メランコリーティーン(2/2)


「やぁ。来ちゃった」

来ちゃったじゃねーよ。

外に出ると見慣れた嘘くさい笑顔が手を振っていて、思わず心中で悪態をつく。

「先生、どうされたんです?こんなところまで」
「うん、名前ちゃんがこの辺で飲んでるって聞いて、俺も一緒に飲もうかなって」

勝手な…。

いつもの事だが、マイペース甚だしい。

「パーティーはどうしたんですか?
先生がいないと。主役でしょう?」
「あぁ、抜けてきた。
パーティーより名前ちゃんに会いたくて」

にっこりと笑って悪びれもせずそう言うこの男が、私ははっきり言って心底嫌いだ。
そういうわがままに、どれだけの人が振り回されてるかこの人は想像したことがないだろう。

「ごめんなさい。婚約者待たせてるので、私もう…」
「聞いたよ、彼から全部」

本当に腹が立って踵を返そうとした私の手を先生が掴み、そのまま引き寄せられて腰を抱かれる。

「あ、の、近いんですけど」
「婚約者なんて嘘なんでしょ?」

できるだけ仰け反って距離をとろうとするが、男の人の力には勝てない。
先生のこんな振る舞いは日常茶飯事だ。
だからって、こんなとこでまでこんなことするなんて、本当にこの男は。
こうすれば女が皆落ちるとでも思っているんだろうか。
思い上がるのもいい加減にして欲しい。

「嘘では…」
「ひどいなぁ。でも俺、本気だから。諦めないよ」

会話をしながら、この状況をどうしようかと頭を回転させるが何も出ない。

仕方ない、適当に付き合って帰るしかないかな…。

心中でため息を吐く。

「分かりましたから、ちょっと、とりあえず離し、てぇ、え?!」

いきなり強い力で、後ろから先生と私を引き離すようにして肩を抱き寄せられる。
その勢いのまま後ろに倒れ込めば、安定感のある身体に抱きとめられた。

「名前、どちらさん?」

高い位置から降ってくる聞き覚えのある声に慌てて顔を上げる。
驚き過ぎて声が出せず、口をパクパクさせる私を他所に彼は喋り出した。

「ボク、名前の婚約者の御堂筋いいます」

仕事のことで言うてバタバタ店出て行くもんやから、心配したんやよ、名前?

そう言って、見たこともないような素敵な笑顔で私の顔を覗き込んできたのは、紛れもない。
御堂筋くん、その人だ。
でも。
いま、なんて。

「名前の仕事の関係の人なんやったら、ボクかて無関係やないんやから挨拶くらいさせてェな」

えらい、すんまへんなァ。
この子ちょっと抜けとるとこあるんですわ。

そんな笑顔ができたんですか、と目を疑うような爽やかな笑顔で先生に挨拶をし、誇張するように何度も私の名を呼ぶその横顔を、私は為す術もなく眺める。

「君が名前ちゃんの婚約者?」
「えぇ。名前がいつもお世話になってます」

そういって御堂筋くんは、羽織って出てきていたジャケットから名刺入れを取り出して、ボクゥこういう者です、と先生に名刺を差し出した。

「プロロードレーサー御堂筋翔…って、○○に載ってた?!」
「あァ、見てくれはったんですね」

ありがとうございます。

有名ファッション誌の名を口にして仰天している先生に、またもにっこりと微笑んでみせる御堂筋くん。
心なしか楽しそうなのは気のせいだろうか。

そういえば特集組まれてたっけ、と例の有名ファッション誌を思い出す。
身長も高く、引き締まった身体にアンニュイな雰囲気で、それはそれはモデル向きな彼は、凄く様になっていて、一時期一部の界隈ではちょっとした話題になったのだ。
そしてその雑誌に、なんの偶然か私のコラムが連載されていて、御堂筋くんが載っていた号で先生の作品展を紹介していた。
本当に何なんだろう、この繋がりは。

「ボクの仕事柄色々あるんで名前には婚約のこと黙っといてもろてたんですけど、やっとお披露目できることになったんですわァ」

なァ、名前?

幸せいっぱい、というような表情でこちらを見てくる御堂筋くんを見て、あまりのことに固まる。

「それじゃ、ボクらホテルとってるんで、ここで」

肩を抱かれたまま、方向転換させられその場を後にする。
ふいに御堂筋くんの顔が耳元に近づいた。

「ボクゥの腰に手回し」

えっ、とその顔を見上げると、はよ、と短く急かしてくるその顔は、真剣そのもので逆らえる雰囲気じゃない。
おずおずと、その男の人にしては細い腰に片手を回すと、自然と身体が密着する。
よく海外のカップルがやっているようなあれだ。

「よォできました」

さっきまでの爽やかな笑顔はどこへやら、昔よく見ていた何か企んでいる時の悪い笑顔。

「こんだけ見せつけたら、もう手ェ出せへんやろ」

愉快そうに更にニヤリと笑う御堂筋くんは、狡い。
昔からいつもそう。
こうやって私の中に甘い傷をつけて、忘れられなくしていく。

「…もう離れてもええんやない?」
「…そやね」

パッと肩に置かれていた手が離されて、自分の言葉に猛烈に後悔する。
思わず、背の高い彼のジャケットの裾を掴んだ。

「…なに?」
「ありがと…」
「アホか。礼なんか、いらん」
「でも」
「ほんまに婚約者になってもかまへんて、ボクは思てるよ?」

え、と顔を上げると、私を見下ろしてふっと笑う御堂筋くんがいる。

「…どういうこと?」
「まだ分からへんの?」

いや、だって。
あまりに長い年月だ。
恐くなる。
期待して、信じてしまうこと。
それに私は…。

はァ、とため息が聞こえて、呆れた顔の御堂筋くんがすぐ側にいた。
唇が重なって、2人の間で吐息が揺れる。
あの日、あの時と同じだ。


"いつか迎えに行ったとき、キミが1人やったらボクが貰うたるわ"


「やっと迎え来れたわ」
「…遅いよ」
「キミもや。ボクもう今日帰るとこやったんやよ」

胸に顔を埋めると、言葉とは裏腹に大きな手があやすようにぽんぽんと背中を撫でてくれる。

「私、ただ待ってたわけやないよ」
「うん」
「御堂筋くんのこと忘れようとして、他の人と付き合ったこともある」
「うん」
「高校生の頃のままの私やないよ」
「うん」

それでもええの?

最後の言葉を振り絞って顔を上げると、優しく笑う御堂筋くんの視線とぶつかった。

「ええんやないの」

結局キミィは1人で、キミの心はボクのもんやったって、ただそれだけのことや。

簡単に言ってくれる。
本当に本当に狡い人だ、御堂筋くん。

「好き」
「やァっと言うた」
「大好き」
「ん」
「好き、好き」
「知ってる」
「好き」
「もう黙り」

何度かに分けて落ちてくるキスを受け止めて、息を吐いた。
御堂筋くんの瞳が揺れて、私は見蕩れる。

「…飲み直そか、2人で」
「うん」
「話したいこと、色々あるわ」
「私も」

今までの思い、伝えきれなかったこと、沢山。
時間はいくらでもある。
まずはぎこちない2人の距離を縮めるところから始めよう。

fin

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