたくねぇからな」

その笑顔に、くらくらきてしまう。

待って、この人こんなにかっこいい人だった?


「…ちょっと…なんか、照れる…!」
「あんなに、イケイケどんどんだったのに、よく言うぜ」
「それは、そうなんだけど…!」


はは、と笑う、ちょっと意地悪な門倉さんも、でも素敵だ。


「よし、じゃあ、今日は俺ん家に帰るぞ〜」
「えっ?!」
「今夜は寝かさないぜ〜?なんつって」
「えっ?!ええっ?!?!?!」


ねぇ門倉さん、どこまでが冗談で、どこまでが本気ですか。

これは、私の方が門倉さんに弄ばれる可能性があるなと、どくどくうるさい胸に手を当てた。




【完】


prev | top | next

表紙へ