だから大好きなんだってば!B




2月14日金曜日、バレンタイン当日だ。
決戦は金曜日とは、まさに。

ソワソワと浮き足だつ気持ちを抑えて、時計を確認する。
そろそろ上がりの時間だ。

「松田くん、私今日午後休貰うね」
「はい、承知してます。いいですねぇ、デートですか?」
「んふふ。どうかなぁ〜」

聞いて欲しいことを聞いてくれる松田くんに含みのある返しをすると、目の端で門倉部長が落ち着きなく視線を動かしたのが分かった。





『門倉さん、私とデートしてください。それで、私とお付き合いするか、真剣に考えて欲しいんです』

決死の覚悟でデートに誘った私に、煮え切らない態度を散々した後、諦めたように門倉さんが言った。

『…わかった。今回の詫びってことで、勘弁してくれるんなら』

今まで私からの再三の誘いを、のらりくらり躱してきた門倉さんがついに応じてくれた瞬間だった。
詫びだろうが何だろうが、何だっていい。
とにかく2人きりで会うことに持ち込めたのだから。

デートの日取りは私が決めた。
今日のために、2週間前から午後休を申請していたし、仕事も調整済みだし、美容院に予約を入れたし、服も買った(一応下着も新調した)。
レストランも予約したし、近くのバーもリサーチ済みである。
最高の夜にするため、整えられることは全てした。
私は今夜に賭けているのだ。










松田くんが昼休憩に行ったのを確認して席を立つと、部長の席に近づいた。
書類に視線を落としたまま集中している部長に声をかける。

「お疲れ様でした。午後休頂きます」
「はいはい〜、お疲れさん」

書類をデスクに置いて、視線が登ってくると目が合った。

「じゃ、約束通りに」
「あ、あぁ。分かりました…じゃあ、また、」

戸惑いながら「後で」と小声で言う門倉さんの返答が嬉しくて、にっこりと微笑みかけた。

「はい。失礼します」





足取りが軽い。
何たって今日は、念願の門倉さんとのデートなのだ。

















2月の寒空の中、街灯がチカチカと揺らめいて、街が光っている。
道行くカップルたちを横目に見ながら、待ち合わせの時間に到着して腕時計を確認すると、約束の時間まであと30分だ。
少し早いけれど、カフェに入るのも中途半端な時間だし待つことにする。

店のウインドウに映る自分の姿を見て、にんまりして、慌てて顔を引き締めた。

やっぱり、梅ちゃんに頼んでよかったなぁ、と満足して白い息を吐く。

馴染みの美容師さんの梅ちゃんに髪とメイクをしてもらって、鏡に映る自分の顔を確認した数10分前のことを思い出した。



「名前ちゃんは、絶対にちゃんと顔出したほうが可愛いから!」

と言う梅ちゃんの助言により眉上で切ってもらった前髪が少し心配だったけど、メイクをしっかりと綺麗にしてもらったことで、確かに顔が映えたように思う。
ロングに伸ばしていた髪も綺麗にトリートメントをしてもらって、ツルツルピカピカだ。

『決戦なの…!可愛くして!』

と電話で話していた通り、梅ちゃんはしっかりと仕上げてくれた。



ショーウィンドウの前でさり気なく、くるりと振り返って見ると、大柄なブラックのサークルがパターンで入った、白地のサーキュラースカートがふわりと揺れる。
シンプルな薄手の黒ニットで上半身はスッキリまとまっているけれど、大ぶりなゴールドのピアスが映えていて、我ながら良いコーディネートだ。

普段より少しだけ高いヒールに心が躍って、デートにこんなに期待したり、ソワソワしたり、ドキドキしたことあったかなと、そんな思いが、ふと過ぎる。

考えてみれば、今までの彼氏は皆なんとなく付き合って、何が好きとか、相手のいい所がどこかとか、あまり考えずに一緒にいた。
そして、自然消滅のパターン。
それも別に、ショックとかそういうのもなくて、まぁなるようになるよね、くらいにしか思っていなかったのだ。

そんな自分が、こんなふうに恋をするなんて、と思う反面、でもそんな状況が嫌じゃないのだから、私の中でやっぱり門倉さんは凄いんだと思う。

きっと仕事帰りの、しょぼしょぼの顔でやってくるのだろう門倉さんのことを思うと、ふふ、と自然に笑みが溢れた時だった。



「名前?」




聞き慣れた声がしてパッと顔を上げたら、予想した通りの見慣れた男が立っていた。











「どうしたんだよ、今日は。そんなに可愛い格好して」
「デートだよ」
「へぇ…デートかぁ。妬けるなぁ」

にこにこと笑って並ぶ長身の顔を見上げて、私はむっつりと口を開いた。

「房太郎、いつまでここにいるつもり?」






待ち合わせの場所に現れたのは門倉さんじゃなくて、偶々通りかかった房太郎だった。
さも当たり前のように、私の横に並ぶのでタチが悪い。

さっさと退散してほしいという思いを込めて言った、私のぶっきらぼうな言葉に、房太郎がのんびりと口を開く。

「いやぁ、名前をこんなに粧し込ませる男が一体どんな奴なのか、折角だから拝んでやろうと思って」

はるか頭上から、房太郎の揶揄うような言葉が降ってくる。

「…私、本当に今日に賭けてるんだよね…ふざけてんなら、許さないから。さっさと消えて」

苛々しながら真っ直ぐ前を見たままそう言うと、沈黙ができた。
何も言わないので、無視か、と舌打ちが出そうになったところで、房太郎が静かに口を開く。


「ふざけてると思うか?」


温度をなくした房太郎の声がして、不意に視界が遮られた。


「…!!!」


口の中に入り込んでくる舌を一生懸命押し留めて、身を引いて逃げようとするが、逃さないというよに後頭部に伸ばされた手に阻まれる。
その舌に思いっきり歯を立てたらやっと離れて、漸く距離がとれた。
房太郎の口から血が出てるけど、知ったことではない。


「最低…!こんな奴だったわけ?あり得ない、」


怒りと屈辱で房太郎から視線を逸らして、私の視界に飛び込んできたのは。


「門倉さん!!!!!」


一瞬視線が合って、背を向けて走り出してしまった門倉さんの姿だった。



最悪だ、最悪なところを見られてしまった。

パニック状態の頭で、慌てて追いかけようと房太郎の前を通り過ぎる。

「ちょっと、待て。あの、おっさんが?」
「う、わっ…!」

ぐん、と身体が後に引っ張られて振り返ると、房太郎の大きな手が私の手首を掴んでいた。
必死に、掴まれた手を剥ぎ取ろうとするが房太郎の力に敵うわけもなく、ぎりぎりと締め上げられていく。

「ちょっ…離して…!痛い…!」
「ちゃんと説明しろ。あのおっさんが、俺からお前を取り上げる奴なのか?」

房太郎の完全に据わった目を睨み返す。

「そうよ!私が、好きになった人!!私がこんなに必死になって、繋ぎ止めたい人なの!」

そう言ってもがくと案外簡単に手が離れて、脇目も振らず走り出した私の耳に、房太郎の呟きが聞こえた。



「俺だって、こんなに必死なんだぜ」



無視をして、立ち止まらずに私は走る。
後ろ髪だって引かれない。

ヒールが邪魔で、脱いで手に持った。
街行く人々が私を振り返っていく。




そんなこと分かってた。
一緒だから、分かるよ。



房太郎の言葉に、心の中で返す。

私にとっての門倉さんが、房太郎にとっての私だったのだろうと、気がついていたけれど。
ごめんねとは思わない。
そんなこと、きっと、お互い悲しくなるだけだから。

私はただ自分の手放したくない人を、追いかけることしかできない。







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